第27話 お人好し、あるいは優しい
「桃香の職場、ちょっと羨ましいかも。私の同期みたいな女好きのセクハラ男いないんでしょ?」
「うーん、私が入社する前の話だけど、若い営業の男の子が戸惑うくらいスキンシップしてた女性社員がいたらしいよ。どういうレベルのセクハラをしてたのかは知らないけどね。それにもうどっちも辞めてるし」
「ああ、逆のパターンか。こういうのって性別は関係ないよね。やっちゃう人はやっちゃうんだよねえ、何でだろ」
風音はIT系の企業に勤めている。桃香には詳細の程はわからないが、システム開発や管理に携わっているようだ。
大学からエンジニアの勉強をしていたわけではなく、仕事してから覚えたというのだから驚きだ。
そんな業種のためか、はたまたその会社だけのことなのか、風音からすると個性の強い男性社員がとにかく多いらしい。彼女の愚痴は、もっぱら男性社員に関することばかりだ。
風音のプリンはもう無くなったようだ。プラスチックのケースの底を、スプーンでさらう音が響く。
「会社の男女のバランスって、どうやったら上手くいくんだろうね。セクハラとかパワハラがごっそり減る魔法みたいな方法ってないのかな」
「性別はあんまり関係ないような気がする。結局集まった人たち同士の性格とか、相性によるんじゃないの?」
「やっぱりそうだよね。竹で割ったみたいに単純に分類して断言出来たらさっぱりするけど、現実世界って複雑だからなー……そう思うと、やっぱり二次元はいいよね」
結論はそこか、と桃香は心の中で突っ込んだ。
「ずいぶんトゲトゲしてるし、乙女ゲームで癒されたら?」
「それもアリだけど、ちょっと前に連載始めた小説が予想していたよりもウケていてさ、今はそれが一番の楽しみになってるんだ」
風音は小説をネットに投稿している話をするが、決してペンネームも作品も教えてはくれない。いくら長年の親友であっても、読まれるのは気恥ずかしいらしい。
(そう言えば桜輝にバレてたけど、あの後どうなったんだろ)
聞いたらまた風音が悶絶する予感があったので、止めておいた。
「お邪魔し過ぎたね。いつもありがと、桃香」
「ううん。プリン美味しかったよ」
「もう本当、私は桃香に出会えてよかったよ。大人になっても愚痴を聞いてくれる友達って、しみじみとありがたい。最近は家飲みもさせてくれるし、拝み倒しても足りないくらい」
大げさにかみしめている風音に、桃香は苦笑した。
彼女を玄関まで見送り、さあ味噌汁を作ろうと気合を入れる。鍋を準備し、材料を冷蔵庫から取り出していたら。
スマホが鳴った。発信元は風音だ。
「ごめん桃香。そこで男の子が具合悪そうにしてるの。こういう時って救急車呼んだ方がいいのかな?」
「え?」
慌てて外に出てみれば、風音に案内された先、家から数十メートル進んだあたりで、夏の制服姿の学生が道端に膝をついている。
「意識はあるみたいなんだけどさ。救急車呼ぶのは大げさかな」
「……那波人君?」
暗い中近づいてみれば、一か月前にも会った弟の後輩だ。
左肩を押さえている那波人へ、桃香は覗き込むように話しかける。
「家まで送ろうか? それとも病院のほうがいい?」
「え……あ、桃香さんっ」
那波人は、ばねが戻るようにしゃんと立ち上がった。急なことに驚き、桃香は数歩下がる。
離れたところにいる風音の小声が、少しだけはずんでいた。
「この子が那波人君なんだ。確かに聞いていたとおり、これはそうとうなイケ」
メン、と言いかけた風音は、全力で口を手で押さえた。桃香が軽く睨んできたからだ。
桃香は苦い顔でさらに威嚇する。風音は決まり悪そうに笑い、両手を顔の前で合わせた。
「俺、こんなところでしゃがんでたんだ。またか」
(また?)
気になる単語があったが、問う前に那波人が頭を下げる。
「このまま帰ります。そちらの方も、すみませんでした」
頭を下げられた風音は、気にしないでと手を振った。
「桃香の知りあいの子だったんだね」
「はい。正確には桜輝君に仲良くしてもらってたんです。その時に、桃香さんにも優しくしていただきました」
小学生の時の遊んだ記憶が懐かしいのか、那波人は頬を緩めて笑んだ。とたん桃香は胸を押さえ、風音は額に手のひらを当てながらつぶやく。
「こりゃすごい。笑顔だけで私たち二人の心を打ちぬくとは。やっぱり誇張表現なしに爆弾級のイケメ」
「風音、前に言ったこと覚えてるよね?」
改めて釘を刺すが、風音は少し不服そうだ。
「桃香こそ、私と同じような事考えてたんじゃないの?」
まさに図星だった。反論できない桃香の後ろから、遠慮がちに声がかかる。
「俺はこれで失礼します。お騒がせしてすみません」
だがくるりと背を向けるなり、那波人はふらついてたたらを踏んだ。やはりどこか調子が悪そうだ。
桃香は心配になって再び尋ねる。
「お父さんはご在宅?」
「いえ、今日も夜勤です」
「ということは、ご飯も自分で作らないといけないのかな?」
「え? ええ。でも出前を頼むから、問題ないです」
数瞬の黙考の後、桃香はうなずいた。
「わかった。じゃあ今夜はウチでご飯食べていって。ちょうど桜輝もいないし、那波人君の分なら私でもすぐ準備できるからさ」
「……………え?」
間抜けた表情の那波人だったが、何故か頬が赤くなっていく。どうやら発熱の兆候もあるようだ。ならますます放ってはおけない。
「ほらほら、体調悪いなら遠慮しないで」
「いやっ、あのっ!」
桃香は那波人の片腕をつかみ、そのまま引きずるように自宅へと向かった。高校生男子の顔はいよいよ熟れたトマトのようになる。
「桜輝君がいないなんて……こ、心の準備がっ」
「何か言った? とにかくこんな時間だし、さっさとご飯食べちゃおうね」
ぽかんと口を開けて見ている風音へ、桃香は手をふる。




