第30話 魔法少女が見た夢の中で
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『シリウス、私をだましていたの? 答えてよ』
これは夢だとすぐに思い至った。目の前で展開するのは、大好きな『ルナティック・シリウス』の漫画のワンシーン。クライマックス間近の場面だ。
桃香は『ルナティック・シリウス』のアニメを愛して止まなかったが、原作の漫画を手にしたのはアニメ放送から四年後の小学校三年生の時だ。親に誕生日プレゼントとして全八巻を大人買いしてもらい、ワクワクしながら読んで――そうとうなショックを受けたことを覚えている。途中からアニメの内容と全然違う上に、当時の桃香が受け止めきれない程に暗い展開が続いたからだ。
後に桜輝が解説してくれたのだが、桃香が幼い頃に放送されていたいくつもの魔法少女アニメは、ほとんどが原作にかなりのアレンジを加えたものだったらしい。かの『レインボーガーディアンズ』は完全オリジナルアニメだが、漫画原作の場合は刊行冊数が少ない状態でアニメ化したものばかりで、そのため内容を大幅に足したものが多いそうだ。今と違って、一年間に渡って連続でアニメが放送されるのが当たり前だった時代らしいからなあ、と桜輝は言っていた。
『ルナティック・シリウス』の場合、アニメはシリアスな展開でもそれなりに綺麗にまとまってめでたしめでたし、となる。るうなもシリウスも、それぞれの幸せをつかむ。だが漫画はそうは問屋が卸さないとでも言うかのように、辛い展開が繰り広げられるのだ。
『だましたって、僕が君をかい?』
主人公のるうなに答えたのは、ヒーローポジションであるシリウスという少年。彼はオコイヌ星の王子だが、宇宙の破滅を目論むダークマターズという敵のせいで、星を滅ぼされ故郷を追われた。地球にやってきたシリウスは、オコイヌ星復活のために必要な宝玉・ブルージュエルを集めようとしていた。だが彼は、新月から満月になるまでの間、地球での活動が難しいというハンデがあったのだ。そこで主人公のるうなに魔法少女になってもらい、自分に協力してほしいと願う――それが物語の導入だ。
魔法少女のるうなが主に活動するのが夜であること、満月から新月の間は、るうなよりもシリウスが活躍する回が多いこと、そしてシリウスという悲劇の少年王子に熱狂的なファンが多いのが、この作品の特徴だ。
桃香も他のファンにもれず、シリウスが大好きだった。儚げな雰囲気なのに、決意を秘めた大きな瞳が印象的で。悲壮感と宿命を背負う、心優しい王子は桃香の初恋だった、と言っていいだろう。
アニメ版のシリウスは、そうだったのだが――
夢の中で漫画は進む。二人の声がアニメ版の声優と同じに聞こえてしまうあたり、桃香がいかにこの作品を愛しているかがわかる。
『教えてくれた人がいるの。その人はあなたの昔の友達って言ってた。ねえシリウス。ブルージュエルは地球だけに存在するって説明してたけど、少し違うんだよね? ブルージュエルは、ただの宝玉じゃない』
そこでシリウスはうなずいた。彼の背後の窓は開いており、吹き込む風にカーテンがゆらめいている。
『ブルージュエルは、かつてあなたとあなたの一族が創ったもの。たくさんの動物や植物の命をいけにえにして、いくつものブルージュエルが生まれた。それを使えば、オコイヌ星は命に満ち溢れた星になるから。あなた達の都合で、どれだけ木を切ろうが水を汚そうが、何度でも美しくよみがえる』
シリウスは目を閉じるだけで、何も言おうとしない。るうなの体が震えはじめる。
『でも、ダークマターズがあなた達の行為を止めさせた。逃げることができたあなたは、ブルージュエルがたくさん吸い寄せられた地球に来たのね。そして……』
