第七十四話 異界の人型邪神
二人の魂を消し去るためだけの殺意が、世界そのものを歪ませた。
人型邪神の紫黒色の眼差しが。
フィオナとシグレを、真っ直ぐに射抜く。
腕を動かしてはいない。
魔法を唱えてもいない。
ただ。
二人を見ただけだった。
「息が……っ」
フィオナの大きな狐耳が震える。
胸を押さえても、空気が入ってこない。
心臓は動いている。
肉体にも傷はない。
それなのに、自分という存在が世界から薄れていくような感覚が、魂の奥へ広がっていた。
「くっ……!」
シグレは《白雨星刀》へ手を掛ける。
だが。
柄を握る指が震え、刀を抜くことさえできない。
敗北への恐怖ではない。
強敵を前にした緊張でもない。
生き物が、絶対に抗えない終焉を目の前にした時に感じる、本能的な絶望だった。
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警告
魂魄消滅攻撃を検知。
生命ではなく、存在そのものが攻撃されています。
自動防御技能を発動。
《魂魄固定》Lv.MAX
《精神侵食完全防御》Lv.MAX
《因果遮断》Lv.MAX
《守護領域展開》Lv.MAX
《状態異常反転》Lv.MAX
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フィオナとシグレを包む透明な結界へ。
紫黒色の亀裂が走った。
一枚。
二枚。
三枚。
重ねていた魂魄防護結界が、音もなく砕けていく。
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魂魄消滅攻撃を遮断しました。
肉体損傷:0
精神損傷:0
魂魄損傷:0
存在損傷:0
結界損耗率:47%
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「一度見ただけで……四十七パーセント?」
リリスの表情から。
僅かに残っていた余裕が消えた。
神代竜王の《創星終焉》を受け止めた時でさえ。
仲間を守るための結界が、これほど簡単に削られることはなかった。
『リリス! 二人を下げろ!』
クロが吠える。
「《緊急救命転送》《最上位保護領域》!」
リリスが指を鳴らした。
フィオナとシグレの足元へ、白金色の転移陣が展開される。
二人の姿が光に包まれ。
異界訓練領域の外側へ構築した、完全隔離空間へ転送された。
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《絶対隔離保護領域》
保護対象
・フィオナ・ルーヴェル
・シグレ・ヤルク
適用防護
・肉体損傷無効
・精神侵食無効
・魂魄干渉無効
・因果干渉無効
・概念干渉遮断
・存在情報秘匿
・緊急世界帰還
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「師匠!」
転送される直前。
フィオナが必死に手を伸ばす。
「私は大丈夫。そこから動かないで」
「リリス!」
シグレの声も、白金色の光の中へ消えた。
人型邪神は。
二人が消えた場所へ、ゆっくりと顔を向ける。
仮面の奥にある紫黒色の亀裂が、僅かに細くなった。
「――ナ・エル、シア=メゼク。ファル、オル・ナグラ」
謎の言語が再び響く。
空間の裏側から囁く声。
泣き叫ぶ子供。
金属を削る音。
祈りを捧げる無数の人々。
それらすべてが、異なる方向から同じ言葉を発していた。
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《万象解析》を継続。
《世界記録接続》を継続。
《霊魂魔法》による意味解析を実行。
解析率
3%
↓
8%
↓
17%
部分翻訳に成功しました。
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【部分翻訳】
「弱き二つの魂」
「先に喰らう」
「器を壊す前に」
「悲嘆を捧げよ」
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リリスは。
