第九十話 若き勇者カイル
翌朝。
リリスたちは、いつもより早く朝食を済ませた。
向かう先は。
王都冒険者ギルド本部。
災害級魔物。
《陸皇亀》討伐のために開かれる、第一回作戦会議だった。
「忘れ物はありませんか?」
玄関広間で。
フィオナが全員の装備を確認する。
「携帯食料。回復薬。状態異常回復薬。修理道具。予備の魔晶。全部ある!」
リゼットは。
青白い《星炉魔神工匠装》を旅装形態へ変えていた。
背中の《星炉魔神槌》は小型化され。
一見すると、少し大きな鍛冶槌にしか見えない。
シグレも。
《天月剣神装》を以前の《白雨剣装》に近い姿へ偽装している。
腰の《天月神刀》も。
希少級程度の刀にしか見えない。
フィオナの装備も同様だった。
月白色の上衣。
淡い蒼色の外套。
腰には偽装された《月狐魔剣》。
《星月神杖》は亜空間へ待機させている。
「リリスは?」
「準備できたよ」
リリスは既に。
正体不明の黒魔導師の姿だった。
黒いローブ。
顔を隠す《黒王仮面》。
右手には。
偽装状態の《黒天魔王杖》。
クロは従魔として。
黒い大型狼ほどの姿へ縮小している。
『くれぐれも、会議中に余計なことをするな』
「会議で何かすることある?」
『他人の装備を見て、その場で作り直そうとする可能性はある』
「そんなことしないよ」
リリスは答えた。
だが。
少しだけ返事が遅かった。
◇◇◇
王都冒険者ギルド本部。
最上階にある大会議室には。
王国でも上位に位置する戦力が集められていた。
A級冒険者。
王国騎士団の指揮官。
宮廷魔法師団の上級魔法使い。
各地の防衛部隊。
そして。
王国に認定された、五人の勇者とその仲間たち。
会議室の中央には。
王都西方大平原の巨大な立体地図が投影されている。
その上を。
一つの途方もなく大きな影が、ゆっくりと移動していた。
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討伐対象
《陸皇亀》
推定レベル
500~測定不能。
推定全長
500メートル以上。
主な能力
・《陸皇多重障壁》
・《天殻物理防御》
・《大地魔法完全耐性》
・《魔力衝撃分散》
・《状態異常高耐性》
・《超速再生》
現在の進行方向
王都西方第四防衛街道。
最寄り集落まで
約三十六時間。
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「五百メートル……」
リゼットが。
思わず小さく呟く。
「屋敷の敷地より大きく感じますね」
フィオナの狐耳が僅かに伏せられる。
「亀というより、移動する山だな」
シグレが立体映像を見上げた。
『しかも、ただ大きいだけではない』
クロの視線は。
ベヘモスを覆う複数の光へ向いている。
甲羅の外側には。
七層の巨大障壁。
甲羅そのものにも。
複数の物理防御層。
さらに。
傷を負っても。
《超速再生》によって短時間で修復される。
王国が総力を集めるのも当然だった。
会議卓の奥。
金色の鎧を纏った壮年の騎士が立ち上がる。
「私は本作戦の総指揮を務める、王国西方軍団長バルガス・レオンハルトである」
低く。
よく通る声が会議室へ響いた。
「既に偵察隊が三度接触した。通常の攻撃魔法、攻城兵器、騎士団の対大型戦技では、第一障壁すら突破できていない」
会議室が静まり返る。
「この討伐は、単一部隊による撃破を想定していない。障壁の分析、破壊、行動阻害、住民避難、再生阻害を、それぞれ別部隊が担当する」
立体地図へ。
複数の色分けされた部隊配置が表示される。
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第一部隊
王国重装騎士団
役割
・正面誘導
・進行方向変更
第二部隊
宮廷魔法師団
役割
・広域結界
・魔法砲撃
・《転移門》維持
第三部隊
勇者合同部隊
役割
・多重障壁突破
・高威力攻撃
第四部隊
A級冒険者連合
役割
・脚部攻撃
・周辺魔物排除
第五部隊
救護および補給部隊
役割
・治療
・魔力補給
・緊急退避
特別遊撃部隊
パーティー《黒月》
役割
・状況対応
・術式解析
・危険区域救援
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「特別遊撃」
リリスが小さく呟く。
『自由に動ける配置だな』
「ありがたい」
