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第八十七話 星月神狐装の設計



 翌朝。


 リリスが食堂へ入ると。


 昨日までとは少し違う光景が広がっていた。


「リゼット。それ、食事中も着けるの?」


「普段着形態だから大丈夫!」


 リゼットは。


 完成したばかりの《星炉魔神工匠装アストラル・フォージレガリア》を身に纏っていた。


 見た目は。


 いつもの青白い作業服とほとんど変わらない。


 だが。


 襟元や袖口には。


 細かな星炉回路が淡く輝き。


 腰には小型化された《星炉魔神槌アストラル・フォージハンマー》が収まっている。


「寝る時は脱いだ?」


「脱いだよ」


「何時に寝た?」


「……十二時」


「本当?」


「工匠装に記録されてるから確認していい!」


 リリスが装備情報を開く。


━━━━━━━━━━


《星炉魔神工匠装》


昨夜の記録


作業終了:午後十時十二分


入浴:午後十時三十八分


就寝:午後十一時二分


起床:午前六時三十一分


睡眠時間:七時間二十九分


健康状態:良好


━━━━━━━━━━


「ちゃんと寝てる」


「でしょ?」


『装備に監視されなければ休めない時点で、威張ることではない』


 クロが呆れたように言う。


「監視じゃなくて休息管理!」


「呼び方を変えても同じではありませんか?」


 フィオナが笑う。


 その狐耳が。


 小さく左右へ揺れていた。


 今日の朝食は。


 焼きたての丸パン。


 白身魚と野菜の香草焼き。


 ふわりと焼かれた卵。


 芋と茸の温かいスープ。


 果実を混ぜた乳酪。


 そして。


 マルタが新しく試作した、米粉入りの薄焼きパン。


「お米はまだ収穫できてないよね?」


「備蓄していた米粉を、少量使用したそうです」


 フィオナが答える。


「もちもちしてる」


「天穀米が収穫できれば、もっと作れるようになるでしょう」


「米粉パン。団子。煎餅。麺も作れる」


『朝から食べ物の未来を広げるな』


「大事だから」


 リリスは薄焼きパンを一枚食べ。


 満足そうに頷いた。


 その後。


 何気ない様子でフィオナを見る。


「今日から、フィオナの装備を作ろう」


 フィオナの手が止まった。


「本当に、すぐ始めるのですか?」


「昨日決めたから」


「リゼットの装備が完成したばかりですよ」


「神炉も工房も問題ないよ」


「私も手伝う!」


 リゼットが勢いよく手を上げる。


「設計図、もう途中まで考えてるから!」


「いつの間に?」


「昨日の夕食後!」


━━━━━━━━━━


警告。


昨夜の自由作業時間内に。


新規装備設計を二十七件作成しています。


過集中傾向を確認。


━━━━━━━━━━


「二十七件?」


 フィオナが目を丸くする。


「形の違いとか、回路の置き方とか、細かい案も含めて!」


『休んでいるのか働いているのか、分からんな』


「設計は趣味だから!」


「でも、一人で決めるのは禁止」


 リリスが言う。


「フィオナが着る装備だから、本人の希望を聞いてから」


「分かってる。だから今日は設計会議!」


 リゼットは。


 既に食事を終えている。


 今すぐにでも地下工房へ向かいそうな勢いだった。


「まず朝食を終えよう」


「待てる!」


『本当か』


「たぶん!」


◇◇◇


 朝食後。


 《黒月》は地下工房へ集まった。


 中央作業台の上には。


 フィオナが現在使用している装備が並べられている。


 《月狐魔剣ルナ・ヴァルペス》。


 《月狐軽装ルナ・ガルド》。


 《星纏いの外套》。


 そして。


 神格級の《天聖錬成手袋・月狐型》。


「最初に、全部の状態を確認する」


 リリスが《万象解析》を発動した。


