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第七十話 天聖革《アークレザー》



 新たに《神性金属熟成区画》を作り終えた後も。


 リリスの素材整理は続いていた。


━━━━━━━━━━


未確認素材:三百二十四種類


推奨対応


・神性反応を持つ素材から優先確認


・危険物は自動隔離


・生命反応を持つ素材は封印状態を維持


・未知の液体素材は開封禁止


━━━━━━━━━━


「未知の液体素材は開封禁止……」


 表示板を読んだフィオナが、不安そうに狐耳を伏せる。


「以前、何か危険な物を開けたことがあるのですか?」


「ないと思う」


『その答えでは安心できん』


 クロが低い声で告げる。


 黒い首布を巻いた姿で、地下工房の床へ伏せていた。


 首布の端に刺繍された紫銀色の狼が、工房の魔導灯を受けて淡く輝いている。


「今回はちゃんと鑑定してから取り出すよ」


「最初からそうしろ」


 シグレは呆れながらも、表示板の前から動こうとはしなかった。


 新しい素材へ興味がないわけではないらしい。


 腰の《白雨星刀アマツシグレ》も、神性金属が並ぶ工房の空気へ反応し、ときおり小さな共鳴音を響かせている。


「次は何を確認するのですか?」


「神性反応が強い区画」


 リリスが表示板へ指を滑らせる。


 インベントリの内部に存在する、無数の保管区画。


 その中から選ばれたのは、金属ではなかった。


━━━━━━━━━━


未確認素材保管区画:第七十四区画


主分類:皮革・繊維


取得場所:所有者不在の未踏ダンジョン


推定地点:《蒼穹聖獣殿》


取得方法:《超広域自動収集》


神性反応:極大


危険性:低


生命反応:なし


━━━━━━━━━━


「《蒼穹聖獣殿》?」


 フィオナが首を傾げる。


「聞いたことがありません」


「王国の北東。山脈の地下深くにあるみたい」


「山脈の地下に、蒼穹と名の付く場所があるのか?」


 シグレの疑問に答えるように、簡易地図が浮かび上がる。


 場所は、人の住む土地から遥かに離れた険しい山岳地帯。


 地表から数千メートル下に、巨大な空洞が存在していた。


 だが。


 その内部には空がある。


 古代の空間魔法によって生み出された人工天空。


 白い雲。


 浮遊島。


 光を放つ擬似太陽。


 そして、天属性や聖属性を持つ魔物たちが暮らす、完全に隔離された未踏ダンジョンだった。


「誰も入ったことがないのですか?」


「入口が空間の裏側に隠れてる。今の王国には、存在を知ってる人もいないみたい」


「ならば、所有者も管理者も存在しないのだな」


「うん。迷宮管理核も停止してる」


 ただし。


 内部の資源再生機能だけは、現在も動いている。


 討伐された魔物。


 寿命を迎えた聖獣。


 自然に抜け落ちた羽根や角。


 それらが迷宮によって素材化され、一定時間後に再び生成されていた。


 リリスの《超広域自動収集》は、その中から所有者のいない素材だけを回収している。


「取り出すね」


 リリスが手を伸ばす。


 現れたのは、一枚の白い革だった。


 大きさは、広げれば大人二人を覆えるほど。


 純白を基調としながら、角度によって淡い青、金、虹色へ変化する。


 革でありながら、絹のように滑らか。


 それでいて、触れる前から分かるほど強靱な魔力を帯びていた。


「綺麗……」


 フィオナが思わず呟く。


「革なのか?」


 シグレが手袋を外し、端へ触れる。


「布のように柔らかい。だが、刃を通せる気がしない」


「試してみる?」


「よいのか」


「少しだけなら」


 シグレは《白雨星刀》を抜いた。


 神話級の刀身が、淡い白銀色の光を纏う。


「《白雨抜刀》」


 鋭い一閃。


 アダマンタイトの柱すら容易に斬り裂いた斬撃が、白い革へ命中する。


 だが。


 革は僅かに沈んだだけだった。


 傷一つ付いていない。


「……斬れない」


「今度は魔力を流してみるね」


 リリスが革へ触れた。


 膨大な魔力を、ごく少量だけ流し込む。


 白い革の表面へ、金色の紋様が浮かび上がった。


 周囲に清浄な風が生まれる。


 フィオナの髪と狐耳。


 シグレの長い白銀髪。


 クロの黒い毛並みが、柔らかく揺れた。


「《神域鑑定》」


━━━━━━━━━━


天聖革アークレザー


分類:天属性神性革


品質:神級ゴッズ


主な由来


・天界系聖獣


・神獣系魔物


・蒼穹属性魔物


・聖属性上位種


特性


・神級物理耐性


・神級魔法耐性


・天属性適性


・聖属性適性


・魔力、神力超伝導


・超軽量


・超柔軟