ゆっくりと邪神へ顔を向けた。
「……今、二人を殺そうとしたね」
声は静かだった。
怒鳴ってはいない。
殺気を撒き散らしてもいない。
それでも。
リリスの周囲を漂っていた魔力の温度が、一瞬で下がった。
短い黒髪が、重力を無視するように浮かび上がる。
「呼んだのは私だから、最初は大人しく帰ってもらおうと思ってた」
黒い瞳の奥へ。
赤紫色の光が灯る。
「でも、もうやめた」
人型邪神が、僅かに首を傾ける。
「二人には、指一本触れさせない」
『我も残るぞ』
クロがリリスの隣へ並んだ。
本来の《冥獄神狼》の巨体。
背中から溢れる黒紫色の炎。
大地へ食い込む巨大な爪。
普段の余裕は完全に消え、金色の瞳が邪神の一挙一動を追っている。
『奴は訓練で呼ぶ相手ではない』
「うん。今回は、本当に調子に乗った」
『反省は後だ。来るぞ』
◇◇◇
邪神が右手を上げた。
細い指先が、リリスへ向けられる。
「――ゼル・メギア」
その瞬間。
リリスの右腕が消えた。
「え?」
切断されたのではない。
吹き飛ばされたわけでもない。
最初から存在しなかったかのように。
肩から先が、世界から消失している。
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警告
概念消去攻撃を受けました。
消去対象
「右腕の存在」
《完全再生》:発動不能
《自動復活》:対象外
《因果遮断》:一部突破
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『リリス!』
「大丈夫」
リリスは残った左手を、右肩へ当てる。
「《過去痕跡再現》《世界記録接続》」
右腕が存在していた過去を、世界の記録から呼び戻す。
「《生命魔法》《魂魄固定》《存在情報修復》」
淡い光が肩から伸びた。
骨。
血管。
筋肉。
皮膚。
そして、右腕という存在そのもの。
消されていた腕が、完全に再構築される。
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右腕の存在情報を復元しました。
概念損傷:修復完了
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「普通の再生じゃ治せないんだ」
『冷静に分析している場合か!』
「分析しないと、次は防げないから」
邪神が再び指を動かす。
今度は。
空間から、距離という概念が消えた。
数百メートル離れていたはずの邪神の腕が、リリスの胸元へ現れる。
「《位相透過》!」
紫黒色の指先が、リリスの身体を通過した。
だが。
触れられた周囲の魔力が腐り、黒い灰へ変化していく。
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未知の神格攻撃を観測。
既存防御では完全対応不能。
戦況に適応する新規技能を自動検索します。
《超越技能統合制御》承認。
《必要SP百分之一》適用。
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「必要なスキルは、全部取って」
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対神格戦闘用スキル検索開始。
検索結果:24種類
既存技能との重複:0
技能競合:0
自動取得・自動強化を実行します。
━━━━━━━━━━
【神格解析系】
01 《神格完全解析》
神格存在の構造、階位、権能、弱点を解析する。
02 《神核看破》
神格存在の力と再生を支える神核を看破する。
03 《投影体識別》
本体、分身体、投影体、依代を正確に識別する。
04 《世界外本体探知》
世界外領域に存在する本体との接続を感知する。
【対神防御系】
05 《神威完全耐性》
神格存在の威圧、恐怖、支配を無効化する。
06 《概念消去耐性》
肉体、能力、記憶、存在などの概念消去へ抵抗する。
07 《存在情報固定》
