第八十六話 星炉魔神装備
神炉の炎が。
静かに《蒼炉戦槌》を包み込んでいた。
青白い炎。
黒紫色の炎。
深紅の炎。
白金色の炎。
異なる性質を持つ四つの火が。
古びた戦槌の表面を焼くことなく、その内部へ浸透していく。
━━━━━━━━━━
《蒼炉戦槌》
記憶抽出工程
継承率
1%
↓
3%
↓
7%
抽出情報
・初期鍛造記録
・所有者初回登録
・第一次修理記録
・魔導回路増設履歴
━━━━━━━━━━
「最初の回路、すごく歪んでる……」
リゼットが。
空中へ投影された過去の設計図を見つめる。
細い魔力導線。
不揃いな文字。
必要以上に大きく刻まれた衝撃制御回路。
今のリゼットなら。
決して採用しない構造だった。
「これ、何歳の時に刻んだの?」
「十二歳」
「十二歳で魔導戦槌を作ったの?」
「最初は普通の鍛冶槌だったよ。魔導回路を入れたら、三回振っただけで爆発したけど」
『よく無事だったな』
「工房の壁が一枚なくなった」
「本人ではなく壁で済んだのですね」
フィオナが少し安心したように言う。
「親方には、ものすごく怒られた」
「当然だろう」
シグレは。
投影された回路を見ながら腕を組んでいる。
「この失敗した回路も残すのか」
「形は残さないよ」
リゼットが答える。
「でも、どこを失敗して、どう直したかは残したい」
「武器の記憶として?」
「うん」
リリスは。
空中へ浮かぶ初期回路へ指を伸ばした。
「失敗した構造そのものを新しい回路へ使う必要はない。でも、記録として中核へ刻んでおけば、《星炉魔神槌》が壊れた時に、過去の故障例と比較できる」
「自己診断機能にも使える!」
リゼットの瞳が輝く。
「同じ場所に負荷が掛かったら、壊れる前に補強できるかも」
「入れよう」
━━━━━━━━━━
追加機能を登録。
《鍛造記憶継承》
効果
・過去の故障例を保存
・損傷傾向の自動分析
・同一故障の再発予測
・所有者の修理技術を学習
・使用履歴に応じた構造最適化
━━━━━━━━━━
『武器が使用者から学ぶのか』
「リゼットも武器から学べるよ」
「お互いに育つ装備……」
リゼットは。
炎に包まれた《蒼炉戦槌》を見つめる。
「いいね」
◇◇◇
最初の工程は。
翌朝まで続いた。
もちろん。
徹夜はしていない。
「交代で休むと言ったよね」
「あと少しだけ!」
「駄目」
「継承率が九十八パーセントなんだよ?」
「残り二パーセントでも、休む時間は休む」
深夜。
工房へ迎えに来たフィオナによって。
リゼットは作業台から引き離された。
「神炉は自動維持できるから大丈夫」
「でも、異常が出たら」
「私とクロが見るよ」
『任せておけ』
「リリスも寝るんですよ?」
「うん」
フィオナの視線から。
リリスは少しだけ顔を逸らした。
「返事の前に間がありました」
「寝るつもりだったよ」
「本当に?」
「たぶん」
「師匠も一緒に来てください」
結局。
リリスとリゼットは。
二人揃って地下工房から追い出された。
「もう少しだったのに」
「フィオナは強いね」
「リリスが素直に従ってるのが意外」
「逆らうと、もっと長く怒られるから」
『聞こえていますよ、師匠』
階段の後ろから。
フィオナの声が聞こえた。
「狐耳ってすごい」
「そういう問題?」
◇◇◇
翌朝。
朝食を終えた一行が地下工房へ戻ると。
《蒼炉戦槌》の記憶抽出は完了していた。
━━━━━━━━━━
《蒼炉戦槌》
記憶抽出完了。
継承率:100%
保存記録
・鍛造記録:468件
・修理記録:713件
・改造記録:192件
・戦闘記録:84件
・設備救助記録:27件
・失敗記録:301件
・所有者魔力波形
・所有者動作情報
・所有者技能成長履歴
記憶中核の生成に成功しました。
━━━━━━━━━━
炎の中央。
《蒼炉戦槌》の姿は消えていた。