━━━━━━━━━━


月狐魔剣ルナ・ヴァルペス


品質:神話級成長武装


所有者


フィオナ・ルーヴェル


所有者同調率:100%


成長状態:良好


蓄積記録


・魔法剣戦闘


・多属性循環


・月狐魔刃


・月狐雷刃


・月狐氷刃


・月狐爆雷刃


・迷宮救助


・神代竜王戦


・異界邪神戦


・星温室管理


進化条件達成率:93%


━━━━━━━━━━


「九十三パーセント……」


 フィオナが剣へ触れる。


「あと少しで、自然進化できたのですね」


「うん。でも、今回は無理やり上げるんじゃなくて、装備全体との進化にする」


「剣を別の武器へ作り直すのですか?」


「剣は剣のまま残すよ」


 リリスは。


 《月狐魔剣》の記録を拡大する。


「これはフィオナが最初から使ってきた武器だから」


 魔法剣士として。


 何度も振るった剣。


 リリスから贈られ。


 修練を重ね。


 複数の属性を受け止めてきた成長武装。


「新しい杖は別に作る」


「剣と杖の二つを持つのですか?」


「戦い方で使い分ける」


 リゼットが。


 空中へ二つの装備模型を投影した。


「近距離では魔剣。遠距離魔法、回復、結界、錬金では杖!」


「持ち替える時間は?」


 シグレが尋ねる。


「一瞬で切り替える!」


 リゼットが設計画面を操作する。


 二つの武器が。


 それぞれ光へ変わり。


 交互にフィオナの手元へ現れた。


━━━━━━━━━━


仮設機構


《星月双装転換》


登録武装


・魔剣


・神杖


機能


・思考操作による瞬時転換


・使用していない武装の亜空間待機


・転換中の魔力維持


・術式詠唱状態の継承


・武装同士の魔力共有


想定転換時間


0.001秒未満。


━━━━━━━━━━


「剣で防いだ直後に、杖で結界を張れる」


「杖で魔法を放った後、すぐ剣へ戻せる!」


 リリスとリゼットが。


 交互に説明する。


『また二人で盛り上がっているな』


「師匠」


 フィオナが静かに呼ぶ。


「うん?」


「私の希望も聞いてくださるのですよね?」


「もちろん」


 二人が同時に口を閉じる。


 フィオナは。


 作業台の前へ立った。


「私は、師匠ほど強くありません」


「これから強くなるよ」


「それでもです」


 琥珀色の瞳が。


 並べられた装備へ向けられる。


「敵を倒す力だけでなく、皆を守れる装備が欲しいです」


 フィオナは。


 魔法剣士。


 剣と魔法を組み合わせ。


 近距離でも遠距離でも戦える。


 だが。


 それだけではない。


 錬金術を学び。


 治療薬を作り。


 迷宮では負傷者を支え。


 仲間の魔力や状態を何度も確認してきた。


「私が剣を振ることで、敵を倒せる」


 《月狐魔剣》の柄を握る。


「杖を使うことで、誰かを治せる」


 まだ存在していない神杖へ。


 視線を向ける。


「その両方ができる装備にしたいです」


「うん」


「それから」


 フィオナが。


 リリスを見る。


「師匠が、無茶をした時に止められる力も」


「それは必要?」


「必要です」


『最優先でもよい』


 クロが即答する。


「私も賛成だ」


 シグレまで頷いた。


「私も!」


 リゼットも手を上げる。


「全員?」


「師匠は自分に状態異常が通らず、体力も魔力も多すぎます」


 フィオナが続ける。


「自分では問題ないと思っていても、周囲から見れば危険な時があります」


「魔神化のこと?」


「それだけではありません」


「ほかにも?」


 三人と一匹が。


 無言でリリスを見る。


「……安全機能を入れよう」


◇◇◇


 まず。


 《月狐魔剣》の進化方針を決める。


「現在の得意属性は?」


 リゼットが尋ねる。


