表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/114

第七十五話 黒月の新たな仲間



 異界邪神を撃破した、その日の夕方。


 リリスたちは、王都の屋敷へ帰還していた。


 異界訓練領域と屋敷地下の転移室を繋いでいた門が閉じる。


 白金色の光が消えた直後。


「師匠。地下工房へ行きましょう」


 フィオナが言った。


 声は穏やかだったが。


 大きな狐耳は真っ直ぐに立ち、琥珀色の瞳には一切の妥協がなかった。


「先に夕食でも――」


「検査が先です」


「でも、フィオナたちも疲れてるよね」


「師匠の検査が先です」


「私もフィオナに同意する」


 シグレも腕を組んで頷く。


『我もだ』


 クロまで加わった。


「三対一……」


『原因を作ったのは誰だと思っている』


「私です」


『分かっているなら、行くぞ』


「はい」


 リリスは三人に囲まれたまま、地下工房へ向かった。


◇◇◇


 最初に検査を受けたのは。


 リリスではなく、フィオナとシグレだった。


「先に二人を調べる」


「師匠からでは?」


「邪神に直接狙われたのは二人だから」


 リリスは、工房中央に二脚の椅子を並べる。


 フィオナとシグレを座らせ。


 床へ巨大な白金色の魔法陣を展開した。


「《神格完全解析》《魂魄固定》《存在情報固定》」


 光の輪が二人の身体を足元から頭まで通過する。


 肉体。


 魔力回路。


 精神領域。


 魂魄。


 因果。


 過去から現在へ続く存在記録。


 通常の回復魔法や鑑定では確認できない領域まで、何度も慎重に調べていく。


━━━━━━━━━━


【神格攻撃後精密検査】


対象


フィオナ・ルーヴェル


肉体損傷:なし


魔力回路損傷:なし


精神汚染:なし


魂魄損傷:なし


因果侵食:なし


概念欠損:なし


存在情報異常:なし


後遺症発生可能性:0%


━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━


対象


シグレ・ヤルク


肉体損傷:なし


魔力回路損傷:なし


精神汚染:なし


魂魄損傷:なし


因果侵食:なし


概念欠損:なし


存在情報異常:なし


後遺症発生可能性:0%


━━━━━━━━━━


「よかった」


 リリスは、ようやく小さく息を吐いた。


「二人とも完全に無事」


「師匠が守ってくださったからです」


 フィオナが胸元へ手を当てる。


「ですが……あれは、結界がなければどうなっていたのでしょうか」


「魂だけじゃなくて、存在そのものを消されてたと思う」


 工房の空気が重くなる。


 シグレは《白雨星刀アマツシグレ》の柄へ触れた。


「刀を抜くことすらできなかった」


「あれはシグレが弱かったからじゃないよ」


 リリスはすぐに答える。


「生き物としての本能へ、直接絶望を流し込まれてた。神格を持たない存在が抵抗できるような攻撃じゃなかった」


「それでも」


 シグレは悔しそうに視線を落とす。


「お前とクロは戦った」


『我も単独なら危うかった』


 クロが伏せた姿勢のまま言う。


『奴の注意がリリスへ向いていたから動けただけだ。恥じる必要はない』


「……そうか」


 シグレは短く答えた。


 納得しきってはいない。


 それでも。


 柄から手を離した。


「次は師匠です」


「私は自分で調べられるよ」


「私たちも結果を確認します」


「信用されてない?」


『邪神の力を吸収した直後に、大丈夫と言い切る者を全面的に信用できると思うか』


「思わない」


『正直でよろしい』


 リリスは、自分自身へ《神格完全解析》を発動した。


━━━━━━━━━━


【自己神格精密検査】


対象


リリス・ルクスヴィア


肉体損傷:なし


精神汚染:なし


魂魄損傷:なし


因果侵食:なし


