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第七十九話 黒月の魔導技師



 地下へ続く階段を。


 リゼットは、ほとんど飛び降りるような勢いで駆けていた。


 背中に担いだ巨大な戦槌が。


 一段進むたび、青白い火花を散らす。


「第二炉の構造は分かるの?」


 後ろを走るリリスが尋ねた。


「私が冷却回路を設計したの! でも、完成直前に担当から外された!」


「どうして?」


「安全装置を増やしたら、費用が高すぎるって!」


『嫌な予感しかしないな』


 クロがリリスの影を走る。


 地下へ進むほど。


 空気が熱くなっていく。


 壁の魔導灯は赤く点滅し。


 警告音が通路中へ鳴り響いていた。


━━━━━━━━━━


地下第二魔導炉


内部温度:2,840度


魔力圧力:正常値の487%


炉心外殻損傷率:18%


第一冷却回路:停止


第二冷却回路:破裂


緊急排熱口:作動不能


爆発予測時間:141秒


━━━━━━━━━━


「百四十一秒」


「十分ある!」


『お前たち二人の時間感覚は、一般人と大きく異なるようだ』


 リゼットは走りながら。


 腰の工具袋から、六角形の青い魔導具を取り出した。


 中央を叩くと。


 半透明の設計図が空中へ展開される。


「第二炉は三層式。外殻を壊せば魔力は逃がせるけど、高熱と溶解金属が全部こっちに流れてくる」


「地下区画が埋まるね」


「だから壊すのは最後の手段!」


「炉心だけ取り出すのは?」


「正常ならできる。でも今は固定具が熱変形してる!」


 階段の先。


 分厚い耐熱扉が見えてきた。


 だが。


 扉の中央は赤熱し。


 周囲の石壁まで溶け始めている。


「開かない……!」


 リゼットが操作盤へ手を置く。


━━━━━━━━━━


耐熱隔壁


状態:熱変形


解錠機構:故障


内部圧力差:危険域


強制開放:禁止


━━━━━━━━━━


「開けた瞬間、熱風が来るよ」


「分かってる!」


 リゼットは背中の戦槌を下ろした。


 巨大な槌頭の側面へ。


 青白い魔力回路が一斉に点灯する。


━━━━━━━━━━


《蒼炉戦槌》


品質:希少級


所有者:リゼット・ヴァルカン


機能


・鍛造打撃補助


・衝撃方向制御


・魔導回路接続


・熱耐性


・魔力放出


状態


長期酷使による損耗あり。


━━━━━━━━━━


「それで壊すの?」


「蝶番だけ外す!」


「それなら私が――」


「待って!」


 リゼットが鋭く制した。


「この扉の裏には圧力制御管がある。適当に切ったら、炉より先に通路が吹き飛ぶ!」


 リリスは。


 扉へ伸ばしかけた手を止めた。


 《万象解析》を使えば。


 内部構造は一瞬で把握できる。


 最適な切断位置も分かる。


 だが。


 リゼットは、設計図を見なくても。


 扉のどこに何が通っているのか理解している。


 自分が携わった炉を。


 細部まで覚えているのだ。


「右上の蝶番を三十度下から。次に左下を水平。最後に中央固定具を正面から!」


「一人で間に合う?」


「間に合わせる!」


 リゼットが戦槌を振り上げた。


「《回路衝撃制御》!」


 振り下ろされた槌が。


 赤熱した扉の右上へ突き刺さる。


 凄まじい衝撃。


 だが。


 破壊されたのは、狙った蝶番だけだった。


 周囲の壁や配管には傷一つ付いていない。


 二撃目。


 左下の固定具が外れる。


 三撃目。


 中央の封印金具が砕けた。


「ノクス!」


「分かった」


 リリスが扉へ手を向ける。


「《空間固定》《損傷分散結界》」


 耐熱扉を覆う空間そのものを固定。


 さらに。


 内部から噴き出そうとする圧力と熱を、通路全体へ薄く分散する。


「開けるよ」


「お願い!」


 扉が。


 ゆっくりと外側へ移動した。


 瞬間。


 白く輝く熱風が、通路へ襲い掛かる。


 リリスの結界へ激突し。


 轟音と共に左右へ分かれた。


 壁の表面が赤く染まり。


 空気中の水分が一瞬で蒸発する。


『この状況へ迷わず飛び込んだのか、あの娘は』


「自分の造った炉だからね」


 リリスとクロは。


 リゼットの後を追い、第二魔導炉へ入った。


◇◇◇