「火、水、風、土、雷、氷、光です」


「闇は?」


「扱えますが、まだ得意とは言えません」


「無理に全属性へしない方がいい」


 リリスが言う。


「《多属性循環》の強みは、必要な属性を切り替えて繋ぐことだから」


「すべてを最大出力にすると、循環が複雑になりすぎる」


 リゼットが頷く。


「じゃあ、今ある七属性を中心にする?」


「基礎は月属性にしたいです」


 フィオナが答えた。


「月?」


「《月狐魔剣》ですから」


 柔らかな月光。


 狐人族としての力。


 魔法剣士として歩み始めた時から。


 フィオナの武器を象徴してきた属性だった。


「月を中心にして、七属性を巡らせる」


「《星月多属性循環炉》」


 リリスが新しい回路を描く。


 中央に月。


 その周囲を七つの星が巡る。


 火。


 水。


 風。


 土。


 雷。


 氷。


 光。


 属性同士は直接ぶつからず。


 月の魔力を経由して。


 次の属性へ穏やかに切り替わる。


━━━━━━━━━━


魔剣進化案


星月神狐魔剣ルナ・ヴァルペス・セレスティア


基礎核


月狐魔剣ルナ・ヴァルペス


予定階位


神格級成長武装


主要機能


・星月多属性循環炉


・七属性魔法剣


・月狐神気


・属性複合魔刃


・魔法反射斬撃


・結界切断および修復


・所有者魔力自動調整


・成長記録継承


━━━━━━━━━━


「名前が長いね」


 リゼットが言う。


「《ルナ・ヴァルペス》は残したいから」


「正式名称は長くても、普段は《月狐魔剣》でよいのでは?」


 フィオナが微笑む。


「それでいい?」


「はい。今までどおり呼べますから」


◇◇◇


 次に。


 新しく作る杖。


 リリスは。


 一本の細長い杖を空中へ投影した。


 全長は。


 フィオナの肩を少し超える程度。


 白銀色の杖身。


 上部には。


 三日月と星を組み合わせた輪。


 中央へ。


 淡い金色の神晶。


 輪の左右には。


 狐の耳や尾を思わせる装飾が施されている。


「杖の用途は、攻撃魔法だけじゃない」


 リリスが説明する。


「回復、結界、浄化、支援、錬金。それから広範囲の魔力制御」


「フィオナの魔法剣の補助も必要だ」


 シグレが言う。


「剣へ属性を送れるようにする?」


「杖で術式を構築して、剣で放つ」


 フィオナが。


 立体映像の杖と剣を見比べる。


「逆もできますか?」


「逆?」


「剣で受け止めた敵の魔力を、杖へ送って解析するのです」


 リゼットの目が輝いた。


「できる!」


「相手の魔法を斬って、魔力情報だけ杖へ送る?」


「はい。危険な術式を理解できれば、次の攻撃を防ぎやすくなります」


「攻撃を受けることを前提にしすぎないでね」


 リリスが言う。


「師匠には言われたくありません」


「……確かに」


━━━━━━━━━━


専用神杖設計案


星月神杖ルナ・セレスティア


予定階位


神格級成長武装


主要機能


・星月魔力炉


・七属性大魔法補助


・神聖回復増幅


・広域結界展開


・状態異常浄化


・魔力供給


・術式解析


・敵性魔力分解


・魔剣との双装転換


・錬金術補助


・魔法薬品質補正


・所有者成長記録


━━━━━━━━━━


「錬金術補助も入ってる」


 フィオナが表示を見る。


「フィオナの二つ目の職業だから」


「戦闘だけの装備にしたくないのです」


「うん」


 リリスは。


 杖の内部へ。


 小さな錬金術式を追加した。


「簡易薬剤調合。毒物解析。素材の一時保存。緊急用の薬液生成」


「薬草がない場所でも?」


「フィオナが事前に登録した薬なら、杖へ保存した素材から作れる」


『便利だが、無限ではないのだろうな』


「使った素材は減るよ」


