第七十五話 黒月の新たな仲間
異界邪神を撃破した、その日の夕方。
リリスたちは、王都の屋敷へ帰還していた。
異界訓練領域と屋敷地下の転移室を繋いでいた門が閉じる。
白金色の光が消えた直後。
「師匠。地下工房へ行きましょう」
フィオナが言った。
声は穏やかだったが。
大きな狐耳は真っ直ぐに立ち、琥珀色の瞳には一切の妥協がなかった。
「先に夕食でも――」
「検査が先です」
「でも、フィオナたちも疲れてるよね」
「師匠の検査が先です」
「私もフィオナに同意する」
シグレも腕を組んで頷く。
『我もだ』
クロまで加わった。
「三対一……」
『原因を作ったのは誰だと思っている』
「私です」
『分かっているなら、行くぞ』
「はい」
リリスは三人に囲まれたまま、地下工房へ向かった。
◇◇◇
最初に検査を受けたのは。
リリスではなく、フィオナとシグレだった。
「先に二人を調べる」
「師匠からでは?」
「邪神に直接狙われたのは二人だから」
リリスは、工房中央に二脚の椅子を並べる。
フィオナとシグレを座らせ。
床へ巨大な白金色の魔法陣を展開した。
「《神格完全解析》《魂魄固定》《存在情報固定》」
光の輪が二人の身体を足元から頭まで通過する。
肉体。
魔力回路。
精神領域。
魂魄。
因果。
過去から現在へ続く存在記録。
通常の回復魔法や鑑定では確認できない領域まで、何度も慎重に調べていく。
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【神格攻撃後精密検査】
対象
フィオナ・ルーヴェル
肉体損傷:なし
魔力回路損傷:なし
精神汚染:なし
魂魄損傷:なし
因果侵食:なし
概念欠損:なし
存在情報異常:なし
後遺症発生可能性:0%
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対象
シグレ・ヤルク
肉体損傷:なし
魔力回路損傷:なし
精神汚染:なし
魂魄損傷:なし
因果侵食:なし
概念欠損:なし
存在情報異常:なし
後遺症発生可能性:0%
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「よかった」
リリスは、ようやく小さく息を吐いた。
「二人とも完全に無事」
「師匠が守ってくださったからです」
フィオナが胸元へ手を当てる。
「ですが……あれは、結界がなければどうなっていたのでしょうか」
「魂だけじゃなくて、存在そのものを消されてたと思う」
工房の空気が重くなる。
シグレは《白雨星刀》の柄へ触れた。
「刀を抜くことすらできなかった」
「あれはシグレが弱かったからじゃないよ」
リリスはすぐに答える。
「生き物としての本能へ、直接絶望を流し込まれてた。神格を持たない存在が抵抗できるような攻撃じゃなかった」
「それでも」
シグレは悔しそうに視線を落とす。
「お前とクロは戦った」
『我も単独なら危うかった』
クロが伏せた姿勢のまま言う。
『奴の注意がリリスへ向いていたから動けただけだ。恥じる必要はない』
「……そうか」
シグレは短く答えた。
納得しきってはいない。
それでも。
柄から手を離した。
「次は師匠です」
「私は自分で調べられるよ」
「私たちも結果を確認します」
「信用されてない?」
『邪神の力を吸収した直後に、大丈夫と言い切る者を全面的に信用できると思うか』
「思わない」
『正直でよろしい』
リリスは、自分自身へ《神格完全解析》を発動した。
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【自己神格精密検査】
対象
リリス・ルクスヴィア
肉体損傷:なし
精神汚染:なし
魂魄損傷:なし
因果侵食:なし
概念欠損:なし
存在情報異常:なし
邪神性侵食率:0%
異界本体からの干渉:遮断済み
異界本体からの追跡:遮断済み
吸収神格:浄化・安定化済み
危険度:管理可能
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「ほら。問題なし」
「管理可能、という言葉が気になります」
「完全に無害とは書かれていないな」
『封印状態も確認しろ』
「みんな厳しい」
リリスは体内に作った《邪神力封印領域》を開く。
能力画面の奥。
通常のスキル領域から完全に隔離された空間に、黒紫色の球体が浮かんでいた。
球体の周囲には。
白金色の鎖。
黄金色の魔法陣。
七重の透明な殻。
さらに、侵食と逆流を防ぐ無数の小型術式が巡っている。
「もっと安全にしておこう」
リリスは《神性素材融合》《迷宮管理核創造》《神格封印》を同時に発動した。
邪神由来の力を封じていた球体へ。
新たな制御核が形成される。
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《異界神格封印核》
所有者:リリス・ルクスヴィア
封印対象
・投影神力
・異界邪気
・邪神性
・権能断片
・深淵属性
・異界属性
機能
・完全隔離
・段階解放
・自動浄化
・侵食反転
・神格暴走停止
・本体接続遮断
・強制再封印
・所有者保護
通常時解放率:0%
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「これなら大丈夫」