命令どおりに一か所へ留まるより。
全体を見て。
必要な場所へ動く方が《黒月》には合っている。
◇◇◇
続いて。
五人の勇者が紹介された。
一人目。
王国北方で活動する勇者。
ガルド・ゼファリオン。
レベル百四十八。
年齢は三十二。
大剣と重装鎧を使う、経験豊富な戦士。
二人目。
勇者セリス・アークレイン。
レベル百二十一。
年齢二十五。
光魔法と細剣を扱う女性勇者。
三人目。
勇者ディラン・クロイツ。
レベル百七。
年齢二十九。
大盾を使う防御型勇者。
四人目。
勇者ミレイユ・エルフォード。
レベル九十六。
年齢二十三。
弓と風魔法を得意とする。
そして。
最後の一人。
「カイル・アストレインです!」
少し緊張した声と共に。
一人の青年が立ち上がった。
年齢は。
リリスより少し下に見える。
明るい金髪。
青い瞳。
白と青を基調とした軽鎧。
腰には。
鉄より少し良い程度の長剣。
胸当てには。
王国勇者の紋章が刻まれている。
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カイル・アストレイン
種族
人族
年齢
18
レベル
32
職業
《勇者》
《剣士》
固有スキル
《勇者天運》
鑑定技能
《聖鑑眼》
所属
王国中央勇者隊
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「若いね」
リゼットが囁く。
「勇者として選ばれたのも、最近みたい」
リリスは。
カイルの装備だけでなく。
隣に座る四人の仲間も確認した。
盾役の青年。
女性神官。
弓使いの少女。
杖を持つ少年魔法使い。
全員。
カイルと同年代。
レベルは二十八から三十四。
装備素材も。
魔鋼。
黒鉄。
上級獣革。
中級魔物の骨。
王国から支給されたと思われる、実用性重視の品だった。
決して粗悪ではない。
D級からC級なら。
十分に優れた装備だ。
だが。
レベル五百を超えるベヘモスへ挑むには。
あまりにも足りない。
◇◇◇
会議は。
二時間ほどで終了した。
討伐部隊は。
明日の早朝。
王都西部軍用広場へ集合。
宮廷魔法師団が展開する大規模な《転移門》を利用し。
王国西方大平原の前線拠点へ移動する。
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出発予定
明朝六時。
集合場所
王都西部軍用広場。
移動方法
宮廷魔法師団大規模転移魔法
《転移門》
転移対象
・討伐参加者
・軍用物資
・攻城兵器
・騎獣
・幻想機整備部隊
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「幻想機?」
リリスの目が。
仮面の奥で僅かに輝いた。
「何ですか?」
フィオナが尋ねる。
「分からない。でも、名前が格好いい」
『今は会議室だ。落ち着け』
「落ち着いてるよ」
声は落ち着いていた。
ただ。
《幻想機》という言葉だけは。
しっかりと記憶していた。
◇◇◇
会議室から出た後。
リリスたちは。
ギルド本部の広い廊下を歩いていた。
その時。
後ろから足音が近づく。
「あの!」
振り返ると。
カイルが立っていた。
その後ろには。
彼の四人の仲間もいる。
「黒魔導師さんですよね?」
「そうだけど」
「やっぱり!」
カイルの表情が明るくなる。
「王都の地下迷宮で、何度も救助を成功させた方だと聞きました。それに、黒月の皆さんも――」
言葉を続けながら。
カイルの青い瞳へ。
淡い金色の光が宿った。
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《聖鑑眼》
発動。
対象情報を感知。
詳細鑑定:失敗
装備性能:解析不能
確認可能情報
・極めて高い完成度
・通常品ではない魔力密度
・複数の高度な偽装
・所有者との完全な同調
・危険性:判定不能
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「……すごい」
カイルが。
思わず呟いた。
「何が?」
「いえ、その……」
カイルは慌てて頭を下げる。
「勝手に見てしまって、すみません!」
「何が見えたの?」
「ほとんど何も分かりませんでした」
正直な答えだった。
「ただ、皆さんの装備が普通ではないことだけは、何となく分かりました。詳しい性能も、素材も、等級も見えません。でも……すごく強そうです」