代わりに浮かんでいるのは。
親指ほどの青い結晶。
内部には。
無数の細い回路が、星座のように輝いている。
「これが……私の槌?」
「槌の記憶と、核になる部分」
リリスは。
青い結晶を両手で受け止めた。
━━━━━━━━━━
《蒼炉鍛造記憶核》
品質:神話級
所有者
リゼット・ヴァルカン
性質
・《蒼炉戦槌》の全履歴を保存
・所有者との同調状態を維持
・新規武装への記憶継承
・破壊不能属性:未獲得
・成長性:極大
━━━━━━━━━━
「完全に別の物になったわけじゃないんだね」
「うん。この核を中心に作るから」
リリスは。
《蒼炉鍛造記憶核》を神炉の中央へ戻した。
「ここからが本番」
◇◇◇
第二工程。
武器骨格の鍛造。
神炉の周囲へ。
複数の最上位金属が浮かび上がる。
《災厄魔王鋼》。
《災皇黒鋼》。
《覇魔神鋼》。
《魔王黒金》。
《神魔鋼》。
それぞれ。
単独でも通常の炉では加工できない金属。
「混ぜる順番を間違えると?」
リゼットが尋ねる。
「全部反発して、工房がなくなる」
「屋敷は?」
「地下工房ごと消える可能性がある」
「……慎重にやろう」
『今の説明を聞き、ようやく慎重になるのか』
リリスは。
神炉の周囲へ八重の隔離障壁を展開した。
「最初に《神魔鋼》を基礎にする」
「最強の《災厄魔王鋼》からじゃないの?」
「強すぎる金属を中心にすると、ほかの素材を吸収して終わるから」
「全体を繋ぐための金属が必要なのですね」
「うん」
フィオナの言葉へ。
リリスが頷く。
「《神性素材融合》《完全融解》《魔導金属特性分離》」
白銀の《神魔鋼》が。
神炉の中で液体へ変わる。
続いて。
《魔王黒金》。
《覇魔神鋼》。
《災皇黒鋼》。
最後に。
《災厄魔王鋼》。
それぞれを完全に混ぜ合わせるのではない。
硬度。
魔力伝導。
神性耐性。
衝撃吸収。
重量変化。
自己修復。
必要な性質だけを抽出し。
複数の層として重ねていく。
「金属なのに、布みたいに重なってる」
リゼットが呟く。
「一枚の塊にすると、一つの亀裂が全体へ広がるから」
「積層構造……」
「外側が壊れても、内側は残る」
「逆に、内側が壊れても外側で形を保てる!」
リゼットは。
すぐに作業台へ設計を追加する。
━━━━━━━━━━
《多重神鋼積層骨格》
構成層
第一層:《神魔鋼》
第二層:《魔王黒金》
第三層:《覇魔神鋼》
第四層:《災皇黒鋼》
第五層:《災厄魔王鋼》
機能
・損傷分散
・特性相互補完
・層単位自己修復
・重量変化耐性
・超高出力衝撃耐性
━━━━━━━━━━
「槌頭は私が打つ」
リゼットが。
作業台の横に置かれた鍛造槌を手に取った。
「まだ柔らかすぎるよ」
「どのくらいで打てる?」
「あと十七秒」
「細かい!」
神炉の中から。
赤黒く輝く金属塊が引き出される。
床へ固定された。
神格金属専用の巨大な金床。
リゼットは両手で鍛造槌を構えた。
「今」
リリスの声と同時に。
槌が振り下ろされる。
甲高い音。
火花ではなく。
細かな星のような光が工房へ飛び散った。
一打。
二打。
三打。
リゼットは。
ただ力任せに叩かない。
金属内部の魔力。
硬さ。
複数の層が重なる位置。
すべてを感じ取りながら。
一撃ごとに形を整えていく。
「右側、第三層が薄い」
「分かってる!」
「次の一打は少し内側」
「ここ!」
振り下ろされた槌が。
微かな歪みを正確に押し戻す。
━━━━━━━━━━
《多重神鋼積層骨格》
鍛造進行率
12%
↓
28%
↓
47%
↓
69%
積層誤差:0.0003%
━━━━━━━━━━
『初めて扱う素材とは思えんな』
「リゼットは金属の声を聞けるから」
「聞こえてるわけじゃないよ」
リゼットは。
槌を振り下ろしながら答える。
「硬さとか、熱とか、魔力の流れとか。叩いた時の音で、何となく分かるだけ!」