・形状記憶


・自己修復


・自動浄化


・所有者同調


・成長進化適性


主な用途


・神級軽装


・外套


・手袋


・靴


・鞄


・鞍


・魔導具被覆材


・成長型装備


備考


天と聖なる力を宿した最上位級の革素材。


加工には神級以上の裁縫・錬金・皮革加工技術を必要とする。


━━━━━━━━━━


「天聖革……アークレザー」


 リリスは、白く輝く革を両手で持ち上げた。


「名前も綺麗だね」


「神級の革を、名前の感想だけで済ませるな」


 シグレは《白雨星刀》を鞘へ納める。


「私の刀でも傷を付けられなかったぞ」


「敵がこれを纏っていたら、少し大変そう」


『少し、ではない』


 クロが天聖革へ目を向ける。


『通常の武器では傷一つ付かぬ。神話級の武器であっても、使用者の技量次第では斬れんだろう』


「服に使えるかな」


「もう服の話をしているのか」


「革だから」


「それはそうだが……」


 リリスの頭の中では、すでにいくつもの設計が始まっている。


 フィオナ用の軽装。


 シグレ用の刀装具。


 クロの首布の強化。


 自分用の外套。


 さらに、将来加わる仲間たちの装備。


「でも、今すぐ全部は使わないよ」


『珍しく慎重だな』


「量を確認してから」


 表示板が切り替わる。


━━━━━━━━━━


天聖革アークレザー


保有量:十二万八千四百七十六枚


継続回収量:一日平均三十二枚


主な取得元


・自然脱皮素材


・迷宮再生素材


・寿命を迎えた聖獣の残留素材


・討伐済み未回収素材


━━━━━━━━━━


「……十二万枚?」


「使い切れる量ではないな」


「みんなの服を作っても余りそう」


『神級素材を普段着に使うつもりか』


「一部だけだよ」


『一部ならよいという話ではない』


 クロは深く息を吐いた。


◇◇◇


 《天聖革》が保管されていた区画には、ほかにも多くの素材が存在した。


 白金色の羽根。


 透明な角。


 雲のように軽い毛。


 淡い光を宿す糸。


 さらに。


 同じ《蒼穹聖獣殿》の隠し庭園や霊泉から回収された、薬草と水も保管されている。


「鉱石だけじゃなかったんだね」


「自動収集なのだから、当然ではないのか?」


「量が多すぎて、分類表示を見てなかった」


「それを管理不足と言うのだ」


 シグレの指摘は、今日だけですでに三度目だった。


 リリスは一つずつ素材を取り出し、《神域鑑定》で確認していく。


━━━━━━━━━━


【新規素材登録】


56 天聖革アークレザー


天と聖なる力を宿した神級革素材。


神級軽装、外套、手袋、靴、魔導具被覆材に使用可能。


57 蒼天聖羽


蒼穹属性の聖鳥から得られる羽根。


飛行補助、風属性装備、軽量化術式に適する。


58 天晶角


天属性の神獣から自然に抜け落ちた透明な角。


神力増幅、結界中枢、神聖魔導具の素材。


59 雲獣毛


雲海を渡る聖獣の毛。


極めて軽く、保温性と衝撃吸収性に優れる。


60 聖空蚕糸


空中聖域に生息する魔蚕の糸。


天属性と聖属性を同時に伝導する。


61 星露花


夜間、星の光を露として蓄える希少な花。


魔力回復薬、精神安定薬、星属性触媒に使用可能。


62 上薬草


通常の薬草より高い生命力を持つ。


上級回復薬の基礎素材。


63 霊薬草


霊力を吸収して育つ薬草。


肉体と魔力回路の同時治療に適する。


64 聖薬草


聖属性を帯びた白い薬草。


呪い、穢れ、毒の浄化薬に使用可能。


65 星命草


星明かりの下でのみ成長する高位薬草。


生命力と魔力の恒久的な補修に用いる。


66 神癒草


神性を帯びた神級薬草。


欠損治療薬、神薬、最高位蘇生薬の研究素材。


67 清浄湧水


不純物をほとんど含まない高品質な天然水。


料理、飲料、基礎錬金に適する。


68 高純度魔晶水


高密度魔力を液体状態で保持した水。


高位ポーション、魔導具冷却液、魔力炉に使用可能。


69 霊泉水


霊脈を通過して湧き出す水。


精神疲労、魔力回路、魂の安定に効果を持つ。


70 聖水


強い聖属性を宿す浄化水。


アンデッド、呪い、邪気への対抗素材。


71 星雫水


星属性の魔力が凝縮された液体。


星属性装備、転移術式、占星魔導具に適する。


72 神泉水


神性領域から湧き出す神級の水。


神薬、神具、神性結界の中核素材。


73 蒼穹樹液


浮遊島に生える蒼穹樹から得られる樹液。


接着、保存、魔力伝導膜の形成に使用可能。


74 天蜜果


天属性の魔力を蓄えた黄金色の果実。


食用可能。疲労回復と魔力回復効果を持つ。


75 聖雲茸