 巨大な円形空間。


 その中心に。


 地下第二魔導炉が設置されていた。


 高さは十五メートル以上。


 黒い金属製の外殻には。


 赤い亀裂が幾筋も走っている。


 炉の周囲には。


 溶けた魔鋼が川のように流れ。


 破裂した冷却管から、白い蒸気が噴き出していた。


━━━━━━━━━━


地下第二魔導炉


用途


・高純度魔鋼精錬


・大型武具素材生成


・魔導機関部品製造


炉心素材


申告:《高純度魔鋼》


実測


・鉄:70.8%


・低純度魔鋼:19.6%


・鉛系充填材:6.1%


・不純魔石粉末:3.5%


品質偽装を確認。


━━━━━━━━━━


「やっぱり……!」


 リゼットが歯を食いしばる。


「魔力を流したら、不純魔石粉末だけが先に反応する。鉛系充填材が溶けて回路を塞いで、逃げ場を失った魔力が炉心に溜まったんだ!」


『故意の偽装か』


「少なくとも、間違って混ざる割合じゃない」


 リリスは炉全体を解析する。


━━━━━━━━━━


爆発予測時間:94秒


推定被害


・地下鍛冶区画:全壊


・王都鍛冶師ギルド:全壊


・周辺建築物:重大損傷


・推定死傷者:1,000人以上


━━━━━━━━━━


「九十四秒」


「冷却回路を繋ぎ直す!」


 リゼットが炉の側面へ駆ける。


 だが。


 途中の金属床が。


 熱で赤く染まり、溶解寸前になっていた。


「その靴だと危ないよ」


「止まってる時間はない!」


 リゼットが踏み出すより早く。


 リリスが指を動かす。


「《局所時間停止》」


 溶けかけていた金属床の時間が止まり。


 温度と形状が固定された。


「行って」


「……あとで、それの仕組みを教えて!」


「時間魔法は、魔導技術だけだと難しいかも」


「じゃあ難しい部分から調べる!」


 リゼットは迷わず床を駆け抜けた。


 炉の側面。


 破裂した管の前へ膝をつき。


 工具袋から、複数の接続器を取り出す。


「第一回路は完全に塞がってる。第二回路を逆流させて、補助槽から冷却水を引く!」


「逆流させたら、補助槽が壊れない?」


「普通なら壊れる! だから流量を手動で調整する!」


『無茶ではないのか』


「でも、仕組みは合ってる」


 リリスには分かった。


 この炉を壊さず。


 中の精錬素材も可能な限り守り。


 周囲への被害を抑えるなら。


 リゼットの方法が最も合理的だった。


 ただし。


 流量を調整する弁は。


 炉の真横にある。


 炉心が爆発すれば。


 最初に巻き込まれる位置だった。


「リゼット。その弁は私が動かす」


「駄目! 回路の反応を見ながら、一秒単位で調整しないと――」


「指示して」


「え?」


「あなたが数字を読んで。私が動かす」


 仮面越しに。


 リリスはリゼットを見る。


「その方が安全で、速い」


「……分かった」


 リゼットは一瞬だけ迷ったが。


 すぐに頷いた。


「右側の大弁を十二度! 左の補助弁を三度開いて!」


 リリスは空間越しに二つの弁を動かす。


「流量三十七! まだ足りない! 補助弁をあと二度!」


「二度」


「そのまま固定! 次、上部排圧管を開ける!」


 炉の上部。


 緊急排熱口へ繋がる管は。


 内部の金属が膨張し、完全に塞がっていた。


「そこは物理的に叩かないと開かない!」


「私がやる?」


「私の槌じゃないと、回路を壊す!」


 リゼットは。


 《蒼炉戦槌》を両手で握り。


 炉の外殻へ取り付けられた足場を駆け上がる。


「リゼット!」


 上部から。


 溶けた金属塊が落下した。


 リリスが転移させるより早く。


 リゼットは戦槌を横へ振る。


「《鍛冶衝波》!」


 金属塊が。


 空中で砕け散る。


 赤熱した破片が周囲へ飛び。


 リリスの結界によって停止した。


『鍛冶師というより戦士だな』


「大きな槌を背負ってるからね」


 リゼットは排圧管の前へ立った。


 槌を構える。


「内部回路、第三線まで亀裂! 叩けるのは一点だけ!」


 彼女の青い瞳が。


 排圧管の表面を見つめる。


 魔力の流れ。


 金属の歪み。


 亀裂の方向。


 すべてを読み。


 足を踏み込んだ。


「ここっ!」


 戦槌が振り下ろされる。