「それを聞いていると言うのではないか?」
シグレが静かに尋ねる。
「……そうかも!」
◇◇◇
槌頭。
柄。
内部機構。
変形用骨格。
六種類の打撃面。
細かな部品が。
一つずつ形になっていく。
リリスは一度に作ることもできた。
しかし。
今回はそれをしない。
リゼットが打ち。
リリスが素材を整え。
二人で回路を刻む。
時間は掛かった。
だが。
その分だけ。
完成へ近づく武器には。
二人の技術が積み重なっていった。
━━━━━━━━━━
武器本体鍛造:完了
次工程
《星炉循環機関》の構築。
必要素材
・《循環魔晶》×1
・《水脈銀砂》×10kg
・《浄水貝珠》×1
・《異界神血樹脂》×3
・《世界外霊油》×1
━━━━━━━━━━
《循環魔晶》が。
リゼットの前へ浮かぶ。
「私が刻んでもいい?」
「うん。でも、魔晶本体を傷つけないように」
「表面じゃなく、内部へ回路を作るんだよね」
「魔力だけで刻む」
リゼットはゴーグルを下ろした。
両手へ。
《天聖錬成手袋》とは異なる、耐神性作業手袋を装着する。
細い刻印針の先から。
青白い魔力が伸びる。
物質へ触れず。
《循環魔晶》の内部だけへ。
細かな立体回路を構築していく。
「右から入った魔力を、中央で三つに分ける」
「武器出力、修復、予備貯蔵」
「余った分は防具側に戻す」
「逆流防止は?」
「ここ」
「緊急時の完全遮断は?」
「この回路」
「手動停止は?」
「柄の内側!」
迷いなく答えながら。
リゼットは回路を刻み続ける。
━━━━━━━━━━
《星炉循環機関》
構築進行率
21%
↓
46%
↓
72%
↓
99%
警告
循環回路第三分岐に0.02%の出力偏差。
━━━━━━━━━━
「止めて」
リゼットが即座に手を離す。
「どこ?」
「ここ」
リリスが。
《万象解析》で内部構造を拡大した。
「刻印の深さが少し違う」
「修正できる?」
「できる。でも、私が直す?」
「私がやる」
リゼットは。
深く息を吸った。
刻印針を持ち直し。
僅かに深くなった回路を。
魔力で一度埋める。
そして。
最初よりも細く。
正確に刻み直した。
━━━━━━━━━━
出力偏差
0.02%
↓
0.003%
↓
0%
《星炉循環機関》
構築完了。
━━━━━━━━━━
「できた……!」
「うん」
青白い《循環魔晶》が。
ゆっくりと鼓動を始める。
まるで。
新たな心臓が生まれたように。
◇◇◇
武器本体が完成へ近づく一方。
フィオナとシグレも。
防具作りを手伝っていた。
「この布を切ればよいのか?」
シグレが。
机へ広げられた《黒星神糸》の織布を見下ろす。
「うん。この線に沿って」
リリスが。
銀色の光で裁断線を示す。
「刀で切っても?」
「《白雨星刀》なら大丈夫」
「普通の裁断鋏では切れないのですね」
フィオナが布へ触れる。
「神鋼より少し柔らかいくらい」
「それは布と呼べるのでしょうか」
「着る時は柔らかくなるよ」
シグレが。
《白雨星刀》を僅かに抜く。
「《白雨抜刀》」
銀色の光が走り。
黒い織布が。
指定された線どおりに切り分けられた。
「綺麗」
「切るだけなら問題ない」
「次はフィオナ」
「私ですか?」
「《生命樹根皮》を細い繊維にして、布へ織り込んでほしい」
「錬金術の練習ですね」
フィオナは。
《天聖錬成手袋・月狐型》を装着した。
「《素材分解》《魔力繊維化》」
淡い茶色の樹皮が。
細い金色の糸へ変わる。
それを。
黒星神糸の布へ一本ずつ通していく。
生命樹の柔軟性。
自己修復。
着用者の生命状態を感知する性質。
防具の内側へ。
金色の回路模様が広がった。
━━━━━━━━━━
《神工匠織布》
基礎素材
・《黒星神糸》
・《生命樹根皮》
・《霊鰭魚の脱鱗》
・《暗黒革》
