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第九十一話 幻想機と陸皇亀



 翌朝。


 王都西部軍用広場には。


 夜明け前から数千人の兵士と冒険者が集まっていた。


 王国騎士団。


 宮廷魔導師団。


 五人の勇者と、それぞれの仲間たち。


 A級冒険者を中心とした合同部隊。


 荷車には。


 大量の回復薬。


 携帯食料。


 予備武器。


 結界用の魔晶。


 巨大な攻城魔導砲まで積み込まれている。


「人が多いですね」


 フィオナが周囲を見渡す。


「全長五百メートル以上の魔物を相手にするのだから、これでも少ないくらいだろう」


 シグレは。


 騒がしい広場の中央へ視線を向けた。


 そこでは。


 宮廷魔導師団の魔法使いたちが。


 巨大な魔法陣を構築している。


 直径百メートルを超える銀色の陣。


 外周には。


 空間属性の大魔晶が等間隔に配置され。


 百人近い魔法使いが魔力を流し込んでいた。


━━━━━━━━━━


宮廷魔導師団大規模転移魔法


転移門ゲート


接続先


王都西方大平原前線拠点。


転移距離


約八百二十キロメートル。


転移対象


・人員


・騎獣


・物資


・攻城兵器


転移安全率


99.97%


━━━━━━━━━━


「大規模な《転移門》を見るのは初めて!」


 リゼットが。


 魔法陣の構造を楽しそうに観察している。


「空間座標を十二重に固定してる。しかも、物資の重量に合わせて門の密度を変えてる!」


「触らないでね」


「触らないよ!」


『今、指を伸ばしていただろう』


「見るだけ!」


 リリスも。


 魔法陣を静かに解析していた。


 構造は。


 安定性を最優先にした、王国式の集団空間魔法。


 一人の優秀な転移術師だけに頼らず。


 複数の魔法使いが各術式を分担している。


 多少効率は落ちるが。


 一人が倒れても術式全体は維持される。


「よくできてる」


「師匠が褒めるほどなのですか?」


「うん。長距離で、これだけ大人数を安全に移動させるなら合理的」


 リリスなら。


 もっと小さな魔法陣で。


 もっと短時間に。


 全員を転移させられる。


 だが。


 王国が必要としているのは。


 一人の規格外に依存しない技術だった。


◇◇◇


「ノクスさん!」


 呼びかけられ。


 リリスが振り返る。


 そこには。


 昨日とは異なる装備を身につけたカイルたちがいた。


 白銀の軽鎧。


 ミスリルを中心に構成された盾と杖。


 そして。


 カイルの腰には。


 《白耀聖剣ルクス・ブレイバー》が収められている。


「装備の調子は?」


「最高です!」


 カイルが答える。


「身体の動きを邪魔しませんし、魔力も以前より流しやすくなりました。それに――」


 カイルは。


 声を少し小さくした。


「昨日まで使っていた剣より、ずっと強いはずなのに、怖くありません」


「カイルに合わせてあるから」


「ありがとうございます」


 カイルの後ろでは。


 盾役の青年が。


 新しい大盾を何度も持ち上げていた。


 弓使いの少女は。


 弦の張りを確認している。


 神官と魔法使いも。


 杖へ魔力を通しながら頷き合っていた。


「お前が噂の若い勇者か」


 低い声が聞こえる。


 振り返ると。


 巨大な大剣を背負った男が立っていた。


 勇者ガルド・ゼファリオン。


 レベル百四十八。


 今回参加する勇者の中では。


 最も経験豊富な人物だった。


「は、はい!」


「昨日見た時とは、装備が違うな」


 ガルドの視線が。


 カイルの聖剣へ向けられる。


「王国の支給品ではないようだが」


「ノクスさんに作っていただきました」


「ほう」


 ガルドは。


 黒い仮面をつけたリリスを見る。


 詳しい性能を見抜いた様子はない。


 ただ。


 カイルが剣へ手を添えた時の。


 魔力の流れだけを確認していた。


「良い剣だ」


「分かるんですか?」


「長く剣を使っていれば、持ち主に合っているかくらいは分かる」


 ガルドは。


 カイルの肩を軽く叩いた。


「だが、装備が良くなったからといって前へ出すぎるな。今日のお前たちは救援と護衛が中心だ」


「はい!」


「生き残るのも勇者の役目だ」


 そう告げると。


 ガルドは自分の部隊へ戻っていった。


「怖そうだけど、良い人だね」


 リゼットが呟く。


『経験のない者を戦力として数えるのではなく、成長させようとしている』


 クロが言う。


「うん」


 リリスも。


 ガルドへの評価を少し上げた。


◇◇◇


 午前六時。


 宮廷魔導師団長が杖を掲げる。


「全術式、最終接続!」


 銀色の魔力が。


 巨大魔法陣を駆け抜ける。


「座標固定!」


「空間歪曲率、許容範囲!」


「前線側の誘導陣と接続しました!」


