第28話 ドキドキ? 二人きりの夕食
「プリンありがと。明日もお互いほどほどに仕事頑張ろうね」
そして桃香と那波人の姿は、ドアの内側へと消えた。
ぬるい夜風に頬を叩かれて、風音ははっと我に帰る。
「んっと、那波人君は……そういうことなのかな? 桃香はもう彼氏いないから丁度いいのか……って、あの子って高校生だよね? 学生と社会人の交際は問題になるか。にしても、桃香は全然気づいてないのかな。けっこうわかりやすいと思うんだけどなあ、あの子」
ブツブツ言いながら、風音はひとり街灯のともる道を進んだ。
彼女の視界に入らない夜の道端に、羽根が一枚落ちていたことには気づかないまま。
○
「へっくしょん!」
壮大なくしゃみをした桃香は、固まった。
(こんな時に限って漫画みたいなくしゃみ! 那波人君がいるのに恥ずかしいな)
ちらりと伺うと、ダイニングテーブルで微動だにしていなかった那波人が立ち上がっていた。
「風邪ですか?!」
「違うよ。ちゃんと健康だよ」
手を洗い、再びしめじをほぐし始めた桃香を見て、那波人は腰かける。
ソファーに座ってテレビでも見ればと促しはしたが、那波人はなぜか断った。具材少な目の味噌汁とはいえ、少々時間はかかるのに。
しめじを水から火にかけ、粉末だしを入れる。切った長ネギを入れたところで、那波人が声をかけてきた。
「桃香さん、桜輝君に電話をしたいんですけど」
「桜輝の電話番号知ってるの?」
「いいえ。なのでスマホを貸してもらえませんか?」
「ああ、そういうことね。いいよ」
画面の指紋をふき取り、発信ボタンを押してから那波人へ渡す。彼は両手でうやうやしく受け取ると玄関の方へ向かった。何を話しているのかはわからないが、長話になっているようだ。
追加で豆腐を入れた味噌汁も出来上がり、後は桜輝の作り置きのおかずを並べていく。焼き鮭、玉ねぎとパプリカのマリネ、枝豆としらすの塩昆布和え。
ご飯茶碗を準備していると那波人が戻ってきた。また顔が赤い。
「熱でもあるの?」
「そういうのじゃないです。桜輝君と話して、ちょっと疲れてしまって」
出されたスマホを受け取りながら、首を傾げる。
「疲れた? 変なことでも言われたの?」
「変なことと言うか、『俺に逐一許可とらなくていいよ。俺は姉貴の父親じゃなくて弟だし』って、すごく笑われちゃっただけなんですけど」
それだけで疲弊するなら、家へ招いて正解だったと桃香は一人で納得した。
那波人は、何かを振り切るように首を振る。
「お待たせしてすいません。もう作り終わりましたか?」
「うん、あとはごはんと味噌汁を並べれば食べれるよ」
「じゃあお手伝いします」
二人分の碗を那波人に運んでもらう。
手を合わせ、少し遅めの夕食が始まった。味噌汁を口に呑んだ那波人は、しみじみと息を吐く。
「すごく美味しいです。ありがとうございます」
「そんなに感動しなくても。どうってことない普通のお味噌汁だよ?」
続いて那波人は、おかずを少しずつ皿にとって口にしていく。その度に頬が緩んでいった。
「桃香さんって、すごくお料理上手なんですね」
とたん、桃香の箸の動きが止まった。
「桃香さん?」
「……私が作ったのは味噌汁だけで、あとは全部桜輝の作り置きなんだ」
那波人は目を見開き、改めておかずを見渡す。彼の子供のような素直な表情に、桃香の胸は何とも言い難い高ぶりにしめつけられた。
(那波人君、本当にあなたイケメンだよ。目と精神の保養。単なる近所のお姉さんの私の前で、いろんな表情見せてくれてありがとう!)
表面はあくまで平静を装う桃香だが、内心ではイケメンオーラを近くで浴びようとジタバタもがいていた。
(那波人君には気づかれたくないな。彼が不快になるようなことをしない、ステキな近所のお姉さんでいなきゃね)
那波人はもう一度口に含んだマリネを、ゆっくりと咀嚼した。
「お二人ともお料理が上手、ってことですか?」
「違うの。大学生になった桜輝が料理を作ってみたら、思いのほか腕が良くてね。本人も楽しんでるみたいで、いろいろ作ってくれるの。私はあんまり料理が得意じゃないんだ。味噌汁とカレーとシチューなら作る気になるんだけど、他はあんまり」
那波人は数度うなずく。
「それだけ出来るならいいと思います。俺もけっこう自炊してきましたけど、凝ったものは作れないですから」
桃香は箸を置き、でもね、とぼやく。
「汁物しか作る気がないからさ、自分の料理にすぐ飽きちゃうんだよ。私は実家暮らしだからまだいいんだけど、これがアパート借りて独り暮らしだと、しょっちゅう外食やコンビニとかに頼って、お金が貯まらないとかもあり得るから。だから将来のために料理のレパートリーは増やしたいんだけど、どうしても面倒でさ」
ふと桃香は、焼き鮭がほとんど無くなっていることに気づいた。
「冷凍の唐揚げもあるけど、食べる?」
「……いいんですか?」
「食べ盛りだもんね。ちょっと待ってて」
唐揚げを五個解凍し、テーブルに置く。だが那波人は、すぐに手を付けようとしない。
「桃香さん、さっきの料理のお話ですが」
「う、うん?」
「方法はいくつかあると思います。ネットで簡単なレシピを探すとか、料理の本を一冊買ってみるとか」
「そうだね。いい加減取り組んでみようかな」
「じゃなければ、料理が得意な男性と結婚するとか」
そう提案した那波人はどこか真剣味を帯びていたのだが、桃香は腕を組んで考え込んでいるので気づかない。
「それもありだろけど、私は結婚しても何らかの仕事はするつもりだし、料理に関わらず家事も協力してやってくれる人がいいなあ」
那波人はやや前のめりになる。
「やっぱり女性って、男性の家事能力にこだわるんですか?」
ここは人生の先輩として意見を言うべきところだと思い、指を立てて力説する。
「結婚するにしてもしないにしても、最低限の家事はこなせるようにしておいたら後々助かると思うよ。自炊は節約や気分転換につながるし、清潔な服に袖を通すと気持ちいいし、片付いているおうちだと落ち着くじゃない? 私は偉そうなことは言えないけど、ある程度の家事ができるっていうのはプラスになるよ」
しばし黙っていた那波人だが、やがて力強くうなずく。その瞳は決意に燃えていた。
「わかりました。俺、少しずつできる家事を増やしていきます。料理もどんどん挑戦します」
「お、頑張ってね。いつか独り暮らしをする時に役に立つよ。まあ、私は独り暮らししたことないんだけどね」




