第33話 宴会と疑問
予想通りではあったが、草薙はお酒を注いで回るというのが得意でないらしい。というより、なぜやらなければならないのか戸惑っている、という風に見えた。
「草薙さん、瓶ビールを注ぐときは、ラベルが隠れないように持ってするといいんだよ?」
「は、はあ」
桃香自身も果たして意味があるのか疑問に思っているマナーを教えると、不可解そうな顔をされた。そのやり取りを見ていた、柿元課長補佐が可笑しそうに笑う。
「桃香ちゃんがお姉さんっぽいことするなんて、びっくりしちゃった。蓮歌ちゃんもどんどん桃香ちゃんから教わって、仕事のコツを盗んでね」
柿元課長補佐は五十代後半だ。子どもを一人育てながら主婦業もこなし、途中入社ではあるが課長補佐を任されている。桃香は就活中、会社説明会に参加した時、女性社員も責任ある立場になっている人がいると聞いて驚愕したのをよく覚えている。
失礼を承知で言えば、決して都会とはいえない地方都市の小規模な会社で、女性が役職に就いていることなどあり得るのか、と思ってしまったのだ。ただこれは、二代目の現社長が女性であるという影響は少なからずあるだろう。
桃香は苦笑を添えて返す。
「私なんてまだまだです。反対に教わらないといけないような人間ですから」
「でも頑張ってくれてるじゃない? 最近体の調子があんまり良くないみたいだけど、あなたも瀬河さんみたいに、よければずっとこの会社を支えてね?」
「支えるなんてとんでもないです。せめて足を引っ張らないように励みます」
社会人用の愛想笑いが自然と浮かんだ。桃香にとって、この会社はあくまで腰かけのつもりだった。元カレと破局さえしていなければ、今頃退職の相談をしていた可能性もあるのだ。
(自分の身に起きて初めて気づくけど、人生ってどこでどうなるかわからないよね。学生の頃から付き合ってた恋人と別れて、今は魔法少女やってるんだもの)
桃香は草薙と柿元が話せるようにさりげなく誘導し、新しいビール瓶を取りにいった。
すると――
甲高い悲鳴のような、グラスの割れる音。喧騒が瞬く間に静まる。
「すみません! 祥子、怪我はない?」
荒田がとっさに皆に頭を下げ、うつむいたままの石山へ声をかける。
どうやら水割りを作ろうとして、手元が狂ったようだ。旅館のスタッフと荒田がグラスを片付けるが、石山は立ちつくしたまま。桃香には、彼女が深酒しているようにも見えた。
破片があらかた片付いたタイミングで、瀬河が二人へ声をかける。
「大丈夫? 部屋に戻ったら?」
「そうします。すみません」
荒田は何度も周囲に頭を下げているが、石山は瀬河に向かって一度うなずいたきりだ。こめかみを押さえているのは、酔いが回っているからだろうか。
そして小さなハプニングなど無かったかのように、さざめきは復活していく。
○
宴会は解散となった。風呂へ向かう人やバーで飲みなおす集団もいるなか、桃香は瀬河と共に部屋へと戻った。
いつの間にか決められていた部屋割で、桃香と瀬河は同部屋だったのだ。少し前の桃香ならば運が悪かったと嘆いただろうが、秘密を知られている今となってはありがたい。
桃香は数日前にルーンが遠出したことや、連絡がつかないことを改めて詳しく説明した。
机の上に置かれた赤いボタンを、瀬河は腕を組みながら見下ろしている。
「これって、明らかに異変が起きてますよね?」
部外者の瀬河に相談するのもおかしな話だが、不安を誰かと共有しないと身が持ちそうにないのも事実だった。
桜輝や風音より、一週間だけでもルーンの仲間に関わりを持った瀬河に話すのが適切だろうと思ったのだ。
「下手なことは言えないけど、〈悪の元素〉の出現が理由もなく減って、ルーンが姿を現さないのなら、何か起こったと考えるのが普通よね」
桃香はうつむいた。
「せめて、ルーンが怪我してないといいんですけど」
今朝正体不明の人影にさらわれた、カラスの安否も勿論気にかかるところだ。
「瀬河さん、知ってることってありませんか? 何でもいいんです。思い出してくれませんか?」
人影の正体に心当たりも想像もつかないと言っていた瀬河だが、眉間にしわを寄せてゆっくり口を開く。
「もう二十年近く前だから、正確な情報じゃないかもしれないけど。〈悪の元素〉は植物の姿をしているタイプのものより、人間を宿主にしたタイプの方が強いって聞いたわ」
瀬河は傍らの緑茶を一口飲んだ。
「雪平さんが浄化している〈悪の元素〉は、植物みたいな形状のものばかりなんじゃない?」
無言でうなずく。
「リスの子が言っていたわ。〈悪の元素〉は地球で活動する時、人間を宿主にしつつ覚醒の時を待つらしいの」
「覚醒……真の姿になるってことですか?」
「確かね。真の姿に近い状態で復活するかどうかは、宿主との相性次第らしいんだけど。真の姿に近ければ近いほど、〈悪の元素〉として本領が発揮できるんですって。その分、魔法少女は困っちゃうけどね」
感心しつつも、桃香は少しの寂しさを覚えた。
「私より詳しくご存じですね。ルーンはそこまで細かく言ってくれなかったのに」
予備役みたいなものと言っていたし、やはりちゃんとした戦力として見られてないのだろうか。
「あの時は復活した敵がたくさん現れていた時期だったらしいから、急いで説明しただけだと思うわ。今はそれなりに平和なんじゃないの?」
確かに、一番最初に魔法少女の出動回数は月に一、二回だと説明された。地球に危機が迫っているなら、そんな頻度はあり得ないだろう。
「あとは覚醒した〈悪の元素〉は、強さに応じて階級分けされてるって言ってたかな」
「階級ですか?」
フィクションの魔法少女でもありがちだ、と心の中で思う。
「ルーン達が区分したらしいんだけど、確か兵士クラス、貴族クラスがあって……まだあと、ひとつかふたつはあった気がする。ごめんなさい、これ以上は思い出せそうにないな」
「いえ、ありがとうございます」
情報が全くないよりかは安心できる。これでルーンの無事を確認できるわけではないが、ひとつの推論が桃香の中で出来上がった。
「〈悪の元素〉は誰かが復活したか、もしくはしかけている最中で、ルーンはその敵に捕まっちゃった……っていう可能性が否定できないですね」
瀬河は真剣な瞳のまま、何も答えない。
しばしの沈黙が続くが、隣の部屋で立て続けに物音がした。




