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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
六章 真相と、意外そうで意外でもないこと。
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第46話 戦いの後は

待つことしか出来ない立場がこれほどもどかしく苛立つものだと、瀬河は人生で初めて感じたかもしれない。


 だがそんな葛藤も、睡魔には負けたようだ。がくっ、と体が傾いだので目を開けてみれば、テーブルの上の腕時計は朝の六時を示していた。肘をついて顔を支えたまま、いつの間にか眠ってしまったようだ。


(私も行けばよかったかな。いや、そんなの自己満足に過ぎないか)


 無力さに何度目かの自嘲をしたところで、ガラス窓ががたん、と揺れる。


「雪平さん!」


 瀬河は叫び、駆け寄った。魔法少女の姿の桃香は、部屋へ転がりこむなり大の字になって天井を仰ぐ。


 次の瞬間変身が解けた彼女をのぞき込むと、三日連続徹夜でもしたような、凄まじい形相をしていた。


 傍らでふう、と額をぬぐうルーンを見やる。


「敵には勝ったってことでいいの?」


 ルーンは大きくうなずいた。彼の顔にも疲労が浮かんでいる。


「理解が追いつかないところもあったけど、退けたのは間違いない。桃香はよくやってくれたよ」

「そう……」


 半生分の酷いクマを目の下にこしらえている桃香だが、彼女こそ平和を守った当事者なのだ。


 瀬河は桃香の隣に膝をついた。


「あなたのおかげで地球が助かったのよ。ありがとう、魔法少女さん……あれ?」


 目を閉じた桃香は、そのまま寝息を立て始めた。よほどギリギリの状態で踏ん張っていたのだろう。


「僕はちょっと戻らなくちゃいけないんだ。悪いけど後のことはお願いできるかい、阿弥乃?」


 昨夜と違ってしっかりジャケットを着こんだルーンに、瀬河は淡く微笑んだ。


「ええ。雪平さんは責任もって、ちゃんと帰宅させるから」

「ありがとう」


 頭を下げたルーンは窓へ向かって走る。すぐに彼の姿は見えなくなった。


 目覚めそうにない桃香に、そっと布団をかける。


「魔法少女って、本当に大変なのね。学生との両立も大変だろうけど、社会人となるとよっぽどみたいね。ま、何はともあれお疲れさま。私の不安も、杞憂になってくれて本当に良かった」


 山奥の温泉街に、再び朝がやってくる。


 そのいつもの日常を守った人がいることを知っているのは、この温泉街で瀬河だけ。そのことが何だか可笑しかった。


「近いうちに焼肉おごろうか、ね? 雪平さん」


 独り言に近い質問が、鳥たちのさえずりに交ざって静かに部屋の中に響く。今日も山奥の空気は美味しく、世界は輝いている。







 正直なところ、目覚めた桃香の記憶は曖昧で途切れ途切れだった。


 那波人に三か所もキスされた事実を一旦放り投げて、那波人と海人を一人ずつ抱きかかえて家へ送り届ける。桜輝はフルリとその仲間達が運んでくれた。


 そして自宅へ戻った途端、桃香は倒れた。調理しかけの食材を破棄しなければならないことを嘆いていた桜輝は、その物音に驚いた。


「姉貴?!」


 桃香の耳には、弟の声もろくに入ってこない。ヘドロのようにまとわりつく疲労感、体の震え、耳の奥にやたら響く早鐘のような鼓動。五感が少しずつ遠ざかっていく。


(あ、これマズイ)


 直感的に生命の危機を覚えた。だが気力で上半身を起こす。


「温泉に戻らないと。瀬河さんも困るし、会社の皆に怪しまれる」


 弟に「社畜の鏡だ」と、褒められているのかけなされているのか迷う言葉をもらい、ボロボロの桃香は朝の空を飛んだ。ルーンにもフルリにもさんざん心配されながら、何とか透伯温泉の宿へ辿りついた。瀬河が自分を呼ぶ声も聞いた気がするが――