特性
・神格級耐久
・着用時柔軟化
・生命状態感知
・水圧軽減
・熱および衝撃分散
・自己修復
━━━━━━━━━━
「二人の防具を作る時も、手伝ってもらおうかな」
「私たちの装備も作るのですか?」
フィオナが尋ねる。
「うん。リゼットの次に」
「私の《白雨星刀》も?」
「刀の記憶を残して進化させる予定」
シグレの赤い瞳が。
僅かに見開かれた。
「今の刀を失わずに?」
「もちろん」
シグレは。
腰の《白雨星刀》へ触れる。
「……そうか」
「楽しみ?」
「まだリゼットの装備が先だ」
「否定はしないんだね」
「黙れ」
シグレは顔を逸らしたが。
刀の柄へ添えた手は。
いつもより少し優しかった。
◇◇◇
二日目の夜。
すべての部品が揃った。
神炉中央へ。
巨大な戦槌の骨格。
青白い工匠装。
二つの《循環魔晶》。
そして。
《蒼炉鍛造記憶核》が並ぶ。
━━━━━━━━━━
最終統合工程を開始します。
製作対象
《星炉魔神槌》
《星炉魔神工匠装》
統合項目
・所有者情報
・武器記憶
・防具回路
・星炉循環機関
・成長機構
・安全制御
・相互連結
━━━━━━━━━━
「最後は、リゼットが決めて」
「何を?」
「装備へ一番大切にしてほしいこと」
リリスの問いに。
リゼットは考えた。
強さ。
壊れないこと。
どんな設備でも修理できること。
どれも大切だった。
だが。
それだけではない。
「壊すためだけの力にしない」
リゼットは。
神炉の前へ立つ。
「戦う時は戦う。でも、この槌は、物を作って、直して、誰かを守るために使いたい」
《蒼炉鍛造記憶核》が。
青く輝く。
「失敗しても、次はもっと良く作る」
光が強くなる。
「壊れても、直す」
戦槌と工匠装へ。
青白い光が流れ込む。
「私が直せない物があったら、直せるようになるまで勉強する」
━━━━━━━━━━
所有者理念を確認。
《創造》
《修復》
《改良》
《守護》
《継承》
装備成長理念として登録します。
━━━━━━━━━━
「《神格装備創造》」
リリスが両手を合わせる。
「《神性素材融合》《完全合成》《装備進化誘導》《超越技能統合制御》」
神炉の炎が。
一気に高く燃え上がった。
黒紫。
青白。
深紅。
白金。
幾つもの光が渦を巻く。
武器。
防具。
二つの循環魔晶。
《蒼炉鍛造記憶核》。
すべてが。
一度、光の中へ溶けていく。
━━━━━━━━━━
最終統合進行率
8%
↓
26%
↓
49%
↓
73%
↓
91%
警告
神格級出力を確認。
安全制御を検査。
・所有者精神干渉:なし
・人格強制:なし
・強制稼働:なし
・無制御出力:なし
・生命力強制燃焼:なし
・睡眠不要機能:なし
安全性:正常
━━━━━━━━━━
「最後だけ、やっぱり確認するんだ」
「大切ですから」
フィオナが頷く。
「完成するよ」
リリスの言葉と同時に。
工房全体へ。
巨大な鐘を打ち鳴らしたような音が響いた。
神炉の炎が消える。
光が収まり。
二つの装備が。
静かに姿を現した。
◇◇◇
一つ目は。
巨大な戦槌。
全長は。
リゼットの身長を僅かに超える。
槌頭は。
黒銀を基調とした重厚な形。
側面には。
青白い星炉回路と、深紅の魔神紋様が刻まれている。
中央には。
《循環魔晶》を収めた透明な炉心。
内部で。
小さな青い星のような光が回転していた。
柄は。
黒銀と神金。
所有者の手へ自然に馴染む形状。
末端には。
工具生成。
魔導炉接続。
魔力供給に使う多機能端子。
槌頭の周囲へ。
六つの形態を示す小さな魔法陣が浮遊している。
━━━━━━━━━━
《星炉魔神槌》
品質
神格級成長武装
所有者
リゼット・ヴァルカン
基礎核
《蒼炉戦槌》
所有者同調率:100%
主要能力
《星炉循環機関》
《神重変化》
《六炉槌形態》
《神格衝撃制御》
