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第1話 これはフィクションじゃないんです

「それって本当なの桃香? 私もいい大人だし、すんなり受け入れるのは無理だって。もしかしてあいつにフラれた傷が治りきらなくて、妙な妄想をこじらせてるだけじゃない?」

「姉貴、いくら俺が姉貴の弟であっても、実際に見てみないことには信じてあげらんないぞ」


 二人の酔っ払いから立て続けに言われ、雪平桃香は言葉に窮した。


 そりゃあ信じてくれるわけがないだろう。桃香だって別の立場であれば、いい大人のクセして対して面白くないか、または痛すぎる冗談を言っている、と笑いとばしていただろう。


 しかし、桃香はあえて繰り返した。


「だからね。私はそこにいる兎のせいで、魔法少女になっちゃったの。これ、嘘でもなんでもなくて本当の話だから」


 指で示した先、ダイニングテーブルの上に真っ白な毛皮の兎が腰を下ろしている。オレンジ色のジャケットを身につけ、瞳はサファイアのような深い青色だ。


 彼は天井を虚ろな目で見上げ、身体を左右に揺らしていた。アルコール臭だけで酔っ払ったまま、しばらくそうしている。


 頬を赤くした友人、仁野前(にのまえ)風音(かざね)がチューハイを一口含む。


「まあ青い目の兎とか聞いたことないし、ましてや人語を話すんだもんね。玩具とかロボットにも見えないしなあ」


 突然弟の桜輝(おうき)が、場を仕切るようにぱんぱんと手を叩いた。


「よし、百聞は一見に如かずだ。変身してくれよ!」

「はあ、何言ってんの?」


 すると兎――名はルーンという――が肩を震わせ、一瞬で瞳に理性が戻った。


「敵襲かい?!」

「違う。変身してくれって言われただけ」


 言いながら、横目で桜輝を軽く(にら)んだ。弟はニヤニヤと笑みを浮かべている。腹ただしいことこの上ない。この件を酒の肴くらいにしか思ってないのだろう。


 ルーンはほてほてと歩み、桃香の腕に前脚を乗せた。


「見せてもいいと思う。この二人は君が信頼できる人間なんだろう? だったら嘘つき呼ばわりされるよりも、信じてもらう方が得だと思うけどな」


 桃香は再び、同い年の友人と年の離れた弟を伺った。


 おそらく二人は桃香を嘘つきと糾弾したいわけではなく、変わり映えのない日常に面白いネタが転がり込んできた、くらいの感覚しかないのだろう。その目にあるのは不審感や疑いではなく、酔いも手伝って極端に膨らんだ好奇心だ。

 いっそ馬鹿らしいと突き放してくれた方が、桃香の心の傷も浅かったかもしれない。


 ため息をついて立ち上がり、ソファーの近くに立つ。変身アイテムに改造されてしまったイヤリングを装着し、両の指先ではじきながらたどたどしく叫んだ。


「へっ、変身っ!」


 リビングが、一瞬だけ光の洪水であふれた。

 そしてその後――


 桃香は額に手を当て、襲い来る気まずさと頭痛に耐えようと必死だった。


 目の前には、ひたすらに笑い転げている酔っ払いが二人。


 驚くわけでもなく言葉を失うわけでもなく、ただただ、腹を抱えて笑っているだけ。


 公開処刑とはこのような気分なのだろか。


 たまりかねた桃香は叫んだ。


「忘年会の余興じゃないんだから。これ、現実なの!」

「ご、ごめん、ごめん桃香! いやでも、すごく似合ってるよその格好」

「爆笑しながら言われても説得力ない!」


 魔法少女となった桃香の衣装は、青を基調としたものだ。青い五芒星の髪飾り。変身アイテムの、大ぶりのイヤリング。デコルテと肩は少し露出し、半袖のパフスリーブで、肘から指先は繊細な白い生地の手袋に包まれている。ドレスの裾はアシンメトリーな作りになっていて、片側がふくらはぎまであるが、その反対側は太ももが半分隠れるまでの丈しかない。脚はすべて厚手のタイツで覆われていて、最初に変身した時はその点に安心してしまった。膝丈のブーツもあまりヒールが高くなく、親切な設計になっている。


「魔法少女にしては足が出てないように思うけど、姉貴はこの格好で納得してるのか?」

「私の年齢知ってて聞いてる? この年でストッキングもはかずに膝も隠れないスカートなんて絶対に着たくないから!」

「そうだよなあ。姉貴がせめてあと十年若かったら、魔法少女になるのは全然おかしいことじゃないんだよなあ。何で今のタイミングなんだろうな?」

「これアニメじゃないの! 面白がって呑気な事言わないでよっ!」


 桃香の突っ込みは、雪平家の二階にまで朗々とこだました。






 確かに桃香にも、魔法少女にあこがれた時があった。保育園の頃、とある魔法少女アニメに夢中になり、どっぷりと沼につかっていたことがある。


 五歳の少女ならば、魔法少女になりたいと思うのも自然な願いだろう。


 しかし現在の桃香は、誕生日を迎え既に二十七歳。アラサーと称される年齢なのに、なぜか魔法少女になってしまった。


 桃香本人が、最もこの現実に戸惑っているのは間違いない。


 場に漂う空気をどうとらえているのかは知らないが、ルーンが満足げにうなずいた。


「似合ってるよ、桃香。魔法少女としては確かに若くはないのかもしれないけど、君は魔法少女になるべくしてなったんだ……まあさっきも言ったけど、予備役みたいなもんなんだけどさ」


 酔っ払い達が目を丸くしてルーンを見る。桃香はテーブルをどんと叩いた。


「だったら早いとこ予備役じゃない本物の魔法少女を探して、私を普通のOLに戻しなさいっ!」


 成人済の魔法少女の絶叫に、兎は両の耳をしゅんとしおれさせるしかなかった。

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