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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
四章 到来しつつある危機
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第32話 ヤツは動く

「雪平さん?!」


 だが到着した時には、カラスはぐったりと動かなくなっており、薄黒い球体に閉じ込められていた。そのまま、シャボン玉が空へ飛ぶように上昇していく。


「何、あれ?」


 球体は瀬河にも見えているようだ。桃香の視線は、十階建てのホテルの屋上の影をとらえた。


「瀬河さん、あそこに誰かいます!」


 黒いシルエットが朝の空を背景に浮かび上がっている。体格からして、長身の男性だろうか。長い髪を風になびかせ、桃香たちのほうを見下ろしているようにも思えた。


 影がおもむろに右の手のひらを広げる。その上に、カラスを閉じ込めた球体が収まった。


 信号が点滅する。桃香と瀬河はホテルの近くまで駆けた。


 影は身をかがめている。体を細かく震わせているので、こちらを嘲笑しているのかもしれない。


 そのまま建物の間に駆け込んだ桃香は、イヤリングをはじく。


「サンク・エトワール・インカーネーション!」


 魔法少女となった桃香は、壁に伝う配管や窓枠を足場にし、上へ向かって跳ぶ。

 瀬河が「すごい……」と感嘆の息をもらした。


 そのつぶやきが朝の空気に残る間に桃香は屋上へ着地し、辺りを油断なく見渡すが、もう何の気配も感じられなかった。


(遅かった、逃げられた!)


 歯ぎしりしながら、影が立っていた場所まで行く。そこに落ちていたのは、一枚の黒い羽根。


 念のため地上を見下ろしてみたが、社会人や学生が行きかう、極めて平凡な街の様子が広がっているだけだ。


「ルーンにも連絡がつかないし、カラスもさらわれた。敵が動いているのは間違いないけど、一体何が起きてるの? 私はどうすればいいの?」


 その独白は、立ち並ぶビルに虚しく吸い込まれていく。


 夏間近にしては冷たい風が、桃香の背中を叩いた。







「雪平さん、部屋に戻らなくてもいいの?」

「……あ、すみません。ぼんやりしちゃっただけで、大したことないです」


 目の前に瀬河が座ったことを、彼女が声をかけてきて初めて気づいた。


 日中は仕事に身が入らず、夕方を迎えた。桃香は車通勤の為、温泉旅館までの送迎役を任された一人だったが、運転中も心ここにあらずの状態だった。


 今回の避暑会に参加したのは、社員の八割程だ。子どもが小さい主婦や、親の介護をしている人の姿は見当たらない。桃香が入社する前はほぼ全員強制参加に近かったそうだが、時代の流れを受けてか欠席する人も出てきた。


 宴会は二十人以上収容できる大広間で行われた。部長の挨拶を聞き、乾杯の音頭の後、近くの人と他愛もない話をしながら大きな膳をつついていたが、桃香の意識しないうちに箸が止まっていたらしい。


「雪平さん、行きの車でも元気なさそうでしたよね?」


 すかさず会話に加わったのは、草薙だ。瀬河が持っていた瓶ビールを彼女に向かって持ち上げる。


「草薙さん、おかわりいる?」

「あ、ありがとうございます」


 ちょうど空になっていたグラスに、黄金の液体がそそがれる。桃香は感心してしまった。


「草薙さんって、かなりお酒飲めるんだね」

「そんなことないです。家族はお酒に強い人が多いですけど、私は弱い方で」


 と謙遜する彼女だが、既に瓶ビールを二本空けているし、先ほど日本酒の水割りも自分で作っていた。それも半分は無くなっている。


「私はアルコールがホントに苦手だから、お酒の楽しみがわからないんだよね」


 刺身を口に運ぶと、瀬河が麦茶の瓶をそそごうとしてくれる。桃香はグラスを持ち上げた。


「雪平さんは、お家でも呑まないの?」

「弟はけっこう飲みますけど、私は大学生の時の失敗で懲りちゃって。ヤケクソな気分のときは別ですけど」


 食事中に言うのははばかられるが、サークルの飲み会でお酒好きな先輩をかわしきれず、最終的にトイレとお友達になったことがある。あの時の心臓の破裂しそうな鼓動や、頭の芯まで脈打つ不快感、そして翌日のひどい二日酔いも合わせて、酒はよっぽどのことがないかぎり口にしないと決めたのだ。


 酒好きを否定するつもりはない。ただよかれと思って、もしくは誰もが飲むものだと決めつけてアルコールを進めてくるタイプはそれ以来苦手となってしまった。


 そういえば新入社員の頃、比見課長に「飲め飲め」と陽気に促され困っていたら、瀬河が間にさりげなく入ってくれたことがあった。


「何年か前に瀬河さんが比見課長と飲み比べして、勝ったことありましたよね?」


 そう言いながら、桃香は瀬河に麦茶を注いだ。草薙が目を丸くする。


「瀬河さん、お酒強いんですか?」

「普通よ。課長が元々アルコールに弱い人なの。それなのに人には飲もうって促すからね、あの人。飲みニケーションを重視していた世代だから、仕方ないといえば仕方ないのかもね」


 瀬河は立ち上がり、他の席へ酒を注ぎに行った。桃香は草薙へささやく。


「私たちも注いで回らない? ついてきてくれる?」

「え……はい、わかりました」


 桃香の見ている限りだと、草薙はこういう飲みの場で動こうとはせず、一人で黙々と飲んで食べているタイプだ。彼女が正社員ではなく、派遣という立場であることも関係しているのかもしれない。普段つるんでいる石山や荒田はこういう時は二人で動くので、彼女を輪に入れようとはしない。


 今までの桃香ならば、他の社員へお酒を注ぎに行く際に草薙を誘うことはなかっただろう。ただ魔法少女になって以降、隣席の彼女には幾度となく迷惑をかけた。会社の人間とはそこまで仲良くしてこなかった桃香だが、これからは草薙と少しだけ関わりを持とうかと、考えが変わりつつある。


(草薙さんは大人しいけど仕事は出来るし、上の人たちへの印象も良くなればもっと評価してもらえるんじゃないかな)


 というわけで桃香は草薙と一緒にお酒を注いで回り、当たり障りのない雑談を続けた。業務上の関係であまり話さない社員も何人かいるので、この機会に一応交流しておく。

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