《万物鍛造補助》
《魔導機構修復》
《障壁鍛装修復》
《現地工具生成》
《星炉領域》
《自動飛行》
《絶対帰還》
《鍛造記憶継承》
成長条件
・新たな鍛造
・設備修復
・装備改良
・仲間の守護
・未知技術の解析
━━━━━━━━━━
そして。
もう一つ。
青。
白。
銀。
三色を基調とした工匠装。
外見は。
リゼットが普段着ていた作業服に近い。
だが。
布部分には星のような細かな光が流れ。
胸。
肩。
前腕。
膝。
脛。
必要な場所へ。
黒銀の軽量装甲が配置されている。
腰には。
空間拡張された工具帯。
背面には。
武器と魔力を循環させる星炉接続器。
青い作業帽の縁には。
神金色の細い刺繍。
額のゴーグルには。
青。
緑。
赤。
紫。
複数の解析用魔晶板が重なっていた。
━━━━━━━━━━
《星炉魔神工匠装》
品質
神格級成長防具
所有者
リゼット・ヴァルカン
所有者同調率:100%
主要能力
《星炉循環機関》
《神格工匠防御》
《全環境作業適応》
《超高熱完全遮断》
《極低温完全遮断》
《爆発衝撃吸収》
《水中活動》
《有害物質完全浄化》
《魔導回路立体投影》
《設備内部透視》
《危険予測》
《工具自動選択》
《作業動作補助》
《星炉飛行》
《自動修復》
《自動清浄》
休息管理
・疲労警告
・強制作業停止提案
・連続稼働時間記録
睡眠不要機能:なし
━━━━━━━━━━
「……完成した」
リゼットが。
二つの装備を見つめる。
いつもの勢いはない。
ただ。
信じられないものを見るように。
ゆっくりと戦槌へ近づいた。
「触っていい?」
「リゼットのだよ」
差し出した手が。
柄へ触れる。
その瞬間。
《星炉魔神槌》の炉心が強く輝いた。
━━━━━━━━━━
所有者を確認。
リゼット・ヴァルカン。
《蒼炉戦槌》の記憶を継承します。
初回同期を開始。
━━━━━━━━━━
巨大な戦槌が。
自ら浮き上がった。
重厚な外見とは裏腹に。
羽根のような軽さで。
リゼットの右手へ収まる。
「軽い……」
「通常状態の重さは調整できるよ」
「じゃあ、元の重さにして」
戦槌が。
僅かに沈む。
リゼットの手へ。
使い慣れた《蒼炉戦槌》と同じ重さ。
同じ重心。
同じ握り心地が戻ってくる。
「本当に……同じだ」
外見も。
性能も。
何もかも違う。
それでも。
振り上げた時の感覚。
柄を握った時の微かな抵抗。
身体へ馴染む重心は。
長年使ってきた槌と同じだった。
「おかえり」
リゼットが小さく呟く。
青白い炉心が。
返事をするように、一度だけ明滅した。
◇◇◇
リゼットが工匠装へ触れると。
装備は青白い光へ変わった。
光が。
身体を包み込む。
普段の作業着が一瞬で変換され。
《星炉魔神工匠装》が装着された。
作業帽。
解析ゴーグル。
軽量装甲。
工具帯。
耐熱靴。
すべてが。
リゼットの身体へ合わせて自動調整される。
「動きやすい!」
腕を回す。
腰を捻る。
膝を曲げる。
装甲同士が干渉することも。
布が引っ張られることもない。
「重くない?」
「ほとんど感じない」
リゼットが。
背中へ《星炉魔神槌》を装着する。
武器と防具が接続され。
二つの《循環魔晶》が同時に輝いた。
━━━━━━━━━━
《星炉循環機関》
武器側炉心:正常
防具側炉心:正常
相互接続:完了
出力循環率:100%
所有者負荷:0.1%未満
装備状態:最良
━━━━━━━━━━
「性能試験をしよう!」
『完成直後に工房で振るな』
クロが。
リゼットの前へ立つ。
「分かってる!」
「《異界訓練領域》へ移動しよう」
リリスは。
すぐに転移門を開いた。
◇◇◇
《異界訓練領域》。
見渡す限り。
黒い岩盤が広がる荒野。
周囲には。
多重隔離結界。
衝撃吸収障壁。
緊急帰還機構。
装備試験用の安全設定が展開されている。
