第六十八話 色とりどりの衣装工房
新しい体型へ合わせた衣服の調整を終えた後。
リリスは衣装室の中央に立ち、周囲を見渡していた。
壁一面に並ぶ糸巻き。
丁寧に畳まれた布地。
金属製の裁縫道具。
宝石やボタン、留め金、刺繍糸を収めた引き出し。
元侯爵家に仕えていた衣装係たちが管理しているだけあり、設備は十分に整っている。
しかし。
「もっと色々作れそう」
リリスの黒い瞳が、分かりやすく輝いていた。
「リリス様ご自身のお召し物でございますか?」
衣装係の女性が尋ねる。
「自分の服も作りたいけど、みんなの服も」
「皆様の?」
「フィオナとシグレ。屋敷で働いている人たちの制服や普段着も作りたい」
使用人は、およそ二百人。
全員分となれば、必要な布も作業時間も相当なものになる。
だが、リリスにとっては大きな問題ではない。
インベントリには、これまで集めた魔物の毛皮、糸、植物繊維、魔力布の素材が大量に眠っている。
「まずは衣装工房を広げよう」
「広げるのですか?」
「うん。裁縫用の魔導具も作る」
その日の午後。
衣装室の隣にあった空き部屋が、《神級錬金術》によって新たな工房へ生まれ変わった。
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《月織衣装工房》
主要設備
・魔導裁断台
・自動紡績機
・万能染色槽
・魔力刺繍機
・体型自動計測鏡
・衣服効果付与炉
・自動修繕保管棚
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「完成」
リリスが満足そうに頷く。
工房の中央には、巨大な作業台。
壁には色とりどりの布地。
奥の万能染色槽では、素材を傷めることなく、指定した色へ染めることができる。
さらに、体型自動計測鏡の前へ立てば、本人へ触れることなく衣服の寸法を正確に測定してくれる。
「これなら、二百人分でも短時間で作れるね」
「普通は、設備を作るところから一日では終わりません」
工房を見学していたシグレが、呆れた声を漏らす。
その腰には、完成したばかりの《白雨星刀》が差されている。
「便利な方がいいでしょ?」
「便利ではあるが、限度というものがある」
「師匠に限度を求めるのは難しいと思います」
フィオナが静かに答えた。
「本人の前で言うことではないよ」
「でも、否定できますか?」
「……できないかも」
『自覚があるだけましだな』
縮小したクロが、工房の入口で伏せている。
「クロにも何か作ろうか?」
『我に服は不要だ』
「首飾りとか」
『戦闘の邪魔にならぬ物なら考えよう』
「じゃあ、あとで作るね」
『考えると言っただけだ』
◇◇◇
最初に作るのは、フィオナの衣服だった。
「好きな色は?」
「白や薄い青が好きです。あとは、月の光に近い銀色も」
「形は?」
「動きやすい物がいいです。尻尾を圧迫しないようにしていただけると……」
「狐耳も隠さない方がいい?」
「はい。私は自分の耳と尻尾を気に入っています」
フィオナが大きな狐耳を揺らす。
リリスは体型自動計測鏡で寸法を測り、布地を選んだ。
白銀月蚕の糸。
銀鉄牙狼の月毛皮から作った繊維。
水属性を含む淡青色の魔法布。
それらを《神衣縫製》で組み合わせる。
「《月織生成》」
糸が空中へ浮かび上がる。
白。
銀。
淡い青。
三色の糸が複雑に交差し、一着の衣服を形作っていった。
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《月狐の普段着》
品質:伝説級
所有者:フィオナ・ルーヴェル
効果
・温度調節
・防汚
・防臭
・自己修復
・軽量化
・伸縮
・尻尾可動補助
・狐耳周辺の快適性維持
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白を基調とした上着。
淡い青色のスカート風腰布。
銀糸で刺繍された、小さな月と狐の紋様。
胸元や腰回りは動きを妨げず、背面にはフィオナの大きな尻尾を自然に通せる専用構造が設けられている。
「着てみて」
「はい」
フィオナは衝立の向こうで着替えた。
しばらくして姿を現す。
「どうでしょうか?」
「似合ってる」
白銀月蚕の布が、フィオナの明るい茶色の髪と大きな狐耳を引き立てている。