自身と保護対象の存在情報を世界へ固定する。
08 《権能干渉遮断》
神格権能による強制命令と法則改変を遮断する。
09 《神呪逆流》
受けた神性呪詛を術者へ逆流させる。
10 《世界外侵食耐性》
異世界や世界外領域からの侵食を防ぐ。
【神格封殺系】
11 《神性破壊》
神性そのものへ直接損傷を与える。
12 《神格封印》
神格と権能の発動を封じる。
13 《異界接続固定》
投影体と異世界側の本体を繋ぐ接続を固定する。
14 《強制完全顕現》
分身体や投影体へ本体情報の一部を強制顕現させる。
15 《再生因果封殺》
神格存在の再生、復活、再構築の因果を遮断する。
16 《神核露出》
肉体や概念の奥へ隠された神核を強制的に露出させる。
17 《世界外干渉》
通常世界の外側へ攻撃や封印を到達させる。
18 《対神絶対命中》
神格、概念、魂、因果へ攻撃を確実に到達させる。
【神格強奪・吸収系】
19 《神格強奪》
対象が保有する神格の一部を奪う。
20 《権能略奪》
神格存在の権能を解析し、自身へ移植する。
21 《邪神力吸収》
邪気、邪神力、異界魔力を吸収する。
22 《神性捕食》
神性を喰らい、自身の力へ変換する。
23 《神核簒奪》
露出した神核から力と神格情報を奪う。
24 《神格浄化統合》
奪った神格と権能を安全に浄化・統合する。
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新規スキル:24種類
一種類あたり
取得・最大強化費用:100SP
総消費SP:2,400
全技能をLv.MAXへ強化しました。
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「これで、少し見える」
リリスの瞳へ。
赤紫色と金色の光が重なる。
「《神格完全解析》《投影体識別》」
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解析結果
対象名:解析不能
分類:異界邪神
現界状態:人型投影体
本体位置:世界外異界領域
投影率:解析不能
本体との接続:継続中
通常攻撃による完全撃破:不可能
投影体消滅後の再構築:可能
推奨撃破手順
一、異界接続を固定
二、投影体へ本体情報を強制顕現
三、再生因果を封殺
四、神核を露出
五、神格または権能を破壊
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「やっぱり、この身体が本体じゃない」
『異世界側に、本物がいるということか』
「うん。でも、繋がってはいる」
邪神の仮面が、僅かにリリスへ傾く。
「――シア、ヴェル・ナグ」
紫黒色の亀裂が広がった。
異界訓練領域の空に。
巨大な眼が開く。
星空そのものを覆うほど巨大な邪眼。
眼球の内部には。
滅びた都市。
枯れ果てた海。
黒く燃える星。
無数の世界の終焉が映し出されていた。
━━━━━━━━━━
警告
異界邪神権能
《万界絶望視》
対象の精神、魂、未来可能性を侵食します。
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「《神威完全耐性》《存在情報固定》!」
リリスの足元へ、白金色の円環が広がる。
『《冥獄神界》!』
クロの黒紫色の領域が重なった。
邪眼から降り注ぐ絶望が。
白金と黒紫の壁へ衝突する。
空間が軋む。
未来が黒く染まり。
あり得たはずの可能性が、次々と失われていく。
「《未来分岐選定》!」
消されていく未来の中から。
仲間たちが生き残る未来。
邪神を退ける未来。
その二つを選び取る。
「《因果改変》《奇跡発生補助》!」
僅かだった可能性が膨らんだ。
絶望の視線が左右へ弾かれる。
人型邪神が。
初めて、僅かに身体を引いた。
『効いているぞ!』
「次は逃がさない」
リリスは両手を広げた。
「《異界接続固定》!」
邪神の背後から。
無数の紫黒色の糸が伸びている。
通常ならば知覚することのできない、異世界側の本体へ続く接続線。