『感覚だけか』
「はい。この目は、そこまで万能ではありません」
カイルが自分の瞳へ触れる。
「僕の《聖鑑眼》は、危険そうな物や、強い力が宿っている物を何となく感じる程度なんです」
リリスたちの装備は。
外見こそ上級から希少級程度へ偽装されている。
それでも。
完全に隠し切れない格のようなものを。
勇者の感覚が捉えたらしい。
「ノクスさんは、どんな職業なんですか?」
「《大魔導師》と《上級錬金術師》」
「二つも上級職を……!」
嘘ではない。
リリスには。
《大魔導師》より遥か上位の魔法系職業。
《上級錬金術師》を超える《神級錬金術師》がある。
下位の職業名を答えただけだった。
「やっぱり、すごい方なんですね」
「カイルも勇者でしょ」
「選ばれて、まだ三か月です」
カイルが苦笑する。
「実戦も、ゴブリンやオークの討伐が中心で。A級魔物どころか、B級魔物とも一度しか戦ったことがありません」
「明日のベヘモス討伐は?」
「参加命令です」
カイルの表情が少し曇る。
「僕たちに倒せるとは思っていません。でも、避難誘導や負傷者の護衛ならできると思います」
自分の実力を理解している。
無謀に前へ出るつもりもない。
それでも。
勇者として。
逃げるつもりもなかった。
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《勇者天運》
現在の反応
・重要な出会い
・成長機会
・進むべき選択肢
対象
《ノクス》
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カイル本人には。
はっきりとした表示は見えていない。
ただ。
勇者としての直感が。
リリスへ話しかけるべきだと告げたのだろう。
リリスは。
カイルたち五人の装備を、もう一度見た。
魔鋼の剣。
黒鉄の盾。
魔物革の軽鎧。
聖属性の補助回路が刻まれた杖。
どれも。
丁寧に整備されている。
だが。
明日の戦場では。
流れ弾一つで破損する可能性があった。
「少し時間ある?」
「はい?」
「装備を作り直す」
カイルたちが。
揃って固まった。
◇◇◇
「本当に作ってくれるんですか!?」
冒険者ギルドから借りた。
大型の錬金作業室。
中央の作業台を挟み。
カイルたち五人が並んでいる。
「今のままだと危ないから」
「ですが、お金が……」
「持ってない?」
「勇者用の活動費は、宿代や消耗品でほとんどなくなりました」
「やっぱり」
装備を見れば分かる。
活動開始から日が浅く。
討伐報酬も。
まだ十分には得られていない。
「無料では作らないよ」
「もちろんです!」
カイルが即座に答えた。
「今すぐ全額を払うことはできませんが、必ず――」
「お金だけじゃなくていい」
「では、何を?」
「明日の討伐で無理をしないこと」
リリスは言った。
「それと、助けられる人を助けること。装備が壊れたら、何が原因だったか報告すること」
「それがお礼でいいんですか?」
「あと、持ってる素材を少しもらう」
カイルたちは。
自分たちの荷物を確認した。
ゴブリンの魔石。
オークの牙。
薬草。
黒狼の毛皮。
小さな魔晶。
希少品はない。
「これくらいしか……」
「十分」
リリスは。
素材を一部だけ受け取った。
価値としては。
これから作る装備に遠く及ばない。
それでも。
正式な対価を受け取ることに意味がある。
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装備製作依頼を受理。
依頼者
勇者カイル・アストレイン一行。
対価
・所持素材の一部
・使用報告
・救助活動への協力
・無謀な戦闘を行わない誓約
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「始めるね」
リリスが。
インベントリから素材を取り出す。
ミスリル。
魔銀。
上級魔鋼。
銀鉄。
硬化竜革。
上級魔物の骨材。
高純度魔晶。
「ミスリル……」
カイルたちの魔法使いが。
驚きの声を漏らす。
「こんな量、見たことがない」
「A級冒険者くらいまで使えるように調整する」
「それ以上にはしないんですか?」
「装備だけ強すぎると、技術が追いつかないから」
リリスは。
五人の身体。
職業。
戦い方。
魔力の性質を確認する。