「師匠のインベントリとは違うのですね」


「同じにしたら、フィオナが管理できなくなるから」


 装備の強さは。


 使える能力の数だけでは決まらない。


 本人が理解し。


 判断し。


 安全に使えることが大切だった。


◇◇◇


 最後に。


 防具の設計へ移る。


「今の《月狐軽装》を核にする?」


 リゼットが尋ねる。


「うん。《星纏いの外套》も統合する」


「外套は残したいです」


 フィオナが言う。


「形も?」


「はい。背中と尻尾を包んでくれるので、落ち着きます」


「大きな尻尾が動きやすい構造にする」


 リゼットが防具模型を回転させる。


 フィオナは狐人族。


 大きな狐耳。


 そして。


 背後には、巨大で柔らかな一本の尾。


 普通の人族用防具では。


 耳と尾の動きを妨げてしまう。


「耳の周りには装甲を付けすぎない」


「音が聞こえにくくなりますから」


「代わりに透明な防御膜を張る」


「尻尾にも?」


「尻尾は全体を柔らかい神装布で包める。でも、戦闘中は自由に動かせるようにする」


「尻尾で均衡を取ることもあります」


 シグレが頷く。


「動きを制限すべきではないな」


 立体映像の防具が。


 少しずつ形を整えていく。


 白銀と月白色を基調とした軽装。


 胸部や肩。


 前腕。


 脚部には。


 淡い金色と蒼銀色の軽量装甲。


 腰には。


 複数の布が重なる短い戦装束。


 背中には。


 星空のような光を宿す外套。


 外套の中央は分かれ。


 大きな狐尾が自由に動かせる。


 帽子や兜は使わず。


 狐耳の間へ。


 三日月型の細い額飾りだけを置く。


「普段は目立たない形にできる?」


「日常着形態も作るよ」


「屋敷では、普通の服で過ごしたいです」


「戦闘時だけ展開する?」


「お願いします」


━━━━━━━━━━


専用防具設計案


星月神狐装ルナ・フォックスレガリア


予定階位


神格級成長防具


外見


・白銀、月白、蒼、神金を基調とする軽装


・狐耳完全対応


・狐尾可動構造


・星月外套


・三日月額飾り


主要機能


・神格級物理防御


・神格級魔法防御


・七属性耐性


・精神および魂魄防護


・状態異常防護


・月光魔力回復


・星月結界


・味方生命感知


・広域治療補助


・魔剣および神杖連結


・高速移動補助


・自動修復


・自動清浄


・日常着形態


━━━━━━━━━━


「味方生命感知」


 フィオナが項目を読む。


「全員の体調を確認できるのですか?」


「装備登録した仲間だけ」


「どこまで分かりますか?」


「体力。魔力。怪我。毒。呪い。疲労。精神負荷」


「師匠の疲労も?」


「……分かる」


「採用してください」


 即答だった。


「魔力の使いすぎも?」


「分かるよ」


「生命力の低下も?」


「うん」


「危険な神格変化も?」


「たぶん」


「必ず入れてください」


『装備の中心機能が決まったようだな』


「防御じゃなくて、私の監視になってない?」


「安全確認です」


 リゼットが笑う。


「私の工匠装と同じ!」


「リゼットは自分の体調を確認するためでしょ」


「フィオナはリリスの体調を確認するためだね」


 シグレが僅かに口元を緩めた。


「私だけ?」


「もちろん、皆さんの状態も確認します」


 フィオナは笑顔で答えた。


「ですが、師匠は特に注意が必要です」


◇◇◇


 設計機能が増え。


 三つの装備は。


 互いに繋がり始める。


 魔剣。


 神杖。


 神狐装。


 それぞれが独立しているだけではない。


 防具を中心に。


 二つの武器が魔力と情報を共有する。


━━━━━━━━━━


神格装備連結機構


《星月神狐循環》


中核


《星月神狐核》


