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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
一章 OLさんは、ある日突然魔法少女になりました。
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第3話 いつも通りの日常

 軽くシャワーを浴び、着替えやメイクを済ませリビングに向かうと、そこには二人分の朝食が準備されていた。


 桃香は今、七歳下の弟の桜輝と二人暮らしだ。昨年父が県外へ赴任となり、母もそれについていったからである。


 家事があまり得意ではない桃香は当初家が荒れるのではないかと危惧したが、大学生になるまで家のことにノータッチだった桜輝が、まさかの料理の才能を発揮した。掃除や洗濯は二人で分担して行ってはいるが、桜輝に余裕がある限り、食事は彼が支度している。


 弟が電車に乗るまで時間があるのに悪いなあと思いつつ、桃香は座る。


 つやつやと光るごはんに、オクラと小口ネギとキムチの載った豆腐、昨夜の残り物の鶏肉と白菜ともやしのピリ辛炒め、それにわかめと玉ねぎの味噌汁。


 食欲をさそう香りに癒され、ほうとため息をつく。


「ほんっとすごい、桜輝。残り物があるにしても、朝からお味噌汁とお豆腐を準備するなんて、私なら絶対に無理だもん」

「そんなことより、早く食べないと遅刻するぞ」


 桜輝も着席し、二人で手を合わせていただく。味噌汁のたった一口が、全身を温めてくれる。


 桃香はふと、先ほどの悪夢の話をしてしまった。自分で思っている以上にショックを受けていたようだ。


「姉貴ってあいつがまだ好きなの? あっちが地元に戻ってから、どんどん疎遠になったって言ってたじゃん」

「うん、まあね」

「誰だってたまにはヘンな夢見るし、あんまり落ち込むなよ」


 桃香は大卒だが、元カレは大学院まで進学した。なので二十五歳になるまではそれなりに会えていたのだが、彼が県外の地元に就職してから、それまでの関係が徐々に変わっていった。具体的ではないにしても結婚の話をしたこともあったくらいなのに、距離が出来たとたんによそよそしくなったのだ。


 元カレから一方的に別れを告げられたものの、桃香もいつからか感じ取っていた。この恋はいつか終わる、と。ピリオドを乱暴にうったのがあちらだった、というだけだ。


「あいつが出てきたことよりも、魔法少女のグッズを持ってることを馬鹿にされたのが嫌だったんだよね。本物のあいつはそんなこと全然言わない人間だけど。夢の言葉はグサッと刺さったなあ」


 それを聞いた桜輝は、箸で鶏肉をつまみながら言う。


「オタクだって開きなおりゃいいじゃん、姉貴も」

「私はあんたと違う! ひとつの作品がずっと好きだってだけ!」

「二十年以上もな。それもある意味すごいよ。この間も『ルナティック・シリウス』をモチーフにしたハンドメイドのイヤリングをネットで見つけて、真剣な目してたもんな。その情熱には俺も恐れ入るよ」

「ああそれね。たぶんもう作家さんが発送してくれてるはず」

「買ったのか。すげえな」


 桜輝はテレビのスイッチを入れた。時間が迫っている。桃香はあわてて残りを口に詰め込む。


「周りに大っぴらに宣伝することでもないけど、子供向けの作品が好きってのは悪いことじゃないと思うけどな。四十代や五十代の大人がプラモデルに夢中になってるとかもよく聞く話だし。なおさらアラサー女性が魔法少女を好きで何が悪いって話だよ。誰にも迷惑かけないのなら、堂々とこれが好きって胸を張ればいいと思うけど」

「ごめん、帰ったら聞くね。悪いけど今日は食器下げといて!」

「……俺、いいこと言ったんだけどなー」


 弟のぼやきを背に受けながら、玄関へ向かってダッシュする。


 愛車のエンジン音が、いつもと同じ一日の始まりを告げる。






 桃香の勤め先である株式会社北沢文房具は、家から車で四十分ほど走ったところにある。ここ数年にわたる開発で繁栄している駅前大通りの、五階建てのビルの二階だ。


 元は事務用品の卸売りをしていたが、十年近く前に制作したメモ帳等がたまたまテレビやネットで評判を呼んだことをきっかけに、経営規模が拡大した。現在、社員は三十人程。小さいが東京にも支所を構えるまでになっている。


 デザインや美術を学んだ学生が入社することも増えたが、そんな中で桃香は特に資格も無い大卒文系なのに運よく採用され、主に経理や諸々の雑務を担当している。


 仕事自体にそこまで不満はないが、朝職場に足を踏み入れる前に、いつからか気合を入れるのが習慣になっていた。心の中で己を鼓舞するような言葉を繰り返すだけなのだが、これをしておくと精神的な疲労が少なくなる気がするのだ。あくまで気がするだけ、だが。


 今日も、彼女の声がオフィスに響く。


「小野松君、ちょっと来てくれる?」

「は、はい!」


 指名された、返事が初々しい男性新入社員が素早くそちらへ向かう。彼を呼び出した女性――瀬河阿弥乃(あやの)は、黒縁眼鏡に指をかけ、一拍呼吸をおいてたずねる。


「この資料の数字は、どこを参考にしたか教えてもらってもいい?」

「はい!」


 自席に戻ろうとした小野松が、何もないところでつまずきかける。慌てないでと瀬河は声をかけるが、抑揚があまりないので怒っているようにも聞こえた。


 かかってきた電話に対応しながら、桃香は心の中で新入社員にエールを送った。


(頑張れ新人君! 瀬河さんは優しくないかもしれないけど、理不尽なことは言わないし、仕事は出来る人だから)


 電話を終え顔を上げると、二名の女子社員が給湯室のある方へ消えていくのが見えた。打ち合わせでもしたかのように。


 桃香は額に手を当てた。こういうことにモヤモヤする自分は損してるなと思うのに、どうしても気が向いてしまう。


 水筒の水出しフレーバーティーをくいと飲んで、振り切るようにパソコンでの作業を再開した。






 昼休み、桃香はトイレの手洗い場で歯を磨いていた。最大五人が同時に使える手洗い場は掃除も行き届いているし、照明も明るい。数年前にトイレを丸ごと改修したので、それなりにピカピカなのだ。


 だが桃香の表情はどんよりとしていた。交通事故にでも遭ったような気分だ。


 他の階にオフィスがあるらしき女性も、戸惑うような視線のまま化粧直しをしている。


「なんで瀬河さんてあんなに偉そうなんだろうね」

「わかる! 単なる係長なのに、どこか嫌味ったらしい感じが隠せてないよね」

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