 青い衝撃が。


 管の一点だけへ浸透した。


 詰まっていた不純金属が内部で砕け。


 次の瞬間。


 上部排熱口から、黒赤色の魔力が噴き上がった。


━━━━━━━━━━


緊急排熱口:開放


魔力圧力


正常値の612%



489%



351%


爆発予測時間


52秒



86秒


━━━━━━━━━━


「時間が増えた!」


「でも、まだ足りない!」


 リゼットが足場から飛び降りる。


 着地と同時に。


 片膝をついた。


「大丈夫?」


「熱を少し吸っただけ!」


 彼女の作業靴は焦げ。


 両手の手袋も、一部が焼けている。


「手を見せて」


「後!」


「今」


 リリスは有無を言わせず。


 リゼットの両手へ治癒魔法を掛けた。


 赤くなっていた皮膚が元へ戻る。


 焼けた手袋も。


 《過去痕跡再現》によって修復された。


「……装備まで直した?」


「うん」


「その魔法、鍛冶に使える?」


「使えるよ」


「あとで絶対教えて!」


「まず炉を止めよう」


「そうだった!」


『似た者同士だな』


◇◇◇


 魔力圧力は下がっている。


 だが。


 冷却が追いついていない。


━━━━━━━━━━


炉心温度:3,120度


炉心外殻損傷率:41%


爆発予測時間:73秒


推奨処置


・炉心強制排出


危険性


・排出先の確保が必要


・高密度魔力漏出の可能性


━━━━━━━━━━


「強制排出しかない」


 リゼットが歯を食いしばる。


「でも固定具が熱変形してる。解除信号を送っても動かない」


「固定具だけ直せばいい?」


「直せるの?」


「元の形が分かれば」


「設計図は私の頭にある!」


 リゼットが。


 空中へ設計図を展開する。


 複雑な炉心固定具。


 八本の大型拘束腕と。


 三十二本の魔力接続線。


 緊急時には。


 すべてが同時に解除される構造になっていた。


「でも、今は四本が溶けてる。二本は歪んで、残り二本は魔力が逆流してる」


「全部直す」


「七十秒で?」


「十分」


『また始まったな』


 リリスは両手を広げた。


「《同時工程千重》」


 炉の内部へ。


 無数の小型魔法陣が展開される。


 一つ目。


 溶けた金属を過去の形状へ復元。


 二つ目。


 歪んだ拘束腕を修復。


 三つ目。


 逆流した魔力を別の回路へ迂回。


 四つ目。


 破損した術式を書き直す。


「《過去痕跡再現》《存在情報修復》《魔導回路自動設計》」


━━━━━━━━━━


炉心固定具


正常率:23%



49%



78%



100%


緊急排出機能:復旧


━━━━━━━━━━


「直った……」


 リゼットが目を見開く。


「排出先は?」


「本来は地下の冷却槽。でも、今の炉心を入れたら冷却槽が蒸発する」


「じゃあ、別の場所に送る」


「どこへ?」


 リリスは片手を上げた。


「《次元門生成》」


 炉心の直下。


 巨大な黒紫色の門が開く。


 その向こうにあるのは。


 先日造った《異界訓練領域》。


 世界から隔離され。


 どれほど大きな爆発が起きても。


 王都へ影響しない空間。


「異空間……?」


「排出して」


「固定具解除! 炉心分離!」


 リゼットが操作盤を叩く。


 巨大な炉が。


 地鳴りのような音を響かせた。


 八本の拘束腕が開き。


 中央から。


 白く輝く球形炉心が落下する。


 直径三メートル。


 表面の金属が泡立ち。


 内部には、限界を超えた魔力が渦巻いている。


「落ちろ!」


 炉心が次元門を通過する。


 完全に異空間へ移動した瞬間。


 門が閉じた。


━━━━━━━━━━


炉心排出:完了


地下第二魔導炉


魔力圧力:正常化


爆発危険:解除


残留熱:危険域


冷却継続を推奨します。


━━━━━━━━━━


 数秒後。


 遥かに遠い別空間で。


 巨大な爆発が起きた。


 空間越しに。


 低い振動だけが伝わってくる。


『訓練領域の方は大丈夫なのか』


「自動修復するから大丈夫」


「今の炉心……材料として回収できる?」


 リゼットが尋ねる。


「爆発が終わったら回収できるよ」


「捨ててないの?」


「もったいないから」