長い設計会議はしない。
過剰な機能も付けない。
必要な装備を。
必要な性能で作る。
「《神級錬金術》《装備最適化》《魔導回路自動設計》」
素材が。
空中へ浮かび上がる。
ミスリルが液体となり。
魔鋼と重なり。
革。
魔晶。
骨材が。
一人ずつの装備へ変わっていく。
カイルたちは。
一言も発せず。
目の前で進む錬成を見つめていた。
数分後。
五人分の装備が。
作業台の上へ並ぶ。
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勇者カイル専用装備
《白耀聖剣》
品質
希少級成長武装
主要素材
・ミスリル
・魔銀
・聖銀
・光属性魔晶
主要能力
・聖属性付与
・魔力伝導
・成長補助
・邪属性特効
・所有者同調
・自己修復補助
━━━━━━━━━━
「聖剣……」
カイルが。
白銀の剣を見つめる。
リリスにとって。
聖剣を一から作るのは。
何気に初めてだった。
勇者の聖属性。
剣士としての適性。
成長余地。
出力が高くなりすぎないよう。
何重にも制限を掛けている。
神器でも。
神話級でもない。
今のカイルが使い。
A級まで共に成長できる。
ちょうどよい聖剣。
「初めてにしては、上手く抑えられた」
「初めて!?」
「聖剣は初めて」
リリスは。
仮面の下で少しだけ満足する。
もっと強くすることは簡単だった。
強すぎないよう作る方が。
今のリリスには難しい。
それでも。
暴走も。
過剰な神聖属性も。
人格干渉もない。
自分を褒めてもよい出来だった。
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カイル一行専用装備
・ミスリル聖騎士軽鎧
・ミスリル守護大盾
・聖祈導師杖
・風走狩猟弓
・七節魔導杖
・各所有者専用防具
総合想定対応域
C級
↓
A級
安全機構
・所有者限定
・過剰出力制限
・魔力枯渇警告
・自己修復補助
・緊急防御
━━━━━━━━━━
「これを……僕たちに?」
「依頼として作ったから」
カイルは。
恐る恐る聖剣を握った。
白銀の刀身へ。
淡い光が走る。
━━━━━━━━━━
所有者登録。
カイル・アストレイン。
適合率:98%
《白耀聖剣》が所有者の成長を記録します。
━━━━━━━━━━
「軽い」
「今までの剣と同じ重さにしてる」
「握った感覚まで……同じです」
「使い慣れてる方がいいから」
カイルは。
しばらく聖剣を見つめ。
深く頭を下げた。
「ありがとうございます、ノクスさん」
続いて。
仲間たちも頭を下げる。
「この恩は、必ず返します」
「対価はもう決めたよ」
「それでもです」
カイルは顔を上げた。
「この装備で、助けられる人を助けます。それから、いつか僕たちが本当に強くなった時、別の誰かを助けます」
「うん」
それでよかった。
リリスが装備を作った理由は。
単なる善意だけではない。
明日の討伐で。
未熟な勇者たちが死亡すれば。
全体の士気が落ちる。
勇者を失えば。
王国の将来にも影響する。
そして。
カイルの《勇者天運》は。
今後も重要な縁を引き寄せる可能性がある。
助けておく価値は。
十分にあった。
◇◇◇
装備を受け取ったカイルたちと別れ。
リリスたちは。
ギルド本部の玄関へ向かった。
「結局、装備を作ったな」
シグレが言う。
「長い計画は立ててないよ」
「一時間も掛かってない!」
リゼットが楽しそうに答える。
「適切な性能に抑えたのですね」
フィオナが尋ねる。
「うん。A級くらいまでは使える」
『お前たちの装備と比較すれば、随分と控えめだな』
「普通の人には十分強いよ」
外へ出ると。
王都の空は。
既に夕焼けへ変わり始めていた。
明日の朝。
宮廷魔法師団の《転移門》を通り。
討伐軍は西方大平原へ向かう。
全長五百メートルを超える。
異常な防御力と《超速再生》を持つ《陸皇亀》。
そして。
会議資料へ記されていた。
正体不明の兵器。
「幻想機……」
リリスが小さく呟く。
『まだ気にしているのか』
「全高十メートルの人型兵器かもしれない」
「資料には、そこまで書かれていませんでしたよ?」
「名前から、そんな感じがする」
『何の根拠もないな』
「でも、絶対格好いいと思う」
ベヘモスより。
今のところ。
幻想機の方が気になっている。
クロは。
早くも明日のリリスを止める必要がありそうだと。
静かに溜息を吐いた。




