第40話 “永遠の王子様”が敗北の危機
桃香は立ち上がり、エイビスを激しく睨んだ。
「桜輝を人質にするだけじゃなくて、危険な目に合わせるなんて。さすがに目の覚めるようなイケメンでも、こんな酷いことをする奴は許せない」
ルーンが「余計な一言があったような」とぼやき終わらないうちに、エイビスは体をそらして声を上げて笑う。
桃香は胸の前で、両手を握り合わせた。
「あいつは敵よ。私の王子様はシリウス。私の王子様はシリウス……」
さらにもの言いたげにルーンが桃香を見上げたが、桃香は脳裏に大好きな作品の登場人物を描くことに精魂を費やしていた。
「私の王子様はシリウス。エイビスは敵なの。那波人君を取り戻さなきゃ。エイビスは敵、エイビスは敵なのよ、私!」
両頬を叩き、気合いを入れる。まだ喉の奥で笑っているエイビスに心が揺らぎそうになるが、どうにかこらえる。
「これはまた随分と面白い魔法少女だな。私をここまで愉快な思いにさせるとは、復活した甲斐があったというものだ」
ルーンは白い前脚を突き出した。
「お前の悪だくみはここで終わりだ、エイビス。この星を、お前たちの自由にはさせるものか」
「勝者が何をしようと、敗者のお前たちには関係ない。気のすむまで悪あがきでも何でもすればいい。私は自由にやらせてもらう」
「エイビス、お前はこの星の魔法少女に何度か浄化されたり封印されたりしているだろ? それを忘れてもらっちゃ困るよ」
ルーンの挑発に、エイビスの眉がはねた。静かに増してゆく相手の怒気にあてられ、桃香は両膝をつく。
「桃香?」
「駄目。怒った顔もカッコいい……シリウスでも太刀打ちできないかもしれない。推しが変わっちゃう!」
ルーンは盛大にずっこけた。
「しっかりしてくれよ桃香! 君は現在、唯一あいつに立ち向かえる魔法少女なんだよ!」
桜輝が横から姉をのぞき込んだ。
「俺、知らなかったんだけど。姉貴ってもしかして、イケメンに相当弱い?」
桃香は勢いよく振り返った。目が少々血走っている。
「悪い? 美しいものや綺麗なものやイケメンは拝みたくなるでしょ、推したくなるでしょ?! それのどこがいけないことなの!」
「いやいや、あいつは敵だぞ! さっさとやっつけるなり何なりして、那波人を元の姿に戻してやるのが今するべきことだろ?」
桃香は打たれたように瞬きする。
「そ、そうだ。イケメンはともかく那波人君を助けなきゃ」
立ち上がった桃香は、再び頬を叩いた。そしてエイビスに向かって指をさす。
「エイビス、覚悟しなさい。この星は渡さない。私があなたを浄化して、皆を救ってみせるんだから。今の私にとっては世界の平和も会社での平穏も、どっちも同じくらいに大事なの!」
なぜかエイビスは片手で口元を押さえていた。笑いをこらえているようだ。
桃香はルーンに小声で尋ねる。
「浄化ってつまり、どういう風にやればいいの?」
「今までやってきたこととそう変わらないよ。那波人の体に宿った〈悪の元素〉を見つけて、そこを攻撃するんだ。ただ、もっと近づかないと難しいね。だから過去の魔法少女達は、封印という手段をとったこともある」
「封印は、浄化とどう違うの?」
ルーンの返事に、少しの間があった。
「宿主の人間ごと、〈悪の元素〉を封じるんだ。ただこれをしてしまうと、宿主はその時点で死んだも等しいことになる。だから封印は、あくまで最終手段なんだよ」
急に、桃香の足元がぐらついたような気がした。
「那波人君ごと、封印する?」
桜輝も息をのみ、絶句している。
「何度も言うけど、それは最終手段だ。桃香、君は那波人を取り戻すことだけを考えるんだ。僕の見立てでは急ピッチに経験を積んだ君なら、真の姿になったばかりのエイビスを何とか出来るかもしれない」
それは心からの確信なのか、やけっぱちの励ましなのか、桃香には判別がつかなかった。
再び、遠く離れたエイビスを見やる。
視線に気づき、優美で挑発的な笑みを浮かべる青年。そこに、小学生の那波人の愛らしい笑顔が重なる。
(こんな時こそ、『ルナティック・シリウス』のるうなちゃんを思い出そう)
桃香がひたすら愛する魔法少女アニメの主人公・るうなは、自信を持てない女の子だった。そんな彼女が、出会った当初は怪我でボロボロだったシリウスを助けるため、魔法少女になってブルージュエルを集めるのに協力していくことになる。
るうなはよく、己を鼓舞するためにこう言っていた――
「『たとえ弱い私でも、やる時はやるんです!』……そう。今がその時なんだ」
再び宙へ浮いたエイビスが指を鳴らした。周囲に無数の羽根が舞う。
「待ってて那波人君。必ず助けてみせるから」
桃香が駆けると同時に、羽根が矢のように一斉にこちらへと向かってきた。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
負けじと青薔薇の花びらを放つ。羽と薔薇は互いにぶつかり合い、もみ合い、消えていく。その間を桃香は縫うように走り、高く跳ね上がってエイビスを射程に置いた。
「エトワール・アロー!」
指先から出た黄金の矢は、エイビスに届かなかった。透明な壁のようなものに阻まれ、吸収されていく。
この攻撃で、彼に致命傷を与えれるとは桃香も思っていない。だが近づいたことでひとつ気づきを得た。
(〈悪の元素〉の気配は、体の正面にはない。ということは後ろから確認しないといけないってことか)
刹那の思考だったが――眼前にエイビスの美しい顔があった。




