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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
三章 かつて魔法少女にあこがれた、ごく普通の人。
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第20話 不穏な影

 耳元には大ぶりのイヤリング。指先ではじきながら叫んだ。


「サンク・エトワール・インカーネーション!」


 光に包まれた桃香は、あっという間にアラサーの魔法少女へと変身する。瀬河は再び、口を開けて固まっていた。


 それを気にすることもなく、桃香は空中の一点を睨む。


 真っ黒の、枯葉のようなものが一枚。


「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」


 突きだした両手から青薔薇の花びらが濁流のようにあふれ、その枯葉を覆うが。


「ん、消えた?」


 ルーンの言葉通り、枯葉は花びらに埋もれる前に消えた。気配自体もなくなっている。


 腕を降ろした桃香は、すぐ変身を解いた。


「あれって〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉なの?」

「似てはいるけど、違うかもしれない。厄介な予感がするなあ」


 腕を組む兎に、厄介とは何かを聞こうとしたが。


 視界が揺らぎ、桃香はどさりと地面に倒れてしまった。


「桃香!」

「雪平さん!」


 二人分の足が真横に生えて見えるという視界の中で、桃香は内心舌打ちしそうになる。


 慣れたとはいえ、一日に三回の変身はやはり負担だったようだ。


「だ、大丈夫、何とか……」


 瀬河はスーツが汚れるのもいとわず、地面に膝をつけた。


「私はどうすればいい?」

「このまま、少し横になっていてもいいですか? 時間が経てば動けるはずですから」

「そう、あなたがそれでいいなら、待ってるわね」


 そこで瀬河が立ち上がるのかと思いきや。


 しばしの逡巡があって、歯切れ悪く問うてくる。


「ルーン達の選ぶ魔法少女って、変身の呪文や必殺技を叫ぶ必要はないはずよね?」

「は、はい、そうです」


 改めて指摘されると恥ずかしい。瀬河はさらに続ける。


「サンク・エトワール・インカーネーションと、レジーナ・ブロッサム・ストーム……だったっけ?」


 平坦な語調で、確認しないでほしかった。ルーンですら頬を赤く染め、横を向いてしまっている。


「は、はい」


 羞恥心をこらえながら肯定すると。


「雪平さん、わかってると思うけど、間違いなく文法としては正しくないわよ。フランス語と英語と、もしかしたらラテン語も混じってるのかな? 改めて考え直した方がいいんじゃない?」

「叫んだら気持ちよさそうな語呂にしただけなんです! お願いですから突っ込まないでーっ!」


 喉から迸る叫びは公園いっぱいに響き渡り、犬を散歩中の小学生が何事かと桃香たちの方を振り向いた。







 桃香の攻撃から逃れた枯葉は、相変わらず空中を漂っていた。


 枯葉は、夕日を浴びながらいつしか黒い羽根へ姿を変え――とある人物の手のひらの上でふわふわと留まる。


「あの女が私の敵か。過去の魔法少女達と比べると、いささか弱そうに思えるな」


 羽が見せる映像は、鮮明さに欠けている。が、意思を宿した強い瞳を見て、その人物は唇に笑みを刷いた。


「急がずとも、いずれは会うことになるだろう。それまでにせいぜい、意味のない経験を積み上げておけ。私の前に立つまでに、多少は面白い女になっていることを期待してやろうではないか」


 短い哄笑を残し、声も気配も夕方の街の空気へ溶け込んで消えた。







 それから幾日か過ぎた夜。


 恒例となった雪平家での宴会だが、どうしてか手作りのホールケーキがある。シャインマスカットといちごを使用し、ホイップクリームもたっぷりで美味しそうだが。


 桃香は、まだキッチンで作業をしている桜輝へ声をかける。


「どうしたの? このケーキ」

「ああそれ? 姉貴が魔法少女を一か月間頑張ったお祝いだよ。フルーツは風音さんが準備してくれたんだ」

「わざわざ買ってきてくれたの?」


 既にシャンパンをちびちび飲んでいる風音は、グラスを持った手を上へ突き上げる。


「シャインマスカットは少なめだけどね。そこは許して。なんだか出動回数が多いみたいだし、ここはスイーツでも食べて元気出して欲しいなって思ってさ」


 桃香の心に、こみあげてくるものがあった。


 親友からのねぎらいが、ただただ純粋に嬉しい。


「ありがとう、風音。桜輝も、ケーキ作ってくれてありがとう」

「お礼はいらねえよ。ケーキ作るきっかけをくれて、こちらこそありがとな」


 テーブルの上には、また不思議な食べ合わせの料理が並ぶ。手作りホールケーキ、枝豆、オクラをのせた冷ややっこ、鶏のつくね、そしてシーザーサラダ。桃香が帰宅途中で買ってきたたこ焼きも、電子レンジで温めなおして並べる。


 三人ともが席に着いた。先にケーキをつついたり、酒が進んだりして。


 話題はいつしか、ここ数日よくネタにされてしまうアレのことになていく――


「サンク・エトワール・インカーネーションだっけ?……ごめ、やっぱり面白い!」


 笑いながら背を丸める風音と、ケーキのフルーツだけを食べながらうなずく桜輝。桃香は額に手を当てる。


 二人とも、魔法少女として戦うことを応援してくれている割には、そのことを酒の肴にしがちなのだ。

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