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第九十六話 小さな陸皇



 深夜。


 王都の屋敷は。


 静かな眠りに包まれていた。


 長い廊下には。


 夜間警備を担当する使用人と衛兵の足音だけが響いている。


 リリスの寝室も。


 灯りは消えていた。


 寝台の上には。


 黒髪の女性が横になっている。


 呼吸。


 体温。


 魔力反応。


 心音。


 どれを確認しても。


 眠っているリリス本人にしか見えない。


━━━━━━━━━━


《神域完全偽装》


偽装対象


リリス・ルクスヴィア


設定


・睡眠状態再現


・生命反応再現


・魔力波長再現


・外部感知欺瞞


・接触時自動応答


継続予定時間


三時間


━━━━━━━━━━


 本物のリリスは。


 寝台の隣に立っていた。


「三時間あれば足りるかな」


 白い室内着の上から。


 黒い外套を羽織る。


 インベントリから取り出したのは。


 大きな籠。


 中には。


 大量の野菜。


 果物。


 穀物。


 木の実。


 魔力を含んだ岩塩。


 そして。


 大型魔獣用の携帯食料が詰め込まれていた。


「何を食べるか分からないから、一通り」


 ベヘモスは。


 見た目だけなら亀に近い。


 野菜や果物を好むかもしれない。


 肉も食べるかもしれない。


 大地の魔力だけで生命を維持できるため。


 そもそも食事を必要としない可能性もあった。


 それでも。


 手ぶらで会いに行く気にはなれなかった。


「《完全隠密》《異界門》」


 音もなく。


 小さな黒い扉が開く。


 扉の向こうにあるのは。


 灰色の空。


 果ての見えない岩石平原。


 リリスは。


 誰にも気づかれないまま。


 自分だけの秘密へ足を踏み入れた。


◇◇◇


 《隔離異界・無尽荒野》。


 転移した直後。


 低い振動が足元から伝わってくる。


 遠方。


 灰色の地平線を。


 巨大な山が移動していた。


 一歩進むたび。


 岩盤が揺れ。


 無数の小石が跳ね上がる。


━━━━━━━━━━


収容対象


陸皇亀ベヘモス


分類


神獣


生命状態:正常


精神状態:平静


敵意:なし


警戒度:低


現在の行動


隔離空間内を巡回中


━━━━━━━━━━


「神獣だったんだ」


 戦場では。


 防御性能と生命構造の解析を優先していたため。


 分類情報を詳しく確認していなかった。


 神獣。


 通常の魔物とは異なり。


 世界の法則や自然現象と深く結びついた、高位生命。


 あれほどの力を持つのも。


 少し納得できた。


「元気そう」


 リリスは。


 《瞬間転移》でベヘモスの前方へ移動した。


 全長五百四十八メートル。


 全高百八十六メートル。


 近くで見ると。


 やはり山よりも大きい。


 三対の金色の眼が。


 地上に立つ小さな人影へ向けられた。


「こんばんは」


 ベヘモスが。


 歩みを止める。


「グォォ……」


 戦場で聞いた咆哮よりは。


 遥かに小さな声。


 それでも。


 空気が震え。


 リリスの黒髪と外套が後方へ靡いた。


「私がここへ送ったんだよ」


 三対の眼が。


 じっとリリスを見つめる。


 敵意はない。


 攻撃準備もない。


 ただ。


 僅かな警戒と疑問があった。


「いきなり連れてきて、ごめんね」


 返事はない。


 けれど。


 言葉そのものは。


 ある程度理解しているようだった。


 ベヘモスは。


 リリスを。


 あの戦場で自分を止めた存在だと認識している。


 七重障壁が。


 身体の周囲へ薄く浮かんだ。


「今日は攻撃しないよ」


 リリスは。


 両手を見える位置へ出した。


「ご飯を持ってきただけ」


 籠を持ち上げる。


 ベヘモスの視線が。


 僅かに下がった。


 籠を見る。


 リリスを見る。


 また籠を見る。


「でも、この大きさだと全然足りないね」


 用意した食料は。


 通常の魔獣なら数十頭を満腹にできる量だった。


 だが。


 全長五百メートルを超える神獣にとっては。


 小さな一口にもならない。


「それに」


