第31話 嵐が来る前
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朝食の席で、桃香は指折り数えた。
「今日で八日目かあ」
「何か言ったか姉貴?」
「〈悪の元素〉が全然出てこなくなったから、平和だなって思っただけ」
ルーンが相談しに行くと言い残して、今日で八日目だ。一度だけ、家の近くで〈悪の元素〉の気配を感じて浄化したが、魔法少女としての出動はその一回だけだ。
ルーンからの報告も特にないが、ないということは異変なしなのだろう、と桃香は解釈した。用事もないのに、ただ心配だからという理由で連絡をするのはためらわれたのだ。
だが、仕事の忙しさを盾にして連絡してなかった面もあるのは間違いない。なぜか最近仕事はトラブル続きでてんやわんやになっていたし、帰宅後は食事をして風呂に入ってしまうと頭が働かなくなるから。
「じゃあよかったじゃん。戦いがないってことは平和な証拠だろ?」
「まあ、そうなんだけど」
一時は根をあげる程に〈悪の元素〉が出現したのに、嘘のようにぱったりと無くなった。これが、嵐の前の静けさでなければいいが。
(ルーンもそれを探っている最中だし、待つしかないよね。でも、さすがに今日見た夢のことは話した方がいいかも。あの置いていったボタンに話しかければルーンに繋がるのかな)
あれこれ考えていたが、桜輝の問いに現実に引き戻される。
「今夜だよな、姉貴が会社の人と泊まるのって」
「うん、そうだよ」
ソファーに置いてある鞄を見て、ため息をつく。毎年恒例、夏の避暑会だ。宴会だけの年と一泊する年があるが、今年は気づいたら後者になっていた。
「いいなー。俺も透伯温泉行きてー」
桃香が今日行くのは県内の温泉地だ。これも桜輝や風音から教えてもらったのだが、この数年で二作品のアニメが透伯温泉を舞台にするかまたは登場させるということをしたため、一部のオタクにとって聖地となっているらしい。秋にはお祭りが行われるが、その時は全国から人が集まってくるそうだ。
保育園の頃と大学生の頃、透伯温泉に泊まったことがある桃香だが、山に延々と囲まれた、ひたすら静かで町の喧騒からいっさい切り離された場所が、そんなきっかけで盛り上がるとはただ驚きだ。
「私は小さい頃も行ったことあるけど、桜輝はまだ生まれていなかったもんね」
「おう、だからサークルの誰かと一緒に行く計画を立てるつもりなんだ。出来れば夏休み中に! 大学生の夏休みは長いからな」
「うん、頑張って」
生返事をして、桃香は立ち上がる。
「あれ、もうお腹いっぱい?」
「そういう訳じゃないけど、早めに会社へ行こうと思ってね」
今日は残業が出来ないからでもあるが、目的が別にあるからだ。
一泊分の荷物を肩にかけ、いつも通りに玄関を出る。
旨に巣食う嫌な予感が、杞憂で終わることを祈りながら。
いつもより三十分以上早く、会社駐車場へと到着した。
だが建物の中には入らず、桃香はこそこそと周囲を伺いながら、愛車の中で身をかがめる。
鞄から取り出したボタンへと、小声で囁いた。
「聞こえる、ルーン? ちょっと気になることがあって、話を聞いてほしいの」
しばらく待ってみたが、ボタンはうんともすんとも言わない。何の声も帰ってこないし、気配もしない。
「ルーンが寝てるのか、これがそもそも壊れてるのかな?」
再三ルーンを呼び出してみたが、諦めてとりあえず車から降りた。
「あら雪平さん、おはよう。こんな早く珍しいわね」
颯爽とママチャリでやってきた瀬河が、声をかけてくる。彼女も本日避暑会に参加するというのに、背負ったリュックは小さい。荷物は少なめにする主義のようだ。
「おはようございます……そうだ、瀬河さん」
桃香は瀬河へ歩み寄った。
「以前誰かと話してませんでしたっけ? 最近この辺にカラスが多いって」
「ああ、そんなことあったかもね。それがどうかした?」
「どの辺りに特に多くいたのか、教えてくれませんか?」
瞬きする瀬河に、簡潔に説明する。ルーン不在のこと。困った時は職場の近くにいるカラスに相談してほしい、と説明されたことを。
瀬河は大通りを指さした。
「街路樹があるでしょ? あそこの一番大きな木に、カラスが集団で止まっていることがよくあったわ」
「ありがとうございます」
そのまま歩き出したが、瀬河もなぜか後ろからついてきた。
「瀬河さん?」
「横断歩道があるとはいえ、道のど真ん中で立ち止まるのは危ないから。盗み聞きするつもりはないけど、安全確認はした方がいいでしょ?」
迷惑かな、と添えられた問いに首を振る。
「ありがとうございます。すぐに終わらせますから」
「ごめんなさい。関係者みたいに振る舞ってしまって」
二人で信号を待っている間、改めて街路樹を確認する。瀬河が指さした先には、十羽以上のカラスが枝にとまって羽根を休めていた。
だが――そのうちの一羽が突然叫び、その場で羽根をばさばさと広げて暴れる。つられて他のカラスも暴れ、皆散るように逃げて行ってしまった。
残されたカラスを囲うように、黒と白の羽根が高速で円を描いて舞っている。
「また羽根だ!」
「え?」
信号が青に変わる。数名のサラリーマンが歩を進める中、桃香だけがダッシュした。




