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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
五章 現れたラスボス級。だが、様子がおかしい。
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第43話 渾身の力

「や……」


 桃香のか細い声など無視し、エイビスは指を動かし続けた――が。


 ふいに右目だけを細め、痛みをこらえるようにうめく。呪を描いていた手を止め、頭に手を当てた。


「やかましいぞ……今更どうするつもりだ。宿主ごときが、私の邪魔をするな」


 独り言をつぶやくエイビスは、黒い影が己に突進するまで気づかなかった。せわしない羽音に泣き声。一羽のカラスだ。


「なっ……貴様、離れろ!」


 カラスは――ルーンの仲間であるフルリは、いつの間に呼び寄せたのか、数羽のカラスを従えていっせいにエイビスの体をつついている。エイビスは両腕で顔をかばい時に振り払うが、一羽が撥ね退けられても別の一羽がすぐにとびかかるので、完全な撃退は出来ないようだ。


 盛大に舌打ちした彼は、空へと飛んでいく。カラスたちも当然のように後をついて行く。


 残された桃香の元へ、ルーンが飛びついた。


「しっかりするんだ。まだ戦えるはずだよ!」


 ルーンは桃香の額を乱暴に拭い、次いで右腕の上に走る幹をばしばし叩き始めた。風船が割れるように目が覚めた桃香は、ルーンを見て叫ぶ。


「ルーン! あいつは?」

「フルリ達が何とかしてくれてるよ。今のうちだ。動けそうかい?」


 身じろいだ桃香は、拘束が先ほどよりも弱くなっていることに気がついた。


 頭上を見上げる。エイビスとカラスたちの周囲に、白と黒の嵐が見える。


(やっぱり、エイビスが一度に使える羽根の総量は決まってるんだ。だから羽根で出来たこれが緩くなったんだ)


 桃香は激しく身をよじった。幹がちぎれ、羽根に戻る。上に跳び上がった桃香は、そのままエイビスめがけて突進した。


 エイビスは、最後のカラスを撃退したところだった。顔に傷がつき、髪も乱れている。近づいてくる桃香と目が合った彼は歯ぎしりした。そしてなぜか、頭痛をこらえるように右手を頭に当てる。


(明らかに余裕がない。やるなら今のうち)

「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」


 桃香の渾身の魔法と、エイビスの羽根がぶつかる。青薔薇と羽根はせめぎあい、お互いに喰い合い、からみ、打ちのめして。


 花びらが開いてくれた道を、桃香は矢のように進んだ。


「那波人君を返しなさい、エイビス!」


 相手は片腕を振り下ろしたが、数枚の羽根が桃香の頬や体を傷つけるだけだった。

 桃香はエイビスに肉薄し、そして――







 ここはどこだろか。桃香は寝起きのようにぼんやりした頭で思う。


 ショッピングモールの敷地ではない気がする。カエルと虫の鳴く声。土と水の匂いが鼻をつく。


 ショッピングモールは住宅地の端に建っているのだが、少し足を延ばすとそこからは田園が延々と広がっているのだ。今はおそらく、どこかの田んぼに突っ込んでしまっているのだろう。稲が一切生えてないので、耕作を止めたのだろうか。


 桃香は身を起こした。彼女の下にはエイビスが横たわっている。ちょうど馬乗りのような態勢になって、桃香はエイビスを見下ろしていた。


「攻撃してこないの?」

「私が聞きたいことだぞ。どうやらお互い、限界がきたようだな。この宿主は私と相性がいいと思っていたが、本気で戦うには少々早かったようだ」


 桃香も、エイビスに突撃したところまでは覚えている。だが急に体に力が入らなくなり、エイビスにもたれかかってしまった。同じくして、エイビスも力尽きたようだ。どちらからともなく、地面へと落ちていった。


 だが桃香のおぼろげな記憶では、エイビスが守るように抱きかかえてくれた気がするのだ。疲れすぎたがゆえの、まぼろしかもしれないが。


 桃香は、エイビスの翡翠の瞳を探るように見た。


「……何だ?」

「どうして那波人君に戻ってくれないの?」


 エイビスは一瞬顔をしかめ再び頭に手をあてたが、やがて鼻白む。顔に裂傷があっても、体が田んぼに埋まっていても、彼のまとう気高さは消えていない。


「私を完全に浄化しろ。それしか宿主を元の人間に戻す方法はない。かつて浄化され、時を経てせっかく蘇ったというのに、私が好きこのんで再び眠りにつく理由などあるか?」


 四天王クラスと評される彼の表情は、凪いだように静かだった。敗北の悔しさもなさそうだし、桃香を恨んでいる様子もない。


(ルーンの故郷をめちゃめちゃにして、地球の制圧も企んでいる〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉のラスボス級のはずだよね? その割にはさっきから大人しすぎる。なんでいきなりこうなったの? 私と一緒で疲れすぎたのかな)


 おもむろに桃香は手を伸ばし、エイビスの左肩に手を置いた、一拍おいて、背中の方へ指をもぐらせる。


「……っ!」


 エイビスが声にならない悲鳴をあげ、体をそらした。ほくろひとつない首筋が夜の闇に浮き上がる。


 桃香は思わず立ち上がり、泥の重さを感じながらも数歩後ずさった。


 呼吸の荒くなったエイビスは起き上がることもせず、何故か笑っている。


「見ただろう? お前に浄化されかけたダメージはまだ残っている。手を下すなら今のうちだ。私を放っておけば必ず回復し、そのうちこの星を我々のものとするために行動する。そうなっては、数人の魔法少女ごときで止められるとは思わない方がいい」


 さらに桃香は困惑した。


(自分が不利になるのに、アドバイスしてる?)


 突然頭に何かが乗り、小さく悲鳴をあげるが、すぐに聞き覚えのある声がした。


「桃香、エイビスは冷酷で残忍な奴だ。こいつのせいでひどい怪我を負った魔法少女は、君の両手を使って数えても足りないくらいいる。あの整った顔に騙されるな。奴は敵だ。君たちの星の敵なんだよ!」


 桃香はすぐに返事ができなかった。遠くから駆けてくる足音がする。


「姉貴、那波人は元に戻ったか?」


 桜輝に問いかけられても、ルーンに再三促されても、桃香はエイビスを攻撃する気にはならない。


 先ほどの彼の苦痛に満ちた長い絶叫が、まだ耳の奥に残っている。


 桃香はごくり、と唾と逡巡を同時に嚥下えんげした。そっと頭に手をやり、抱き上げたルーンと目を合わせる。


「しばらく桜輝の近くにいてくれる? 何かあったら、私の弟を守ってほしいの」

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