━━━━━━━━━━
装備性能試験を開始。
試験対象
《星炉魔神槌》
《星炉魔神工匠装》
試験項目
一、重量変化
二、形態変化
三、衝撃制御
四、防御領域
五、飛行機能
六、設備修復
七、緊急停止
《魔神化》
封印状態を維持。
━━━━━━━━━━
「最後は関係ないよね?」
『念のためだ』
「装備試験だけだよ」
リリスが少し不満そうに答える。
「まず重量変化!」
リゼットは。
《星炉魔神槌》を両手で構えた。
「《神重変化》!」
━━━━━━━━━━
現在重量
25kg
↓
100kg
↓
1,000kg
↓
10,000kg
━━━━━━━━━━
だが。
リゼットが感じる重さは変わらない。
「振れる!」
巨大な戦槌が。
勢いよく振り下ろされた。
「待っ――」
地面へ触れる直前。
リゼットが叫ぶ。
「重量二十五キロ! 衝撃停止!」
槌頭が。
岩盤へ静かに触れる。
土埃すら上がらなかった。
━━━━━━━━━━
《神格衝撃制御》
衝撃出力
推定:測定上限超過
↓
実出力:0.001%未満
周辺損傷:なし
━━━━━━━━━━
「止められた!」
『最初から最大近くまで上げるな』
「止められるか確認したかったの!」
「次は段階的に試してください」
フィオナが苦笑する。
「今度は壊す方!」
訓練領域の前方へ。
高さ五十メートルの試験用岩山が生成される。
━━━━━━━━━━
試験標的
《超重神鋼岩山》
耐久力:神話級
破壊許可:あり
周辺影響制御:必須
━━━━━━━━━━
「《六炉槌形態・破砕》」
槌頭が変形する。
平面だった打撃部が。
黒銀の鋭い突起を持つ破砕槌へ変わった。
「重量、一万キロ!」
リゼットが走る。
地面を蹴り。
工匠装の飛行補助で、一気に跳び上がる。
巨大な槌を。
空中で振りかぶった。
「《星炉破砕》!」
轟音。
戦槌が。
岩山の中央へ叩きつけられる。
だが。
衝撃波は周囲へ広がらない。
接触した一点。
岩山の内部だけへ。
莫大な破壊力が流れ込む。
一瞬。
何も起きなかった。
次の瞬間。
高さ五十メートルの岩山が。
音もなく。
無数の小さな立方体へ分解され。
その場へ崩れ落ちた。
━━━━━━━━━━
試験標的
《超重神鋼岩山》
残存耐久力:0%
周辺地形損傷:なし
衝撃漏出率:0.00001%未満
評価:最高
━━━━━━━━━━
「壊したいものだけ壊せた!」
リゼットが。
空中で嬉しそうに叫ぶ。
『威力だけなら、既に危険な領域だな』
「制御できてるから大丈夫!」
「緊急停止も試そう」
リリスが言う。
「全出力を止めて」
「《星炉停止》!」
武器と防具の光が。
同時に弱くなる。
━━━━━━━━━━
《星炉循環機関》
通常稼働
↓
安全停止
武器出力:0%
防具攻撃補助:0%
生命維持機能:継続
防御機能:継続
再起動権限
・リゼット・ヴァルカン
・緊急管理者リリス・ルクスヴィア
━━━━━━━━━━
「安全停止も問題なし」
「次は修理!」
◇◇◇
訓練領域へ。
故障した古代魔導炉を模した試験設備が生成された。
内部回路の断線。
炉心亀裂。
冷却水路閉塞。
結界の歪み。
複数の故障が同時に設定されている。
━━━━━━━━━━
修理試験設備
故障箇所:38
危険度:高
制限時間:三十分
条件
・設備の完全停止禁止
・炉心交換禁止
・外装破壊禁止
・内部作業員を想定した生命保護必須
━━━━━━━━━━
「難しくない?」
フィオナが尋ねる。
「前の装備なら、三時間くらい」
リゼットは。
解析ゴーグルを下ろした。
「今なら――」
視界の前へ。
魔導炉の内部構造が立体表示される。
━━━━━━━━━━
《設備内部透視》
故障箇所を確認。
重大故障:4
中規模故障:11
軽微故障:23
推奨修理順序を表示します。
