第22話 “近所のステキなお姉さん”は見栄っ張り
「それは間違った反応だね。イケメンはありがたがって拝むものよ? 私の心に栄養を与えてくれてありがとう、存在してくれてありがとうって感謝するならまだしも、自分のものにならないからって憎むのはおかしい。それは推し活の心得としてなってないと私なら言ってやるけどね! というかそういう感情を相手に対して持ってしまうなら、冷静になるために離れるべきだよ。そうやって距離感を探りつつ推し活を楽しまないと。後で辛くなるのは自分だからね」
思わず桃香は空のコップを持ち上げ、大きな音を立てて置いた。
「風音、那波人君は一般人なの! 顔で勝負するアイドルでもキラキラした二次元のキャラでもないから。お茶でも飲んで酔いを醒まして!」
桃香は冷蔵庫から水出し麦茶を持ってきて、二リットルの入れ物ごと風音の前に乱暴に置いた。周辺の皿が小さく震える。
「コップ、いる?」
「……ううん、あるから大丈夫」
しずしずとお茶を注ぐ風音。唐突に桜輝が、あ、と声を上げた。
「確か去年の秋だな。近くのコンビニであいつと話した覚えはある」
「じゃあその時、どんなこと言ったの?」
桜輝は顎に手を当てて首をかしげた。
「いや、変なこと言ってないはずだぞ。あっちが『桃香さんはお元気ですか?』って聞いてきたから、毎日ちゃんと仕事してるしこの間彼氏とデートしたみたい、って近況報告したくらいで。他に何か言ったかなあ。『その人と結婚するんですか?』『軽く話ならしたことあるらしいけど、それ以上は俺は知らない』ってやりとりならしたと思うけど」
「……?」
桜輝の記憶が正しいなら、その情報を元に桃香が結婚する、という結論に至るのはいささか早とちりではないだろうか。
「他に何か言ってない?」
「言ってないと思うけどな。だって俺、姉貴と元カレの細かいことはよく知らないし」
麦茶をちびちび口に含みながら、風音が冷めたたこ焼きを頬張る。
「那波人君に勘違いされたらしいことはわかったけどさ。どうしてそこまで気にしてるの?」
桃香はため息をついた。
「だってさあ、近所に住んでる弟の後輩に、長年付き合ってた恋人にフラれたってこっちから説明する羽目になったんだよ。恥ずかしいじゃん」
「そう? 失恋はつらいことだけど、よくある話と言えばよくある話じゃん。恥ずかしいかな?」
さらに風音はたこ焼きを頬張る。桜輝が残りを温めなおすべく、電子レンジへと向かった。
「那波人君はさ、私のことを近所のステキなお姉さんって思ってくれてると思うんだよね。本人から聞いたわけじゃなくて、単なる勘だけど。だからさ、あの子の前では出来るだけカッコつけたいの。そう思っちゃうの。だから弱みを見せたくないんだ」
再び着席した弟が、なぜかもの言いたげにこちらを見ている。
「な、何?」
「近所のステキなお姉さんと思われてる……まあ、間違ってはいないか」
「え、何か言った?」
「それ以上はさすがに気づかないよなあ」
さらにしみじみつぶやきながら缶チューハイに新しく手をつける弟を、桃香は下から睨んだ。
「ハッキリ言いなさいよ。フラれた姉貴カッコ悪いとか思ってるんでしょ?」
「被害妄想激しいな。そんなことねえよ。早く立ち直ってほしいな、とは思ってるけど」
「立ち直るも何も、もうヤツのことは吹っ切れてるから大丈夫!」
近くにあった缶ビールをコップに注いだ。一気にあおろうとしたが、途中でむせる。
「桃香、アルコールあんまり飲めないんだから、無茶は駄目だよ」
口なおしにクリームを含んで、それをビールで流し込んだ。
「いいの。今日は魔法少女を一か月頑張った、自分へのご褒美なんだから」
風音はやれやれ、と首を振った。
「その飲み方、フラれた直後の頃と似てるよね」
缶を一本しか飲まなかった桃香だが、すぐに酒がまわってソファーに寝転んでしまった。桜輝がずれたブランケットを直してくれたタイミングで、ようやく意識が戻る。
「……あれ?」
「もう夜中の一時だぞ。風音さんは家の近くまでさっき送ったから。俺、片づけたらもう寝るからな」
「あ、うん。お休み」
目を閉じる間際、桃香の視界を何かが横切る。
(枯葉……それとも、羽根?)
既視感と違和感を覚えたものの、酔いに負けた桃香はまたもや眠りに落ちていった。
○
「こんな近くに魔法少女がいるとは。偶然とは面白い」
薄暗い中で響くのは、若い男性の声。手のひらに浮かぶ羽根が映し出す、桃香の姿を見て喉を震わせて笑う。その際、絹のように滑らかな長髪がさらりと揺れた。
桃香はケーキを頬張ったり、桜輝や風音に怒ったりしている。その様子を見て、男は首をかしげる。
「それにしても魔法少女というには、少し年をくっているようにも思えるな。まあどうせ、この者も力不足の木っ端に過ぎないだろう。果たして、この女一人でいいのか? 久々によみがえったというのに、この非力そうな者のみではつまらん。もっと骨のある魔法少女を用意してもらいたいものだが」
男は耳をそばだてた。足音が近づいてくる。
まだ正体を見られるわけにはいかない。男はそっと、目を閉じた――