『今度は本当に大丈夫そうだな』
「最初から大丈夫だったよ」
三人の視線が集まる。
「……今度の方が、もっと大丈夫」
「それならよい」
◇◇◇
検査が終わった後。
フィオナは、ずっと気になっていたことを口にした。
「師匠。最後の一撃を放った時の姿について、覚えていますか?」
「姿?」
「白い髪です」
「私の髪は黒いけど」
「幻のような姿が、師匠へ重なったのです」
フィオナは両手を広げる。
「長い白髪と、黄金色の瞳。それに、とても大きな翼がありました」
「翼?」
「十二枚だ」
シグレが続けた。
「頭上には幾つもの光輪が浮かび、背後では星や世界のようなものが生まれていた」
『神話級を超える装備も纏っていた』
「私が?」
『現在のお前よりも遥かに上位の存在だった。だが、顔は間違いなくリリスだった』
リリスは自分の短い黒髪を摘まむ。
「白くて長い髪……」
「再現しようとしないでくださいね?」
「少し見るだけ」
「できるのか?」
「分からない」
リリスは、能力画面を検索した。
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未知の神格反応を確認。
仮称
《創世神格因子》
覚醒率:測定不能
顕現時間:0.0001秒未満
現在の再現:不可能
完全顕現条件:解析不能
神格進化先:未解放
推定階位:創世神級
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「本当にあった」
フィオナの耳がぴんと立つ。
「創世神格……」
「まだ因子だけみたい」
『邪神から奪った神格だけで発生したものではないだろう』
「うん。邪神の力は、きっかけの一つだったみたい」
創石。
神級錬金術。
物質変換。
無限生成。
生命魔法。
迷宮管理核創造。
世界記録への接続。
そして。
リリス自身がこれまで蓄積してきた、創造に関係する無数の技能と経験。
それらが複雑に結びつき。
まだ遠い未来の可能性を、一瞬だけ映したらしい。
「ちょっと試してみる」
『何をだ』
「白い髪」
「やめておけ」
「髪色を変えるだけなら危なくないよ」
リリスは《自在魔法操作》で、自分の髪へ光属性を流した。
短い黒髪が。
僅かに灰色へ変わる。
さらに魔力を込める。
「伸びない」
『当たり前だ』
「翼も出ない」
「今すぐ創世神になろうとしないでください!」
「少し残念」
「残念がるところではない!」
◇◇◇
その後。
リリスは新しく増えた能力を整理した。
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【能力一覧更新】
既存技能:273種類
対神格戦闘技能:24種類
邪神由来能力:8種類
合計技能:305種類
Lv.MAX:304種類
自然成長中
《弓術》Lv6
特殊神格因子
《創世神格因子》:未覚醒
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「三百種類を超えた」
『嬉しそうだな』
「技能一万種類まで、あと九千六百九十五種類」
『本当に目指すつもりだったのか』
「集められるなら」
「まず、今ある能力を安全に扱ってください」
「はい」
リリスは試しに《邪神眼》を一パーセントだけ解放した。
黒い瞳の奥へ。
紫黒色の細い輪が現れる。
工房の壁が透けて見えた――わけではない。
壁。
魔導灯。
机。
屋敷全体。
そこに存在する物や人が、無数の線で世界へ繋がっている。
廊下を歩くセバス。
厨房で夕食の準備を進めるマルタたち。
庭園を巡回する警備員。
離れた場所にいる一人一人の魂と因果が、光の糸として感じ取れた。
「セバスさんが、地下工房へ向かってる」
「壁の向こうが見えるのですか?」
「姿じゃなくて、存在の繋がりが見える」
『今すぐ閉じろ』
「どうして?」
『屋敷の者たちの魂や因果を、本人の許可なく見るものではない』
「……それもそうだね」
リリスは《邪神眼》を閉じた。
直後。
地下工房の扉が叩かれる。
「リリス様。夕食の用意が整っております」
「本当にセバスさんでしたね」
「便利だけど、屋敷では使わないようにする」
『その方がよい』
◇◇◇
翌朝。
リリスは黒いローブを纏い。
《黒王仮面》を装着した。
王都で活動する正体不明の黒魔導師。
《ノクス》の姿である。
今日は。
シグレをパーティー《黒月》へ正式に登録する日だった。
「その前に、装備を偽装するね」
屋敷の装備室で。
リリスは《白雨星刀》へ手を翳す。
「《偽装鑑定》《情報階位隠蔽》」
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《白雨星刀》
神話級成長武器
↓
偽装情報
《白雨刀》
品質:希少級
効果
・魔力伝導補助
・抜刀速度補助
・耐久力自動回復
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続いて。
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《白雨剣装》
↓
偽装情報
品質:希少級
効果
・温度調整
・汚れ防止
・動作補助
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《天聖錬成手袋・白雨型》
