第17話 衝撃
「まずいぞ。〈種〉を蒔こうとしてるに違いない」
「〈種〉を蒔くって?」
球体に近づきながら、桃香はどこかにいるルーンへ向かって問う。
「あいつは〈悪の元素〉の中でも、〈種〉をばらまいて自分たちの生存率を上げる役割を背負っているんだ。さっさと浄化しないと、これから桃香の出動回数が増えるよ!」
「嘘でしょ?」
愕然とした桃香をあざ笑うかのように、再び出てきた黒い煙の中に、何かが浮遊している。黒い大量の粒のようだ。
あ、と叫ぶ間もなく、球体は自らはじける。その勢いで、黒い粒が四方に飛んだ。
「きゃあっ」
桃香へ飛んできたいくつかの粒は、触れたとたんに消失した。魔法少女の持つ魔力に勝てないのだろう。
つまり、この粒たちはまだ力が弱いのだ。
「桃香!」
うなずいた桃香は、両手でイヤリングをはじく。そして、青空へ舞い上がる大量の黒い粒へ向かって叫んだ。
「レジーナ・ブロッサム・ストーム!」
また何かルーンが突っ込んだ気がしたが、桃香は気合をこめて一層両手を空へと突き出した。大量の青薔薇の花びらが蝶のように舞い、黒い粒を片っ端から包み込んでいく。数十秒で、全ての黒い粒は回収された。
腕を下げた桃香は、両膝から崩れ落ちた。全身から汗が噴き出ていて、息も荒い。
「大丈夫かい?」
駆けてきたルーンに「平気だよ」と答えるが。
やはり、一日に二度も戦うのはダメージが大きいようだ。視界がどうもぼんやりしている。
目をこすり、何とか立ち上がる。球体のせいで歪んだフェンスが目に入った。さらにその奥に。
呆然と口を開けた瀬河が立っていた。中村商事のある側で戦っていたらしい、と今更気づく。
(うわ、まずい)
焦りはいっさい表に出さず、次の挙動をどうしようか、とにかく必死に考える。
桃香にとって、魔法少女のバイブルは『ルナティック・シリウス』のアニメだ。主人公のるうなちゃんは、こういう時何と言っていただろう。近しい人に変身後の姿を見られるといったエピソードは、あったような気がするが。
(恥ずかしいけど、試してみようかな。他に思い浮かばないし)
桃香は笑顔を浮かべた。いかにも魔法少女がしそうな、とびきりまぶしい笑顔を。
「安心してください。町の平和は私が守ります」
瀬河は、例え太陽が真っ青になってもこんな顔はしないというくらいの、大きな驚愕を浮かべていた。
「雪平さん、こういうことしてたのね」
納得したように何度もうなずく。桃香は凍りつく。
幸い笑顔は崩れなかったので、そのまま言葉を絞り出した。
「人違いですよ。私はユキヒラさんって名前じゃありません」
「どうみても雪平さんじゃない。それくらいわかるわ。それに」
瀬河は腕を持ち上げ、桃香の隣を指さす。
「そこに立ってる兎の子、少し前からまとわりついているのは見えてたんだけど。あなたが雪平さんを魔法少女に選んだのね」
ルーンは両耳をぴんと立てた。
「僕が見えるのかい?」
「見えるわ。あなたの声がまともに聞こえたのは、今日が初めてだけど」
(どういうこと?)
ルーンは桃香以外に姿は見えていないはずだ。そういう力が働いているらしい。例外なのは魔法少女の関係者と、ルーンが酔っ払ってうまく力をコントロールできなくなった時だけ、のはず。
「まさか」
ルーンのつぶやきに、瀬河はうなずいた。
「私も、本当に短い間だけど、昔魔法少女だった時があるの」
数拍の時をおいて。
「え……えええーーっ?!」
桃香もそしてルーンも、大絶叫をグラウンドいっぱいに響かせていた。
○
黒い〈種〉がたったひとつ、空中をふわふわと漂っていた。
魔法少女の攻撃から唯一逃れられたそれは、高校のグラウンドを風にのって横切っていく。ゆっくりと、あせらず。ここまでくれば、後は適当な人間に憑依するだけだ。その宿主が〈悪の元素〉と相性が良いかどうかは未知数だが、もしたぐいまれなる幸運に恵まれれば、〈悪の元素〉側はいっきに有利になる。
風に乗り、〈種〉はひとつの教室の中へ入った。しばし天井を旋回し、今度は廊下からまた外へ。そして風向きを利用して別の窓から侵入した。
人間には目視できない〈種〉は、たまたま廊下に出ていた一人の男子生徒に当たった。
「……っ!」
その男子生徒は、左肩を押さえて眉をしかめる。
近くにいた友人が、異変に気づいた。
「どうしたんだ?」
「いや、いきなり針で刺されたみたいに背中が痛くなって」
「え? そこって部活で怪我したとこか?」
「違う。こんなとこ痛めた覚えはないけど。一体何だったんだろ」
男子生徒は肩を回し、違和感がないかを何度も確認した。
「もう痛くないな。気のせいだったのかな」
腑に落ちない様子の男子生徒へ、友人は明るく笑いとばしてみせた。
「何もないならいいじゃん。早く教室へ戻ろうぜ、那波人」
「う、うん」
那波人はなおも肩や背中を押さえて確認しながら、先を行く友人に遅れまいと歩を進めた。




