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第九十三話 災害級の本領



 再生したベヘモスの六つの眼が。


 戦場をゆっくりと見渡した。


 宮廷魔導師団。


 勇者合同部隊。


 幻想機兵団。


 王国騎士団。


 そして。


 自分を傷つけたすべての存在を。


 敵として認識する。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


敵意




最大。


戦闘段階


第一段階



第二段階。


《陸皇七重障壁》


再構築開始。


《天殻多層甲》


防御密度上昇。


《大地生命循環》


最大出力。


━━━━━━━━━━


「障壁が戻るぞ!」


 誰かが叫んだ。


 ベヘモスの周囲へ。


 大地から吸い上げられた膨大な魔力が集まる。


 透明。


 白。


 青。


 黄。


 赤。


 黒。


 黄金。


 先ほど一時間を掛けて破壊した七層の障壁が。


 僅か数十秒で再構築されていく。


「再生するのは肉体だけではないのか……」


 勇者ガルドが。


 大剣を構えたまま呟く。


「全軍、攻撃を継続!」


 軍団長バルガスの命令が飛ぶ。


「障壁が完成する前に押し込め!」


 幻想機の魔導砲。


 勇者たちの戦技。


 宮廷魔導師団の上級魔法。


 無数の攻撃が。


 再生途中の障壁へ殺到する。


 だが。


 今度は。


 ベヘモスが大きく口を開いた。


「グォォォォォォォォォォォォ――!」


 《皇咆哮》。


 魔力を伴う咆哮が。


 正面から王国軍を襲う。


 音ではない。


 巨大な壁だった。


 放たれた魔法が。


 空中で崩壊する。


 幻想機の砲撃が逸れ。


 騎士たちが地面を転がる。


 巨大な攻城魔導砲が。


 土台ごと後方へ押し飛ばされた。


━━━━━━━━━━


《皇咆哮》


効果範囲


前方九・八キロメートル。


付随効果


・広域衝撃


・魔法詠唱阻害


・魔力制御攪乱


・聴覚麻痺


・恐怖付与


・飛行姿勢崩壊


━━━━━━━━━━


『各機、姿勢を維持しろ!』


 上空の《エアリアル・ナイト》が。


 魔力翼を大きく広げる。


 だが。


 二体が咆哮の直撃を受け。


 空中で回転した。


「《星月神狐結界》!」


 フィオナの杖から。


 白銀の結界が広がる。


 落下しかけた幻想機。


 倒れた兵士。


 崩れかけた攻城兵器。


 それらをまとめて受け止めた。


「負傷者を後方へ!」


 フィオナの視界には。


 味方の生命反応が。


 数千の星として映っている。


「右前方、重傷者が十二名! 第三救護班を!」


「了解!」


「左翼の幻想機操縦者に魔力逆流! 機体を停止させてください!」


『第三機、緊急停止!』


 フィオナの指示で。


 混乱していた戦場が。


 少しずつ秩序を取り戻していく。


「フィオナ、広げすぎないでね」


「負荷は問題ありません」


━━━━━━━━━━


《星月神狐心環》


回復魔法増幅:正常。


生命感知範囲:拡張。


《星月神狐装》


所有者負荷:2.1%。


魔力残量:99.4%。


━━━━━━━━━━


「本当に問題なさそう」


 リリスは頷いた。


『感心している場合ではないぞ』


 クロが。


 ベヘモスへ視線を向ける。


 巨獣の口内に。


 赤黒い魔力が集まり始めていた。


◇◇◇


「高密度魔力反応!」


「正面砲撃が来るぞ!」


 ベヘモスの喉から。


 大地の魔力が吸い上げられる。


 圧縮。


 循環。


 再圧縮。


 巨大な口内へ。


 赤紫色の球体が形成された。


━━━━━━━━━━


陸皇魔力砲アース・ブレイカー


魔力圧縮率


限界値突破。


照準


前線中央部。


推定破壊範囲


直線十四キロメートル以上。


発射まで


5。


4。


3。


━━━━━━━━━━


「中央部隊、退避!」


 軍団長バルガスが叫ぶ。


 だが。


 数千人を。


 数秒で退避させることは不可能だった。


「《黒月》」


 リリスが静かに呼ぶ。


「正面は私が」


 フィオナが杖を構える。


「軌道を逸らす」


 シグレが神刀へ手を掛ける。


「魔力構造は私が崩す!」


 リゼットの《星炉魔神槌》が。


 魔導砲形態へ変形する。


『私は余波を止める』


 クロの身体が。


 冥獄神炎に包まれた。


 直後。


 ベヘモスの口から。


 極太の赤紫色魔力砲が放たれた。


「《星月七耀大結界》!」


 七色の星が。


 前線中央へ巨大な結界を作る。