━━━━━━━━━━
「順番まで出る!」
「でも、鵜呑みにはしないでね」
「分かってる。設備ごとに違うから」
リゼットは表示を確認し。
すぐに三か所の順序を入れ替えた。
「自動提案より、リゼットの判断を優先した」
「この炉は冷却水路より先に排圧弁を開けないと、逆流する」
『装備は補助であり、判断するのは本人ということか』
「その方がいいよ」
リゼットは。
《星炉魔神槌》を細槌形態へ変える。
「《六炉槌形態・刻印》」
巨大だった槌頭が。
片手で扱える精密槌へ縮小する。
柄から。
回路刻印針。
測定具。
接合材。
必要な工具が次々と生成された。
「《魔導機構修復》!」
断線した回路を叩く。
破壊するのではない。
一打ごとに。
歪んだ導線が元の位置へ戻り。
切れた回路が再接続される。
次に。
炉心の亀裂。
細槌で。
亀裂の周囲を軽く叩く。
魔力波が内部へ浸透し。
結晶構造を正常な位置へ押し戻した。
━━━━━━━━━━
修理進行率
0%
↓
24%
↓
51%
↓
79%
残り時間
30分
↓
23分
↓
17分
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「早い……」
フィオナが驚きの声を漏らす。
「最後は結界!」
リゼットは。
戦槌を本来の大きさへ戻した。
「《障壁鍛装修復》!」
歪んだ魔力障壁へ。
横から一撃を加える。
普通なら。
障壁は砕け散る。
しかし。
《星炉魔神槌》から放たれた衝撃は。
乱れた魔力だけを正しい位置へ押し戻した。
ひび割れていた結界が。
透明な半球へ修復される。
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修理試験設備
故障箇所:0
設備稼働率:100%
内部生命保護:成功
外装損傷:なし
完了時間
13分42秒
評価:最高
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「できた!」
リゼットが。
《星炉魔神槌》を高く掲げる。
青白い星炉光が。
荒野を明るく照らした。
◇◇◇
最後に。
飛行機能を試す。
「槌に乗るの?」
「乗らないよ!」
リゼットが否定する。
「《星炉飛行》!」
工匠装の背面から。
青白い魔力翼が展開された。
羽毛でも。
悪魔の翼でもない。
複数の魔導回路と六角形の光板が重なった、機械的な翼。
リゼットの身体が。
ゆっくりと地面から浮き上がる。
「浮いた!」
「姿勢を傾けすぎないで」
「分かって――わっ!」
急に前へ進み。
空中で身体が一回転する。
だが。
工匠装が即座に姿勢を補正した。
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飛行姿勢異常を検出。
《作業動作補助》
《危険予測》
自動補正を実行。
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「びっくりした……」
『飛ぶ訓練は必要だな』
「すぐに慣れる!」
再び進む。
今度はゆっくり。
上昇。
下降。
左右への移動。
戦槌を振った状態での姿勢維持。
少しずつ。
動きが滑らかになっていく。
最後には。
空中で《星炉魔神槌》を遠隔操作し。
自分の周囲を一周させ。
手元へ戻すことにも成功した。
「《絶対帰還》!」
投げ放たれた戦槌が。
空間を飛び越え。
一瞬でリゼットの右手へ戻る。
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全試験項目を完了。
《星炉魔神槌》
総合評価:最高
《星炉魔神工匠装》
総合評価:最高
安全性:適正
所有者適合率:100%
成長機構:正常
正式所有者登録を実行しますか?
