第六十九話 いつの間にか神鉄ができていた
《月織衣装工房》での衣服作りを終えた翌日。
リリスは地下工房の一角に、巨大な半透明の表示板を浮かべていた。
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インベントリ内素材総覧
登録済み素材種類:多数
未確認素材:三百二十七種類
未整理区画:十二
自動精製中:四十五区画
長期熟成中:二十一区画
警告:高密度魔力反応を検出
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「未確認素材が三百以上……」
表示を見上げたフィオナの狐耳が、驚いたように立ち上がる。
「師匠。いつの間に、これほど増えたのですか?」
「私も今調べてるところ」
「自分のインベントリだろう」
シグレが冷静に指摘した。
今日は白と黒を基調とした《白雨剣装》を身につけている。
腰には《白雨星刀》。
本人は気に入っているとは言わないが、完成してからほぼ毎日着ていた。
「無限に入るから、細かい数をあまり見てなかった」
『それを世間では管理不足と言う』
黒い首布を巻いたクロが、作業台の横で伏せている。
「自動整理があるから、大丈夫だと思ってた」
『その結果が未確認素材三百二十七種類だ』
「でも、新しい素材があるのは嬉しいよ」
『反省する気がないな』
リリスは表示板を操作し、警告が出ている区画を開いた。
分類は鉱石。
最初に現れたのは、見慣れた《鉄鉱石》だった。
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《鉄鉱石》
保有量:計測限界超過
推定総重量:天文学的数値
品質内訳
・普通品質
・上質
・最高品質
・超高純度
・完全精製済み
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「……計測限界?」
フィオナが首を傾げる。
「どれほど多ければ、計測できなくなるのだ」
シグレも表示を凝視していた。
「少し取り出してみるね」
リリスが手を向ける。
直後。
工房の床へ、鉄鉱石の山が出現した。
高さは三メートル。
横幅は五メートル以上。
ただし。
それは保有している鉄鉱石の、ごく僅かな一部にすぎなかった。
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取り出した量:全体の0.000000000001%未満
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「おかしい」
「ようやく気づいたか」
「こんなに集めた覚えがないよ」
『ならば、収集系スキルの履歴を確認しろ』
「うん。《神域鑑定》《万象解析》」
リリスの黒い瞳に、淡い金色の光が宿る。
インベントリ。
自動収集。
鉱石の取得記録。
過去の移動経路。
スキルの有効範囲。
それらが高速で解析されていく。
そして。
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《超広域自動収集》Lv.MAX
《限界突破》による拡張を確認。
想定収集範囲を大幅に超過しています。
主な収集対象
・所有権未登録素材
・放置素材
・自然生成素材
・再生済みダンジョン素材
・未採掘鉱石
・未回収魔物素材
・未管理採取物
追加検出
一部の鉱山資源について、所有権判定が正常に機能していません。
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「……王国内全域?」
「何だと?」
シグレの声が僅かに低くなる。
詳細な地図が表示された。
王国内に存在する鉄鉱山。
銅鉱山。
鋼鉱山。
魔鋼鉱山。
銀鉱山。
金鉱山。
白金鉱山。
ミスリル鉱山。
アダマンタイト鉱脈。
ヒヒイロカネの微小鉱床。
オリハルコンが眠る深層鉱脈。
さらに。
誰にも発見されていない地下迷宮。
魔力濃度が高すぎて近づけない封印鉱区。
手付かずのダンジョン。
未踏の深層。
隠された鉱山階層。
それらの一部から、素材がインベントリへ継続的に回収されていた。
「山を歩いている時だけではなかったのですね」