接続装備


・《星月神狐魔剣》


・《星月神杖》


・《星月神狐装》


主要機能


・武装間魔力循環


・七属性情報共有


・治療術式共有


・結界出力共有


・双装瞬間転換


・損傷分散


・自己修復連携


・仲間生命情報共有


・所有者魔力負荷調整


━━━━━━━━━━


「リゼットの《星炉循環機関》と似てる」


「基礎は同じ。でも、フィオナの装備は生命と魔力の循環を中心にする」


「私のは熱と衝撃と魔力」


「フィオナは属性、回復、結界、生命情報」


『使用者に合わせて同じ仕組みを変えるのか』


「その方が管理しやすい」


 リゼットは。


 自分の装備へ使った経験を。


 早くも次の製作へ活かしていた。


◇◇◇


 機能が決まった後。


 素材選定が始まる。


 リリスはインベントリを開き。


 候補素材を工房中央へ並べた。


 《災厄魔王鋼ディザスタニウム》。


 《神魔鋼》。


 《神鋼》。


 《天聖革アークレザー》。


 《聖空蚕糸》。


 《蒼天聖羽》。


 《星銀》。


 《月神晶》。


 《聖月樹の霊枝》。


 《神狐霊毛》。


 《七耀魔晶》。


 《星界聖水》。


 《月雫霊液》。


 《浄水貝珠》。


 《生命樹根皮》。


 《蒼命蓮》。


「《災厄魔王鋼》を、フィオナの装備にも使うのですか?」


「そのまま使わないよ」


 黒紫色に輝く金属。


 強大な魔王神格を宿す素材。


「《神格浄化統合》で、フィオナに合わない魔王性を取り除く」


「全部取り除くと、普通の金属にならない?」


 リゼットが尋ねる。


「魔王としての支配性や威圧は消す。でも、神格への耐性と強度は残す」


「性質だけ組み替えるんだ」


「完成後は《星月神鋼》になる予定」


━━━━━━━━━━


素材再構築候補


《災厄魔王鋼》



《星月神鋼》


除去特性


・魔王威圧


・災厄侵食


・敵性支配


・暗黒汚染


維持特性


・神格級強度


・超魔力伝導


・自己修復


・神性耐性


付与特性


・月属性親和


・星属性親和


・神聖魔力伝導


・生命魔力安定


━━━━━━━━━━


「リリスの素材を、私のために変えてしまってよいのですか?」


「フィオナのために使うから、持ってる意味があるよ」


「ですが、とても貴重な――」


「フィオナ」


 リリスは。


 珍しく少し強い声で名前を呼んだ。


「私が作りたいから作る」


「師匠……」


「フィオナが仲間だから」


 それ以上の理由は。


 必要なかった。


「遠慮して弱い装備にしたら、危ない時に守れない」


『その通りだ』


「使った素材は、また集めればよい」


 シグレも言う。


「私の装備にも、同じように遠慮なく使うのだろう」


「うん」


「ならば、フィオナだけが遠慮する必要はない」


 フィオナは。


 並べられた素材を見る。


 それから。


 小さく息を吐いた。


「分かりました」


 琥珀色の瞳へ。


 迷いの代わりに。


 はっきりとした決意が宿る。


「最高の装備をお願いします」


「うん」


「私も、必ず使いこなします」


◇◇◇


 素材候補を確認していたリゼットが。


 《神狐霊毛》の箱を持ち上げた。


「これ、量が少ない」


「今あるのは十二束」


「外套と防具の内装に使うなら、最低でも二十束欲しい」


「召喚訓練で集める?」


『安全確認を忘れるな』


「神格級は呼ばないよ」


 リリスは。


 《異界訓練領域》の召喚候補を開く。


━━━━━━━━━━


素材取得候補


《星月霊狐》


危険度:A


推奨人数:四名以上


性質


・温厚


・月夜に活動


・自然に抜けた霊毛を巣へ集める


・敵対しない限り攻撃性なし


取得可能素材


・《神狐霊毛》の下位互換素材


・《星月霊狐毛》