「……今何曜日なの?」

「スマホ見ればわかるだろ? 日曜日だよ」


 自室のベッドに起き上がった桃香は、呆然と頭に手をやる。なぜ家で寝ているのだろう。しかも土曜日の朝が、気がつけば日曜の夜になっていた。


「私、一日以上も寝ていたの?」


 両手で頭を抱える。桜輝が自身のスマホの画面を見せてくれた。確かに日曜日だ、間違いない。


「どうやって温泉から家まで帰ってきたんだっけ? 車は?」

「会社の人が何人か乗り合わせて、姉貴の車を運転してくれたんだ。で、今日瀬河さん? って人が訪ねてきたんだけど。あの人ルーンが見えるんだな」


 言われてみれば、瀬河の話題を家でしたことがないかもしれない。


「姉貴はまだ寝てるって説明して、後はルーンと何かを話してすぐに帰ったけど。あ、ぶどう貰ったんだけど食べる?」


 勿論だと返し、ゆっくりベッドから降りた。手を組んで、慎重に背伸びをする。しばらくすると、桜輝はトレーに軽食を準備して戻ってきた。


 生卵と刻みネギとしらす、加えて刻み海苔がのったホカホカのおかゆ。小皿にはキュウリの浅漬け。さらにガラス皿には巨峰が数粒。はちみつをかけたヨーグルトまである。


 ミニテーブルに置かれたそれを見た瞬間、腹の虫が盛大になる。


「良かった、けっこう元気そうだな」

「い、いただきます!」


 約二日ぶりの食事は、味覚にも胃にも脳にもしみた。ほどよい塩加減の温かい食事が、これほどまでに心を震わせるとは思いもしなかった。


 落涙しそうになりながら、黙々と平らげていく。見守る桜輝は、どことなく優しい目をしていた。


「ありがとな。助けてくれて」

「当り前じゃない。大事な弟なんだもの。たとえ他の人でも当然助けるけどね」

「正義の味方ってカッコいいけど、すごく危ないってよくわかったよ。俺もう、姉貴が戦っているところを見れないかも」

「まあ、エイビスが特別厄介だったのもあるけどね」


 その名を出したら、連鎖的に那波人の顔まで思い浮かんでしまった。奇怪な悲鳴が喉から飛び出す前に、桜輝が口を開く。


「ルーンが言ってたけど、明日は念の為に会社休んだ方がいいってさ。俺もそれがいいと思うし、そうしようぜ?」

「でもちゃんと目が覚めたし、もう体に疲れは残ってないから。明日は仕事に行くよ」

「それは駄目だって」


 桜輝はびし、と人差し指を立て姉に向ける。


「姉貴はたった一人で、〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉から世界を守ったんだぞ? なのに何の労いもご褒美もないだろ? だから、会社を一日くらい休んでもどうってことないって」


 きっぱり言い切る弟だが、理屈が通っているようには思えない。


「いや、魔法少女って人知れず戦うものって決まってるじゃん。だから褒められたいとか別に思わないけど」

「俺も明日大学休むよ。夏休み前だから講義はだいたい終わってるし、後はレポート出すだけだから。明日は家事も料理も全部俺がするから、姉貴はただのんびりして好きなようにくつろいでほしい。わかったか? 絶対に休めよ?」

「桜輝……ごめんね」

「あやまることじゃないって。あ、もう食べ終わったな?」


 食器を片付けるため、部屋を出ていった桜輝の背を脳裏に思い浮かべる。弟なりに、姉を心配してくれているのだろう。


(私がもうちょっと、しっかりした魔法少女ならよかったのかな。ありがと、桜輝。おかゆ美味しかったよ)


 満腹感と満足感のためか、まぶたが重くなってくる。


 桜輝が再び姉の部屋に戻った時には、桃香は既にベッドで夢の世界の住人となっていた。

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