「うん。私が王国内にいる間、ずっと動いてたみたい」
「ずっと……」
フィオナの大きな尻尾が、ゆっくり下がる。
「鉱山から資源がなくなっているのではないか?」
「調べる」
リリスは解析範囲を広げた。
幸い。
採掘済みの鉱石や、保管庫へ移された資源を奪ってはいなかった。
人間が働いている場所では、地中に残っている未採掘鉱石の一部だけが回収されている。
しかし、採掘権のある鉱脈からも取ってしまっている以上、問題がないとは言えない。
「すぐ止める」
リリスは《超広域自動収集》へ新しい制限を追加した。
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《超広域自動収集》設定更新
・他者所有物:収集禁止
・採掘権設定区域:収集禁止
・管理中の鉱山:収集禁止
・国家管理資源:収集禁止
・商業採取区域:収集禁止
・未発見かつ未管理の自然資源:収集許可
・再生型ダンジョン資源:条件付き収集許可
・討伐済み魔物の未回収素材:収集許可
・所有権不明:保留区画へ移送
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「これで、今後は大丈夫」
「すでに集めた分はどうする」
「鉱山ごとの回収量を調べて、返すか、正式に買い取る。減った分以上に補填してもいい」
「それがよいだろう」
シグレは小さく頷いた。
「未管理のダンジョンから得た物は?」
フィオナが尋ねる。
「所有者がいなくて、時間が経つと再生する資源だから、それは使えると思う」
解析結果によれば。
今回集まった鉱石の大半は、人の手が入っていないダンジョンから回収されたものだった。
迷宮内の鉱脈は、地脈と魔力によって再生する。
鉄鉱石なら数時間から数日。
ミスリルなら数週間。
アダマンタイトは数か月。
ヒヒイロカネやオリハルコンのような高位鉱石は、数年単位。
ただし、王国内だけでも未発見の迷宮や隠し鉱区は膨大に存在する。
回収場所を分散すれば。
希少鉱石でさえ、長期的には実質無限に入手できる。
「これほど資源があれば、一国を作れるな」
シグレが呟く。
「お城も作れるね」
『まずは目の前の問題を片づけろ』
「分かってるよ」
そう答えながらも。
リリスの頭の中には、巨大な城や人工ダンジョンの姿が浮かび始めていた。
◇◇◇
「それで、高密度魔力反応は何だったのですか?」
フィオナの一言で、調査の本題へ戻る。
「鉄鉱石とは別の区画だね」
リリスは、長期保管鉱石区画を開いた。
そこには、以前から余っていた大量の鉄鉱石が保存されていた。
ただし。
その一部が、まったく別の物質へ変化している。
「取り出すよ」
リリスの手のひらへ、金属の塊が現れた。
白銀色。
表面には、淡い金色と虹色の光がゆっくり流れている。
鉄より遥かに重いはずなのに、手に持つと不思議なほど馴染む。
周囲の魔力が、金属へ吸い寄せられていく。
「これは……」
シグレが《白雨星刀》の柄へ手を置いた。
金属の塊から漂う力に、愛刀が小さく共鳴している。
「普通の鉄ではありません」
フィオナも魔力を感じ取り、表情を引き締める。
「《神域鑑定》」
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《神鉄》
分類:神性金属
品質:神級
原料:超高純度鉄鉱石
生成要因
・超高密度魔力の長期吸収
・神性魔力との同調
・《完全自動精製》
・《無限自動整理》
・《神級錬金術》
・インベントリ内時間熟成
特性
・超硬度
・超靱性
・神力伝導
・魔力伝導
・自己修復
・耐腐食
・耐熱
・耐寒
・所有者適応
・成長素材適性
備考
大量の鉄鉱石が、使用されずに蓄積した余剰魔力と神性を長期間吸収したことで変質した最上位鉄系素材。
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「神鉄……」
「鉄鉱石が神級素材になったのか」
「みたい」
『みたい、で済ませるな』
クロが立ち上がり、神鉄へ鼻先を近づけた。
『確かに神性を帯びている。並の武器へ混ぜれば、素材の方が武器を破壊するほどだ』
「余ってた鉄鉱石に、余った魔力が入ってできたみたいだね」
「余り物から神級素材を作るな」
シグレが真顔で言う。
