第41話 突破口
「うきゃあっ?!」
謎の悲鳴を上げた桃香は次の瞬間、重い衝撃を腹に受けた。屋上駐車場に叩き付けられる。それだけでは勢いが殺せず、はねた体は端まで転がってしまう。コンクリートをえぐるような形になったので、一帯にたくさんの粉塵が舞う。
「姉貴!」
「桃香っ!」
二人の声で、何とか桃香は目を開けた。衝撃や痛みは多少残っているが、問題なく動けそうだ。
星と同じ高さに、エイビスの姿がある。彼が腕を払うと当時に桃香は飛び起きた。走る桃香の軌跡を追うように、羽根が刺さって道をつくる。
桃香は屋上から看板の上へと跳んだ。それから歩道の屋根、駐車場へと降りてさらに走る。
ひとつの羽根が、桃香の頬をかすめた。すぐ血が出ていると気づく。
(面倒だな。いつ攻撃したらいいんだろ)
内心舌打ちしたくなった頃、羽根の雨がふいに止まった。
エイビスの位置を意識しつつ、先ほど走った屋上駐車場を確認するために戻る。たくさん刺さっていたはずの羽根の数が、やや少なくなっていた。順番に溶けて光になり、エイビスのいる方へ吸い込まれるようにして飛んでいく。
(拳銃みたいに、羽根を補てんする時間もいるんだ。しかもいくらでも作り出せるわけじゃなくて、放った羽根を回収する必要がある。なら、そのタイミングで隙が出来るはず)
見上げたそこに、突如黒い球が二つ落ちてくる。海人の球は跳び上がって受け止めれたが、もうひとつのカラスの入った小さい球は、全く違う方向へと飛んでいった。
「ああっ!」
これでは間に合わない。しかし、小さな影が黒い球にしがみついた。ルーンだ。
桃香は片手に海人の閉じ込められた球を、もう片手でルーンを球ごとキャッチし、桜輝の近くへ向かう。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
青薔薇によって球は割れた。ルーンは気を失ったカラスをゆさぶる。
「フルリ、しっかりするんだ!」
「大丈夫だ、姉貴。海人さんもちゃんと息があるし、たぶん怪我もしてない」
桃香は短くうなずいた。
「海人君をお願いね、桜輝」
気を付けろよ、との声を背中で受けながら、桃香はエイビスに向かって跳ぶ。
エイビスは片腕を振り、手に獲物を出現させた。何らかの植物の茎のようにも見える。羽根を使って攻撃してこないということは、桃香の予想がある程度当たっていることになるのだろう。
「エトワール・アロー!」
両手の指から、黄金の矢を放つ。それはエイビスの体に届く前に、透明な何かに阻まれ消えていく。
「同じ攻撃が効くと思うか?」
冷たく言い放つエイビスが、獲物を構えて降りてくる。桃香は再び叫んだ。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
すぐに花びらを放たず手の中に蓄え、ギリギリまで近づいたエイビスの顔へと一気にぶつけた。
「なっ?!」
視界が奪われ、エイビスは一瞬動きを止める。攻撃の余波が去った後、滞空する彼の視界に桃香の姿はなかった。
「? どこへ行った?」
エイビスの頭上で――桃香は叫びそうになるのをこらえた。
(あった! 左肩の辺りだ)
見間違えようがない。銀髪に隠れた左肩のある一点に、最も邪悪な気配が凝っている。
エイビスが空を仰ぐのと、〈悪の元素〉めがけて桃香が腕を振るのはほぼ同時だった。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
「小癪な小娘が!」
そして放たれた青い花びらは、過たずエイビスの肩めがけて吸い込まれていく。
手ごたえがある。そう桃香が思った直後、彼の喉から悲鳴が迸った。
「う……うあああああああ!!!」
たまらぬ苦痛に背を丸める様に、桃香は一瞬ひるんだ。何せ、エイビスは那波人の面影を強く残している。その容貌が元々の真の姿であるのか、それとも宿主に影響されて見た目が変わるのか、桃香は知らない。
そのままエイビスは力なく落下していき、地面に叩き付けられた。うつ伏せで動かない彼の左肩を、桃香は感情を押し殺して攻撃を続ける。
びくり、とエイビスは大きく痙攣した。
「っ……この私がお前ごときに手こずるなど、あり得ない!……あ、ぐ、あああああっ!!!」
ルーンの声が辺りに響いた。
「そのまま続けるんだ! 四天王クラスの浄化にはどうしても時間がかかる。頼むから持ちこたえてくれ!」
桃香の背に冷や汗が流れた。ここにきて疲れと緊張がのしかかり、また息が荒くなってくる。
おまけにエイビスが――那波人に似ていて、桃香の唯一の推しの座を奪いかけているイケメンが、自分の攻撃のせいで絶叫し顔を歪めている。これまで感情を宿した敵とまみえたことのない桃香に、これは耐えがたかった。
耳をつんざく悲壮な声に、どうしても体が震える。
「頑張らないと……あいつは敵。那波人君を助けるのが、私のやるべきこと。だから耐えなきゃ」
細い声で、何とか言い聞かせる。
だから桃香は気がつかなかった。叫ぶエイビスの表情が一瞬だけ静まったことを。
悲鳴が途絶えたので浄化が済んだのかと思ったが、そうではなかった。
エイビスは苦悶の表情を浮かべたまま桃香の方を向き、手を伸ばす。
「止めて、くれ。お前を侮っていた私が間違っていた。頼む……どうか見逃し……ぐっ!」
攻撃は続いているので、エイビスは再び痛みに痙攣する。とうとう桃香は膝をついてしまった。
「那波人君、早く元に戻ってよお!」
泣き出す寸前の願いが届いたのかどうか、絶叫が止まった。あがくように伸ばされた手も、地面に落ちる。
静かになった敵を前に、ようやく桃香は攻撃を止めた。酷いめまいがして体が傾く。平衡感覚が戻ってから、すぐさまエイビスの近くまで駆けていく。
「しっかりして、那波人君!」
抱き起こし揺さぶってはみるものの、まぶたを閉じた彼は動かない。桃香は最悪の想像に囚われた。
「どうしよう。このまま那波人君が目覚めなかったら」
混乱する桃香の耳に、覚えのある声が刺さった。
「離れろ、桃香!」
その意味を解する前に、視界の隅に何かがよぎる。
「……羽根?」
数枚の舞う羽根を不思議に思い、見下ろすと――綺麗な翡翠の瞳がこちらを見上げていた。
「……っ!」
エイビスの方が早かった。素早く身を起こした彼は桃香の手首をがっちりと掴み、もう片手で指を鳴らす。無数の羽根が二人を中心に、狂乱の桜吹雪のように世界を覆う。
形の良い口の片端が、こちらをあざけるように歪んだ。
そして桃香の体に、太い幹のように固まった羽根が絡みついた。