 何もなかった空間に。


 銀色の線が走る。


 縦に。


 横に。


 大きな長方形を描き。


 その内側へ。


 王都とは異なる景色が映し出された。


 乾いた大地。


 遠くに見える山脈。


 無数の天幕。


 そして。


 地平線の一部を覆う。


 巨大な黒い影。


━━━━━━━━━━


転移門ゲート


接続完了。


転移先


王国西方大平原前線拠点。


先行部隊の移動を開始します。


━━━━━━━━━━


 最初に。


 宮廷魔導師団の護衛部隊が門を通る。


 続いて。


 騎士団。


 冒険者。


 勇者合同部隊。


 攻城兵器と物資。


「《黒月》も行こう」


 リリスたちは。


 銀色の門へ足を踏み入れた。


 一瞬。


 身体が柔らかな光へ包まれる。


 浮遊感はほとんどない。


 次の一歩を踏み出した時には。


 足元の石畳が。


 乾いた大地へ変わっていた。


◇◇◇


 王都西方大平原。


 前線拠点。


 周囲には。


 三重の防御壁。


 広域結界塔。


 無数の天幕。


 整然と並ぶ騎士団。


 既に到着していた兵士たちが。


 転移してきた部隊を各配置へ誘導している。


 だが。


 リリスたちの視線は。


 前線拠点ではなく。


 その向こうへ向けられていた。


「……あれが」


 フィオナが言葉を失う。


 地平線の先。


 巨大な山が動いていた。


 違う。


 山ではない。


 四本の脚で大地を踏みしめ。


 ゆっくりと前へ進む。


 途方もなく巨大な亀。


 全長は。


 五百メートルを軽く超えている。


 頭部だけでも。


 王都の大型建築物より遥かに大きい。


 漆黒の甲羅には。


 黒金色の巨大な装甲板が幾重にも重なり。


 その隙間を。


 溶岩にも似た赤い魔力光が流れている。


 甲羅の上には。


 城塞の尖塔を思わせる巨大な突起。


 両肩から伸びる。


 岩山のような角。


 頭部の左右には。


 三対の金色の眼。


 額には。


 赤紫色に輝く巨大な魔晶核。


 口元から漏れる息だけで。


 大地の砂が巻き上げられていた。


 その巨体を。


 七層の障壁が包んでいる。


 透明。


 白。


 青。


 黄。


 赤。


 黒。


 最後に。


 黄金色。


 一枚一枚が。


 城壁を覆う国家防衛結界以上の魔力密度を持つ。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


推定全長


548メートル。


推定全高


186メートル。


推定重量


測定不能。


推定レベル


527。


危険度


災害級。


外装防御


《陸皇七重障壁》


《天殻多層甲》


《衝撃完全分散》


《魔力吸収甲殻》


生命能力


《超速再生》


《多重生命核》


《大地生命循環》


現在状態


平常。


敵意


低。


進行継続中。


━━━━━━━━━━


「格好いい……」


 リリスが。


 小さく呟いた。


『そこか』


「見て、クロ。甲羅が城塞みたいになってる」


『見えている』


「角もいい」


『分かった』


「あの赤い魔力の流れも格好いい」


『敵だぞ』


「分かってる。でも格好いい」


 リゼットも。


 半ば呆然とベヘモスを見上げていた。


「大きすぎる……あの甲羅に工房を作れそう」


「作らないでください」


 フィオナが即座に止める。


「甲羅の上に屋敷を――」


「作りません」


「まだ何も言ってないよ」


「言おうとしていました」


 シグレは。


 《天月神刀》の柄へ手を置き。


 遠くのベヘモスを静かに観察する。


「あれだけ離れていても、圧を感じる」


『歩いているだけで、大地の魔力を吸収しているようだ』


「だから再生力が高いのかも」


 リリスは。


 《万象解析》を発動する。


 七重障壁。


 多層甲殻。


 魔力吸収。


 生命核。


 大地との接続。


 あらゆる防御機構が。


 互いを補うように構成されていた。


 一つの障壁を破っても。


 他の六層が再生時間を稼ぐ。


 甲殻を砕いても。


 衝撃が全身へ分散される。


 傷を与えても。


 複数の生命核と大地魔力が修復する。


「頭がおかしいくらい硬いね」


『お前が言うと、違う意味に聞こえる』


「私にとっては、そんなに硬くないよ」


「どれくらいですか?」


 フィオナが尋ねる。


「豆腐?」


「比較対象がおかしい」


 シグレが言った。


◇◇◇


 突然。


 前線拠点の西側から。


 重い警鐘が鳴り響いた。


「西方より友軍接近!」


「所属確認!」


王国西方機装要塞アストラ・バルク!」


「《幻想機》部隊です!」


 その言葉を聞いた瞬間。


 リリスが振り返る。


 遠くの空。


 雲を切り裂きながら。


