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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
四章 到来しつつある危機
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第35話 アニメのグッズ







 スタッフが去った後の部屋は、呼吸のタイミングを忘れそうなほどの気まずさが漂っていた。


 既に立ち上がっていた瀬河は、座り込んだままの石山へ頭を下げた。


「ごめんなさい」


 静かな謝罪にも、石山はうつむいて返事をしない。


「個人的な感傷で一方的に怒鳴りつけるなんて、社会人にあるまじき行為だったわ」


 荒田が慌てたように言う。


「いえいえ! こっちが悪かったんです。とりあえず祥子には頭を冷やしてもらいますから」


 ここぞとばかりに桃香は提案した。


「草薙さん、お風呂入るつもりだったんだよね? 一緒に行かない?」

「え?」


 返事を聞く前に、草薙のすそをつかむ。


「瀬河さんも、お風呂行きましょう?」

「……そうね」


 そして三人はそそくさと、隣の部屋へ移った。


 桃香は瀬河と草薙に、とりあえず座るように促す。


 瀬河はテーブルに肘をつき、こめかみをしばらくもんでいた。


「みっともなかったな。二人とも、本当にごめんなさい。私が大声出したのが悪いのに、旅館の人に謝ってもらって」

「とんでもないです。お気になさらず!」


 桃香は勢いよく答えるが、その後また三人の間で沈黙が流れた。


 桃香の脳内PCUは停止間近だったが、草薙がいきなり頭を下げた。


「こちらこそすいません。祥子ちゃんに代わって謝ります。たぶん祥子ちゃんは今ナイーブになってて、そのせいで私の持ち物がかんにさわっただけと思うんです」


 桃香は思い当たることがあった。


 魔法少女に勝手にされた日の、昼休みのこと。


「持ち物って、『レインボーガーディアンズ』のコラボコスメのこと?」


 草薙はうなずいた。


「そうです。あの、雪平さんも『レインボーガーディアンズ』お好きなんですか?」


 草薙が期待に目を輝かせていたが、桃香は冷淡にならないよう答えた。


「見てはいたけど、グッズを買うほどではないんだよね。でも面白いよね、あのアニメ」


 桃香が本気で崇拝する魔法少女作品は『ルナティック・シリウス』のみだが、『レインボーガーディアンズ』も間違いなく名作ではあるので話を合わせておく。


 草薙は一瞬がっかりした表情になったが、すぐに続ける。


「私は昔から『レインボーガーディアンズ』が大好きで、特にスカイブルーガーディアンの亜久亜ちゃんが可愛くて大好きで。アニメリメイク後のグッズは買えるだけ買い漁っているんです。コラボコスメもいくつか発売されていて、リップくらいなら会社に持ってきても問題ないかな、と思ったんですけど」


 瀬河は不思議そうに眉をひそめた。


「石山さんは気が強いと思うけど、他の人の持ち物にケチをつけるような意地悪な人なの?」

「その……私も詳しくはわからないんですが、祥子ちゃんも昔『レインボーガーディアンズ』が大好きだったらしいんです」


 桃香は目をしばたたたかせた。


(作品は好きだけど、会社に持ってくるのは違うって思ってるのかな。でもそうだとしたら『まだそんなのが好きなんだ』って言い方するかな?)


 すると、遠慮がちに扉の叩く音がする。


 桃香が確認しにいくと、そこには石山と、彼女を支える荒田が立っていた。






「本当にすみませんでした。瀬河さん」


 石山は部屋に入るなり畳に座り、深く頭を下げる。後ろの荒田も、続いて頭を下げた。


 瀬河は立ち上がり、彼女の側へと行く。


「私も言い過ぎたし、悪かったわ。痛み分けってことでいいかしら? この話題、あんまり長引かせてもよくないでしょ?」


 頭を上げた石山は、無言でうなずいた。まだ瀬河と目を合わせる勇気は無いようだ。


「ねえ蓮歌、祥子が話があるんだって。ちょっといい?」


 荒田の言葉に、草薙は目を丸くする。


「私?」


 戸惑いながらも、二人は廊下へと消えていった。残された荒田はふっと息を短く吐いた。


「祥子が悪酔いした理由なんですけど――あ、祥子には多少のことなら話してもいいって、許可は貰ってます――ちょっとプライベートでショックなことがあって、それを引きずってるんです。でもいくらなんでも荒れ過ぎったって、本人も反省してるし落ち込んでます。許すか許さないかは瀬河さんが決めることですけど、それだけは祥子の友達として言わせてください」


 桃香は考えている様子の瀬河を視界に入れてから、疑問を口にした。


「石山さんと草薙さん、二人にして大丈夫?」

「たぶん、蓮歌のコスメを投げ飛ばしたことを謝ってるはずです。『レインボーガーディアンズ』っていうアニメとのコラボグッズなんですけど、ご存知ですか?」


 荒田がこちらを交互に見ながら遠慮がちに聞いてくるのが、桃香には何だがおかしく感じた。


「私はあなたと同世代だし、『レインボーガーディアンズ』自体ものすごく有名だから、瀬河さんも知ってるよ」


 無言で首肯する瀬河に荒田は一瞬驚いたようだが、すぐ神妙な顔つきに戻った。


「蓮歌に勝手にイライラした私が悪い、って祥子は言ってました。私たちは同じ高校なんですけど、たまに祥子のお母さんについて愚痴を聞くことがあったんです。ちょっと厳しい教育ママみたいなところがあるらしくて、祥子が高校へ進学する前に『レインボーガーディアンズ』のおもちゃを強制的に捨てるハメになったらしいです。祥子のお母さんの理屈だと、高校生にもなって子供騙しのアニメにはまるのはおかしいみたいで」

「何それ、ひどい」


 反射的に桃香の口から憤慨が漏れた。人に迷惑をかけなければ、自分が破滅しない程度であれば、何を好きになろうが何に没頭しようが本人の勝手だ。親でさえそこに口を出すのは、いかがなものだろうか。


「だから蓮歌がコラボコスメを持っているのが、羨ましかったし悔しかったみたいなんです。自分が大人になっても親の目を気にして出来ないことを、堂々としている他人を見るのが辛いって。それとハッキリ聞いてはないんですけど、少し前から彼氏と揉めてるみたいなんですよ。それも悪酔いした理由の一つだと思います」

(喧嘩したのかな。確かにメンタルやられるよねえ)


 過去の自分を思い起こし、桃香は遠い目になる。


 しかし最近の石山は、会社での様子は普段とそう変わりないように見えた。プライベートを仕事に持ち込んではいないし、そこははっきり境界を分ける人ではあるのだ。


(でも酔っ払ったあげく、すごい暴言吐いちゃったね……)


 だがこの後も、瀬河と石山は変わりなく同じ会社の社員として過ごすだろう。そもそも業務内容も所属の係も違うので、当たり障りなくやっていけるのは幸いだ。


 瀬河の眉間にややしわが寄っていた。

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