第13話 魔法少女誕生秘話とオタクによるツッコミ
「〈悪の元素〉と戦っていくなかで、魔法少女に悪いことが起きたりはするのか?」
「え? ああ、怪我は避けられないよ。変身した時点でかなり体が強化されるから、滅多な大怪我はしないけど」
「そういうのじゃなくてさ!」
桜輝は芝居がかったように、右手を勢いよく振り払った。
「魔法少女になったはいいものの、自分も仲間も敵との戦いで相打ちして全滅したりとか、重要な戦いに負けたら大事な記憶がリセットされるリスクがあるとか、戦いの中でどんどん身も心も蝕まれて最終的には魔法少女が〈悪の元素〉そのものになるとか、そういう危険性はないかって俺は聞きたいんだ!」
「桜輝、ちょっと黙りなさい」
明らかに何らかの作品に影響を受けたと推測できる発言だ。オタクの血が騒ぐのは仕方がないが、桃香はひとまずルーンの話が聞きたいのだ。
「そうよ桜輝君。お姉ちゃんのこと心配し過ぎ。他にあり得るとしたら、正義と思われた側が実は正義じゃなかった、とかじゃないの? 魔法少女が出てくるお話に限らず、そういう展開ってたまに見るじゃん」
「風音、これ現実なんだからね? 私の身に起こってることなの。頼むから横やり入れないでよ、二人とも!」
酔っ払い二人は肩をすくめ、お互いに目を合わせた。ルーンは片手で耳の後ろをかく。
「今の指摘は珍しくないよ。実際にそういう点を心配して、契約が成立しなかったことがあるらしい。僕はそういう子には当たったことはないけど」
桃香は目を丸くした。
「あなたみたいな存在が他にもいるの?」
「この星のあちこちに指名班はいるよ。僕たち指名班は魔法少女の適性がある子を常に探し、必要に応じてその子と契約を結ぶんだ。ここ数十年は、この国に指名班が送り込まれることが多いかな。僕もこれまで、何人の子を魔法少女にしたやら」
昔を懐かしみはじめたルーンをつつき、桃香は尋ねる。
「〈悪の元素〉を浄化するのはどうしてなの? 放っておいたらまずいことが起きるわけ?」
「そう。元々は僕たちが住んでいた星に存在した植物から生まれたものなんだ。〈悪の元素〉はある時みるみるうちに増殖し、ついには星のほとんどが奴のせいで荒廃してしまった。そして僕たちの故郷を滅茶苦茶にしただけでは飽き足らず、〈悪の元素〉は時空を超えてこの星に目をつけたんだ。僕たちは過去の反省を元に、〈悪の元素〉が爆発的に増える前に退治しようと決めた。ただしこの星で奴と戦うには、人間の協力がどうしても必要になってくるんだ」
桜輝が腕を組んでしみじみとうなずく。
「なるほど、だから魔法少女が誕生したわけか」
風音は唐揚げをを一口かじった。
「設定としては悪くないね。小さい頃に戻ったみたいでワクワクしちゃう」
(だから、オタク二人は静かにして!)
桃香は心の中だけで叫び、二人を無視した。ルーンも心情を読んでくれたのか、説明を続ける。
「〈悪の元素〉は放っておくと、様々な災いをもたらすんだ。事故、病気、争いなんかをね。〈悪の元素〉が成長しきる前に浄化したり封印したりするのが、魔法少女の主な使命なんだよ」
「へー、かっこいいな」
弟の言葉に、桃香も内心で賛同してしまう。
戸惑うことばかり起きた一方で、桃香の心の中に残っている、子供の部分が興奮してしまっているのだ。
(なんか、『ルナティック・シリウス』に夢中になってたあの頃みたい)
と、ルーンの口調がやや真剣なものになった
「もう一つの大事な使命が、〈悪の元素〉の宿主となってしまった人間と戦うことなんだ」
風音は今度はピザをかじっている。
「そういうわかりやすい敵キャラっているんだね、やっぱり」
「やっぱり?」
「ごめんルーン、話を続けて」
桃香は残ったピザを風音の方へとずらした。風音は肩をすくめ、食べることに集中する。
「〈悪の元素〉も生き残ることに必死だからね。単独でこの星で活動できる奴はほとんどいないから、人間を利用するんだよ。人間に宿った〈悪の元素〉は、時に覚醒して真の姿となり、魔法少女を害そうとするんだ。だからそいつらとも戦う必要があるんだよ。つまり〈悪の元素〉は植物のような姿をしたものと、人間に宿って覚醒したものと、大きく分けて二通りの姿があるんだ」
喉が渇いたのか、ルーンは近くのお茶を飲んだ。
「俺が心配したことが起きないとしても、けっこう危険なのか?」
「そうだね。でも、桃香の場合はそこまで心配しなくてもいいと思うんだ」
三人が同時に首をかしげる。桃香は思い当たった。
「そういえば、私は予備役みたいなものって言ってたよね」
「今、〈悪の元素〉の動きはそこまで活発ではない。けど、魔法少女の存在を絶やすわけにはいけない。そこで適性がそこまで高くもないけど魔法少女になることは出来る、という子を探すんだ」
(……あれ?)
桃香の心を、もやっとした不満が覆った。
自分は、ルーンが探していた本命の魔法少女ではない。
つまり、主人公のような存在ではない。
どうやらそのことにがっかりしてしまったようなのだ。
(でも、私もう社会人だし。世界平和について考えることなんて一切ない、自分のことで精いっぱいの余裕のない人間だからな。仕事で疲弊して、職場で当たり障りないように過ごして、週末はひたすらグータラするし。こういうタイプの主人公に地球の命運が託された! とか、そっちの方ががっかりだよね)
桜輝がルーンを気遣い、後ろを向いてビールを飲み、また前を向く。
「それって効率悪いよな? 適性が高い人間に、ずっと魔法少女になっているようにお願いすりゃあいいんじゃねえの?」
桃香は冷蔵庫へ向かい、作り置きの水出し麦茶を持ってきた。ルーンのコップに注ぐと、彼は無言で飲み干す。
「これが僕たちも困っている事なんだけど、魔法少女でいられる時期に制限があるんだよ。過去の例だと短くて一年、長くても十年しか魔法少女ではいられない。だから適性がそこまで高くない子にも、時としてお願いすることがあるんだ」
桜輝は顎に手を当てて考え込む。
「つまり適性の高い子ばかりを魔法少女に選んでしまうと、いざとんでもなく強い〈悪の元素〉が出現した時に、適性の低い魔法少女しか残っていない、というのが可能性としては有り得るのか。それはたしかに問題だな」
「そうなんだ。それで危機に瀕したことが何度かあったから、桃香みたいなケースも認められるようになったんだよ」




