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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
一章 OLさんは、ある日突然魔法少女になりました。
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第2話 ほろ苦い思い出と悪夢

 曙の光が徐々に空を染める頃、浅い眠りの中で桃香は夢を見ていた。






 あれは六月の終わりか七月のはじめだった。園児たちは大きな笹に七夕の飾りつけをしたり、短冊でおのおのの夢をしたためた。


 「サッカーせんしゅになりたい」「アイドルになりたい」「ペットやさんになりたい」「せんせいみたいなせんせいになりたい」など、いくつもの可愛らしい夢が二メートル近い竹を(いろど)った。


 そんな中桃香が書いたのは、「『ルナティック・シリウス』のるうなちゃんみたいにがんばりたい」だった。


 当時、桃香にはドはまりしていた魔法少女アニメがあった。


 『ルナティック・シリウス』というそれは少女漫画原作で、冷静に振り返れば保育園児や小学生が視聴するにはシリアスな内容だったとは思うのだが、桃香はとにかくそのアニメが大好きだった。


 奇しくもその頃は、十年以上にわたって続いた魔法少女アニメブームの全盛期だった。とにかくあらゆるタイプの“女の子が変身して戦うアニメ”が何本も作られ、当時は主要ターゲット層の女児だけでなくオタクな成人男性も楽しんでいた、と自称オタクの桜輝が解説してくれたことがある。


 『ルナティック・シリウス』は無名とまではいかないが、同時期に放送していた『レインボーガーディアンズ』という作品の社会現象級の人気に押され、イマイチぱっとしていなかったのは間違いない。


 もちろん保育園児だった桃香には、流行など関係なかった。そのことを知ったのは何年も経ってからだ。


 夢は続く――ある時、桃香の短冊を目ざとく見つけた男児がこう言ってきた。


「お前、こんなの見てるのかよ、ダッセー」


 その男児の名前すら思い出せないのだが、夢の中の五歳の桃香は頬を膨らませた。


「いいでしょ。私は『ルナティック・シリウス』が大好きなんだもん。馬鹿にしないで」

「馬鹿にしてねえよ。ただなあ、こんなの見るなんて子供っぽいよなー」


 五歳児が子供っぽいなどと言う時点で矛盾しているが、当人たちにとってはその時が一番成長しきった時なので、そういう表現になってしまったのだろう。


「子供っぽくない! あんただってヒーローになりたいとか書いてたくせに」


 この男児は自らの短冊に、どこぞの戦隊ヒーローのようになりたいと書いていたはずだ。桃香はその点を突いたが、向こうは鼻で笑うだけ。


「俺はいいんだよ。お前のはダサい。魔法少女になりたいなんて、ダサくて信じらんねえ」

「うるさい、酷いこと言わないで!」


 思い返せばその男児にとって、女の子向けの作品は理解しがたいものだったのかもしれない。桃香にだって戦隊ヒーローの良さはわからないからだ。その未知なるものへの不可解さと、低年齢で気遣いが出来ないということもあいまって、暴言が飛び出したのだろう。


 大人になった桃香なら笑って済ませられるが、保育園児の桃香はそうはいかない。好きなものをコケにされて、悔しくないわけがないから。


「憧れて何が悪いの。なりたいと思っちゃダメなの? 七夕のお願い事なんだから、書きたいことを書いたっていいじゃん!」

「お前さあ、こういうのが好きなの?」


 相手の声がガラリと別人のものに変わる。成人男性が、戸惑いをどうにか押し殺そうとしている声。


 桃香は目を見張った。そこにいるのは、からかってきた保育園の男児ではない。


大学の頃から付き合っていた、名前ももう思い出したくない元カレだ。


 桃香の喉からカエルをつぶしたような音が出た。


「なんであんたがここにいるのっ?!」


 人生の時系列がおかしくなっているが、それも夢のせいだ。だが夢を見ている最中には、そのことには気がつかない。


「この漫画……ああ、タイトルくらいなら知ってる。アニメをやってたのは覚えてるけど、俺は見たことないな。っていうか、大学生にもなってこんな綺麗に並べとくなんて、お前、オタクだったのか?」


 これは付き合って半年頃、初めて家に招いた時の会話だ。桃香は「この作品が好きすぎるからグッズも漫画も飾ってるだけで、オタクじゃない」と説明した。元カレは終始戸惑っていたが。


 以降、彼が桃香の趣味嗜好について特段触れたことはない。馬鹿にしたこともない。だというのに、夢は現実を少し曲げる。


 景色は突然、桃香の部屋へと切り替わる。まだ保育園児の姿のままの桃香は、スマホを耳に押し当てていた。


 向こうの声の主は、当然ながら元カレだ。涙声で、今にも消え入りそうな小ささだったのをよく覚えている。


「ごめん、本当にごめん。俺が悪いんだ。別れよう」


 一瞬息を吸い込んだ彼は、別人のように冷たく言い放った。


「魔法少女のグッズを後生大事にしてる女とか、俺ムリだわ」


 その後通話は一方的に途切れた。


 実際に言われたことと、言われたことないはずの言葉の刃が、桃香の心を引き裂いた。


 頭を抱え、桃香は部屋で一人叫びそうになるが――







「わああっ!」


 勢いよく飛び起き、しばらくしてさっきのは夢だと気づく。まとわりつく汗がベタベタして不快だ。目に映るのはいつものベッドと壁紙と、本棚とドレッサー。ちゃんと自分の部屋だ。


 暴れる心臓が静かになり、桃香は再びベッドに倒れこむ。仕事へ行く前にシャワーを浴びた方がいいかもしれない。


「サイアク。何で今更あいつが出てくるの」


 例の電話は去年のクリスマス前にあった。少しの未練はあったが、もう半年も前のことだ。しかし夢の中で実際には言ってなかったことを言い、桃香をまた傷つけたのは解せない。


 時間を確認し、諦めてベットから這い出る。


 社会人として生きるからには、夢の一つだけで落ち込み続けるわけにもいかない。

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