 魔力砲が。


 正面から激突した。


 結界全体が。


 大きく後方へ押し込まれる。


「《星炉術式穿孔》!」


 リゼットが。


 魔力砲の構造へ青白い楔を打ち込む。


 圧縮された地属性魔力へ。


 無数の亀裂が走る。


「《天月断流》」


 シグレの抜刀。


 魔力砲の中心が。


 縦に切断された。


 二つに分かれた砲撃が。


 前線拠点の左右へ逸れていく。


 左側を。


 クロの冥獄神炎が呑み込み。


 右側を。


 リリスが片手で消した。


 遠方。


 大平原の地面へ。


 二筋の巨大な溝が刻まれる。


 だが。


 王国軍への被害はない。


━━━━━━━━━━


《陸皇魔力砲》


迎撃成功。


味方被害


なし。


地形損傷


広域。


《黒月》


連携率:100%。


━━━━━━━━━━


「四人で止めた……」


 勇者セリスが。


 呆然と呟く。


「いや」


 ガルドは。


 黒いローブの人物を見ていた。


「最後の一人は、ほとんど手を動かしていない」


 リリスは。


 自分へ集まる視線に気づいていなかった。


 ベヘモスの魔力砲が放たれた瞬間。


 その内部構造。


 大地との接続。


 圧縮方法。


 出力制御。


 すべてを記録していたからだ。


「面白い」


『真似するなよ』


「もっと効率よくできそう」


『するなと言っている』


◇◇◇


 ベヘモスは。


 魔力砲を防がれたことで。


 さらに敵意を強めた。


 巨大な尾が。


 ゆっくりと持ち上がる。


 全長百メートルを超える。


 黒金色の装甲に覆われた尾。


「右翼部隊、離れろ!」


「《天殻旋尾》が来る!」


 尾が。


 横薙ぎに振るわれた。


 空気が。


 破裂する。


 地面に触れてすらいない。


 それなのに。


 生じた衝撃波だけで。


 土砂が数十メートルの高さまで巻き上げられた。


 右翼に展開していた。


 幻想機兵団が直撃を受ける。


『全機、防御!』


 六体の《バスティオン》が。


 巨大な盾を連結する。


 その背後へ。


 槍装型。


 砲装型。


 汎用型が身を寄せた。


 尾の衝撃波が。


 幻想機の盾壁へ激突する。


 金属が軋む。


 脚部固定杭が。


 一本ずつ地面から引き抜かれていく。


『第二固定杭、破損!』


『五番機、右腕部出力低下!』


『盾壁を維持しろ!』


 十メートル級の幻想機が。


 六体まとめて押し流される。


「まずい!」


 リゼットが走り出す。


「《星炉魔神工匠領域》!」


 青白い鍛造魔法陣が。


 幻想機部隊の足元へ広がった。


 破損した固定杭。


 歪んだ装甲。


 亀裂の入った大盾。


 それらが。


 戦闘中にもかかわらず修復されていく。


━━━━━━━━━━


《星炉魔神工匠領域》


対象


王立幻想機兵団第三機装大隊。


処理


・装甲応急修復


・関節部補強


・魔導回路再接続


・固定杭再構築


・魔導炉負荷分散


━━━━━━━━━━


『機体が直っていく……?』


 幻想機の操縦者たちが。


 驚きの声を上げる。


「完全修理じゃないよ!」


 リゼットが叫ぶ。


「戦闘後に分解整備が必要! 今は動けるだけ!」


『十分だ! 感謝する!』


「あとで中を見せて!」


『なに?』


「何でもない!」


「聞こえていたよ」


 リリスが言う。


「交渉するだけ!」


「勝手に分解しないならいいよ」


『お前も止める側ではないだろう』


 クロが呆れた声を出した。


◇◇◇


 六枚まで再生した障壁へ。


 勇者たちが再び攻撃を仕掛ける。


 ガルドの大剣。


 セリスの光剣。


 ディランの盾撃。


 ミレイユの風矢。


 カイルたちも。


 前線へ出すぎない範囲で。


 負傷者の救援と岩槍の迎撃を続けていた。


「右から来ます!」


 弓使いの少女が叫ぶ。


 地面から。


 三本の岩槍が伸びる。


「僕が止める!」


 盾役が前へ出る。


 ミスリル大盾が。


 第一の岩槍を受け止める。


 カイルが。


 第二の岩槍を聖剣で斬る。


 魔法使いが。


 第三の根元を爆破した。


 神官の回復魔法が。


 蓄積した疲労を癒やす。


━━━━━━━━━━


勇者カイル一行


連携熟練度上昇。


《白耀聖剣》


成長率:3.8%。


所有者適合率


98%



99%。


━━━━━━━━━━


「まだ動けます!」


 カイルが。


 離れた位置にいるガルドへ叫ぶ。


「ならば救護班への道を確保しろ!」


「はい!」


 敵を倒すのではない。


 仲間を守る。