 リゼットは。


 初めて見る生物を見るような目で、リリスを見た。


「……あなた、何者?」


「今は、ノクス」


「今は?」


『そこを突っ込むか』


 リリスは答えず。


 停止していた冷却回路へ手を向けた。


「まず、この場所を冷やそう」


◇◇◇


 地下第二炉の温度が安全域まで下がった頃。


 フィオナとシグレが。


 鍛冶師ギルドの職員を連れて地下へ降りてきた。


「師匠、ご無事ですか?」


「うん。リゼットも無事」


「師匠?」


 リゼットがフィオナを見る。


「ノクスの弟子?」


「はい」


「なら、あなたも今の魔法を使えるの?」


「まだ使えません」


「まだ、ってことは、いつか使うの?」


「頑張ります」


「いいなあ……」


 リゼットの目が。


 フィオナとリリスの間を行き来する。


 その横で。


 シグレは破損した炉を見上げていた。


「爆発は止まったのか」


「炉心を別空間へ移した」


「いつものことだな」


「いつも炉心を移してるわけじゃないよ」


『問題を異空間へ送るという意味では、いつものことだ』


 鍛冶師ギルドの幹部たちは。


 無事な第二炉を見て安堵し。


 次に。


 偽装された金属の解析結果を見て青ざめた。


━━━━━━━━━━


【納入素材鑑定結果】


申告品


《高純度魔鋼》×800本


実際の品質


《低品質混合鉄材》×800本


偽装方法


・表面のみ魔鋼被膜処理


・鑑定阻害粉末を混入


・品質証明印を偽造


危険性


高出力炉で使用した場合


爆発・融解・魔力暴走の可能性:極大


━━━━━━━━━━


「こんな物を、ギルドへ納品したのか……」


 年配の鍛冶師が震える声で言う。


「私は何度も言った!」


 リゼットが声を上げた。


「叩いた時の音が違う。削った時の粉も違う。魔力を流した時の反応も違うって!」


「だが、鑑定書には問題がないと――」


「紙と金属、どっちを信じるのよ!」


 反論する者はいなかった。


 リゼットが。


 最初から正しかったからだ。


 炉を爆発させた問題児。


 規則を守らない危険な技師。


 そう見られていた少女は。


 不正な素材を誰より早く見抜き。


 自分を責めた者たちがいる建物を守るために。


 真っ先に危険な地下へ飛び込んだ。


「納入元は?」


 リリスが尋ねる。


 ギルド幹部が帳簿を開く。


「王都北部の金属卸業者です。半年前から、価格の安い魔鋼を納入しておりました」


「倉庫に残っている素材も調べた方がいい」


「直ちにすべての使用を停止させます」


「逃げられる前に、衛兵へ知らせるべきだな」


 シグレが言う。


「証拠なら、これで十分」


 リリスは。


 解析した素材情報。


 炉の記録。


 納品書。


 偽造された品質証明。


 すべてを《契約絶対記録》へ保存した。


━━━━━━━━━━


不正取引記録を保存しました。


・納入品品質偽装


・証明印偽造


・鑑定阻害加工


・安全基準違反


・大規模爆発未遂


記録改竄:不可能


━━━━━━━━━━


「これを衛兵へ渡せば、証拠は消せないよ」


「ノクス殿……この恩を、鍛冶師ギルドは決して忘れません」


「私は少し手伝っただけ」


「少しではないでしょう!」


 リゼットが即座に反論した。


「扉を支えて、冷却弁を動かして、固定具を直して、炉心を異空間へ放り込んだ! それを少しって言う人、初めて見た!」


『我々は慣れた』


「慣れたのですか?」


「慣れたくはなかったがな」


 シグレが静かに答える。


◇◇◇


 地上へ戻ると。


 鍛冶師ギルドの職員と職人たちが。


 一斉にリリスたちへ頭を下げた。


 避難していた者たちも無事。


 周辺建物への被害もない。


 炉は損傷したが。


 修理すれば再利用できる。


 最悪の未来は。


 完全に回避されていた。


 だが。


 リゼットだけは。


 喜んでいなかった。


「どうしたの?」


「第二炉、私の設計だった」


 煤だらけの顔で。


 彼女は壊れた工房を見渡す。


「安全装置を減らされて、材料も偽物に替えられた。でも……爆発した炉を造ったのは私」


「あなたの設計通りなら、爆発しなかった」


「でも、止められなかった」


「今日は止めたよ」