るうなはごくりと唾をのみこみ、自らの変身アイテムを取り出す。
かつてシリウスに託されたこれも、ブルージュエルだ。
『あなたは、地球でもブルージュエルを作った。魔法少女にした女の子たちの、生命力を吸い取って』
涙がひとすじ流れたまま、るうなは叫ぶ。
『教えて。私が使っているこのブルージュエルは、誰の生命力を元に作ったの? その子は無事なの?!』
シリウスは肩をすくめた。
『今も生きているよ。ずっと寝ていて、ほとんど起き上がれないみたいだけどね』
るうなは衝撃のあまり、一歩後ずさった。シリウスが喉を鳴らす。やがて彼は、身体をのけぞらせて吠えるように笑った。
『シリウス……?』
『るうなにばれてしまうとは思わなかったよ。君の願いや生命力は強いから、ぜひとも手に入れたかった。あと少し、だったんだけどな』
るうなは手にしていたブルージュエルを床へ投げ捨てようとしたが、何とか思いとどまる。
『どうしてこんな酷いことができるの? 誰かの命や人生を犠牲にして、それで平穏に暮らせるっておかしいよ?!』
『おかしい? そうかな。僕の星では、自分さえ良ければ後はどうなろうと構わない、という人が大勢いたよ。地球も似たようなものじゃないかな。もし、ブルージュエルを作り出す技術を地球人が知ったら、間違いなくブルージュエルをたくさん作るだろうね』
立ちつくするうなへ、シリウスは歩み寄って耳打ちする。
『誰でもそうさ。得するのならば、自分さえ困ったことにならなければ、どんなことをしてもいいって思ってしまうんだよ?』
るうなの脳裏には、これまでの優しい、そして凛々しいシリウスの姿が走馬灯のように蘇る――
(懐かしいな。久しぶりに漫画もアニメも見ようかな)
昔は漫画版が受け入れがたく思うこともあったが、今では人間のエゴや欲望、世の中のままならなさというものを作者なりに落とし込んで描いているのがいいな、と感じている。シリウスは己の心を殺し、星を再び復活させるために数々の命や少女を犠牲にする道を選んだのだ。それで喜ぶ立場の人と、シリウスを憎む立場の人とにはっきり分かれ、彼自身も辛い思いをするというのに――
漫画は悲しい結末をむかえる。シリウスはこれまでの贖罪のため、自身を等身大のブルージュエルにしてしまう。るうなや地球の少女達は魔法少女の宿命から解放され、オコイヌ星は再び生命ある星によみがえり、もうブルージュエルを二度と創らないないと誓う。そしてオコイヌ星とダークマターズは和解する、という流れだ。
キャラクター設定や性格は差異があるが、桃香はアニメ版も漫画版も、一番好きなのはシリウスだと断言できる。
(私にとってある意味、永遠の王子さまかもしれない)
るうなが星空を見上げて涙したところで、漫画は完結する。
そのシーンまでコマが流れ、これで夢も終わるかとおもった、が。
羽根が舞う。どこかでみた、黒いいくつもの羽根が。
辺りは突然真っ暗になり、さらに舞う羽根の量が増える。漆黒と純白の、二色の羽根。
桃香の背がなぜか震えた。目の前の光景は幻想的ではあるが、同時に禍々しさも感じたのだ。
そして場面はまた、『ルナティック・シリウス』の漫画に戻った。のだが。
窓辺に立つ人物は、悲劇の少年王子シリウスではない。
長い銀髪の、どこかでみたことのある顔で――
「……那波人君?」
名を呼んだ瞬間、那波人は口の片端を持ち上げて笑う。こちらを下等な存在として見下している、冷たい視線。普段の那波人ならば絶対にしないであろう表情だ。
桃香の第六感が騒いだ。
「あなた、誰なの?」
那波人の顔をした人物は答えず、窓辺にもたれかかって腕を組み、楽し気に目を細めた。
「私が目覚めたあかつきには、私と踊ってくれるか? まだまだ弱い魔法少女よ」
「え?」
その内容を吟味する前に、耳元で何かがけたたましく鳴った。