・《月光狐爪殻》


・《星雫狐涙晶》


注意


討伐不要。


交換および信頼獲得による採取を推奨。


━━━━━━━━━━


「倒さなくても素材がもらえる」


 フィオナの狐耳が。


 僅かに立つ。


「狐の魔物ですか?」


「霊獣に近いみたい」


「会ってみたいです」


「明日、呼ぶ?」


「その前に、召喚情報の完全確認だ」


 シグレが言う。


「クロの承認も必要です」


「今回は危険度Aだね」


『それでも確認はする』


「分かってる」


 邪神召喚以降。


 神格級召喚に限らず。


 未知の召喚存在は。


 必ず詳細を確認してから呼び出すことになっている。


━━━━━━━━━━


《星月霊狐》召喚審査


完全危険情報:取得可能


世界破壊能力:なし


精神支配能力:なし


神格汚染:なし


召喚領域脱出能力:なし


敵対時強制帰還:可能


クロ承認:未確認


仲間承認:未確認


━━━━━━━━━━


『問題は少なそうだ』


「私は賛成です」


 フィオナが言う。


「私も構わない」


 シグレも頷く。


「素材交換なら、何を渡すか考えないと!」


 リゼットは。


 既に交換品の設計を始めていた。


「食べ物がいいかな」


「狐だから油揚げ?」


「それ、前の世界のイメージ?」


『まず食性を調べろ』


 リリスが解析欄を開く。


━━━━━━━━━━


《星月霊狐》


好物


・月蜜果


・星雫葡萄


・霊鶏の卵


・清浄な魔力水


・柔らかな寝床


・光る小物


━━━━━━━━━━


「星蜜葡萄が使えるかも」


「少し種類が違う」


「月属性を付与すれば近くなるよ」


「光る小物も好きなんだ」


 リゼットが。


 小さな歯車型の魔導玩具を取り出した。


「これ、回すと光る」


『なぜ持っている』


「試作品!」


「それも交換品にしよう」


◇◇◇


 設計会議は。


 昼を過ぎても続いた。


 魔剣。


 神杖。


 防具。


 三つを別々に作りながら。


 一つの装備群として完成させる。


 リゼットの装備より。


 構成部品も。


 連結回路も多い。


━━━━━━━━━━


製作計画


第一装備


星月神狐魔剣ルナ・ヴァルペス・セレスティア


第二装備


星月神杖ルナ・セレスティア


第三装備


星月神狐装ルナ・フォックスレガリア


統合機構


《星月神狐循環》


推定工程数


2,947


通常製作期間


百八十二日


時間圧縮併用


四日


《同時工程千重》最大使用


五時間以内


推奨製作方式


共同製作。


━━━━━━━━━━


「五時間で作れる」


「駄目」


 今度は。


 リゼットとフィオナが同時に止めた。


「分かってる。共同製作だよね」


「私も参加します」


 フィオナが言う。


「使用者本人が回路を刻んだ方が、同調率が上がる」


 リゼットも頷く。


「魔剣の記憶抽出は、私が補助するよ」


「裁断が必要なら任せろ」


 シグレが言う。


『安全管理は私が行う』


 クロも。


 当然のように加わった。


 リリスは。


 全員の顔を見回した。


「じゃあ、みんなで作ろう」


━━━━━━━━━━


共同製作登録。


製作対象


・《星月神狐魔剣》


・《星月神杖》


・《星月神狐装》


主製作者


リリス・ルクスヴィア


共同製作者


・フィオナ・ルーヴェル


・リゼット・ヴァルカン


製作協力者


・シグレ・ヤルク


安全監督


・冥獄神狼クロ


製作理念


・剣と魔法の両立


・治療と守護


・仲間の生命保護


・所有者の成長尊重


・旧装備記録の完全継承


・過剰な自己犠牲機能禁止


━━━━━━━━━━


「最後の項目は何ですか?」


 フィオナが尋ねる。


