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第七十八話 災厄魔王装備



 王都の屋敷へ帰還すると。


 リリスたちを最初に出迎えたのは、執事長のセバスだった。


「お帰りなさいませ、リリス様。皆様もご無事で何よりでございます」


「ただいま。今回は戦闘もなかったよ」


『今回は、な』


 クロが余計な一言を付け加える。


 フィオナとシグレも、どこか安心した表情で屋敷の中へ入った。


 前日の異界邪神召喚。


 神格による侵食。


 魂魄を狙った攻撃。


 世界そのものが破壊されかけた異常事態と比べれば。


 種子を治療し、持ち帰っただけの今日は、驚くほど平和だった。


「ところで、リリス様」


 セバスが、リリスの抱えている白金色の保管箱へ目を向ける。


「そちらは、迷宮から持ち帰られた品でしょうか」


「種子」


「種子でございますか」


「五十種類、二千八百粒」


「随分と多くございますね」


「食用と薬用と繊維用だけ。危険植物は一つも持ってきてないよ」


『持ち帰りたそうにはしていたがな』


「今回は我慢した」


「我慢したと口にする時点で、いずれ持って帰るつもりなのではありませんか?」


 フィオナが苦笑した。


「専用の隔離温室を造ってからね」


「やはり育てるつもりなのだな」


 シグレが呆れたように言う。


「研究には必要だから」


 リリスは保管箱の中から、小さな透明容器を一つ取り出した。


 内部には。


 淡い金色を帯びた細長い種籾が、静かに並んでいる。


━━━━━━━━━━


《天穀米の種籾》


品質:伝説級


古代に栽培されていた上位米の種籾。


豊富な魔力を含む土壌と清浄な水を好む。


白米、玄米の両方へ加工可能。


摂取効果


・魔力回復


・疲労回復


・身体能力微上昇


・生命力微回復


━━━━━━━━━━


「お米」


 その一言だけで。


 リリスが何を望んでいるのか、全員が理解した。


「畑を造られるのでございますね」


「うん。水田と大豆畑と薬草温室と果樹園」


「すべて本日中に?」


「できるよ」


「できるかどうかではなく、まずは担当者と相談してくださいませ」


「はい」


 セバスに即座に止められた。


 リリスが一人で作業すれば。


 屋敷の庭園に一時間も掛からず巨大な水田が出現するだろう。


 だが。


 そこには庭師の仕事があり。


 給水設備を管理する者がいて。


 作物を育てる者がいる。


 リリスだけで完成させるのではなく。


 屋敷で働く者たちが、無理なく管理できる形にする必要があった。


「庭園全部は畑にしないよ」


「当然でございます」


「南側の空いてる場所だけ」


「まずは千平方メートル程度から始めてはいかがでしょう」


「少なくない?」


『初めて育てる作物だぞ』


「一万平方メートルくらいあっても」


「多すぎます」


 フィオナとシグレが同時に言った。


「では、間を取って二千平方メートルにいたしましょう」


 セバスが現実的な数字を提示する。


「水田が八百。大豆畑が四百。薬草と果樹が八百」


「承知いたしました。庭師長と料理長にも相談いたします」


「天穀米が収穫できたら、白米にして」


「料理長のマルタが、腕を振るうことでしょう」


 まだ芽さえ出ていないというのに。


 リリスの頭の中には。


 炊きたての白米。


 味噌汁。


 刺身。


 焼き魚。


 納豆。


 卵かけご飯。


 既に完成した食卓が浮かんでいた。


『まず発芽させろ』


「分かってる」


◇◇◇


 持ち帰った種子を専用保管室へ移し。


 庭師長や料理長たちとの話し合いを終えたあと。


 リリスは屋敷の地下工房へ向かった。


 同行するのは。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロ。


 そして、工房の入り口まで案内したセバスだった。


 広大な地下工房の中央。


 三つの装備が、製作用の台へ並べられている。


━━━━━━━━━━


鋼板戦闘服アーマードコンバットウェア


真鋼戦剣バトルブレード


幻影魔弓ファントムアーク


━━━━━━━━━━


 これまで。


 リリスの冒険を支えてきた装備だった。


 決して弱い装備ではない。


 並の冒険者が手にすれば、一生使えるほどの性能を持つ。


 しかし。


 神代の竜王。


 異界の邪神。


 概念消去。