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「リゼット」
リリスが声を掛ける。
空中から降りたリゼットが。
振り返った。
「改めて渡すね」
リリスは。
《星炉魔神槌》の柄へ手を添える。
「これは、リゼットが今まで使ってきた《蒼炉戦槌》の続き」
青白い炉心が。
静かに輝く。
「物を作るため」
「うん」
「壊れた物を直すため」
「うん」
「仲間や、助けを求める人を守るため」
「うん」
「それから、リゼット自身を守るための装備」
リリスは。
戦槌をリゼットへ差し出した。
「《星炉魔神槌》と、《星炉魔神工匠装》」
リゼットは。
両手で柄を受け取る。
「リゼットに贈る」
「……ありがとう」
声が。
少しだけ震えていた。
「私、一生大事にする」
「壊れても直せるよ」
「そういう意味じゃない!」
リゼットは。
戦槌を抱き締めるように胸元へ引き寄せる。
「ずっと使う。もっと良くする。新しい回路も刻むし、絶対に今より強くする」
「うん」
「この装備で、誰にもできなかった物を作る」
青い瞳が。
真っ直ぐリリスを見る。
「リリスの装備も、いつか私だけで直せるようになる」
「楽しみにしてる」
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正式所有者登録を完了。
所有者
リゼット・ヴァルカン
専用武器
《星炉魔神槌》
専用防具
《星炉魔神工匠装》
装備称号を獲得。
《星炉の神工匠》
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「称号まで増えた!」
『よく似合っている』
クロが言う。
「前線でも安心して任せられそうだな」
シグレも頷く。
「ですが、無茶は禁止ですからね」
フィオナが念を押す。
「分かってる!」
リゼットが答えた直後。
工匠装のゴーグルへ。
新たな警告が表示された。
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所有者の連続作業時間を確認。
過去二日間の休息時間:不足傾向
推奨
本日の装備試験を終了。
食事および休息を取ってください。
強制作業停止提案を実行しますか?
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「まだ少し試したいんだけど」
「終了だね」
リリスが言う。
「リリスまで!?」
「装備が休めって言ってるから」
『自分たちで付けた機能だろう』
「これ、解除できる?」
「できないよ」
「所有者なのに?」
「安全機能だから」
「そんな……」
リゼットが肩を落とす。
その様子を見て。
フィオナが笑い。
シグレも口元を緩めた。
◇◇◇
屋敷へ戻った後。
食堂には。
完成祝いの料理が並べられていた。
マルタが焼いた肉料理。
魚と野菜の包み焼き。
濃厚なスープ。
焼きたてのパン。
星蜜葡萄の果汁。
甘い果実菓子。
「完成、おめでとうございます」
セバスが頭を下げる。
「ありがとうございます!」
リゼットは。
工匠装を普段着形態へ変え。
《星炉魔神槌》を小型化して腰へ装着している。
「小さくできるんだ」
リリスが見る。
「食堂に大きな槌を持ち込んだら邪魔でしょ?」
「ちゃんと考えてる」
「私を何だと思ってるの?」
『お前と似た者だ』
「クロ!」
食卓に。
皆の笑い声が広がる。
新たな仲間。
新たな工房。
新たな装備。
王都へ来た時にはなかったものが。
少しずつ増えている。
「次は、フィオナの装備だね」
リリスが言うと。
フィオナの狐耳が。
ぴくりと動いた。
「私の装備を?」
「うん。《月狐魔剣》も進化させる」
「杖を作る話ではなかったのか?」
シグレが尋ねる。
「魔法剣士だから、剣を失くすつもりはないよ。新しい杖も作るけど、《月狐魔剣》も残す」
「二つ作るのですか?」
「必要なら」
『また素材を大量に使う顔をしているな』
「フィオナ専用だから」
フィオナは。
腰の《月狐魔剣》へ触れ。
少し迷った後。
柔らかく笑った。
「楽しみにしています、師匠」
「うん」
リゼットは。
新しく得た《星炉魔神槌》の炉心を見つめる。
「私も作るからね」
「今度はリゼットが主製作者?」
「まだリリスには負けるけど、できる所は全部やる」
「一緒に作ろう」
青白い星炉が。
応えるように淡く輝いた。
《黒月》最初の神格級仲間装備は。
こうして完成した。
そして。
新たに《星炉の神工匠》となったリゼットの手は。
早くも次の装備を作るため。
フィオナの剣と杖の設計を始めようとしていた。




