第八十九話 黒月の神装完成
翌朝。
地下工房の中央には。
《白雨星刀》が置かれていた。
鞘から抜かれた刀身へ。
神炉の淡い光が反射している。
「最初に希望を聞くよ」
リリスが尋ねると。
シグレは腕を組んだまま、刀を見つめた。
「長い設計会議は不要だ」
「うん」
「余計な機能も要らない」
「うん」
「斬るべきものを斬り、守るべきものを斬らずに済む刀がいい」
シグレは。
それだけ答えた。
「それから、この刀の記憶は残してほしい」
「もちろん」
「防具は、今までの動きを妨げなければよい。重い鎧も、派手すぎる装飾も要らない」
「色は?」
「白銀、黒、藍」
「月は?」
「……少しくらいなら構わない」
「分かった」
希望は。
それで十分だった。
「では、始めるか」
シグレが《白雨星刀》を持ち上げる。
「自分で打つんだよね?」
「当然だ」
リゼットが。
《星炉魔神槌》を小型の鍛造形態へ変える。
「回路は私が刻む!」
「必要最低限にな」
「分かってる!」
『それでは始めろ。今回は本当に長引かせるな』
クロの言葉に。
全員が頷いた。
◇◇◇
《白雨星刀》の記憶は。
一つも失われなかった。
ヤルク刀だった頃の傷。
折れかけた刀身。
リリスによって《白雨星刀》へ生まれ変わった日。
迷宮で交わした斬撃。
仲間を守った一閃。
《白雨抜刀》。
《白雨連華》。
《纏刀・白月》。
《白雨奥義・天断》。
それらすべてが。
刀の中核へ保存された。
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《白雨星刀》
記憶継承率:100%
継承対象
・ヤルク刀時代の記録
・白雨星刀への進化記録
・抜刀術
・魔力纏刀
・所有者戦闘記憶
・仲間守護記録
・損傷および修復履歴
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刀身へ使われたのは。
《災厄魔王鋼》を基礎に。
月神属性と斬撃適性を与えて再構築した神格金属。
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新規神格金属を確認。
168 《天月神鋼》
性質
・神格級強度
・超高密度斬撃伝導
・月属性親和
・空間属性親和
・魔力纏刀安定
・斬撃対象識別補助
・自己修復
累計確認素材数
167
↓
168
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シグレ自身が。
赤熱した刀身を打つ。
一打ごとに。
白銀の火花が月の欠片のように舞い散った。
リゼットが内部回路を刻み。
フィオナが冷却と魔力安定を担当する。
リリスは。
素材同士が持つ強すぎる性質だけを抑え。
シグレの技を邪魔しないよう調整した。
最強の刀だからといって。
勝手に敵を斬る必要はない。
所有者の判断より先に動く機能も。
技量を無視して自動で攻撃する能力も。
すべて除外した。
刀が行うのは。
シグレの技を支え。
彼女が望んだ一閃を、正しく届かせることだけ。
◇◇◇
防具の製作も。
同時に進められた。
《白雨剣装》の記録を残し。
《天聖錬成手袋・白雨型》を独立したまま連結。
白銀と黒を基調に。
藍色の神装布を重ねた軽量の和装鎧。
胸部。
肩。
前腕。
腰。
脛へ必要最低限の神格装甲を配置する。
背中には。
刀を邪魔しない短い外套。
腰布には。
三日月と白い雨を組み合わせた紋様。
長い白銀髪を妨げる兜はなく。
額の黒い帯と小さな赤い角飾りも、そのまま残された。
「動きやすいか?」
仮組みした防具を身につけ。
シグレが数歩進む。
抜刀。
納刀。
前進。
反転。
身体を低く沈める。
「悪くない」
「それ、最高評価だよね?」
リゼットが尋ねる。
「まだ完成していない」
「完成したら何て言うの?」
「その時に決める」
少なくとも。
不満はなさそうだった。
◇◇◇
製作には。
二日を要した。
長い会議はない。
工程を一つずつ説明することもない。
必要な作業を。
全員で黙々と進めた。
そして。
二日目の夕方。
神炉から。
白銀の月光が立ち上った。
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神格装備の統合を完了。
所有者
シグレ・ヤルク
旧装備記録
完全継承。
所有者適合率
100%
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神炉の前へ。
一本の刀が現れる。
白銀色の刀身。
刃文は。
夜空へ浮かぶ三日月のように淡く輝いている。
鍔は。
黒銀の細い月輪。
柄巻きは藍色。
鞘は漆黒を基調とし。
白銀の雨と月が、静かな紋様として刻まれていた。
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《天月神刀》
品質
神格級成長武装
