第12話 初日なのにバレました
のろのろと食事する傍らで、風音はビール缶を二本空にし、三本目のチューハイに手を出した。いつも通りの華麗な消費スピードだ。
「このピザ美味しい。桜輝君も食べなよ」
「あ、ありがとうございます」
「堅苦しいなあ。オタク仲間なんだし、もっとラフに話したいんだけどなー」
「いやあ、流石にそういうわけにはいかないですよ」
「気にしないでいいのになあ。でもさ、桜輝君ってお酒強いね。ちょっと前に二十歳になったばかりなのに。そこは桃香と全然違うんだね」
桃香の足元に、何かが当たる。ルーンがそこにいた。
無言で視線を下ろす。何やら兎の様子がおかしい。
「ごめんよ。桃香がここまでダメージを受けるとは思わなかったんだ。白状すると君は予備役みたいなものだから、もっと適性の高い子を探し出せれば、その役目は終わるんだ、けど」
説明はしてくれているのだが、目の焦点があっていない。途中で黙りこくってしまい、頭がゆらゆらと左右に揺れている。白い毛並みでもはっきりわかるくらい、頬が真っ赤だ。
(まさか酔ってる? いつの間に飲んだの?)
まだ完全復活とはいえない桃香だが、ルーンが缶ビールをこっそり飲んでいるとは思えなかった。そういう行動をとっていれば、さすがに気づくはずだからだ。
「ん、ちょっと待って。頭が、回らない……。だめだ、お酒から遠ざからないと」
そしてルーンは、あろうことかテーブルの上にぴょんと飛び乗った。桃香は叫んでしまう。
「わっ!」
桜輝と風音が同時にこちらを向いた。背中にぶわっと汗が噴き出る。
(まずい、二人にはルーンが見えてないのに。叫ぶ必要なんてなかった)
いかにしてごまかそうか、目を泳がせながら必死で考える。
「その、虫がいて吃驚しちゃって」
「兎ちゃん、飼い始めたの?」
風音の質問に、桃香はこれでもかと目を見開いた。
「……風音、見えるの?」
「見えるのって、当たり前じゃん。ジャケットまで着せちゃって。早く教えてほしかったよー。めっちゃ可愛いね」
次に桜輝が、チンジャオロースを頬張りかけたまま言った。
「この兎、姉貴のペット? いつの間に飼ったの?」
「あんたも見えてるのっ!?」
「ええ? 当たり前だろ」
そしてルーンは、首をぶんぶんと振る。
「どうも僕は人間のお酒に弱いみたいで、匂いを嗅いだだけで酔っ払っちゃうんだ。ええと、どこまで説明したかな……」
そう言いながら、また頭を左右に振り始めたルーン。気持ちよく酩酊したおじさんのようだ。
次の瞬間、雪平家のリビングに二人分の絶叫がこだましたのは言うまでもない。
週末のささやかな宴となるはずだったが、桃香は羞恥心をこらえてルーンのことや魔法少女のことについて説明する羽目になった。
今日が魔法少女一日目だというのに、ちょっと戦っただけでひどく疲れるわ、弟と親友にさっそくばれるわで、幸先が不安だ。
最初、二人は桃香の話はデタラメだと思ったようだが、ルーンの存在が決定的な証拠なので、信じるしかないという方に話が進んだ。
そしで、酔っ払い二人に乗せられる形で変身し、爆笑されてしまい――
「似合ってるよ、桃香。魔法少女としては確かに若くはないのかもしれないけど、君は魔法少女になるべくしてなったんだ……まあさっきも言ったけど、予備役みたいなもんなんだけどさ」
「だったら早いとこ予備役じゃない本物の魔法少女を探して、私を普通のOLに戻しなさいっ!」
しゅん、と耳をしおれさせたルーンを、慰めるように風音が撫でる。
「まあまあ、桃香の怒りもごもっともだけど、この子にも事情があるかもしれないじゃん。聞いてもいい? どうして桃香を魔法少女にしたの?」
風音は大好きな酒を遠ざけると、ルーンを抱き上げてちょこんと目の前に座らせた。その瞳からは、とことん楽しんでやるという強い意思が感じられる。
桃香は変身を解くと、どっかりと自席に座った。
「えー、さっきの格好似合ってたのにー」
「あんなに笑っておいて、説得力のないこと言わないで」
ケラケラと酔っ払いは笑うと、ルーンの頭をもしゃもしゃと撫でた。
「私もさあ、小さい頃に魔法少女のアニメをいくつか見てたし、そういう背景で育ったからには、この話をぜひとも聞いてたいのよ」
「俺も、自称オタクとしては見過ごせない話だな。ぜひ詳しく聞きたい」
桜輝がどこからかメモ帳を取り出したので、さすがにそれは取り上げた。
「いいのかい、桃香。詳しく話しても」
「うん。こうなったからには、二人は引き下がらないと思うし」
ルーンはこくんとうなずいた。
「僕たちの最終目的は、〈悪の元素〉をこの星から完全に浄化もしくは封印することだ。けど僕たちだけでは成し遂げることが不可能だから、適性のある子を探して、魔法少女になって戦ってもらってるんだ」
桃香もようやくルーンが詳しく説明してくれるので、本腰を入れて聞かねば……と思ったのだが。
「はい、質問」
仰々しく手を挙げた桜輝が、了承を待たずにルーンへ顔を近づけた。
「何だ、い……」
ルーンの瞳が、ふわあと焦点が合わなくなる。桜輝の呼気に含まれるアルコールに反応しているのだろう。