「ノクスがいたから」


「あなたが構造を知らなかったら、私でも炉を壊してたかもしれない」


 リゼットが顔を上げる。


「壊すだけなら簡単だった。でも、あなたは炉を残した。中にいた人も、ギルドも、周辺の建物も守った」


「……私だけじゃ無理だった」


「私だけでも無理だったよ」


 リリスなら。


 炉ごと異空間へ移すこともできた。


 時間を止めることも。


 全体を分解して再構築することもできた。


 だが。


 その方法では。


 リゼットが積み重ねてきた技術を、正しく理解することはできなかった。


「二人で止めた。それでいいと思う」


 リゼットは。


 しばらく黙っていた。


 やがて。


 乱暴に袖で目元を拭う。


「……泣いてないから」


「うん」


「熱気で目が痛いだけ」


「そういうことにしておく」


『意外と気を遣えるのだな』


「クロ、余計なこと言わないで」


◇◇◇


 その日の午後。


 鍛冶師ギルドの会議室で。


 今回の事故について正式な調査が行われた。


 偽装素材はすべて押収。


 納入業者と関係者については、王都衛兵隊が捜査を開始した。


 リゼットに下されていた処分も。


 全面的に撤回された。


━━━━━━━━━━


《リゼット・ヴァルカン》


過去の処分記録を再調査。


・魔導炉爆発事故


 原因:偽装素材


・依頼品無断改造


 理由:重大な安全欠陥の修正


・規格外部品の製作


 理由:指定規格自体に設計不備


・上官命令違反


 内容:危険な作業命令の拒否


再評価


技術力:最上級


安全意識:極めて高い


説明能力:改善の余地あり


協調性:状況による


爆発事故発生率:本人だけが原因ではない


━━━━━━━━━━


『最後だけ、妙に歯切れが悪いな』


「自分から実験して爆発させたこともあるから……」


 リゼットが視線を逸らす。


「何回?」


「小さいのを入れたら、二十七回」


「それは多いですね」


「全部、周りに人がいない実験場でやった!」


『やはり似ている』


「私の方が安全確認してるよ」


「邪神」


 フィオナが一言だけ言う。


「……これからは、もっと確認する」


 リリスは素直に引き下がった。


 調査が終わると。


 鍛冶師ギルド長が、リゼットへ向き直る。


「これまでの扱いについて、ギルドを代表して謝罪する」


「別に」


「お前が望むなら、工房主任として――」


「辞める」


 リゼットは即答した。


 会議室が静まり返る。


「リゼット」


「処分を撤回してくれたことには感謝してる。でも、もうここじゃ作れない」


「何が不満だ」


「良い物を作るより、安く作ることを優先する。危険だって言っても、書類に問題がなければ使う。失敗したら、一番下の技師に責任を押しつける」


 リゼットの声には。


 怒りよりも、疲れが滲んでいた。


「私は、そんな場所で炉を造りたくない」


「では、どうするつもりだ」


「それは……」


 答えを持っていなかったのだろう。


 勢いよく辞めると言ったものの。


 次に行く場所までは決まっていない。


 リリスは。


 持っていた《自動灌漑魔導核》を、テーブルへ置いた。


「これを小型化したい」


「え?」


「屋敷に水田と畑を造るから。古代の魔導核をそのまま使うんじゃなくて、普通の職人でも修理できる設備にしたい」


 リゼットの青い瞳が。


 魔導核へ吸い寄せられる。


「それから、屋敷の工房を大きくする。鍛冶設備、魔導具製作設備、素材研究室、試験場も必要」


「試験場……」


「爆発しても屋敷が壊れないように、隔離空間にする」


「好きなだけ爆発させていいの?」


「安全確認してからなら」


『そこで許可するな』


「実験には失敗も必要だから」


 リゼットが。


 椅子から立ち上がる。


「設備は?」


「今は地下工房がある。でも、あなたが使いやすいように増設する」


「素材は?」


「たくさんあるよ」


「魔鋼は?」


「大量に」


「ミスリルは?」


「大量に」


「アダマンタイト」


「大量に」


「オリハルコン」


「かなりある」


「神鋼」


「あるよ」


 リゼットの動きが止まった。


「……今、神鋼って言った?」


「うん」


「古代文献に出てくる、神性を帯びた金属?」