 リリスは。


 遥か上にある顔を見上げた。


「撫でられない」


 少し考える。


 昨日から何度も浮かんでいたことを。


 そのまま口にする。


「小さくするなら、普通に縮めるだけじゃなくて……デフォルメした方が可愛いかな」


 三対の眼が。


 僅かに細くなった。


 意味を理解したのか。


 何か危険な予感を覚えたのか。


 ベヘモスが。


 ほんの少しだけ首を引いた。


「大丈夫。能力は下げないから」


━━━━━━━━━━


神獣形態変更術式を構築。


対象


陸皇亀ベヘモス


術式


《神域縮体》


《神獣形態最適化》


変更対象


・体格


・重量


・身体比率


・外見上の威圧感


・歩行時振動


・必要活動空間


形態指定


《縮小神獣形態》


外見補正


・頭部比率拡大


・四肢短縮


・甲羅形状円滑化


・角および突起の先端丸型化


・眼部表情表現拡張


維持対象


・生命力


・防御能力


・再生能力


・多重生命核


・魔力容量


・神獣性


・戦闘能力


解除条件


・術者による解除


・対象意思による解除


安全性


問題なし


━━━━━━━━━━


「《神域縮体》《神獣形態最適化》」


 淡い黒金色の光が。


 ベヘモスの巨体を包み込んだ。


 五百四十八メートル。


 四百メートル。


 二百メートル。


 五十メートル。


 十メートル。


 さらに。


 光が収縮していく。


 ただ小さくなるだけではない。


 長かった首は。


 少し短く。


 太くなる。


 巨大な頭部は。


 身体に対して少し大きく。


 四本の脚は。


 太さを残したまま短くなった。


 城塞のようだった甲羅も。


 輪郭が丸みを帯びていく。


 尖塔を思わせた突起や角は。


 格好よさを残しながら。


 先端だけが柔らかく丸められた。


 最後に。


 黒金色の光が弾ける。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


《縮小神獣形態》へ移行。


全長


548メートル



2.1メートル


甲羅上部までの高さ


1.47メートル


外見形式


神獣デフォルメ形態


重量


空間補正済み


能力低下


なし


形態適合率


100%


━━━━━━━━━━


 リリスの目の前に。


 肩ほどの高さになったベヘモスが立っていた。


 大きめの頭。


 短く太い脚。


 丸みを帯びた黒金色の甲羅。


 甲羅の上には。


 小さな城塞のような突起が並んでいる。


 頭の左右から伸びていた岩山のような角も。


 今では短く丸い。


 三対の金色の眼は。


 元の形を保ちながらも。


 少し大きくなり。


 感情が分かりやすくなっていた。


 額の赤紫色の魔晶核は。


 宝石のように淡く輝いている。


 災害級の威厳。


 神獣としての格好よさ。


 そして。


 どうしようもないほどの愛嬌。


 その三つが。


 不思議な形で同居していた。


「……可愛い」


「グォ?」


 ベヘモスが。


 短く鳴いた。


 少し首を傾げる。


 丸い頭と。


 六つの眼が。


 一斉に同じ方向へ傾いた。


「すごく可愛い」


 リリスが一歩近づく。


 ベヘモスは。


 短い脚で一歩後退した。


 動きまで。


 どこか可愛らしくなっている。


「待って」


「グォ」


「撫でるだけだから」


「グォォ……」


 警戒度が。


 少しだけ上がった。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


敵意:なし


警戒対象


・リリスの両手


推定思考


接触意図を警戒


━━━━━━━━━━


「戦場では頭を吹き飛ばされても平気だったのに」


 リリスの手を。


 妙に警戒している。


 少し納得できない。


「先にご飯にしようか」


 地面へ。


 大きな布を広げる。


 その上に。


 星蜜葡萄。


 赤月林檎。


 甘露南瓜。


 新鮮な葉野菜。


 霊穀を固めた魔獣用携帯食料。


 岩塩。


 焼いた肉。


 大きな水桶を並べた。


「好きな物を食べていいよ」


 ベヘモスは。