概念欠損:なし


存在情報異常:なし


邪神性侵食率:0%


異界本体からの干渉:遮断済み


異界本体からの追跡:遮断済み


吸収神格:浄化・安定化済み


危険度:管理可能


━━━━━━━━━━


「ほら。問題なし」


「管理可能、という言葉が気になります」


「完全に無害とは書かれていないな」


『封印状態も確認しろ』


「みんな厳しい」


 リリスは体内に作った《邪神力封印領域》を開く。


 能力画面の奥。


 通常のスキル領域から完全に隔離された空間に、黒紫色の球体が浮かんでいた。


 球体の周囲には。


 白金色の鎖。


 黄金色の魔法陣。


 七重の透明な殻。


 さらに、侵食と逆流を防ぐ無数の小型術式が巡っている。


「もっと安全にしておこう」


 リリスは《神性素材融合》《迷宮管理核創造》《神格封印》を同時に発動した。


 邪神由来の力を封じていた球体へ。


 新たな制御核が形成される。


━━━━━━━━━━


《異界神格封印核》


所有者:リリス・ルクスヴィア


封印対象


・投影神力


・異界邪気


・邪神性


・権能断片


・深淵属性


・異界属性


機能


・完全隔離


・段階解放


・自動浄化


・侵食反転


・神格暴走停止


・本体接続遮断


・強制再封印


・所有者保護


通常時解放率:0%


━━━━━━━━━━


「これなら大丈夫」


『今度は本当に大丈夫そうだな』


「最初から大丈夫だったよ」


 三人の視線が集まる。


「……今度の方が、もっと大丈夫」


「それならよい」


◇◇◇


 検査が終わった後。


 フィオナは、ずっと気になっていたことを口にした。


「師匠。最後の一撃を放った時の姿について、覚えていますか?」


「姿?」


「白い髪です」


「私の髪は黒いけど」


「幻のような姿が、師匠へ重なったのです」


 フィオナは両手を広げる。


「長い白髪と、黄金色の瞳。それに、とても大きな翼がありました」


「翼?」


「十二枚だ」


 シグレが続けた。


「頭上には幾つもの光輪が浮かび、背後では星や世界のようなものが生まれていた」


『神話級を超える装備も纏っていた』


「私が?」


『現在のお前よりも遥かに上位の存在だった。だが、顔は間違いなくリリスだった』


 リリスは自分の短い黒髪を摘まむ。


「白くて長い髪……」


「再現しようとしないでくださいね?」


「少し見るだけ」


「できるのか?」


「分からない」


 リリスは、能力画面を検索した。


━━━━━━━━━━


未知の神格反応を確認。


仮称


《創世神格因子》


覚醒率:測定不能


顕現時間:0.0001秒未満


現在の再現:不可能


完全顕現条件:解析不能


神格進化先:未解放


推定階位:創世神級


━━━━━━━━━━


「本当にあった」


 フィオナの耳がぴんと立つ。


「創世神格……」


「まだ因子だけみたい」


『邪神から奪った神格だけで発生したものではないだろう』


「うん。邪神の力は、きっかけの一つだったみたい」


 創石アルケリウム


 神級錬金術。


 物質変換。


 無限生成。


 生命魔法。


 迷宮管理核創造。


 世界記録への接続。


 そして。


 リリス自身がこれまで蓄積してきた、創造に関係する無数の技能と経験。


 それらが複雑に結びつき。


 まだ遠い未来の可能性を、一瞬だけ映したらしい。


「ちょっと試してみる」


『何をだ』


「白い髪」


「やめておけ」


「髪色を変えるだけなら危なくないよ」


 リリスは《自在魔法操作》で、自分の髪へ光属性を流した。


 短い黒髪が。


 僅かに灰色へ変わる。


 さらに魔力を込める。


「伸びない」


『当たり前だ』


「翼も出ない」


「今すぐ創世神になろうとしないでください!」


「少し残念」


「残念がるところではない!」


◇◇◇