「それ」


「見せて」


「屋敷に来たら」


「行く」


「まだ条件を説明してないよ」


「聞きながら行く!」


『完全に釣れたな』


◇◇◇


 王都第一地区。


 かつてヴァレンティナ侯爵家が所有していた広大な屋敷。


 その門の前で。


 リゼットは固まっていた。


「ここ?」


「ここ」


「ノクスの家?」


「正確には、別の姿で暮らしてる」


「別の姿?」


 リリスは。


 屋敷の敷地を覆う認識阻害結界を確認した。


 周囲に部外者はいない。


 セバス。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロ。


 信用できる者だけがいる。


「中で話すね」


 応接室へ移動すると。


 リリスは《黒王仮面ノクス・マスク》へ手を掛けた。


 黒い仮面を外し。


 認識阻害を解除する。


 黒いローブも光へ変わり。


 普段の衣服姿へ戻った。


 短い黒髪。


 黒い瞳。


 人間にしか見えない外見。


 リゼットは。


 目の前に現れた若い女性を見つめる。


「……誰?」


「リリス・ルクスヴィア」


「ノクスは?」


「私」


「え?」


「王都では、正体を隠す必要がある時にノクスを名乗ってる」


「声も身長も雰囲気も違った!」


「偽装してたから」


「仮面だけじゃないの?」


「種族と魔力と存在情報も偽装してるよ」


 リゼットは。


 何度もリリスと黒い仮面を見比べた。


「それ、魔導具?」


「うん」


「分解――」


「駄目」


「解析だけ!」


「あとでね」


 つい数時間前にも。


 同じ会話をした気がする。


「秘密を知った以上、外では話さないでくださいね」


 フィオナが穏やかに釘を刺す。


「分かってる。職人が依頼主の秘密を漏らしたら終わりだから」


「まだ正式な依頼主ではないぞ」


 シグレが言う。


「これからなる!」


 リゼットの中では。


 既に決定事項らしい。


 リリスは。


 地下工房へ彼女を案内した。


 扉が開き。


 広大な製作空間。


 何列もの素材保管棚。


 自動錬成炉。


 神級素材隔離箱。


 魔導回路製作台。


 空間拡張された試験室。


 そして。


 中央に置かれた《災厄魔王装備》の専用保管台が姿を現す。


「……なに、ここ」


「私の工房」


「王都鍛冶師ギルドより広い」


「地下は空間拡張してるから」


 リゼットは。


 一歩。


 工房へ踏み込む。


 右を見る。


 左を見る。


 素材棚へ駆け寄る。


「これ、ミスリルじゃない。純度が高すぎる……こっちはアダマンタイト? この赤い金属、ヒヒイロカネ!?」


 次の棚。


「《神鋼》」


 リリスが一本の銀白色の金属塊を取り出す。


 白金。


 神金。


 虹色。


 複数の光を内側へ宿した神性金属。


 リゼットは。


 震える手で受け取った。


「重さが変……魔力を流してないのに、持ち手に合わせて重心が動いてる」


「適応性があるから」


「硬度は?」


「普通のアダマンタイトより上」


「融点は?」


「通常の炉では溶けない」


「どうやって加工するの?」


「神性素材融合か、専用の神炉を使う」


「神炉があるの?」


「今は簡易型だけ」


「簡易型で神鋼を加工できるの!?」


 リゼットの声が。


 工房中へ響いた。


『想像以上に騒がしい娘だな』


「素材を見た時だけだから」


「師匠も同じですよ」


 フィオナが小さく笑う。


 リリスは続いて。


 《災厄魔王鋼》。


 《異界邪神鋼》。


 《黒星虚銀》。


 《暗黒物質》。


 新たに生み出した最上位素材を、少量ずつ取り出した。


「これが、魔王由来の金属」


「知らない」


「私が作ったから」


「こっちは?」


「邪神由来」


「邪神……?」


「安全化してあるよ」


「それを先に言って!」


『正常な反応だ』


 リゼットは。


 恐る恐る《異界邪神鋼》へ顔を近づける。


 触れずに。


 表面を観察する。


「光を吸ってる。でも、完全な暗黒属性じゃない。空間の表面がずれてるみたい……」


「見ただけで分かるんだ」


「分からないことの方が多い。でも、分からないから調べたい」


 青い瞳が。