所有者
シグレ・ヤルク
基礎核
《白雨星刀》
主要能力
《天月剣神核》
《白雨記憶継承》
《神速抜刀補助》
《魔力纏刀完全安定》
《天月斬撃》
《空間断裂》
《斬撃対象識別》
《刀身自在強化》
《所有者成長同調》
《絶対帰刀》
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その隣には。
白銀。
黒。
藍。
三色の神装が浮かんでいる。
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《天月剣神装》
品質
神格級成長防具
所有者
シグレ・ヤルク
主要能力
《天月剣神循環》
《神格級物理防御》
《神格級魔法防御》
《超高速動作補助》
《抜刀姿勢完全補正》
《空間移動補助》
《斬撃軌道安定》
《月光魔力回復》
《気配遮断補助》
《自動修復》
《自動清浄》
《日常着形態》
連結装備
《天聖錬成手袋・白雨型》
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「シグレ」
リリスが刀を差し出す。
「受け取って」
シグレは。
両手で《天月神刀》を受け取った。
指が。
柄へ触れる。
僅かに引き抜く。
月光色の刃が。
工房の灯りを反射した。
「軽すぎない?」
「いや」
シグレは目を閉じる。
「重さも、重心も、柄の感触も同じだ」
「《白雨星刀》の記録を残したから」
「だが、以前よりも静かだ」
魔力は。
比べものにならないほど大きい。
それなのに。
鞘へ収まっている間は、気配を一切漏らしていない。
「私の刀だ」
「うん」
「名と姿は変わっても、それは分かる」
《天月神刀》が。
静かに白銀の光を放った。
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正式所有者登録完了。
シグレ・ヤルク
専用武器
《天月神刀》
専用防具
《天月剣神装》
装備称号を獲得。
《天月の剣神姫》
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「……姫は必要なのか?」
「装備が決めたみたい」
「フィオナと同じですね」
フィオナが微笑む。
「似合うよ!」
リゼットも頷く。
「消せないのか?」
「称号は非表示にできるよ」
「ならば非表示だ」
『即決だな』
◇◇◇
性能確認は。
一度の抜刀だけで終わった。
《異界訓練領域》。
月明かりの照らす荒野。
シグレは。
百メートル先へ置かれた試験標的を見つめる。
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試験標的
《神鋼月岩》
耐久力:神話級
背後保護対象
《月白花》一輪
試験条件
・標的のみ切断
・花への影響禁止
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シグレは。
腰を僅かに落とした。
「《纏刀・天月》」
鞘の中。
刀身へ。
白銀の月光が集まる。
「《天月抜刀・白雨一閃》」
音はなかった。
刀が抜かれたことに。
一瞬、誰も気づかなかったほど。
次の瞬間。
神鋼の岩だけが。
斜めに切断された。
岩の背後。
小さな《月白花》は。
花弁一枚揺れていない。
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試験標的:切断
背後保護対象:無傷
斬撃拡散:なし
周辺損傷:なし
所有者負荷:0.1%未満
評価:最高
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シグレは。
静かに刀を鞘へ戻した。
「どう?」
「悪くない」
「やっぱり最高評価だ!」
リゼットが笑う。
シグレは否定せず。
《天月神刀》の柄を、満足そうに一度だけ撫でた。
◇◇◇
これで。
《黒月》の装備更新は完了した。
リゼット。
《星炉魔神槌》。
《星炉魔神工匠装》。
フィオナ。
《星月神狐魔剣》。
《星月神杖》。
《星月神狐装》。
シグレ。
《天月神刀》。
《天月剣神装》。
クロには。
既に冥獄神狼としての肉体そのものが。
並の神格装備を超える強度を持っている。
だが。
リリスは。
それだけで終わらせなかった。
「みんなに渡す物がある」
装備完成を祝う夕食の後。
リリスは。
四つの小さな箱を食卓へ並べた。
「まだ作ったの?」
リゼットが目を丸くする。
「装備とは別」
一つ目の箱を。
フィオナへ渡す。
中に入っていたのは。
三日月と狐を象った白銀の首飾り。
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《星月神狐心環》
所有者
フィオナ・ルーヴェル
効果
・回復魔法超増幅
・多属性循環安定
・仲間生命感知拡張
・精神魂魄完全保護
・魔力自動回復
・装備成長促進