 神格侵食。


 世界外からの干渉。


 そうした存在と戦うには。


 明らかに格が足りなかった。


「壊れてはいないようですが」


 フィオナが《鋼板戦闘服》を見つめる。


「うん。性能が足りないだけ」


『その言い方では、長年働いた装備が少々哀れだな』


「捨てたりしないよ。全部保管する」


 リリスは《バトルブレード》の柄を撫でた。


 装備に人格があるわけではない。


 だが。


 自分と共に戦った記録は残されている。


 それを素材へ戻して再利用することもできたが。


 今回は、完成品のまま保管することにした。


「今までありがとう」


 小さく呟き。


 リリスは三つの旧装備を、専用の保存箱へ収めた。


━━━━━━━━━━


装備記録を永久保存しました。


・使用者情報


・戦闘履歴


・修復履歴


・魔力反応


・装備成長記録


劣化停止処理:完了


━━━━━━━━━━


「新しい装備を作るのか」


「うん」


「昨日の今日でございますが」


「だから作るんだよ」


 リリスはインベントリから。


 一つの巨大な黒い鎧を取り出した。


 床へ置かれた瞬間。


 重い音が工房中に響く。


 大柄なオークの巨体を包んでいた。


 分厚く。


 禍々しく。


 暗い魔力を帯びた全身鎧。


━━━━━━━━━━


災厄魔王鎧ディザスター・アダマンティス


由来


《災厄魔王ヴォルガン・ディザスター》


品質:神話級


状態:損傷あり


残存機能


・魔王威圧


・災厄魔力増幅


・物理衝撃吸収


・魔法攻撃軽減


・自己修復


・装着者筋力補助


━━━━━━━━━━


「魔王オークの鎧か」


 シグレが一歩近づく。


「これをそのまま使うのですか?」


「大きすぎるし、見た目もあまり好きじゃない」


『お前の三倍以上はあるからな』


「だから、構造だけ参考にする」


 リリスは《万象解析》を発動した。


 黒い鎧の周囲へ。


 何千もの透明な術式板が展開される。


 装甲の組成。


 魔力回路。


 衝撃分散構造。


 魔王核との接続部分。


 鎧が持っていた機能が、細部まで分解されていく。


━━━━━━━━━━


《災厄魔王鎧》完全解析。


有用構造:1,208件


改良可能構造:4,331件


欠陥構造:619件


使用者依存機能:解除可能


魔王属性情報:抽出可能


災厄因子:浄化可能


━━━━━━━━━━


「欠陥が六百以上あるぞ」


「力任せの設計だからね」


「これほどの鎧を、力任せと評するのですね……」


「装甲が厚ければいい、魔力を大量に流せばいい、って造りになってる」


『お前も似た発想をすることがあるだろう』


「私は効率も考えてる」


『邪神を召喚した件は』


「それはもう反省した」


 リリスは鎧から。


 魔王核の破片。


 黒い魔血。


 災厄因子を含む装甲片。


 魔力を蓄積した骨格材を抽出した。


 さらに。


 《神鋼》。


 《神魔鋼》。


 《神鉄》。


 《アダマンタイト》。


 《ヒヒイロカネ》。


 《オリハルコン》。


 それぞれを空中へ浮かべる。


「まず、素材を作る」


「鎧ではないのか?」


「新しい鎧に使う、新しい金属」


 リリスの背後へ。


 巨大な多重錬成陣が展開された。


「《神性素材融合》《超位金属変換》《素材特性抽出》《神格浄化統合》」


 漆黒。


 深紅。


 神金。


 暗銀。


 紫黒。


 五色の光が、工房内を満たす。


 魔王由来の素材へ。


 異なる割合で神鋼や神魔鋼を融合し。


 同じ魔王素材でありながら、別々の性質を持つ五種類の金属へ錬成していく。


━━━━━━━━━━


【新規素材登録】


117


災厄魔王鋼ディザスタニウム


魔王核、魔血、災厄鎧の装甲片と《神魔鋼》《神鋼》を錬成した最上位魔王金属。


漆黒の表面へ赤紫色と神金色の魔力脈が走る。


硬度、靱性、自己修復、魔王魔力伝導に優れる。


━━━━━━━━━━


118


魔皇鋼デモン・レガリウム


魔王の統率力と王権情報を金属化した魔皇鋼。


魔力回路、眷属加護、装備統合、所有者認証に適する。


黒銀色の内部へ金色の王冠紋様を持つ。


━━━━━━━━━━


119


災皇黒鋼カラミティウム


災厄因子を完全制御した重装甲用黒鋼。


衝撃、爆発、高熱、極寒、腐食に極めて強い。


攻撃を受けるほど表面硬度が上昇する。