 好奇心で輝いている。


 工房で働くこと。


 未知の素材を研究すること。


 新しい技術を生み出すこと。


 それが。


 彼女にとって、何より大切なのだろう。


「条件を話すね」


 リリスは。


 工房中央の椅子へ座った。


 リゼットも。


 神鋼を抱えたまま向かい側へ座る。


「ここで働く人は奴隷じゃない。全員、自由な雇用契約」


「うん」


「危険な実験は、専用の隔離試験場で行う。始める前に、内容と危険性を記録する」


「分かった」


「依頼品を勝手に改造する時は、先に依頼者へ確認する」


「安全に関わる場合は?」


「危険性を説明して、それでも拒否されたら、依頼を断っていい」


 リゼットが。


 僅かに目を見開く。


「断ってもいいの?」


「危険な物を作らされる必要はないよ」


「でも、納期とか契約とか」


「人が死ぬかもしれない物を納品するより大事な契約はない」


 リリスは当然のように言った。


「必要な費用は、理由を説明してくれれば出す。素材も、管理規則を守れば使っていい」


「給料は?」


「希望はある?」


「今までの二倍」


「安くない?」


「え?」


「危険素材と神級素材を扱える技師が、その金額でいいの?」


「まだ扱えないけど」


「これから扱えるようになるんでしょ?」


「なる!」


「なら、基本給は今までの五倍。危険作業手当、研究手当、成功報酬、住居、食事、衣服、医療、休暇付き」


「五倍……?」


「高すぎるか?」


 シグレが尋ねる。


「リリスなら、さらに出そうとしていた顔だ」


「最初は十倍にしようと思った」


『金銭感覚を学べ』


 リゼットは。


 呆然としていた。


「私、爆発させるよ」


「安全な場所なら大丈夫」


「言うこと聞かない時もある」


「理由を聞く」


「口も悪い」


「気にしないよ」


「夜中まで工房にいるかもしれない」


「睡眠は取って」


「新しい素材を見たら、食事を忘れる」


「私も忘れることがある」


「似た者同士が増えましたね」


 フィオナが苦笑する。


 リゼットは。


 抱えていた神鋼へ視線を落とした。


「……私が欲しいのは」


 先ほどまでの勢いが。


 少しだけ弱くなる。


「失敗しても、次を試せる場所。危険だって言った時に、ちゃんと聞いてくれる人。良い物を作るために、必要な素材を使わせてくれる工房」


「全部用意する」


「簡単に言わないで」


「もう半分くらいあるよ」


 リリスは工房を見回した。


「足りない物は、一緒に作ればいい」


 リゼットが。


 ゆっくりと顔を上げる。


「一緒に?」


「私だけじゃ、これから全部の装備と魔導具を管理できない。フィオナとシグレの武器。屋敷の設備。水田の灌漑装置。将来造る街や人工ダンジョン」


「人工ダンジョンまで造るつもりなの?」


「うん」


「……面白そう」


「だから、力を貸してほしい」


 リリスは右手を差し出した。


「リゼット・ヴァルカン。私たちの仲間にならない?」


 リゼットは。


 差し出された手を見つめた。


 それから。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロ。


 工房。


 棚へ並ぶ未知の素材。


 最後に。


 リリスの顔を見る。


「私、冒険者じゃないけど」


「登録すればいいよ」


「戦う時は、この槌しか使えない」


「十分強かった」


「料理はできない」


「料理長がいる」


「掃除も苦手」


「それは少し覚えて」


「そこだけ厳しいの?」


「工房を汚したままだと危ないから」


「……分かった」


 リゼットは。


 小さく息を吐いた。


 そして。


 リリスの手を、力強く握る。


「なる」


「仲間に?」


「仲間にもなる。ここで働く。工房も造る。神鋼も研究する。灌漑魔導核も小型化する」


 青い瞳へ。


 再び強い光が宿った。


「世界で一番すごい工房を造る!」


「うん。一緒に造ろう」


━━━━━━━━━━


《リゼット・ヴァルカン》から、同行契約の申請が届きました。


契約内容


・自由意思による加入


・強制命令禁止


・適正報酬の保証


・安全な研究環境の提供


・研究成果の正当評価


・危険実験の事前審査


・退職、離脱の自由


承認しますか?