リリスはそのすべてへ、白金色の鎖を絡みつかせた。
「《空間固定》《因果遮断》《世界外干渉》!」
鎖が世界の壁を貫く。
異界のさらに外側へ到達する。
その瞬間。
遥か彼方から。
何か巨大な存在が、こちらを見た。
全身が凍りつくような感覚。
リリスでさえ。
一瞬だけ、呼吸を忘れた。
「……本体」
『見るな、リリス!』
「分かってる!」
人型邪神が両腕を広げる。
「――オル・メゼク、ファル=イェル!」
空間。
時間。
重力。
光。
音。
生と死。
異界訓練領域を構成する法則が、邪神を中心に反転した。
━━━━━━━━━━
異界権能による世界法則反転を検出。
異界訓練領域崩壊まで:12秒
保護領域への侵食を確認。
━━━━━━━━━━
「フィオナとシグレには触れさせない!」
「《権能干渉遮断》《神格封印》!」
リリスの背後へ。
幾千もの魔法陣が展開された。
「《同時工程千重》《超越技能統合制御》!」
一つが、空間を固定する。
一つが、時間を正常化する。
一つが、重力を戻す。
一つが、生と死の法則を繋ぎ直す。
千の術式が同時に邪神の権能へ食らいついた。
『我も押さえる!』
クロが人型邪神へ飛び掛かる。
『《冥獄神牙》!』
巨大な牙が、邪神の左腕を噛み砕いた。
だが。
砕けた左腕は黒い霧となり。
クロの影の中から再び伸びる。
『我の領域を利用しただと!?』
「《再生因果封殺》!」
リリスが左手を握る。
再生途中だった腕が停止し。
黒い霧のまま崩れ落ちた。
━━━━━━━━━━
再生因果を遮断しました。
投影体再生能力:73%低下
神格封印率:21%
━━━━━━━━━━
「まだ足りない」
邪神の身体へ隠されている神核。
存在する場所が一定ではない。
胸。
頭。
影。
過去。
未来。
異世界。
あらゆる場所を同時に移動している。
「《神核看破》《未来軌道予測》《過去痕跡再現》」
過去と未来を同時に観測する。
神核が移動する、すべての軌道。
その交差点。
ほんの一瞬だけ。
必ず通過する場所。
「見つけた」
邪神の胸元。
今は何も存在しない空間。
「《局所時間停止》《神核露出》!」
世界が止まった。
邪神の胸へ。
紫黒色の多面体が、強制的に引きずり出される。
━━━━━━━━━━
異界邪神の投影神核を露出しました。
本体神核ではありません。
投影体神格の中枢です。
━━━━━━━━━━
停止した時間の中で。
邪神の仮面だけが、ゆっくりとリリスへ向いた。
「――リ、リス……ルクスヴィア」
「私の名前……?」
初めて。
邪神が、人間の言葉に近い音を発した。
時間停止を破り。
細い指が、リリスの心臓へ伸びる。
「《天涯瞬歩》!」
リリスは攻撃を回避し、神核の真正面へ移動した。
「もらうね」
右手へ。
黒紫色の渦が生まれる。
「《神格強奪》《権能略奪》《邪神力吸収》」
三つのスキルが同時に発動した。
「《神性捕食》《神核簒奪》《神格浄化統合》!」
リリスの右手が。
投影神核へ触れる。
直後。
異界全体へ、邪神の絶叫が響き渡った。
「――――イィィィエエエル・ナァァァグッ!」
獣。
人。
神。
世界。
無数の声が重なった叫び。
投影神核から、黒紫色と赤紫色の力が激流となってリリスへ流れ込む。
「くっ……!」
『リリス、離れろ! 侵食されるぞ!』
「大丈夫……浄化できる!」
━━━━━━━━━━
異界邪神の力を吸収中。
吸収対象
・投影神力
・異界邪気
・邪神性
・権能断片
・神格情報
・異界属性因子
侵食率:31%
《神格浄化統合》発動。
《状態異常反転》発動。
《超越技能統合制御》発動。
━━━━━━━━━━
リリスの右腕へ。
赤紫色と黒金色の紋様が浮かび上がる。
手の甲。
腕。
肩。
首筋。
衣服の下にある身体へも、神秘的な紋様が広がっていく。
だが。
その紋様を覆うように。
白金色と黄金色の光が流れ始めた。
邪気を消すのではない。
拒絶するのでもない。
異界邪神の力そのものを分解し。
リリスが安全に扱える、新たな神力へ作り替えていく。
「全部、私の力に変える!」