━━━━━━━━━━


120


覇魔神鋼オーバーローディウム


魔王の覇気と神鋼の神性を両立させた複合神鋼。


武器骨格、鎧骨格、神格出力炉に適する。


神性と魔性の反発を抑え、同時運用を可能とする。


━━━━━━━━━━


121


魔王黒金ディザスター・メタリウム


黒金色の豪華な魔王金属。


装飾性、魔力増幅、術式保持能力に優れる。


装飾部分そのものが、結界と魔力回路として機能する。


━━━━━━━━━━


現在確認済み累計:121種類


━━━━━━━━━━


「五種類も作ったのですか?」


「使う場所によって、必要な性質が違うから」


『すべて同じ金属で造るよりは合理的だな』


「全部、見た目も豪華にした」


「性能より先に、そこを強調するのか」


「現時点最強装備だから」


 リリスは胸を張った。


「強くて、豪華で、格好いい方がいい」


「否定はしませんが」


「師匠らしいです」


 フィオナが微笑む。


◇◇◇


 続いて。


 リリスは厳重な封印箱を取り出した。


 箱の表面には。


 五十を超える封印術式と。


 世界外干渉遮断の魔法陣が刻まれている。


 箱を開く前に。


 リリスは表示された注意事項を、最初から最後まで確認した。


━━━━━━━━━━


《異界邪神素材保管箱》


開封前確認


・保護結界:正常


・神格封印:正常


・世界外接続:遮断


・精神汚染:検出なし


・魂魄侵食:検出なし


・邪神本体との再接続:なし


・仲間の退避経路:確保


・緊急封印手段:確保


開封を許可します。


━━━━━━━━━━


「全部読んだ」


『よろしい』


「クロが保護者みたいになっていますね」


「当然だ。こやつに危険物を扱わせるなら監督者が必要だからな」


「自分で作った保護術式なんだけど」


『作った本人が最も危険なのだ』


 箱の内部には。


 異界邪神の投影体から得た素材が封じられていた。


 黒い神格片。


 星の光を吸い込む邪晶。


 形状を固定できない神衣の断片。


 黒神血。


 世界外因子。


 どれも。


 通常なら、触れることさえ許されない危険物である。


「《異界邪神の神格片》は、装備だけじゃなくて、私の進化にも使える」


「進化?」


 フィオナの狐耳が動く。


「《創世神》とは違うのか」


「その前の段階」


 リリスの視界へ。


 新たな表示が浮かび上がった。


━━━━━━━━━━


【特殊神格進化候補】


夜天淫魔神ノクティルシア


神格階位:魔神級


進化元


《魔王種ルクスヴィア》


主要適性


・夜天


・淫魔


・魔王


・色欲


・深淵


・異界


・神格捕食


必要条件:一部達成


進化素材:一部確保


安全な神格定着方法:未完成


注意


未浄化の神格片を直接吸収した場合、存在変質の危険があります。


━━━━━━━━━━


「直接吸収はしないよ」


『絶対だな』


「神格進化核を作って、安全確認してから」


「いつ頃、進化するつもりなのですか?」


「それほど先にはしない」


 創世神へ至る道は。


 まだ遠い。


 だが。


 異界邪神との戦いで。


 リリスの中には確かに神格の種が生まれていた。


 魔王。


 色欲。


 夜。


 深淵。


 異界。


 それらを一つへまとめ。


 自分だけの魔神へ進化する。


「魔神化すると、髪が長くなって、角が増えて、翼が八枚になるみたい」


「また翼が増えるのか」


「今の完全魔王形態は六枚だから、二枚増えるね」


『そこが重要なのか』


「見た目も大事」


 リリスは再び邪神素材へ意識を戻す。


「今日は、進化には使わない。装備用素材だけ作る」


『今日のところは、か』


「ちゃんと準備するよ」


 神格片そのものを直接使わず。


 危険な権能情報だけを分離し。


 浄化。


 封印。


 再構築。


 世界外との繋がりを完全に切断する。


「《神格完全解析》《神核看破》《世界外本体探知》」


「《神格浄化統合》《権能干渉遮断》《因果遮断》」


「《大量同時製作》《同時工程千重》」


 数百の錬成陣が。


 工房を埋め尽くした。


 金属。


 革。


 皮膜。


 繊維。


 結晶。


 骨。


 樹脂。


 霊液。


 霊油。


 邪神由来の素材が。


 安全に扱える、新たな人工素材へ生まれ変わっていく。


━━━━━━━━━━


【新規素材登録】