 退路を作る。


 倒れた者を運ぶ。


 今のカイルたちは。


 自分たちにできる役割を確実に果たしていた。


「ちゃんと使えてる」


 リリスは。


 少し安心したように言う。


『装備を作った甲斐はあったな』


「うん」


 その時。


 大地の震動が。


 これまでとは異なる周期へ変わった。


 ベヘモスが。


 四本の脚を深く沈める。


 巨大な甲羅が。


 僅かに前へ傾く。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


攻撃準備。


固有戦技


《天殻突撃》。


対象


王国軍前線拠点。


推定到達時間


九十七秒。


━━━━━━━━━━


「突進するつもりだ!」


 バルガスの顔色が変わる。


 全長五百四十八メートル。


 測定不能の重量。


 七重障壁。


 多層甲殻。


 それらを維持したままの突進。


 受け止められるものなど。


 王国軍には存在しない。


「進路上の全員を退避させろ!」


「攻城兵器は放棄!」


「負傷者を《転移門》へ!」


「幻想機部隊、時間を稼げ!」


『了解!』


 二十四体の幻想機が。


 ベヘモスの正面へ集まる。


 重装型が盾を構え。


 槍装型が巨大な長槍を大地へ固定。


 砲装型が全砲門を開く。


 飛翔型が。


 上空から照準を合わせた。


「止められると思う?」


 リゼットが尋ねる。


「無理」


 リリスは即答した。


「幻想機が弱いわけじゃない。でも、質量差が大きすぎる」


『ならば助けるぞ』


「うん」


 ベヘモスが。


 最初の一歩を踏み出した。


 大地が沈む。


 二歩目。


 速度が上がる。


 三歩目。


 前方の空気が。


 巨大な衝撃壁へ変わった。


「全幻想機、斉射!」


 魔導砲。


 長槍。


 魔導剣。


 二十四体の攻撃が。


 一斉にベヘモスへ集中する。


 第一障壁が揺れる。


 亀裂が走る。


 だが。


 止まらない。


 ベヘモスは。


 山そのものが滑り落ちるような速度で。


 前線拠点へ迫っていた。


━━━━━━━━━━


《天殻突撃》


現在速度


時速42キロメートル。



時速71キロメートル。



時速103キロメートル。


衝突まで


36秒。


━━━━━━━━━━


「全機、押し返せ!」


 重装幻想機が。


 大盾を地面へ突き立てる。


 槍装幻想機が。


 全推進器を前方へ向けた。


 飛翔幻想機が。


 背中から機体を押す。


 幻想機二十四体が。


 一つの巨大な防壁となる。


 そこへ。


 ベヘモスが激突した。


 轟音。


 土煙。


 衝撃波。


 幻想機の盾が砕ける。


 長槍が折れる。


 十メートルの巨人たちが。


 小さな人形のように吹き飛ばされていく。


『防衛線、突破されます!』


「退避が間に合わない!」


 バルガスの後方。


 負傷者を運ぶ救護部隊。


 移動中の兵士。


 稼働中の《転移門》。


 数千人が。


 まだ前線拠点内に残っている。


 フィオナが。


 神杖を握り締めた。


「私が結界を――」


「フィオナでは止められない」


 リリスが言う。


 フィオナの結界は。


 ベヘモスの攻撃を防げる。


 だが。


 この巨体。


 この速度。


 この質量。


 正面から止めれば。


 守れたとしても。


 大地そのものが耐えられない。


「私が止める」


 リリスが。


 一歩前へ出る。


「ノクス殿!」


 バルガスが叫ぶ。


「何をするつもりだ!」


「止めます」


「単独では無理だ! 退避を――」


「《絶対空間固定》」


 リリスが。


 杖の先をベヘモスへ向けた。


 魔法陣は。


 出現しなかった。


 眩しい光も。


 大きな音もない。


 ただ。


 全長五百四十八メートルの巨体が。


 前線拠点まで三百メートルの位置で。


 突然停止した。


 脚は動いている。


 大地を踏み締めている。


 身体からは。


 凄まじい魔力が放出されている。


 それなのに。


 一センチも前へ進めない。


━━━━━━━━━━


《絶対空間固定》


対象


陸皇亀ベヘモス


固定範囲


全身。


抵抗


《陸皇七重障壁》


《空間干渉耐性》


《大地生命循環》


結果


完全固定。


術者負荷


0.0001%未満。


━━━━━━━━━━


 戦場から。


 音が消えた。


 吹き飛ばされていた幻想機が。


 空中で姿勢を立て直す。


 バルガスが。


 言葉を失う。


 勇者たちが。


 動きを止める。