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「フィオナの力に合わせた首飾り」
「これ以上、頂いてよいのですか?」
「フィオナ専用だから」
次は。
シグレ。
箱の中には。
黒銀の三日月を抱く、白い勾玉が入っている。
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《天月剣神勾玉》
所有者
シグレ・ヤルク
効果
・抜刀速度超強化
・斬撃感知拡張
・空間認識強化
・魔力纏刀安定
・致命攻撃予知
・装備成長促進
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「首へ掛けても、腰へ付けてもいいよ」
「故郷の装飾に似ている」
シグレは。
勾玉を腰帯へ丁寧に結んだ。
三つ目は。
リゼット。
星型の青い宝石を収めた指輪。
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《星炉神工環》
所有者
リゼット・ヴァルカン
効果
・鍛造精度超強化
・魔導回路解析補助
・作業空間拡張
・素材状態完全記録
・危険事故予測
・星炉装備成長促進
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「私が考えてた機能が全部入ってる!」
「徹夜防止もあるよ」
「それはいらない!」
「必要」
最後の箱は。
クロの前へ置く。
『私にもあるのか』
「もちろん」
箱の中には。
黒金色の首環。
中央へ。
赤紫色の神晶が埋め込まれている。
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《冥獄神狼王首環》
所有者
冥獄神狼クロ
効果
・冥獄神力増幅
・神狼感知領域拡張
・魂魄防御
・異界移動安定
・仲間位置完全把握
・主従魔力循環
・肉体成長追従
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『首輪ではないのだな』
「首環」
『ならばよい』
「そこが大事なんだ」
『非常に大事だ』
クロが首環へ触れると。
装飾は黒い光へ変わり。
太い毛並みの中へ自然に収まった。
「全員、装着できたね」
四つのアクセサリー。
どれも。
リリスが仲間のためだけに作った。
現時点で贈れる。
最高位の専用品だった。
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パーティー《黒月》
専用装備更新:完了
専用アクセサリー登録:完了
全員装備連結:正常
総合戦力評価
測定不能。
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「これで一区切り」
『本当に装備製作は終わりか』
「壊れたり、新しい必要性が出るまでは」
「しばらくは冒険をしたい!」
リゼットが言う。
「私もです」
フィオナも頷く。
「刀は実戦で使ってこそだ」
シグレの言葉に。
リリスも小さく笑った。
「じゃあ、次は外へ――」
その時。
食堂の扉が。
強く叩かれた。
「リリス様」
入ってきたセバスの手には。
赤い封蝋を施された書状。
冒険者ギルド本部の紋章が刻まれている。
「王都冒険者ギルドより、緊急召集でございます」
「緊急召集?」
「王都西方にて、超大型魔物の活動が確認されたとのことです」
リリスが。
書状を受け取る。
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王都冒険者ギルド本部
緊急合同討伐召集。
討伐対象
《陸皇亀》
推定レベル
500以上。
危険度
災害級。
現在位置
王都西方大平原。
確認された被害
・街道崩壊
・農地陥没
・魔物群の大規模逃走
・周辺集落への接近
召集対象
・A級以上の冒険者
・王国騎士団
・宮廷魔導師団
・王国勇者
・認定大規模討伐部隊
パーティー《黒月》へ。
明朝の第一回作戦会議への出席を要請します。
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「レベル五百以上……」
リゼットが表示を見上げる。
「大きな亀なのですか?」
フィオナが尋ねる。
「陸皇亀と呼ばれているくらいだから、普通の大きさではないだろう」
シグレの手が。
新たな神刀の柄へ触れる。
『装備が完成した直後に、実戦の機会が来たな』
クロが立ち上がる。
リリスは。
書状の最後まで読み。
静かに頷いた。
「《黒月》で参加する」
新たな装備を得た仲間たち。
新たなアクセサリー。
そして。
これまで戦ってきた魔物とは比較にならない。
レベル五百を超える災害級の巨獣。
長く続いた装備製作の日々は終わり。
《黒月》の新たな冒険が。
王都西方の大平原で、始まろうとしていた。