122 《異界邪神鋼エルドリチウム


123 《神蝕黒金エクリプシウム


124 《黒星虚銀ノクスアストリウム


125 《世界外魔鋼アウタニウム


126 《邪眼神鉄マレフィキウム


━━━━━━━━━━


127 《無貌邪神革フェイスレス・レザー


128 《深淵神皮アビス・ハイド


129 《虚空神膜ヴォイド・メンブレン


130 《邪眼薄革イビルアイ・スキン


131 《世界外神皮アウター・ハイド


━━━━━━━━━━


132 《黒星神糸ノクス・シルク


133 《無光神布エクリプス・ヴェール


134 《異界神繊維エルド・ファイバー


135 《神蝕縫糸マレディクト・スレッド


136 《無貌変幻布フェイスレス・クロス


━━━━━━━━━━


137 《異界邪晶核エルドリッチ・コア


138 《黒星神晶ノクス・クリスタル


139 《世界外核晶アウター・コア


140 《神格封晶ディヴァイン・シール


141 《無貌虹晶フェイスレス・プリズム


━━━━━━━━━━


142 《無貌神骨フェイスレス・ボーン


143 《深淵神髄アビス・マロウ


144 《異界神血樹脂エルド・レジン


145 《神蝕霊液エクリプス・エーテル


146 《世界外霊油アウター・オイル


━━━━━━━━━━


147 《暗黒革ダークレザー


148 《暗黒物質ダークマター


━━━━━━━━━━


現在確認済み累計:148種類


全素材


・邪神本体との接続:完全遮断


・精神汚染:なし


・魂魄侵食:なし


・概念侵食:なし


・所有者への悪影響:なし


安全化処理:完了


━━━━━━━━━━


 工房の中へ。


 三十二種類の新素材が整然と並ぶ。


 漆黒の金属。


 星空を閉じ込めた暗銀。


 姿を変え続ける革。


 光を吸収する布。


 空間の境界を固定した透明な膜。


 見る角度によって形さえ変わる結晶。


 その一つ一つが。


 王国の国宝を遥かに上回る価値を持っていた。


「これを全部、装備に使うのか?」


「全部を少しずつ」


『料理ではないのだぞ』


「最強素材のフルコース」


「本当に全部入れるつもりなのですね……」


 フィオナが素材の山を見つめる。


「相性は大丈夫なのか」


「普通に混ぜたら爆発する」


「待て」


「だから、反発しないように設計する」


『先に言え』


◇◇◇


 リリスは。


 工房中央へ巨大な設計図を展開した。


 全身鎧。


 剣。


 魔導弓。


 マント。


 鞘。


 矢筒。


 収納箱。


 整備道具。


 すべてが一つの意匠で統一されている。


 黒。


 紫黒。


 深紅。


 暗銀。


 白金。


 神金。


 そして、角度によって僅かに現れる虹色の輝き。


 全身鎧は。


 頭から爪先まで完全に覆う重厚なフルプレート。


 兜には。


 王冠と魔王の角を融合させたような、巨大な角が複数伸びている。


 肩鎧は。


 竜翼を思わせる多層構造。


 胸部には。


 ルクスヴィアを象徴する魔王紋章。


 背中には。


 巨大な紋章入りの黒紫色のマント。


 装甲の縁を。


 神金と白金の細密彫刻が走っている。


「かなり豪華だな」


「かなり?」


『どう見ても、王国の宝物庫を丸ごと鎧にしたような姿だぞ』


「でも、下品じゃないよ」


「そこは確かだ」


 シグレは設計図へ目を細める。


「禍々しいが、美しい」


「機能も全部入ってる」


 装飾に見える神金色の線は。


 すべて魔力回路。


 胸部の巨大な紋章は。


 神格出力炉であり、結界制御核。


 肩の竜翼装飾は。


 衝撃を分散する補助装甲。


 マントの刺繍は。


 広域防御結界と飛行補助術式。


 角付き兜の装飾は。


 索敵、神格看破、照準補助、精神防御を担う。


「《創作設計顕現》《魔導回路自動設計》《装備進化誘導》」


「《神性素材融合》《完成品格上昇》《大量同時製作》」


 巨大な錬成陣が回転する。


 最初に。


 《覇魔神鋼》で鎧の骨格を形成。


 《災厄魔王鋼》を主装甲へ。


 《災皇黒鋼》を防御の要となる胸部、肩、腕、脚へ配置。


 《魔皇鋼》で全身を巡る魔力回路を構築。


 《魔王黒金》を縁取りと紋章へ使う。


 内装には。


 《無貌邪神革》。


 《深淵神皮》。


 《暗黒革》。


 外部から見えない部分へ。


 《虚空神膜》と《世界外神皮》を重ねる。


 マントには。