━━━━━━━━━━


「承認」


━━━━━━━━━━


同行契約を締結しました。


《リゼット・ヴァルカン》が正式な仲間になりました。


━━━━━━━━━━


「これで終わり?」


「次は、冒険者ギルドで登録しよう」


「今から?」


「まだ午後だから間に合うよ」


『行動が早いな』


◇◇◇


 王都冒険者ギルド本部。


 受付で事情を説明すると。


 リゼットは、生産職兼戦闘補助員として冒険者登録を行うことになった。


 基礎能力の確認。


 魔力測定。


 戦闘適性。


 素材知識。


 魔導具製作能力。


 いくつかの検査を終え。


 新しい冒険者カードが発行される。


━━━━━━━━━━


リゼット・ヴァルカン


種族:人族


年齢:18


冒険者ランク:E


職業ジョブ


《鍛冶師》


《魔導技師》


戦闘役割


・重槌戦闘


・装備修復


・魔導具支援


・罠、機構解析


・戦場設備構築


所属パーティー


《黒月》


役割


鍛冶師・魔導技師


━━━━━━━━━━


 カードの表面へ。


 黒い月の紋章が刻まれる。


「これが《黒月》の印?」


「うん」


「悪くない」


「シグレと同じ反応です」


「私は、悪くない、とは言っていない」


「言ってたよ」


『言っていたな』


 シグレは。


 静かに視線を逸らした。


━━━━━━━━━━


パーティー《黒月》


代表


《ノクス》 Aランク


正式メンバー


フィオナ・ルーヴェル Dランク


シグレ・ヤルク


リゼット・ヴァルカン Eランク


従魔・管理補助獣


クロ


新規メンバーの加入を確認しました。


━━━━━━━━━━


「よろしく、リゼット」


 フィオナが手を差し出す。


「よろしく。フィオナでいい?」


「はい。私もリゼットと呼びます」


 続いて。


 シグレが軽く頷く。


「戦場で装備を任せる以上、腕は信用する」


「今日会ったばかりなのに?」


「炉の中へ迷わず入った。その判断が正しいかは別として、逃げなかったことは見ていた」


「……そっちも、悪くない」


「その言い方は私の真似か?」


「違うけど?」


 二人の視線が合う。


 どちらも。


 少しだけ笑っていた。


『私はクロだ』


「喋る狼」


『狼ではない。《冥獄神狼》だ』


「毛を少しもらっていい?」


『加入直後に何を言い出す』


「魔力伝導性を調べたい」


『断る』


「一本だけ」


『断る』


「抜け毛なら?」


『掃除の際に拾え』


「分かった!」


 あっさり妥協したように見えるが。


 リゼットは既に。


 クロの毛を素材として使う方法を考え始めている顔だった。


「仲間が増えたね」


 リリスが言う。


『危険人物も増えたな』


「私は危険じゃない」


「私も危険じゃない!」


 リリスとリゼットが。


 ほとんど同時に反論する。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロ。


 三人の視線が。


 静かに二人へ集まった。


「……安全確認はするよ」


「私もする」


『二人だけで実験をさせてはならんな』


「同感です」


「監視当番が必要だな」


 新たな仲間を加えた《黒月》は。


 その日の夕方。


 五人で屋敷へ帰還した。


◇◇◇


 夕食後。


 リゼットは。


 正式に与えられた屋敷の個室へ荷物を置くより先に。


 地下工房へ戻っていた。


「この自動灌漑魔導核、構造の外側だけなら今夜中に写せる」


「今日は休んだ方がいいよ」


「あと少しだけ!」


「その言葉は信用できない」


「リリスに言われたくない!」


 二人が工房中央で言い合っていると。


 フィオナが扉を開けた。


「師匠。リゼット。夕食の後に用意された果物を持ってきました」


「星蜜葡萄?」


「はい」


 リゼットが。


 透明な皿へ盛られた葡萄を見る。


「光ってる」


「迷宮で採れた《星蜜葡萄》だよ」


「食べていいの?」


「もちろん」


 一粒口へ入れた瞬間。


 リゼットの目が大きく開いた。


「甘い!」


「種も持って帰ってきたから、屋敷で育てる」


「その灌漑装置を私が作る!」


「明日からね」


「今から設計だけ!」


「明日」


「……分かった」


 不満そうではあるが。


 リゼットは素直に工具を置いた。


 その時。


 工房の奥。


 厳重な封印箱に保管されていた《異界邪神の神格片》が。


 ほんの僅かに。


 黒紫色の光を放った。


 リリスだけが。


 その変化に気づく。


━━━━━━━━━━


《異界邪神の神格片》


浄化率:72%


所有者神格との共鳴を確認。


対象神格


《魔王種ルクスヴィア》


《色欲》


《邪神喰らい》


《異界神格簒奪者》


進化候補


夜天淫魔神ノクティルシア


進化核設計進行率:8%


━━━━━━━━━━


「リリス?」


 リゼットが首を傾げる。


「何かあった?」


「ううん」


 まだ。


 進化する時ではない。


 安全な神格進化核も完成していない。


 だが。


 創世神へ至るより前に。


 自分が魔神へ進化する日は。


 思っていたよりも、ずっと早く訪れるかもしれない。


 リリスは表示を閉じた。


「まずは、水田と新しい工房から」


「うん!」


 リゼットが元気よく答える。


「世界一の工房にするから!」


 屋敷の地下へ。


 新たな槌音が響き始める。


 《黒月》に加わった問題児の魔導技師は。


 早くも自分の居場所を見つけ始めていた。

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