━━━━━━━━━━
侵食率
31%
↓
18%
↓
4%
↓
0%
吸収・浄化に成功しました。
━━━━━━━━━━
投影神核の半分が失われる。
邪神の身体が大きく揺らいだ。
━━━━━━━━━━
【邪神力吸収結果】
獲得能力
・《邪気支配》Lv.MAX
・《異界魔力操作》Lv.MAX
・《神威耐性》Lv.MAX
・《概念侵食耐性》Lv.MAX
・《異界接続感知》Lv.MAX
・《魂魄干渉耐性》Lv.MAX
・《邪神眼》Lv.MAX
・《神格捕食》Lv.MAX
獲得属性
・深淵属性
・異界属性
獲得称号
《邪神喰らい》
《異界神格簒奪者》
神格進化条件を一部達成しました。
《魔王種ルクスヴィア》
↓
上位神格進化候補を確認。
名称:未解放
推定階位:創世神級
必要条件:解析不能
━━━━━━━━━━
「取れた」
『喜んでいる場合か! まだ終わっていない!』
「うん」
神核の半分を奪われても。
邪神は消滅していない。
むしろ。
仮面の亀裂から溢れる邪気が、先ほどより濃くなっていた。
異世界側の本体から、新たな力が流れ込もうとしている。
━━━━━━━━━━
警告
異界側本体から神力供給を検出。
投影体再構築まで:8秒
━━━━━━━━━━
「供給を止める」
「《強制完全顕現》!」
異世界側へ逃げようとする神格情報を、投影体へ引き戻す。
「《異界接続固定》《再生因果封殺》《神格封印》!」
邪神の全身へ。
白金、赤紫、黒金の鎖が絡みついた。
残された投影神核が、胸元へ固定される。
『今だ、リリス!』
「うん」
リリスの右手へ。
黒紫色の長剣が生み出された。
「《魔力刃成形》」
星。
深淵。
聖光。
冥獄。
異界。
相反する属性が、一本の刀身へ集まっていく。
「《神性破壊》《対神絶対命中》《破界一閃》」
人型邪神が。
初めて、一歩後退した。
仮面の奥にある紫黒色の亀裂が、大きく開く。
その視線の先。
現在のリリスへ。
別の何かが重なっていた。
腰よりもさらに下まで流れる。
神秘的な白い長髪。
その一本一本が星の輝きを宿し。
風も存在しない異界の中で、静かに揺れていた。
瞳は。
眩い黄金色。
星。
生命。
時間。
空間。
因果。
世界の誕生と終焉。
そのすべてを見通すような、幾重もの光輪を宿した《創世眼》。
白い肌の上には。
白金。
黄金。
虹色。
星明かり。
無数の創世文字で形作られた紋様が。
額。
首筋。
両腕。
胸元。
脚。
背中へ浮かんでいた。
その背から広がるのは。
十二枚の巨大な翼。
純白の翼。
白金の翼。
黄金の翼。
虹色の光を帯びた翼。
星空を内包する翼。
朝焼けのような輝きを纏う翼。
十二枚すべてが異なる創世の光を宿し、異界の空を覆い尽くすように広がっていた。
頭上には。
黄金の神輪。
白金の創世環。
星々が巡る星界環。
時の流れを刻む時間環。
幾つもの巨大な光輪が重なり合い、ゆっくりと回転している。
その背後では。
何も存在しない闇から光が生まれ。
光から星が生まれ。
星々が集まり、新たな世界が形作られていく。
周囲を舞うのは。
白い光羽。
虹色の花。
世界樹の葉。
創世文字。
時間と空間の粒子。
そして。
生まれたばかりの小さな星々。
全身を包む装備は。
神話級を、明確に超えていた。
白と白金を基調とした神衣。
黄金の縁取り。
虹色に輝く魔力回路。
星と世界樹を象った装飾。
世界創造。
生命創造。
物質創造。
時空創造。
そのすべてを象徴する、未知の創世神装備。
荘厳で。
神聖で。
あまりにも遠い存在に見えながら。
その表情には。
現在のリリスと変わらない、穏やかな面影が残されていた。
未来のどこかで。
リリス・ルクスヴィアが到達するかもしれない姿。
《創世神リリス》。
その幻影が。
現在のリリスへ、ほんの一瞬だけ重なった。
絶対隔離保護領域の中。
フィオナとシグレも、その姿を目にしていた。
「師匠……?」
「あれは……リリスなのか?」
『十二枚の翼……創世の神格……?』
クロでさえ。
金色の瞳を大きく見開いていた。
リリス自身には。