 《無光神布》。


 《無貌変幻布》。


 《黒星神糸》。


 《神蝕縫糸》。


 胸部の中枢へ。


 《神格封晶》と《異界邪晶核》。


 さらに。


 極少量の《暗黒物質》を。


 安定化した状態で、装備全体の重力・空間制御核へ封入する。


「素材接続開始」


━━━━━━━━━━


素材反発を検出。


神性と魔性の反発率:89%


世界内法則と世界外法則の反発率:97%


魔王因子と邪神因子の反発率:73%


━━━━━━━━━━


「高くないか?」


「想定内」


『お前の想定内は信用ならん』


「《因果遮断》《権能干渉遮断》《神格浄化統合》」


━━━━━━━━━━


反発率


89%



31%



4%



0%


素材融合を開始します。


━━━━━━━━━━


 漆黒の光が弾けた。


 続いて。


 深紅。


 紫黒。


 白金。


 神金。


 五色の光が幾重にも重なり。


 工房の天井まで届く巨大な魔法陣が出現する。


 金属同士が融合し。


 装甲板が形成され。


 何万本もの魔力回路が刻まれていく。


 鎧。


 剣。


 弓。


 マント。


 鞘。


 矢筒。


 すべてが。


 同時に完成へ近づいていく。


━━━━━━━━━━


製作進行率


21%



48%



76%



99%


━━━━━━━━━━


完成品格の上昇を確認。


伝説級



神話級


成長装備化:成功


所有者情報登録:リリス・ルクスヴィア


━━━━━━━━━━


「完成」


 リリスの声と同時に。


 光が収束した。


◇◇◇


 製作台の上。


 そこには。


 黒き魔王の王装が並んでいた。


━━━━━━━━━━


災厄魔王装備ディザスター・レガリア


所有者:リリス・ルクスヴィア


品質:神話級ミソロジー


分類:神格対応型・成長装備


構成装備


・《魔王鎧装ディザスター・レガリア


・《災厄魔王剣ディザスター・ブレイド


・《災厄幻影魔弓ディザスター・ファントムアーク


・《夜天魔王外套》


・《災厄魔王剣鞘》


・《幻影魔弓矢筒》


総合性能:測定不能


━━━━━━━━━━


「……これは」


 フィオナが言葉を失う。


 シグレも。


 普段の冷静な表情を忘れたように、装備を見つめていた。


 クロでさえ。


 すぐには何も言わない。


 鎧の主装甲は漆黒。


 表面へ。


 赤紫色の魔力脈が流れ。


 装甲の縁を、白金と神金の彫刻が飾っている。


 胸部に刻まれた魔王紋章は。


 見る角度によって月。


 星。


 八枚の翼。


 黒薔薇の形へ変化した。


 フルフェイス兜には。


 左右へ大きく伸びる黒い魔角。


 さらに、王冠のように上方へ伸びる四本の小角。


 眼部は細く。


 内部から赤紫色の光が灯っている。


 背中のマントは。


 床へ届くほど長い。


 黒から紫黒へ。


 紫黒から深紅へ。


 光の流れによって色を変え。


 中央には、巨大なルクスヴィアの魔王紋章が神金糸で刺繍されていた。


「少し豪華にした」


『少し、という言葉の意味を辞書で調べ直せ』


「王家の儀礼鎧より豪華ではないか?」


「性能を優先したら、こうなった」


「その彫刻の大半は、性能とは関係ないのではありませんか?」


「全部魔力回路だよ」


 リリスは鎧へ手を伸ばす。


「装備」


 漆黒の鎧が。


 一瞬で光の粒子へ変化した。


 黒い光が、リリスの全身を包む。


 足先。


 脚。


 腰。


 胸。


 腕。


 肩。


 最後に。


 巨大な角付きのフルフェイス兜が頭部を覆った。


 背中で。


 紋章入りのマントが大きく広がる。


 重厚なフルプレート。


 本来なら。


 一歩進むだけで床が軋むほどの重量がある。


 だが。


 リリスが軽く歩くと。


 足音さえ、ほとんど聞こえなかった。


「軽い」


『お前なら城壁を背負っても軽いだろう』


「装備自体も軽量化されてるよ」


 リリスが拳を握る。


 鎧の隙間はない。


 それでも。


 布の服を着ているように自由に動ける。


 腰を回し。


 腕を振り。


 軽く跳躍する。


 着地と同時に。


 マントが翼のように広がり。


 床へ伝わる衝撃を完全に消した。


━━━━━━━━━━


魔王鎧装ディザスター・レガリア


主要機能


・超高物理防御


・超高魔法防御


