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OLさんは魔法少女  作者: 永杜光理
二章 魔法少女が戦う理由と、あの人の秘密。
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第14話 にぎやかな夜

 サラダの残りを食べていた風音が、くしゃみを押し殺した。


「予備役の子にとってはあんまり夢のない話だし、設定がそれなりに複雑だね。子供向けって感じじゃないな」

「風音」


 桃香のするどい視線に、風音は手をヒラヒラ振って笑った。


「ごめん。どうしても突っ込み入れたくなっちゃってさ。だってすごく面白いじゃん。桃香は戸惑ってるだろうけど、社会の歯車に組み込まれた社会人がさ、あなたにはあなたにしか出来ない使命があります、なんて言われるなんてあり得ないし。さんざん笑ったけど、魔法少女の桃香のことも応援してるからね!」


 親指を立ててみせた風音だが、桃香はさらに眉をひそめた。


「頼むから、これを小説のネタにするのだけは止めてよ?」

「え、駄目なの?」

「きょとんとした顔しないで。駄目に決まってるじゃん!」


 それなりの付き合いなので、風音の考えることはだいたい想像がついてしまう。


 彼女とは同じ中高に通っていた。当時からオタクの片鱗を見せていた風音と『ルナティック・シリウス』だけをひたすら信奉していた桃香では話がかみ合わなそうに思えるが、なぜか一緒にいても気を使いすぎることがなくとても楽ちんな関係だった。


 桃香が風音の家に遊びに行って、片方は宿題をし、片方は少女漫画を読む。その沈黙に緊張も居所の悪さも覚えない相手など、桃香にとっては風音くらいしかいない。


 そういうわけでお互いに友達はいれど、最も楽に付き合える親友同士として縁が続いているわけなのだ。


「そういえば俺、風音さんが書いたネット小説読んじゃったかもしれないです」


 桜輝の言葉に光の速さで風音が立ち上がり、叫ぶ。


「何で? 教えたことないでしょ?!」


 桜輝はスマホを操作し、何らかのSNSのアカウントを風音に見せた。数秒後、風音は手を額に当てて椅子に腰を落とす。


「あの子、どうしたんだい?」


 小声で聞いてくるルーンに、桃香は呆れながら返す。


「ショック受けてるだけ。あんまり気にしないで」

「な、何だろ、読者が増えるのは嬉しいけどこれは恥ずかしい……どうして私だって思ったの?」

「前に乙女ゲームについて熱く語ってましたよね? そん時に出てきたタイトルが全部書いてあったんで、そうじゃないかなと思って」


 風音はテーブルに穴が空きそうなほどに、大きな音を立てて突っ伏した。


「風音さん?! すみません。俺が余計な事言ったから」

「いいの、いいんだよ……」


 手をあげて応えた風音だが、しばらくは顔を上げなさそうだ。


 桃香はお茶で口を湿らせ、話を切り替える。


「で、ルーンの説明はこれで終わり?」

「そうだね、大まかなことは伝えられたかな。さっきも言ったけど、〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉は最近そこまで動きを見せていないし、桃香が出動するのは一か月に一、二回くらいだと思ってくれればいいよ。さっきの戦いですごく疲れたみたいだけど、それも徐々に慣れていくはずだから」

「それが一番困るかもなあ」


 ため息をついて体を伸ばす。〈悪の元素ヴィラン・エレメンタル〉を退治する度に寝込んでいるようでは、仕事に支障が出てしまう。職場で迷惑をかけるのはできれば避けたい。理由は結婚までの腰かけのつもりだったから目立ちたくないだけ、なのだが――冷静に考えると元カレと別れたので、桃香の予想よりもあの会社に長く務めることになりそうだ。


 ルーンは口元を拭い、立ち上がる。


「もし、どうしてもと言うのなら。桃香の希望で魔法少女を辞めることはできるよ」

「えっ、そうなの?!」


 その発想は全くなかった。大声が出てしまう。


「桃香に適性が多少あることは事前にわかっていたけども、僕がお酒の匂いに酔っ払って、その勢いで魔法少女になっちゃったからね。君の意思をきちんと確認した訳じゃないから、あと数回戦ってみてどうしても辛いのなら、その時は言ってほしい」


 真剣な青い瞳だ。桃香は改めて黙考する。


 社会人と魔法少女の両立は面倒かもしれない。頭では嫌というほどわかっているし、想像できる。


 それでも桃香は――もう少し、魔法少女でいたいと思ってしまった。


 少女ではなくアラサーなのに。自分のことだけで手一杯なのに。変身後の衣装は可愛いが着るのは恥ずかしいし、家事も得意ではなく、食事の準備は弟に頼りっぱなしなのに。


 昔思い描いていたような素敵な大人、素敵な女性にはとうてい及ばない現実の自分がいる。


 地球の平和に貢献できるような、誰かのために戦えるような高潔な人格なんかでは決してない。


 それでもあの頃のあこがれが、胸の片隅にまだ息づいている。


 毎週目を輝かせて活躍を見守った、かっこよくて可愛い魔法少女に少しでも近づけれるのなら。もう少しこのままでいさせてほしい。


「ありがとう。でもルーンが考えるよりは、長く続けようかと思ってるよ」


 ぱちくりと瞬きするルーンへ、桃香は手を伸ばす。


「最初はびっくりしたけど、これからよろしくね、ルーン」


 兎は前脚をほて、と桃香の指先に置き、うなずいた。


「こちらこそ。しっかりサポートさせてもらうよ、桃香」

「よし、じゃあ今夜は桃香のお祝いということで、盛り上がっちゃおう!」


 立ち直ったのか開き直ったのかは不明だが、風音がもう一本のチューハイを開ける。プルタブのいい音につられ、桃香は苦笑した。


「単に飲みたいだけじゃん」

「よっしゃ、俺も姉貴の安全と明るい前途を祈って、もう一品作るかな」


 腕まくりした桜輝は、やがて豆腐に生姜と小口ネギを乗せたものを持ってきた。


「疲れたんなら、あっさりしたものでも食べて元気出してくれよ。これから魔法少女として頑張らないといけないんだからさ」


 先ほどまでネタとして楽しんでいたはずの弟の優しさに、ほろりと落涙しそうになる。


「ありがと。これからもごはんはお願いしていい?」

「おう、任せとけって」


 その晩の雪平家の晩餐は人語を話す兎が加わり、いつもよりもちょっと盛り上がったのだった。

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