 青白い光が近づいていた。


 最初に現れたのは。


 六体の飛行型。


 全高約十メートル。


 人の姿を模した。


 巨大な魔導兵器。


 白銀色の装甲。


 背中に展開された四枚の魔力翼。


 両肩には。


 長砲身の魔導砲。


 腰には。


 大型の魔導剣。


 頭部には。


 騎士兜のような鋭い形状と。


 青く輝く双眼。


 飛行型の後ろから。


 地上型の機体が進んでくる。


 一歩踏み出すたび。


 大地が揺れる。


 重装甲型。


 長槍型。


 大盾型。


 砲撃型。


 それぞれ異なる武装を持つ。


 合計二十四体。


 整然とした隊列で。


 前線拠点へ接近していた。


━━━━━━━━━━


王国西方機装要塞


《アストラ・バルク》


所属部隊


王立幻想機兵団第三機装大隊。


投入戦力


飛翔幻想機エアリアル・ナイト×6


重装幻想機バスティオン×6


槍装幻想機ランサー×4


砲装幻想機カノン・ロード×4


汎用幻想機アルカディア×4


平均全高


9.8~11.3メートル。


━━━━━━━━━━


「ロボット……!」


 リリスの声が。


 これまでになく弾んだ。


「ロボット?」


 フィオナが首を傾げる。


「人型兵器! しかも飛んでる!」


 黒い仮面をつけているため。


 表情は見えない。


 だが。


 声だけで分かる。


 完全に興奮していた。


「あの翼、魔力推進と重力制御の複合! 関節は魔導筋繊維? 操縦席は胸部かな。それとも頭部? 腕の可動域も広い。剣を持ってる。盾もある。しかも量産されてる!」


『落ち着け』


「欲しい」


『早い』


「一体欲しい」


「師匠、売り物ではないと思います」


「買えないなら作る」


 リゼットの目も。


 幻想機の姿を追っていた。


「分解して中を見たい……」


「分解は禁止」


 今度はリリスが止める。


「見るだけ!」


「さっきと同じこと言ってる」


 飛翔幻想機が。


 前線拠点の上空を旋回する。


 魔力翼から零れ落ちる青白い粒子。


 巨大な人型兵器が。


 空中で姿勢を変え。


 一体ずつ地上へ降下していく。


 着地。


 重い音。


 舞い上がる砂。


 十メートルの鋼鉄の騎士たちが。


 ベヘモスへ向けて一斉に顔を上げた。


「絶対に作る」


 リリスが呟く。


『戦いが終わってからにしろ』


「設計だけなら今でも――」


『戦いが終わってからだ』


「分かった」


 返事はした。


 だが。


 リリスの《超解析図作成》は。


 既に幻想機の外装構造を記録し始めていた。


◇◇◇


「各部隊、配置につけ!」


 軍団長バルガスの声が。


 魔導拡声器を通じて前線全体へ響く。


「第一防衛線を展開!」


「宮廷魔導師団、広域結界を起動!」


「勇者合同部隊、突撃準備!」


「幻想機兵団は、右翼より砲撃陣形!」


 兵士たちが走る。


 魔法使いたちが杖を掲げる。


 幻想機の魔導炉が。


 低い唸りを上げる。


 遠方では。


 《陸皇亀ベヘモス》が。


 ゆっくりと頭を持ち上げた。


 六つの金色の眼が。


 前線拠点へ向けられる。


 これまで。


 ただ進み続けていただけの巨獣が。


 初めて。


 自分の前に集まった軍勢を認識した。


「グォォォォォォォォォォォォ――!」


 空気が震えた。


 大地が揺れる。


 雲が割れる。


 咆哮だけで。


 外側の防御結界が大きく波打った。


━━━━━━━━━━


陸皇亀ベヘモス


敵意


低。



中。


戦闘状態へ移行。


《陸皇七重障壁》


完全展開。


《超速再生》


待機状態。


《大地生命循環》


出力上昇。


━━━━━━━━━━


 七色の障壁が。


 朝日を反射して輝く。


 その姿は。


 巨大な城塞。


 神話に登場する陸の王。


 絶望的な防御力を持つ。


 災害そのものだった。


「《黒月》、準備しよう」


 リリスの声に。


 仲間たちが頷く。


 フィオナが魔剣を抜き。


 シグレが《天月神刀》へ手を添える。


 リゼットの《星炉魔神槌》が戦闘形態へ変わる。


 クロの身体が。


 黒い冥獄神炎に包まれた。


 リリスは。


 《黒天魔王杖》を静かに持ち上げる。


 その視線は。


 ベヘモス。


 そして。


 隣に並ぶ幻想機の間を。


 何度も行き来していた。


『戦闘に集中しろ』


「してるよ」


『幻想機を見るな』


「視界に入るから仕方ない」


 王国の総力を集めた。


 災害級魔物討伐作戦。


 陸皇と呼ばれる巨獣と。


 鋼鉄の巨人たち。


 そして。


 新たな神格装備を得た《黒月》。


 西方大平原を揺るがす戦いが。


 今。


 始まろうとしていた。

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