背後から、途方もない光と創造の力が重なった感覚しか分からない。
だが。
異界邪神だけは。
その未来像を、はっきりと認識していた。
「――ア……ルクス・ヴィア……アルケー・デウス……白キ、十二翼……」
謎の言語に混じり。
初めて。
明確な動揺と畏怖が滲んだ。
「何を言ってるか分からないけど」
リリスは黒紫色の剣を構えた。
その背後で。
創世神の十二翼が、静かに広がる。
「二人を狙ったことは、絶対に許さない」
踏み込む。
空間も。
時間も。
距離も。
すべてを置き去りにして。
リリスの姿が、邪神の正面へ現れた。
「《神滅破界一閃》」
黒紫色の剣へ。
一瞬だけ、純白と黄金の創世光が重なった。
刃が。
投影神核を貫く。
音はなかった。
衝撃もなかった。
人型邪神の身体へ、一本の白金色の線が走る。
線は。
肉体。
魂。
神性。
権能。
因果。
異世界との接続。
そのすべてを同時に断ち切った。
ひび割れた仮面が、左右へ割れる。
その下に存在していたものを。
リリスたちは、最後まで認識できなかった。
「――イェル・ナァグ……ルクスヴィア……」
邪神は謎の言葉を残し。
白と黒の灰となって崩れ落ちた。
━━━━━━━━━━
《異界邪神・人型投影体》を撃破しました。
投影神格の一部を吸収しました。
異界との接続を遮断しました。
再構築因果を封殺しました。
経験値を獲得しました。
APを獲得しました。
SPを獲得しました。
《宝箱確定出現》が発動しました。
《素材獲得十倍》が発動しました。
《超ドロップ率上昇》が発動しました。
《超希少品出現率上昇》が発動しました。
━━━━━━━━━━
◇◇◇
黒く染まっていた星々が。
一つずつ青白い輝きを取り戻していく。
反転していた重力が正常へ戻り。
消えていた音と色が、異界訓練領域へ帰ってきた。
「終わった……」
リリスの手から、黒紫色の剣が消える。
身体を覆っていた赤紫と黒金の紋様も薄くなっていった。
完全に消えたわけではない。
邪神の力を引き出せば、再び浮かび上がるだろう。
『異常はないか』
クロが駆け寄る。
「少し変な感じはするけど、侵食はされてないよ」
『本当だろうな』
「《神格完全解析》でも問題なし」
リリスは自分の胸へ手を当てる。
以前にはなかった、黒紫色の力。
邪気。
神性。
異界魔力。
それらは自分の魔力と混ざりながらも、完全に制御されていた。
「邪神の力、本当に吸収できた」
『嬉しそうに言うな』
「危険な力だから、普段は封印しておくよ」
━━━━━━━━━━
《邪神力封印領域》を作成しました。
邪神由来能力:通常時封印
段階解放:可能
完全解放条件:所有者承認および安全領域内
自動侵食防止:有効
本体からの追跡:遮断
本体からの干渉:遮断
━━━━━━━━━━
「これで大丈夫」
『後で徹底的に調べるぞ』
「うん」
リリスは保護領域を解除した。
フィオナとシグレが光に包まれ、元の闘技場へ戻ってくる。
「師匠!」
フィオナが走り寄った。
リリスの両腕や顔を確認し。
怪我がないと分かっても、不安そうな表情は消えない。
「本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫。どこも痛くないよ」
「邪神の力まで取り込んだのですよね?」
「一部だけだけどね」
「一部でも邪神の力です!」
「ちゃんと浄化したよ」
「そういう問題ではありません!」
フィオナの狐耳と大きな尻尾が、珍しく怒りを表すように膨らんでいた。
シグレも静かにリリスの前へ立つ。
「説明を最後まで読めと言ったな」
「うん」
「召喚するなとも言った」
「うん」
「人の大きさだから大丈夫だと言ったな」
「……うん」
「どこが大丈夫だった」
「全然大丈夫ではありませんでした」
フィオナも加わる。
『今回は我も二人に同意する』
クロが低く告げた。
三方向から見つめられ。
リリスは素直に頭を下げる。
「……ごめんなさい。今回は本当に調子に乗りました」
『今回は、ではない』
「今後は気をつける」
「具体的には?」
シグレが問い詰める。