 その後。


 リリスは新しく増えた能力を整理した。


━━━━━━━━━━


【能力一覧更新】


既存技能:273種類


対神格戦闘技能:24種類


邪神由来能力:8種類


合計技能:305種類


Lv.MAX:304種類


自然成長中


《弓術》Lv6


特殊神格因子


《創世神格因子》:未覚醒


━━━━━━━━━━


「三百種類を超えた」


『嬉しそうだな』


「技能一万種類まで、あと九千六百九十五種類」


『本当に目指すつもりだったのか』


「集められるなら」


「まず、今ある能力を安全に扱ってください」


「はい」


 リリスは試しに《邪神眼》を一パーセントだけ解放した。


 黒い瞳の奥へ。


 紫黒色の細い輪が現れる。


 工房の壁が透けて見えた――わけではない。


 壁。


 魔導灯。


 机。


 屋敷全体。


 そこに存在する物や人が、無数の線で世界へ繋がっている。


 廊下を歩くセバス。


 厨房で夕食の準備を進めるマルタたち。


 庭園を巡回する警備員。


 離れた場所にいる一人一人の魂と因果が、光の糸として感じ取れた。


「セバスさんが、地下工房へ向かってる」


「壁の向こうが見えるのですか?」


「姿じゃなくて、存在の繋がりが見える」


『今すぐ閉じろ』


「どうして?」


『屋敷の者たちの魂や因果を、本人の許可なく見るものではない』


「……それもそうだね」


 リリスは《邪神眼》を閉じた。


 直後。


 地下工房の扉が叩かれる。


「リリス様。夕食の用意が整っております」


「本当にセバスさんでしたね」


「便利だけど、屋敷では使わないようにする」


『その方がよい』


◇◇◇


 翌朝。


 リリスは黒いローブを纏い。


 《黒王仮面ノクス・マスク》を装着した。


 王都で活動する正体不明の黒魔導師。


 《ノクス》の姿である。


 今日は。


 シグレをパーティー《黒月》へ正式に登録する日だった。


「その前に、装備を偽装するね」


 屋敷の装備室で。


 リリスは《白雨星刀アマツシグレ》へ手を翳す。


「《偽装鑑定》《情報階位隠蔽》」


━━━━━━━━━━


白雨星刀アマツシグレ


神話級成長武器



偽装情報


《白雨刀》


品質:希少級レア


効果


・魔力伝導補助


・抜刀速度補助


・耐久力自動回復


━━━━━━━━━━


 続いて。


━━━━━━━━━━


《白雨剣装》



偽装情報


品質:希少級レア


効果


・温度調整


・汚れ防止


・動作補助


━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━


《天聖錬成手袋・白雨型》



偽装情報


《白革手袋》


品質:上級品


効果


・握力補助


・滑り止め


━━━━━━━━━━


「これなら、見られても大丈夫」


「私には、少々立派すぎる気もするが」


「本来の性能よりは、かなり低く見えるよ」


『希少級装備を低いと言える時点で感覚が狂っている』


 クロは、今日は大型犬ほどの姿である。


 黒い首布を巻き。


 いつもの従魔らしい姿へ戻っていた。


「行きましょう、シグレさん」


 フィオナが笑顔で手を差し出す。


「正式加入の日ですね」


「借りを返すまでの仮所属だ」


「はい。それでも、今日は正式加入の日です」


「話を聞いているのか?」


「聞いています」


 フィオナは笑顔を崩さない。


 シグレは僅かに眉を寄せたが。


 差し出された手を拒むことはなかった。


◇◇◇


 王都冒険者ギルド本部。


 朝の広い受付には。


 依頼を探す冒険者や、迷宮へ向かうパーティーが集まっていた。


 黒いローブと仮面を身につけたノクスが入ると。


 何人かの冒険者が、無意識に道を空ける。


 その後ろを。


 フィオナ。


 シグレ。


 クロが歩いていた。