 しばらく動かなかった。


 三対の眼で。


 食べ物を順番に確認する。


 最初に近づいたのは。


 甘露南瓜。


 丸い鼻先を近づけ。


 匂いを嗅ぐ。


 大きな口が開き。


 南瓜を一口で飲み込んだ。


「どう?」


 咀嚼。


 停止。


 六つの眼が。


 同時に大きく開く。


 次の瞬間。


 ベヘモスは。


 二つ目の南瓜へ素早く頭を伸ばした。


「気に入ったんだ」


 今度は。


 星蜜葡萄。


 赤月林檎。


 葉野菜。


 次々と口へ運んでいく。


 肉も食べた。


 穀物も食べる。


 岩塩は。


 短い前脚で押さえ。


 甲羅の端で器用に割ってから舐めていた。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


摂食行動を確認。


嗜好


非常に好む


・甘露南瓜


・星蜜葡萄


・赤月林檎


好む


・葉野菜


・霊穀携帯食料


・岩塩


普通


・焼肉


苦手


・酸味の強い果実


━━━━━━━━━━


「甘い物が好きなんだ」


 戦場では。


 山を砕き。


 岩槍を生み。


 極大魔力砲を放っていた。


 そんな災害級神獣が。


 今は。


 小さな葡萄を一粒ずつ食べている。


 一粒を飲み込むたび。


 三対の眼が嬉しそうに細くなる。


 房ごと差し出すと。


 口を大きく開け。


 まとめて頬張った。


「もっと食べる?」


「グォ!」


「元気な返事」


 リリスは。


 インベントリから追加の南瓜を取り出した。


 ベヘモスは。


 丸い身体を揺らしながら近づいてくる。


 短い尾が。


 左右へ動いていた。


「尻尾、振るんだ」


 南瓜も。


 林檎も。


 次々となくなる。


 やがて。


 ベヘモスの警戒度が。


 少しずつ下がっていった。


 最後には。


 リリスが差し出した林檎を。


 手から直接食べる。


「今なら撫でてもいい?」


 ベヘモスは。


 少しだけ首を縮めた。


 それでも。


 逃げなかった。


 リリスは。


 ゆっくり手を伸ばす。


 額の魔晶核を避け。


 頭部の黒い甲殻へ触れた。


 硬い。


 だが。


 僅かに温かい。


 石や金属とは異なる。


 生き物らしい感触がある。


「格好いいのに、丸くて可愛い」


 頭から。


 短い首。


 甲羅の端へ。


 ゆっくり撫でていく。


 ベヘモスは。


 最初こそ身体を硬くしていた。


 やがて。


 三対の眼を細める。


「気持ちいい?」


「グォォ……」


 喉の奥から。


 低く穏やかな音が漏れた。


 リリスは。


 小さな城塞のようになった甲羅の突起の間も撫でてみる。


 ベヘモスの首が。


 少しだけ伸びた。


「ここが好きなんだ」


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


警戒度




極低


リリスへの認識


危険な敵対者



食料提供者


接触許可


承認


友好度


上昇中


━━━━━━━━━━


「友達になれる?」


 ベヘモスは。


 リリスを見上げた。


 六つの金色の眼へ。


 敵意はない。


 恐怖もない。


 ただ。


 リリスの言葉を確かめるような光が宿っていた。


 その時。


 リリスの能力画面へ。


 一つの神格スキルが表示される。


━━━━━━━━━━


神格スキル


神獣盟約ディヴァイン・テイム


対象


神獣・聖獣・上位霊獣


成立条件


・対象の自発的承認


・相互敵意の不存在


・魂魄適合


・契約内容への双方同意


主要効果


・神獣との意思疎通


・相互位置感知


・生命状態共有


・緊急召喚


・安全帰還


・魔力循環補助


・成長共鳴


・契約空間への自由移動


禁止事項


・強制支配


・人格改変


・意思剥奪


・生命力強制徴収


契約解除


双方の意思により可能


━━━━━━━━━━


「テイム……」


 従わせるための能力ではない。


 相手の意思を尊重し。


 互いを仲間として結ぶための神格技能。


「私と契約する?」


 リリスは。


 ベヘモスの正面へ膝をついた。


 目線を合わせる。