リリスは召喚魔法の設定画面を開いた。
━━━━━━━━━━
【神格存在召喚制限】
・危険情報の全文確認を必須化
・測定不能対象の召喚禁止
・世界破壊可能性を持つ対象の召喚禁止
・クロの承認を必須化
・同行者二名以上の承認を必須化
・神格召喚前の安全審査を必須化
・召喚者本人による制限解除を禁止
━━━━━━━━━━
「これでどう?」
『最後の項目は絶対に消すな』
「分かってる」
「私とシグレさんの承認も必要なのですね」
「二人が一緒にいる時はね」
「もう承認しません」
「私もしない」
「一回くらいなら」
「駄目です」
「駄目だ」
『駄目だ』
三人の返事が、綺麗に重なった。
◇◇◇
邪神が消滅した場所。
そこには五種類の素材と、一つの宝箱が残されていた。
━━━━━━━━━━
【新規素材登録】
96 異界邪神の神格片
人型投影体に宿っていた邪神の神格断片。
対神武装、神格封印具、種族進化の素材となる。
97 黒星邪晶
星の光を吸収し、異界魔力へ変換する黒い結晶。
深淵魔導具、異界炉、上位神格装備に使用可能。
98 無貌神衣の断片
人型邪神が纏っていた、色と光を吸収する神衣の一部。
隠密、存在秘匿、神威遮断の性質を持つ。
99 異界邪神の黒神血
邪神の投影体から得られた黒紫色の神血。
神格薬、異界耐性薬、神格進化薬の素材となる。
100 世界外因子
通常世界の法則に属さない、未知の存在因子。
世界外干渉装置、異界航行、上位進化の研究素材。
━━━━━━━━━━
現在確認済み累計:100種類
━━━━━━━━━━
「百種類目」
リリスの黒い瞳が輝く。
『邪神と戦った直後に、素材数を喜ぶな』
「でも、ちょうど百種類だよ」
「話を逸らさないでください」
「はい」
現れた宝箱は。
神代竜王戦で得た物よりも、さらに異質だった。
黒金色の金属。
赤紫色の紋様。
蓋の中央には、閉じた邪眼が刻まれている。
━━━━━━━━━━
《創世の宝箱》
獲得品
・《異界神格封印冠》×1
・《創世神装備原型設計書》×1
・《世界外航行座標片》×1
・《邪神権能記録結晶》×1
・神金貨×100
━━━━━━━━━━
「創世神装備……」
『今日は開くな』
「見るだけ」
「駄目です」
「明日にしろ」
「……分かった」
リリスは、宝箱ごとインベントリへ収納した。
◇◇◇
邪神との戦いには勝った。
投影体を撃破し。
神格の一部を奪い。
新しい力まで手に入れた。
それでも。
リリスの胸に残ったものは、勝利への喜びだけではなかった。
邪神がフィオナとシグレを見た瞬間。
二人の魂が消されかけた。
事前に結界を作っていたから守れた。
必要なスキルを戦闘中に取得できたから間に合った。
クロが隣にいてくれたから戦えた。
一つでも足りなければ。
大切な仲間を失っていたかもしれない。
世界は広い。
リリンズ・ワールドだけではない。
異世界。
神域。
世界外領域。
自分がまだ知らない場所には。
今の自分でも簡単には勝てない存在がいる。
いや。
今回よりも遥かに強い存在すら、どこかにいるのかもしれない。
リリスは、フィオナとシグレを見る。
二人はまだ怒っている。
クロも金色の瞳を細め、こちらを監視していた。
それでも。
三人が無事であることに、胸の奥が温かくなる。
もっと強くなろう。
力を見せつけるためではない。
誰かを支配するためでもない。
自分の大切な人たちを。
二度と失わないために。
リリスは、その決意を胸の奥へ静かに刻んだ。
◇◇◇
遥か遠い異世界。
光の存在しない空間。
無数の黒い星に囲まれた玉座で。
巨大な何かが。
ゆっくりと片目を開いた。
人型投影体と同じ。
ひび割れた仮面。
だが。
その背後へ広がる闇は、一つの世界よりも巨大だった。
失われたのは。
本体が保有する力の、ごく僅かな断片にすぎない。
それでも。
長い時の中で。
自らの神格を奪われたことは、一度もなかった。
「――リリス・ルクスヴィア」
謎の言語ではなく。
明確な人の言葉で。
邪神本体が、その名を口にする。
仮面の奥。
無数の紫黒色の眼が、静かに開いた。