↓
偽装情報
《白革手袋》
品質:上級品
効果
・握力補助
・滑り止め
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「これなら、見られても大丈夫」
「私には、少々立派すぎる気もするが」
「本来の性能よりは、かなり低く見えるよ」
『希少級装備を低いと言える時点で感覚が狂っている』
クロは、今日は大型犬ほどの姿である。
黒い首布を巻き。
いつもの従魔らしい姿へ戻っていた。
「行きましょう、シグレさん」
フィオナが笑顔で手を差し出す。
「正式加入の日ですね」
「借りを返すまでの仮所属だ」
「はい。それでも、今日は正式加入の日です」
「話を聞いているのか?」
「聞いています」
フィオナは笑顔を崩さない。
シグレは僅かに眉を寄せたが。
差し出された手を拒むことはなかった。
◇◇◇
王都冒険者ギルド本部。
朝の広い受付には。
依頼を探す冒険者や、迷宮へ向かうパーティーが集まっていた。
黒いローブと仮面を身につけたノクスが入ると。
何人かの冒険者が、無意識に道を空ける。
その後ろを。
フィオナ。
シグレ。
クロが歩いていた。
「パーティーへの正式加入手続きをお願いします」
リリスが受付へ冒険者カードを提出する。
職員は慣れた手つきでカードを魔導盤へ置いた。
「パーティー《黒月》への加入ですね。加入される方のカードもお願いします」
シグレが自分のカードを差し出す。
魔導盤へ二枚目のカードが置かれ。
青白い画面が浮かんだ。
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パーティー《黒月》
リーダー
《ノクス》 Aランク
正式メンバー
フィオナ・ルーヴェル Dランク
加入申請者
シグレ・ヤルク
従魔
クロ
シグレ・ヤルクを正式メンバーとして承認しますか?
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リリスは。
シグレへ顔を向けた。
「最後に確認するけど、本当にいい?」
「何度も言わせるな」
シグレは正面からリリスを見る。
「この命と刀を救われた借りがある。それを返すまでは、お前たちと共に行く」
「返した後は?」
「その先のことは、まだ分からん」
「分かった」
リリスは画面へ手を触れた。
「承認」
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シグレ・ヤルクを
パーティー《黒月》の正式メンバーとして登録しました。
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シグレの冒険者カードへ。
黒い月の紋章が刻まれる。
夜空のような黒。
周囲を淡い銀色の光が縁取る、小さな三日月。
シグレはカードを受け取り。
しばらく、その紋章を見つめていた。
「これで、シグレさんも正式な仲間ですね」
フィオナが隣から覗き込む。
「借りを返すまでだ」
「では、借りを返した後も一緒にいられるよう、これから考えましょう」
「……先のことは分からん」
シグレはそう答えた。
だが。
黒月の紋章をなぞる指先は。
壊れ物へ触れるように、どこまでも丁寧だった。
◇◇◇
正式登録を終えた四人は。
そのまま《王都地下迷宮《星喰いの大穴》》へ向かった。
第七階層の転移地点を経由し。
第十階層に残された星門へ到着する。
以前。
誤接続した転移罠によって、シグレと遭遇した場所。
現在はリリスが術式を修復し、安全に使用できる状態へ戻している。
「準備はいい?」
「はい」
「問題ない」
『今度は説明を最後まで読め』
「分かってるよ」
リリスは星門へ魔力を流す。
無数の星が扉の表面を巡り。
閉ざされていた門が、ゆっくりと開いた。
その先から。
柔らかな風が流れてくる。
湿った土。
草花。
甘い果実。
清らかな水。
迷宮の地下とは思えない、豊かな生命の香り。
四人が門を潜る。
そこに広がっていたのは。
月光に照らされた、巨大な古代温室だった。
透明な天井の向こうには。
本来存在するはずのない星空。
銀色の葉を持つ木々。
淡く発光する花畑。
蔓から垂れ下がる宝石のような果実。
青白い苔に覆われた古代の水路。
温室の中央には。
巨大な樹木と、停止した管理装置が立っている。
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第十一階層
《古代迷宮の星温室》
階層種別
採取・管理・修復階層
特殊規則
・過剰な攻撃を禁止
・植物への損傷を禁止
・管理術式の修復を優先
・採取品質は攻略方法により変動
・守護者の完全破壊を禁止
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「今度は、壊さないように進む階層みたい」
リリスが温室を見渡す。
『つい昨日、異世界の邪神を呼び出した者の言葉とは思えんな』
「今日は大丈夫」
「昨日も同じようなことを言っていました」
フィオナが指摘する。
「今日は説明を全部読んだよ」
「それなら、昨日よりは成長したな」
シグレが小さく笑う。
その手には。
黒い月の紋章が刻まれた、冒険者カードが握られていた。