「私が作ろうとしたわけじゃないよ」
「意図せず作る方が問題だ」
さらに調査すると。
変質していたのは鉄鉱石だけではなかった。
長期保管されていた鋼。
魔鋼。
高純度鋼鉱。
魔力を大量に含んだ魔鋼鉱。
それらも、それぞれ異なる神性金属へ変化している。
リリスは二つの金属を取り出した。
一つは、神鉄より僅かに青みを帯びた白銀色。
もう一つは、黒銀色の内部に紫と金の魔力光が脈打つ金属。
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《神鋼》
分類:神性鋼
品質:神級
特性
・《神鉄》を上回る硬度と靱性
・超高密度結晶構造
・斬撃性能増幅
・衝撃吸収
・自己修復
・神力、魔力伝導
・成長適応
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《神魔鋼》
分類:神性魔法鋼
品質:神級
特性
・神力、魔力の同時伝導
・超大容量魔力蓄積
・魔力増幅
・属性適応
・術式保持
・形状変化
・自己修復
・所有者同調
・装備成長補助
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「鋼と魔鋼まで変わってる」
「こちらは自然に完成したのですか?」
「一部は自然変質みたい。でも、同じ物を意図的に作ることもできる」
鉄から不純物を除き、組成や密度を整えて鋼へ変える工程。
それは精錬。
複数の金属、魔力、神性素材を一つへ融合して、新たな金属を生み出す工程。
それは錬成。
「《神鉄》を神域級の炉で精錬すれば、《神鋼》を作れる」
リリスは《神魔鋼》を持ち上げる。
「《神鋼》に《魔鋼》と高密度魔力、それから創石を少し加えて錬成すれば、《神魔鋼》になる」
「簡単そうに言うな」
「実際にできるよ」
「そういう意味ではない」
シグレは額へ手を当てた。
◇◇◇
リリスは新たに発見された三種類の金属を、素材目録へ登録した。
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【新規素材登録】
53 神鉄
54 神鋼
55 神魔鋼
現在確認済み累計:55種類
未確認素材:324種類
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「まだ三百二十四種類もあるのですね」
「今日中に全部見たい」
『やめておけ』
「どうして?」
『神鉄が三種類出てきた時点で、残りも普通ではない』
「だから楽しみなんだけど」
『だから危険だと言っている』
クロの忠告を聞き流しながら。
リリスはインベントリ内へ、新たな専用区画を構築した。
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《神性金属熟成区画》
機能
・元素材自動選別
・魔力密度調整
・神性濃度調整
・温度、圧力、時間管理
・変質進行監視
・所有権識別
・異常反応時自動隔離
・完成素材自動保管
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「これで、偶然じゃなく作れる」
「さらに増やすのですか?」
「必要な分だけだよ」
『その必要な分の基準が信用できん』
「将来、お城やダンジョンを作るなら、たくさん必要になるかもしれない」
「城?」
フィオナが聞き返す。
「いつか自分の領地を持てたら、みんなが暮らせるお城を作りたいなって」
広い城。
巨大な工房。
図書館。
温泉。
訓練場。
市場。
学校。
治療院。
そして。
冒険者が安全に成長できて、素材も集められる世界最高の人工ダンジョン。
「そこで神鉄を採れる鉱山も作れたらいいね」
「神鉄が採れる鉱山など、聞いたことがないぞ」
「ないなら作ればいいよ」
シグレは言葉を失った。
フィオナは少しだけ考えた後、微笑む。
「師匠なら、本当に作ってしまいそうです」
「うん。いつかね」
それはまだ。
遠い未来の話だった。
だが。
天文学的な量の鉱石。
実質無限に再生する未踏ダンジョンの資源。
そして、偶然誕生した《神鉄》《神鋼》《神魔鋼》。
リリスが思い描いた城と領地は。
本人が考えているよりも、ずっと現実へ近づき始めていた。