「命令して従わせたりはしないよ」


 ベヘモスが。


 じっと見つめる。


「ここで自由に暮らしていい」


 六つの眼が。


 僅かに細くなる。


「ご飯も持ってくる」


 短い尾が。


 一度だけ揺れる。


「撫でてもいいなら、撫でたい」


「グォ」


 ベヘモスは。


 一歩近づいた。


 額の魔晶核を。


 リリスの額へ触れさせる。


 黒金色の光が。


 二人を包み込んだ。


━━━━━━━━━━


神獣盟約ディヴァイン・テイム


対象


陸皇亀ベヘモス


分類


神獣


対象意思


承認


魂魄適合率


100%


強制支配


なし


盟約を締結しますか?


━━━━━━━━━━


「うん」


 リリスは答えた。


「これからよろしく」


 黒金色の光が。


 ベヘモスの額から。


 リリスの胸元へ流れ込む。


 同時に。


 リリスの魔力も。


 柔らかな光となってベヘモスへ届いた。


 支配ではない。


 服従でもない。


 互いの存在を認め合う。


 神獣と神格存在の盟約だった。


━━━━━━━━━━


神獣盟約ディヴァイン・テイム


盟約成立。


契約者


リリス・ルクスヴィア


契約神獣


陸皇亀ベヘモス


主従関係


なし


友好契約


成立


神獣個体名


未登録


━━━━━━━━━━


「名前が必要なんだ」


 ベヘモス。


 それは。


 種族名であり。


 この個体だけの名前ではない。


 リリスは。


 丸くなった神獣を見つめる。


 黒金色の甲羅。


 短い脚。


 少し大きな頭。


 六つの金色の眼。


「ベヘモスだから……」


 少し考える。


「ベモ」


「グォ?」


「嫌?」


 ベヘモスは。


 首を傾げた。


 そして。


 もう一度。


 リリスの肩へ頭を押しつける。


 嫌ではないらしい。


「じゃあ、ベモ」


━━━━━━━━━━


神獣個体名を登録。


《ベモ》


正式名称


陸皇亀ベヘモス


分類


神獣


契約者


リリス・ルクスヴィア


盟約


神獣盟約ディヴァイン・テイム


固有形態


《縮小神獣形態》


称号


《小さき陸皇》


━━━━━━━━━━


「ベモ」


「グォ!」


 名前を呼ばれた神獣は。


 嬉しそうに短い尾を振った。


「分かってるんだ」


 リリスが笑う。


 ベモは。


 再び頭を押しつけてきた。


「重いけど、可愛い」


◇◇◇


 食事が終わる。


 ベモが。


 周囲を見渡した。


 灰色の空。


 灰色の岩。


 灰色の大地。


 どこまでも。


 同じ景色が続いている。


 風も。


 草の匂いもない。


「やっぱり、寂しいね」


 安全性だけを考えて。


 急いで作った隔離異界。


 神獣が暴れても。


 外界へ被害が出ない。


 生命維持に必要な大地魔力もある。


 だが。


 暮らす場所としては。


 あまりにも味気なかった。


「ベモの家にするなら、もう少し綺麗にしないと」


 リリスが。


 両手を大地へ向ける。


「《異界環境再構築》」


 足元から。


 緑色の光が広がった。


 岩だけだった大地へ。


 柔らかな土が生まれる。


 草が芽吹き。


 広大な草原へ変わっていく。


 遠方には。


 木々の生い茂る森。


 低い丘。


 岩山。


 果樹園。


 甘露南瓜の畑。


 大地魔力を豊富に含む鉱石地帯。


 日陰になる大きな岩屋。


 休息用の広い洞窟。


 谷間からは。


 清らかな泉が湧き出し。


 浅い小川となって草原を流れる。


 灰色だった空は。


 淡い青へ変わった。


 白い雲。


 暖かな太陽。


 涼しい風。


 夜になれば。


 月と星が現れるよう。


 昼夜の循環も設定する。


━━━━━━━━━━


《隔離異界・無尽荒野》


環境再構築を実行。


新規環境


・大草原


・混合森林


・果樹園


・甘露南瓜畑


・岩山地帯


・丘陵地帯


・魔力鉱床


・休息用岩屋


・広域洞窟


・淡水泉


・浅瀬小川


・昼夜循環


・天候循環


・大地魔力循環


危険生命


なし


神獣居住環境


適合率:100%


空間名称を変更しますか?