雲海近くの浮遊土壌に生える白い茸。


上級料理、解毒薬、免疫強化薬に使用可能。


━━━━━━━━━━


現在確認済み累計:75種類


未確認素材:304種類


━━━━━━━━━━


「二十種類、一気に増えました」


 フィオナが表示板を見上げる。


 大きな狐尻尾は、最初の不安が消えたように左右へ揺れていた。


「薬草や水も、ずいぶん多いな」


「これでも一つのダンジョンから回収された分だけだよ」


 今回確認したのは、《蒼穹聖獣殿》由来の素材だけ。


 インベントリには、ほかにも無数の取得場所が記録されている。


 未踏の地下迷宮。


 古代の薬草園。


 封印された霊泉。


 深海神殿。


 火山迷宮。


 氷雪洞窟。


 地底森林。


 世界樹の根へ繋がる空間。


 そこから。


 鉱石。


 魔物素材。


 薬草。


 水。


 木材。


 茸。


 果実。


 樹液。


 土。


 塩。


 氷。


 さまざまな素材が、今も少しずつ集まり続けていた。


「本当に一万種類を超えそう」


「まだ七十五種類ではありませんか?」


「確認できてる物だけでね」


 リリスは、素材取得地点の一覧を表示する。


━━━━━━━━━━


現在接続中の未管理素材取得地点


・未踏ダンジョン


・隠し階層


・再生鉱区


・古代薬草園


・地下水脈


・霊泉


・地底湖


・秘境森林


・封印温室


・深海採取域


・浮遊島採取域


・異空間資源域


総数:計測中


推定登録可能素材:一万種類以上


━━━━━━━━━━


「……一万」


 シグレの赤い瞳が、僅かに見開かれる。


「師匠は、それらをすべて集めるおつもりですか?」


「うん」


 リリスは迷うことなく答えた。


「見たことのない素材があるなら、集めたい」


「使い道が分からない物もあるぞ」


「調べれば分かるかもしれない」


「危険な物もある」


「隔離して研究する」


「一生掛かっても終わらないかもしれない」


「私は不老不死だから大丈夫」


「それを言われると何も返せんな……」


 シグレは諦めたように息を吐く。


 だが、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。


◇◇◇


 素材確認を終えたリリスは、《天聖革》の一部を《月織衣装工房》へ移した。


「何を作るのですか?」


「まずは試作品」


 作るのは、一枚の白い手袋。


 天聖革を薄く加工し、聖空蚕糸で縫い合わせる。


 指先の感覚を損なわず。


 錬金術。


 鍛冶。


 裁縫。


 戦闘。


 どの作業にも使えるようにする。


「《神衣縫製》《神級錬金術》」


 純白の革が柔らかな光へ変わる。


 聖空蚕糸が自動で走り、手の形へ合わせて革を縫い上げていった。


━━━━━━━━━━


《天聖錬成手袋》


品質:神級ゴッズ


素材


天聖革アークレザー


・聖空蚕糸


・神魔鋼粉末


効果


・神級防御


・魔力操作補助


・錬金精度上昇


・素材損傷防止


・耐熱、耐寒


・自動浄化


・自己修復


・体型自動調整


━━━━━━━━━━


「完成」


 リリスは白い手袋を両手へ装着する。


 薄く、柔らかい。


 素手と変わらないほど指を動かしやすい。


 試しに、神鉄の塊へ直接触れてみる。


 強い神性も熱も、まったく手へ伝わってこない。


「いい感じ」


『神級素材で試作品を作るな』


「たくさんあるから」


『量の問題ではない』


「フィオナとシグレの分も作ろうか?」


「私は興味があります」


 フィオナが素直に手を挙げる。


「魔法剣を使う時の握りやすさも調整できますか?」


「できるよ。月狐魔剣に合わせるね」


「お願いします」


 二人の視線がシグレへ向く。


「……刀の握りを邪魔しないなら、一組だけ試してもよい」


「分かった」


『我には作るなよ』


「クロは手袋できないもんね」


『そういう意味ではない』


 地下工房へ、楽しげな声が響く。


 神鉄。


 神鋼。


 神魔鋼。


 そして。


 天と聖なる力を宿した、天聖革アークレザー


 インベントリの奥には。


 まだ三百種類以上の未確認素材と。


 それを遥かに超える、名も知らない素材が眠っている。


 いつか作る城。


 世界最高の人工ダンジョン。


 人々の生活を豊かにする道具。


 仲間たちの装備。


 そして、自分自身の商会。


 それらを実現するための材料は。


 気づかないうちに、少しずつ集まり始めていた。

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