・全属性耐性


・神性、魔性、邪気、呪詛耐性


・魂魄、精神、概念、因果干渉耐性


・完全自己修復


・自動体型調整


・全身動作補助


・魔力、神力、闘気増幅


・衝撃完全分散


・緊急自動装着


・装甲形状変化


・所有者完全同調


・魔王威圧制御


・神格変身対応


対応候補


夜天淫魔神ノクティルシア


専用形態:未開放


━━━━━━━━━━


「魔神化したら、形が変わる」


「どのような姿になるのでしょう」


「たぶん、もっとセクシーな鎧になる」


「今の鎧からは想像できんな」


「魔神形態は、角と八枚の翼と尻尾を出す必要があるから」


『露出を増やす必要はないだろう』


「露出してる部分も透明装甲と神格障壁で守るよ」


『そういう問題ではない』


「格好いいから大丈夫」


◇◇◇


 次に。


 リリスは右手を伸ばした。


「《災厄魔王剣》」


 空間が歪み。


 一振りの黒い戦剣が現れる。


 通常の片手剣よりも長く。


 両手剣よりは短い。


 分厚く重厚な刀身は暗銀色。


 刃先を白金色の光が走り。


 刀身中央には。


 赤紫色の神代文字と、神金色の魔王紋章が刻まれている。


 鍔は。


 魔王の翼と竜角を組み合わせた形状。


 柄には。


 《天聖革》と《無貌邪神革》が巻かれ。


 柄頭へ、深紅の宝玉が埋め込まれていた。


━━━━━━━━━━


災厄魔王剣ディザスター・ブレイド


品質:神話級ミソロジー


分類:魔王神剣・成長武器


主要機能


・超高切断


・絶対耐久


・自己修復


・魔力刃展開


・属性自在変換


・対装甲特効


・対結界特効


・対神性特効


・対魔性特効


・対概念構造補正


・遠隔操作


・刀身形状変化


・鎧装完全連動


━━━━━━━━━━


 リリスが。


 試験用の神鋼製標的へ向けて、軽く剣を振る。


 刃は。


 標的へ触れていない。


 それでも。


 数メートル離れた神鋼の柱が。


 音もなく斜めに切断された。


「軽く振っただけなんだけど」


『次からは、さらに離れた試験場で試せ』


「防御結界は張ってあるよ」


「それでも神鋼が切れているではないか」


 シグレは。


 切断面へ近づく。


 鏡のように滑らかな断面。


 熱。


 欠損。


 歪み。


 そのどれも存在しない。


「これは、刀では受けられんな」


「《白雨星刀》も成長装備だから、今度強化しよう」


「いや、今のは催促ではない」


「フィオナの装備も」


「師匠。まずは御自分の装備試験を終わらせましょう」


 リリスは頷き。


 剣を鞘へ戻した。


 続いて。


 左手へ巨大な魔導弓を出現させる。


 弓幹は。


 黒銀。


 白金。


 神金。


 紫黒の多層構造。


 竜翼。


 魔王の角。


 三日月。


 その三つを融合させたような、優美で鋭い形状を持つ。


 中央には。


 《異界邪晶核》と《神代竜王の心核》を融合した宝玉。


 弦は存在しない。


 だが。


 リリスが弓を構えると。


 白金色と紫黒色が混ざった光の弦が現れた。


━━━━━━━━━━


災厄幻影魔弓ディザスター・ファントムアーク


品質:神話級ミソロジー


分類:神格魔導弓・成長武器


主要機能


・魔力矢生成


・実体矢強化


・多属性矢変換


・超遠距離射撃


・空間貫通補助


・多重追尾補助


・幻影分裂矢


・発射音完全遮断


・魔力消費軽減


・鎧装完全連動


弓術成長補助制限


・照準完全代行:停止


・射撃動作完全補正:停止


・技量自動代行:停止


理由


所有者が《弓術》の自然成長を希望しています。


━━━━━━━━━━


「ちゃんと、弓術の練習ができるようにした」


『そこだけは妙に頑固だな』


「全部自動で当てたら、上手くならないから」


 リリスは弓を引く。


 紫黒色の魔力が集まり。


 一本の美しい矢へ変化した。


 鏃。


 矢軸。


 矢羽。


 魔力で作られているとは思えないほど、精密な形状。


 狙うのは。


 工房の奥に設置された、通常の鉄製標的。


「《弓術》だけで撃つ」


 命中補正。


 必中。


 未来軌道予測。


 自動照準。


 それらをすべて停止する。


 リリスが指を離した。


 音はしない。


 魔力矢は空気を切り裂き。


 標的の中央から。


 少しだけ右へ逸れた場所を貫いた。