 五百メートルを超える災害級魔物を。


 黒いローブの魔法使いが。


 片手で止めていた。


「……豆腐って、本当だったんだ」


 リゼットが呟く。


『まだ攻撃していないがな』


「このまま倒すのですか?」


 フィオナが尋ねる。


 リリスは。


 固定されたベヘモスを見上げる。


 六つの金色の眼。


 城塞のような甲羅。


 異常な防御力。


 頭部すら再生する生命力。


 見た目も。


 能力も。


 とても格好いい。


「倒す……」


 リリスは。


 小さく言った。


 その声には。


 僅かな迷いが混じっていた。


『リリス』


「分かってる」


 クロが。


 彼女の横顔を見上げる。


「今は、みんなを守らないと」


 戦場には。


 まだ多くの負傷者がいる。


 幻想機も。


 勇者も。


 騎士も。


 限界に近づいている。


 ベヘモスの障壁は。


 再び七層すべてが完成していた。


 このまま長引かせれば。


 王国軍の被害が増える。


 リリスは。


 静かに《黒天魔王杖》を持ち上げた。


「軍団長」


「……何だ」


「全軍を後退させてください」


「何をするつもりだ?」


「極大魔法を使います」


 戦場が。


 再び静まり返る。


「極大……魔法?」


「はい」


「どれほどの範囲だ」


 以前。


 リリスは。


 威力を抑え切れず。


 大地へ巨大な穴を開けたことがある。


 だが。


 今は違う。


「対象は、ベヘモスだけ」


 リリスは。


 はっきりと答えた。


「地面には、穴を開けません」


『今度は、か』


 クロが小さく呟く。


「今度は大丈夫」


「本当にですか?」


 フィオナが確認する。


「大丈夫」


「大平原が消えたりしない?」


 リゼットが尋ねる。


「消えない」


「山脈まで切れないだろうな」


 シグレが続ける。


「切れないよ」


『ベヘモス以外への被害は』


「出さない」


 《黒月》の四人は。


 しばらくリリスを見つめた。


「分かりました」


 最初に頷いたのは。


 フィオナだった。


「師匠を信じます」


「私も信じる」


 シグレが。


 神刀を鞘へ収める。


「あとで魔法の構造を教えて!」


 リゼットも。


 壊れた幻想機の救援へ向かう。


『私が周辺を監視する』


 クロが。


 巨大な冥獄神狼の姿へ戻った。


 軍団長バルガスは。


 それでも迷っていた。


 だが。


 停止したベヘモス。


 疲弊した軍勢。


 負傷した幻想機。


 再生を終えた七重障壁。


 すべてを見渡し。


 決断する。


「全軍、後退!」


 魔導拡声器を通じ。


 命令が響き渡った。


「《黒月》を除く全戦力は、第二防衛線まで退避せよ!」


「幻想機兵団は損傷機を回収!」


「勇者合同部隊は退路を守れ!」


「宮廷魔導師団、《転移門》と広域防護結界を維持!」


 王国軍が。


 次々と後退を開始する。


 カイルは。


 負傷者へ肩を貸しながら。


 何度も後ろを振り返った。


 大平原の中央。


 固定されたベヘモスの前に。


 黒い魔導師が一人。


 静かに立っている。


「ノクスさん……」


 《勇者天運》が。


 これまでにないほど強く反応していた。


━━━━━━━━━━


勇者天運ブレイブ・フォーチュン


重大な分岐を感知。


対象


《ノクス》


結果予測


不能。


危険判定


不能。


世界への影響


測定不能。


━━━━━━━━━━


 リリスは。


 全軍の退避を確認する。


 次に。


 ベヘモスを見上げた。


 その瞳には。


 敵意ではなく。


 強い興味と。


 ほんの少しの惜しさが宿っていた。


「こんなに格好いいのに」


『何か言ったか』


「何も」


 リリスの周囲へ。


 黒。


 白。


 蒼。


 金。


 無数の魔法陣が展開される。


 同時に。


 誰にも見えない領域で。


 別の術式が動き始めていた。


━━━━━━━━━━


表層術式


国家戦略級極大魔法。


対象完全消滅。


周辺被害制御。


地形保護。


生命識別。


深層術式


情報:隠蔽。


解析:妨害。


観測:偽装。


詳細表示権限


術者のみ。


━━━━━━━━━━


「さて」


 リリスは。


 仮面の奥で静かに微笑む。


「上手くできるかな」


 その言葉が。


 何を意味するのか。


 この時。


 誰一人として知る者はいなかった。

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