━━━━━━━━━━


「無尽荒野のままは、ちょっと寂しいね」


 リリスは。


 緑の草原を見渡す。


 遠くには。


 南瓜畑。


 果樹園。


 ベモが元の大きさへ戻っても困らない。


 果ての見えない神獣の楽園。


「《神獣楽園ディヴァイン・ガーデン》」


━━━━━━━━━━


空間名称を更新。


《隔離異界・無尽荒野》



神獣楽園ディヴァイン・ガーデン


管理者


リリス・ルクスヴィア


居住神獣


《ベモ》


外界接続


管理者承認制


安全機構


維持


━━━━━━━━━━


 草原を。


 風が通り抜ける。


 緑の波が。


 遠くまで広がっていく。


 ベモは。


 何度も周囲を見回していた。


 近くに生えた草へ。


 丸い鼻先を近づける。


 匂いを嗅ぎ。


 一口だけ食べる。


「それも食べられるよ」


 ベモは。


 今度は南瓜畑へ歩き出した。


 短い脚が。


 柔らかな土を踏む。


 途中で。


 足を止める。


 振り返り。


 リリスを見る。


「また来るよ」


 リリスが言う。


「盟約があるから、今度はすぐ来られる」


━━━━━━━━━━


《神獣盟約》


新規接続先


《神獣楽園》


契約者移動


許可


契約神獣召喚


対象承認制


本来形態復帰


対象意思により可能


外界活動


契約者の許可および安全確認が必要


━━━━━━━━━━


「外には、しばらく出せないけど」


 リリスは。


 ベモの頭を最後に一度撫でる。


「ここなら、好きに歩いていいから」


「グォ」


 ベモは。


 三対の眼を細めた。


 そして。


 リリスの身体へ。


 丸い頭を押しつける。


━━━━━━━━━━


《ベモ》


リリスへの認識を更新。


《食料提供者》



《盟約者》


友好度



信頼度


上昇中


契約関係


良好


━━━━━━━━━━


「友達になれた」


「グォ!」


「今度は、もっと南瓜を持ってくるね」


 リリスが。


 小さな異界門を開く。


 門の向こうには。


 自分の寝室。


 偽装されたリリスが。


 まだ静かに眠っている。


 異界へ来てから。


 二時間四十三分。


 三時間の偽装時間には。


 ぎりぎり間に合った。


「おやすみ、ベモ」


 名前を呼び。


 手を振る。


 黒金色の小さな陸皇は。


 南瓜畑の前に立ち。


 リリスが消えるまで。


 六つの金色の眼で見送っていた。


◇◇◇


 寝室へ戻り。


 偽装体を解除する。


 外套をインベントリへ収め。


 リリスは。


 本物の寝台へ潜り込んだ。


 隣室。


 クロの気配は。


 穏やかな眠りを保っている。


 フィオナ。


 シグレ。


 リゼットも。


 誰も起きていない。


━━━━━━━━━━


秘匿状況


陸皇亀ベヘモス》生存情報


外部流出:なし


神獣個体名ベモ


認識者


リリス・ルクスヴィア


神獣盟約


秘匿


《神獣楽園》接続痕跡


完全消去


秘密保持状態


正常


━━━━━━━━━━


「ばれてない」


 安心して。


 目を閉じる。


 だが。


 眠る直前。


 少しだけ考えた。


 明日は。


 冒険者ランクの昇格審査。


 その後には。


 国王との謁見も控えている。


 しばらくは忙しくなりそうだった。


「南瓜、もっと増やそう」


 秘密の楽園で待つ。


 小さく丸くなった陸皇神獣。


 ベモの姿を思い浮かべながら。


 リリスは。


 満足そうに眠りへ落ちた。

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