「中心じゃなかった」


『当たり前だ。弓術はまだ六なのだろう』


「もう一回」


「屋敷の中で練習を始めないでください」


「はい」


 フィオナに止められ。


 リリスは魔導弓を収納した。


◇◇◇


 全装備の試験を終えると。


 リリスは鎧を解除した。


 漆黒の全身鎧が光へ変わり。


 右手の指に嵌められた、小さな黒金色の指輪へ収納される。


━━━━━━━━━━


《災厄魔王装備》試験結果


物理防御:測定不能


魔法防御:測定不能


耐久力:測定不能


魔力増幅率:測定不能


動作阻害:0%


所有者同調率:100%


神格変身適合率:演算中


総合評価


現時点における所有者の最強装備。


━━━━━━━━━━


「完成した」


「おめでとうございます、師匠」


「これで、次に邪神が現れても少し安心か」


『次の邪神を想定するな』


「呼ばないよ」


『向こうから来る可能性はあるがな』


 邪神の投影体を倒した以上。


 その本体が。


 いつか再び干渉してくる可能性は否定できない。


 それでも。


 今のリリスには。


 以前より強い装備がある。


 仲間を守るための力がある。


 さらに。


 魔神へ進化する道も見え始めていた。


「ところで」


 リリスは製作台の上へ残された素材を見た。


「この装備、私以外は整備できない」


「自己修復するのではないのか」


「普通の損傷ならね。でも、神格回路や世界外素材を調整できる職人は必要」


『お前自身が整備すればよいだろう』


「将来、フィオナやシグレの装備も強くする。屋敷の工房も大きくする。私一人だと、全部見るのは大変になるかもしれない」


 既に。


 屋敷には衣装工房がある。


 錬金工房もある。


 だが。


 金属加工。


 魔導機構。


 農業用魔導具。


 自動灌漑設備。


 将来造る人工ダンジョンの管理設備。


 それらを任せられる、本格的な鍛冶師や魔導技師はいなかった。


「人材を探すのですか?」


「うん」


 リリスが答えると。


 工房の入り口で待機していたセバスが、静かに頭を下げた。


「それでしたら、王都鍛冶師ギルドへ相談されてはいかがでしょう」


「鍛冶師ギルド」


「近頃、優秀ではあるものの扱いの難しい若い魔導技師がいると聞いております」


「扱いが難しい?」


「技術は極めて優れているそうですが、規則を守らず、依頼品を勝手に改造し、試作品を爆発させることもあるとか」


『お前と気が合いそうだな』


「私は依頼品を勝手に改造しないよ」


 三人が黙ってリリスを見る。


「……必要なら、先に確認する」


「最近は、ですね」


 フィオナが補足した。


「その技師の名前は?」


「リゼット・ヴァルカン。十八歳の女性でございます」


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人材候補


《リゼット・ヴァルカン》


年齢:18歳


職業ジョブ


《鍛冶師》


《魔導技師》


所属


王都鍛冶師ギルド


評価


・技術力:極めて高い


・発想力:極めて高い


・魔導回路理解:極めて高い


・協調性:低い


・規則遵守:低い


・爆発事故発生率:高い


通称


《鍛冶師ギルドの問題児》


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「会ってみたい」


『最後の項目を見た上で言っているのか』


「爆発にも理由があるかもしれない」


「御自分と似た存在だから庇っているのではありませんか?」


「まだ会ってないよ」


 リリスは。


 持ち帰った《自動灌漑魔導核》を見た。


 水田や畑を造るなら。


 古代魔導核をそのまま使用するだけでなく。


 屋敷の職人でも管理できる、小型で安全な複製品が必要になる。


 その試作品を題材にすれば。


 魔導技師の腕も確認できる。


「明日、鍛冶師ギルドへ行く」


「装備はどうするのだ」


「普段は隠しておく」


 リリスは指輪へ触れた。


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《災厄魔王装備》


通常待機形態:指輪


偽装機能:有効


緊急装着時間:0.0001秒未満


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「必要な時だけ出す」


『王都の真ん中で装着するなよ』