「パーティーへの正式加入手続きをお願いします」


 リリスが受付へ冒険者カードを提出する。


 職員は慣れた手つきでカードを魔導盤へ置いた。


「パーティー《黒月》への加入ですね。加入される方のカードもお願いします」


 シグレが自分のカードを差し出す。


 魔導盤へ二枚目のカードが置かれ。


 青白い画面が浮かんだ。


━━━━━━━━━━


パーティー《黒月》


リーダー


《ノクス》 Aランク


正式メンバー


フィオナ・ルーヴェル Dランク


加入申請者


シグレ・ヤルク


従魔


クロ


シグレ・ヤルクを正式メンバーとして承認しますか?


━━━━━━━━━━


 リリスは。


 シグレへ顔を向けた。


「最後に確認するけど、本当にいい?」


「何度も言わせるな」


 シグレは正面からリリスを見る。


「この命と刀を救われた借りがある。それを返すまでは、お前たちと共に行く」


「返した後は?」


「その先のことは、まだ分からん」


「分かった」


 リリスは画面へ手を触れた。


「承認」


━━━━━━━━━━


シグレ・ヤルクを


パーティー《黒月》の正式メンバーとして登録しました。


━━━━━━━━━━


 シグレの冒険者カードへ。


 黒い月の紋章が刻まれる。


 夜空のような黒。


 周囲を淡い銀色の光が縁取る、小さな三日月。


 シグレはカードを受け取り。


 しばらく、その紋章を見つめていた。


「これで、シグレさんも正式な仲間ですね」


 フィオナが隣から覗き込む。


「借りを返すまでだ」


「では、借りを返した後も一緒にいられるよう、これから考えましょう」


「……先のことは分からん」


 シグレはそう答えた。


 だが。


 黒月の紋章をなぞる指先は。


 壊れ物へ触れるように、どこまでも丁寧だった。


◇◇◇


 正式登録を終えた四人は。


 そのまま《王都地下迷宮《星喰いの大穴》》へ向かった。


 第七階層の転移地点を経由し。


 第十階層に残された星門へ到着する。


 以前。


 誤接続した転移罠によって、シグレと遭遇した場所。


 現在はリリスが術式を修復し、安全に使用できる状態へ戻している。


「準備はいい?」


「はい」


「問題ない」


『今度は説明を最後まで読め』


「分かってるよ」


 リリスは星門へ魔力を流す。


 無数の星が扉の表面を巡り。


 閉ざされていた門が、ゆっくりと開いた。


 その先から。


 柔らかな風が流れてくる。


 湿った土。


 草花。


 甘い果実。


 清らかな水。


 迷宮の地下とは思えない、豊かな生命の香り。


 四人が門を潜る。


 そこに広がっていたのは。


 月光に照らされた、巨大な古代温室だった。


 透明な天井の向こうには。


 本来存在するはずのない星空。


 銀色の葉を持つ木々。


 淡く発光する花畑。


 蔓から垂れ下がる宝石のような果実。


 青白い苔に覆われた古代の水路。


 温室の中央には。


 巨大な樹木と、停止した管理装置が立っている。


━━━━━━━━━━


第十一階層


《古代迷宮の星温室》


階層種別


採取・管理・修復階層


特殊規則


・過剰な攻撃を禁止


・植物への損傷を禁止


・管理術式の修復を優先


・採取品質は攻略方法により変動


・守護者の完全破壊を禁止


━━━━━━━━━━


「今度は、壊さないように進む階層みたい」


 リリスが温室を見渡す。


『つい昨日、異世界の邪神を呼び出した者の言葉とは思えんな』


「今日は大丈夫」


「昨日も同じようなことを言っていました」


 フィオナが指摘する。


「今日は説明を全部読んだよ」


「それなら、昨日よりは成長したな」


 シグレが小さく笑う。


 その手には。


 黒い月の紋章が刻まれた、冒険者カードが握られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