「フィオナが仲間を守るために、自分の生命力を全部使わないようにする機能」


「必要な場合は――」


「禁止」


 リリスが即答した。


「師匠は自分のことを棚に上げています」


「私は不老不死だから」


「それでもです」


『両方に制限を付ければよい』


「クロ?」


『リリスには単独暴走防止。フィオナには過剰自己犠牲防止だ』


「採用!」


 リゼットが設計画面へ追加する。


━━━━━━━━━━


安全機構追加。


《相互守護制御》


・所有者生命力の危険域消費禁止


・仲間への過剰魔力供給停止


・生命危険時の自動退避提案


・リリスの危険行動をフィオナへ通知


・フィオナの危険状態をリリスへ通知


━━━━━━━━━━


「相互監視になった」


「相互守護です」


 フィオナが微笑む。


 リリスは。


 少しだけ不満そうに表示を見たが。


 削除はしなかった。


◇◇◇


 夕方。


 設計図が完成した。


 神炉の前へ。


 《月狐魔剣》。


 《月狐軽装》。


 《星纏いの外套》。


 そして。


 新しく使う素材が並べられる。


 だが。


 まだ製作は始めない。


 不足している《神狐霊毛》。


 代替可能な《星月霊狐毛》。


 そして。


 フィオナ自身の魔力を。


 三つの装備へ繋ぐための神格中核。


 それらを揃える必要がある。


━━━━━━━━━━


《星月神狐装備》


設計完成率:100%


素材準備率:87%


不足素材


・《神狐霊毛》×8束


代替候補


・《星月霊狐毛》×24束


未作成中核


《星月神狐核》


作成条件


・フィオナ本人の七属性魔力


・月属性魔力


・治癒魔力


・仲間を守る明確な意思


━━━━━━━━━━


「私の意思が素材になるのですか?」


「装備の中心だから」


 リリスは答えた。


「リゼットの《星炉魔神装備》も、最後は本人の理念を登録したでしょ」


「フィオナの装備は、それを中核として結晶化する」


 リゼットが続ける。


「だから、私たちだけでは作れない」


「私にしか作れない部分があるのですね」


「うん」


 フィオナは。


 自分の《月狐魔剣》を両手で持つ。


 師匠からもらった剣。


 仲間と戦ってきた剣。


 これからも。


 自分と共に成長していく剣。


「分かりました」


 大きな狐耳が。


 真っ直ぐ立つ。


「明日の召喚訓練で、必要な素材を集めます」


「無理に取らないよ」


「もちろんです」


「霊狐が嫌がったら諦める」


「その時は、別の素材を探しましょう」


 フィオナは。


 迷わず答えた。


 装備を作るために。


 別の命を傷つけるつもりはない。


 それは。


 《星温室種子保管庫》や。


 《生命循環管理区画》で。


 彼女たちが学んできたことでもあった。


━━━━━━━━━━


翌日の予定


《異界訓練領域》


召喚対象


《星月霊狐》


目的


・交流


・素材交換


・フィオナとの適性確認


禁止事項


・先制攻撃


・強制採取


・契約強制


・霊狐の持ち帰り


・《魔神化》


━━━━━━━━━━


「持ち帰りも禁止?」


「師匠が連れて帰りそうですから」


「まだ見てもいないよ」


『可愛らしい姿なら、可能性は高い』


「屋敷は広いけど」


「駄目です」


「はい」


 神炉の前。


 三つの設計図が。


 月と星の光を放ちながら浮かんでいる。


 剣。


 杖。


 神狐装。


 まだ形にはなっていない。


 だが。


 フィオナが望んだ。


 戦うため。


 治すため。


 そして。


 大切な仲間を守るための装備は。


 既に最初の輪郭を得ていた。

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