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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
四章 到来しつつある危機
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第36話 和解とSOS

「石山さんの親御さんは、期待や思い込みを悪気無く子供に押し付けちゃうタイプなのかもね。もしそうだったら、これまで大変だったでしょうね」

「私は会ったことはないんですけど、あれこれ口出ししちゃうお母さんなんだなっていうのは、話を聞いてて思います」

「ウチの親も似たようなものだから面倒くささはわかるわ。大学まで通わせてくれたし、その点は感謝してるんだけど。不自由なく育ててくれたことと、すべての意向に従うことが出来るかどうかはまた別の次元の話だものね」


 会話が途切れたそこで、草薙が再び部屋に入ってくる。草薙は私物を持つと、桃香と瀬河に頭を下げた。


「お騒がせしました。今から祥子ちゃんとお風呂に入ってきます」


 荒田もそこで立ち上がった。


「私も行くよ。酔っているのにお風呂は危ないから、早めに済まそうね?」


 二人が部屋を出ていく前、桃香の耳には「祥子とは話せた?」「今度デパコス買いに行こうって約束したの。一人じゃ行く勇気なかったから、すごく楽しみ」という会話が聞こえた。


 扉が閉まり足音が聞こえなくなってから、しみじみと桃香は思う。


(私が勝手に、草薙さんは二人とはやりにくそうだなって思ってたけど、それなりに雰囲気良さそうじゃない)

「お茶冷めちゃったし、新しく入れるわね」


 瀬河がポットのお湯を沸かそうとしたので、桃香は慌てた。


「お水なら私が入れてきます」

「気を使わないで。雪平さんもついでにどう?」


 そう言われたので、とりあえず桃香は座布団に座った。しばらくして、緑茶のかぐわしい香りが鼻をつく。


「やっぱり落ち着くわね。山の中の旅館、畳の部屋、普段は飲まない美味しい緑茶―――これがミステリーなら、このあと事件が起きてもおかしくなさそうね」


 瀬河が急に、真面目そうな顔をして妙なことを言いだした。先程のひと騒動から空気を切り替えようと思ってのことだろう。桃香は吹き出しそうになる。


「止めてください。フィクションじゃないんですから」

「でも雪平さんは、つい最近魔法少女になっちゃったでしょ? 現実は時に空想を凌駕することもあるんだって、あなたの方がよくわかってると思うけど?」

「ま、まあ確かに」


 アラサーと呼ばれるような年齢なのに、魔法少女初心者――確かにこれが物語の設定ならば、いろいろと盛り過ぎかもしれない。


「じゃあミステリーで考えるのはナシにしましょう。もしこれがホラーなら、夜中の寝静まった頃に誰かの悲鳴が……」


 急にスマホの着信音がなり、桃香は茶を吐き出しそうになった。不意の出来事に驚く心臓を宥めながら、画面を確認する。


「桜輝からだ……もしもし、どうしたの?」

『あ、姉貴!』


 電話の向こうの声は、切羽詰っているように聞こえた。走っているのか、息が荒い。


『ルーンが家の近くで倒れていたんだ! 怪我はしてないんだけど、それより大変なことになってて……うわあっ!』


 短い絶叫の後、弟の声は途絶えた。


「桜輝? もしもし、桜輝?! どうしたの、返事して!」


 問いかけも虚しく、通話はあちらから切れてしまった。


「何?」


 深刻な状況に気づいたのか、瀬河が身を乗り出してくる。


 もう一度電話をかけながら、桃香は早口で説明した。


「ルーンが見つかったって弟から連絡があったんですけど、いきなり電話が切れちゃって」


 呼び出し音の止まないことに苛立ちを覚えていたら。


 机の上に置きっぱなしになっていたボタンが、急にひとりでに動いた。


『桃香、聞こえるかい? 僕だよ、ルーンだよ!』


 同時に飛びすさっていた桃香と瀬河は、目を合わせた。桃香はすぐさまボタンを手に取る。


「無事だったんだね、一体何があったの?」


『詳しい説明は後だ。それよりも桜輝がさらわれた。もう一人の一般人もだ!』


 頭が真っ白になった桃香に、ルーンは更に衝撃的な一言を放った。


『最も恐れていたことが起きた。〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉が覚醒しかけている! それも四天王クラスだ。僕はすぐそちらへ向かう。緊急出動だよ、桃香!』







 ボタンの通信が切れてから二十秒もしないうちに、ルーンは部屋に現れた。なぜかオレンジのジャケットが濡れている。


 息をぜえはあと切らす兎を見て、のっぴきならない事態がおこっていることだけは理解した。


「僕がうっかりしていたせいで連絡できなくて、不安にさせたよね? さっきも説明した通り、〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉の四天王クラスが動き始めたんだ。そいつは桜輝と、もうひとり人間をさらっていった。奴はまだ、桃香の家の近所にいるはずだ」


 桃香も身を乗り出して説明する。


「今朝、私の目の前でカラスが誰かにさらわれちゃったの。たぶん、ルーンの仲間だよね?」


 息がやや落ち着いてきたルーンは、片耳を押さえて苦い顔をする。


「たぶんフルリだ。そうか、あいつも……とにかく桃香、悪いんだけど応援なしで戦ってもらうしかない。君の成長は目覚ましいけども、まだ魔法少女になって二か月にならない新人だからね。そんな君に四天王クラスと戦わせるのは気が引けるけど、とにかく今は一刻を争うんだ」


 桃香は立ち上がった。


「わかってるよ。桜輝も敵が連れて行ったんでしょ? 私は逃げないよ」


 ふと後ろを振り返る。そこには柔らかく微笑む瀬河がいた。


「朝まで時間がかかっても、私がちゃんとごまかしておくから。安心して行ってきて」


 瀬河も立ち上がり、両手で桃香の手を包む。


 少し強く握られて、自然と気持ちに熱が灯った。


「あなたの弟さんとこの地球の平和を、しっかり守ってきて。私は祈ることしかできないけど、応援しているから」


 桃香は自分の手を重ねてうなずいた。


「ありがとうございます。必ず朝になるまでに戻ってきます」


 窓をあける。両耳のイヤリングが、顔を上げると同時に音をたてて揺れた。


 窓枠に足をかけ、飛ぶ。桃香は叫んだ。


「サンク・エトワール・インカーネーション!」


 ――そして一人の魔法少女と一匹の兎が、静かな夜の街を飛ぶようにして移動していく。


 人知れず、この星の平和を守るために。

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