「分かってる」


◇◇◇


 翌朝。


 黒いローブ。


 黒い仮面。


 正体不明の魔導師ノクスの姿となったリリスは。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロと共に。


 王都鍛冶師ギルドを訪れた。


 石造りの巨大な建物からは。


 金属を叩く音。


 炉の燃える音。


 魔導機械の作動音が、絶え間なく響いている。


 扉を開けた、その瞬間。


「だから、その魔鋼は偽物だって言ってるでしょうが!」


 若い女性の怒鳴り声が聞こえた。


 受付奥の作業場。


 青黒い短い髪。


 大きな青い瞳。


 頭には青い作業帽とゴーグル。


 青と白の作業服。


 腰には数え切れないほどの工具。


 背中には。


 本人の身長に近い巨大な戦槌。


 十八歳ほどの少女が。


 黒く焼け焦げた金属片を握りしめ。


 数人の男性鍛冶師と激しく言い争っていた。


「納品書には高純度魔鋼って書いてある!」


「違う! 中身は鉄が七割、魔鋼が二割、残りは安物の充填材! こんなのを高出力炉に入れたら爆発するに決まってる!」


「実際、爆発させたのはお前だろう!」


「材料を偽装した奴に言いなさいよ!」


 少女は。


 煤で黒く汚れた頬を拭い。


 苛立たしげに振り返った。


 その青い瞳が。


 ノクス姿のリリスが手に持つ、小型の《自動灌漑魔導核》へ向けられる。


「……ちょっと待って」


 少女の怒りが止まった。


 周囲の声も聞こえなくなったかのように。


 真っ直ぐ魔導核を見つめる。


「その核」


 リゼットは。


 数歩でリリスの前へ近づいた。


「水属性循環回路が七重。地脈接続が二系統。自動洗浄と異物除去が一体化してる。それに……壊れた時、回路を切り離して自分で迂回路を作るの?」


「見ただけで分かるの?」


「全部じゃない。でも、表層の回路だけなら」


 リゼットは。


 食い入るように魔導核を観察する。


「こんなの、王都の技術じゃ作れない」


「古代迷宮から持ってきた」


「分解させて」


「駄目」


「じゃあ解析だけ!」


「壊さないなら」


「絶対壊さない!」


 先ほどまで怒鳴り合っていた鍛冶師たちが。


 呆気に取られたように二人を見ている。


『会って数秒で話が進んだな』


「師匠と似ていますね」


「否定できん」


 リゼットはクロたちの言葉にも気づかず。


 魔導核へ手を伸ばしかけ。


 寸前で止めた。


「触っていい?」


「手袋を替えてからなら」


「分かった!」


 リゼットが腰の工具袋を探った、その時。


 ギルドの地下から。


 低い振動が響いた。


 床が揺れる。


 作業台の上の工具が跳ね上がり。


 奥から、赤い警告灯が一斉に点灯する。


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警告。


地下第二魔導炉で異常発生。


魔力圧力


正常値の420%。


冷却回路:停止。


炉心封印:損傷。


爆発予測時間:180秒。


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「地下第二炉?」


 リゼットの表情が変わった。


「まさか、あそこにも偽物の魔鋼を使ったの……?」


 鍛冶師の一人が青ざめる。


「第二炉には、三日前に納入された高純度魔鋼を――」


「それが偽物だって言ってるでしょうが!」


 リゼットは背中の巨大な戦槌を掴んだ。


 迷うことなく。


 地下へ続く階段へ走り出す。


「待て、リゼット! 第二炉はもう危険だ!」


「放っておいたらギルドごと吹き飛ぶ!」


 少女の背中を見ながら。


 リリスは小さく呟いた。


「クロ」


『分かっている』


「フィオナとシグレは、上にいる人たちを避難させて」


「はい、師匠」


「任せろ」


 リリスは。


 右手の黒金色の指輪へ触れた。


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《災厄魔王装備》


緊急装着準備。


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「私は、あの子を追う」


 黒いローブを翻し。


 リリスはリゼットの後を追って、地下魔導炉へ駆け下りた。

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