フィオナはその場で一度回った。
腰布が軽く広がり、大きな尻尾が楽しそうに揺れる。
「とても動きやすいです」
「尻尾のところは?」
「まったく窮屈ではありません」
「なら良かった」
フィオナは鏡へ自分を映し、何度も嬉しそうに角度を変えていた。
◇◇◇
次はシグレ。
「私は必要ない」
「普段着、一着しか持ってないでしょ?」
「旅には十分だ」
「洗ってる間は?」
「予備がある」
「二着だけだよね」
シグレが黙る。
救助した際、彼女の荷物は少なかった。
旅用の服と、戦闘衣。
あとは最低限の下着や道具だけ。
「無駄に華美な物は着ないぞ」
「分かった。シグレらしい服にする」
「勝手に決めるな」
「じゃあ、好きな色は?」
「白と黒」
「ほかには?」
「……深い赤なら、嫌いではない」
シグレの赤い瞳と、額の角飾りに合う色だった。
使用するのは、白銀月蚕の布。
黒曜魔鉄巨兵から得た魔力繊維。
深紅の火蜥蜴糸。
さらに、刀の抜き差しを妨げないよう、右腰から背中にかけて布の形を調整する。
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《白雨剣装》
品質:伝説級
所有者:シグレ・ヤルク
効果
・抜刀動作補助
・斬撃姿勢安定
・温度調節
・防汚
・防臭
・自己修復
・軽量化
・魔力循環補助
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白い上衣。
黒い袴に似た下衣。
袖口と腰帯には、深い赤色の細い刺繍。
背面には雨と星を組み合わせた紋様が控えめに施されている。
「派手すぎない?」
「試着してから言う」
「着るとは言っていない」
そう答えながらも。
シグレは服を受け取り、衝立の向こうへ入っていった。
数分後。
新しい《白雨剣装》を身につけたシグレが姿を現す。
長い白銀髪。
赤い瞳。
白と黒の衣装。
腰には《白雨星刀》。
まるで衣服と刀が、最初から一つの装備として設計されたかのように馴染んでいる。
「似合います!」
フィオナが声を上げる。
「うん。すごく似合ってる」
リリスも頷いた。
「……悪くない」
シグレは袖口を確かめる。
そのまま刀へ手を掛け、ゆっくりと抜刀する。
布が引っ掛かることはない。
腰を落とした時にも、下衣が脚の動きを妨げなかった。
「抜きやすい」
「何度かシグレの動きを見たから」
「そこまで考えて作ったのか」
「仲間の服だからね」
シグレは鏡へ映る自分を一度だけ確認した。
そして、目を逸らす。
「礼は言っておく」
「気に入った?」
「悪くないと言った」
だが。
その日以降、シグレが《白雨剣装》を頻繁に着るようになることを、まだ誰も知らなかった。
◇◇◇
次は、リリス自身の服。
新しい体型に合わせ、普段着だけでも十着以上を製作する。
白いシャツと黒いズボン。
紺色の長衣。
深い紫色のワンピース。
銀糸を使った黒い外套。
淡い青色の室内着。
赤と黒を組み合わせた外出着。
緑色の採取用衣服。
灰色の雨具。
白金色の礼装。
全身の線を不必要に強調せず、それでいて新しい体型へ自然に馴染むよう調整された衣服ばかりだった。
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リリス用衣服共通機能
・体型自動調整
・温度調節
・防汚
・防臭
・撥水
・自己修復
・軽量化
・動作補助
・戦闘時形状固定
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「これなら、もう急にきつくならないね」
「体型調整は終わったのではなかったか?」
シグレが尋ねる。
「念のため」
『また何か薬を作るつもりではあるまいな』
「今のところは作らないよ」
『今のところ、か』
クロは完全には信用していなかった。
◇◇◇
衣服を作り終えたリリスは、小さな布地を何枚も作業台へ並べた。
「今度は何を作るのですか?」
「布マスク」
フィオナは納得したように頷く。
「師匠は、よく布マスクを着けていますね」
「落ち着くから」
リリスが最初に作ったのは、使い慣れた色。
白。
黒。
紺。
灰色。
だが、それだけでは終わらない。
赤。
青。
水色。
深緑。
若草色。
紫。
薄紫。
桃色。
橙色。
黄色。
茶色。
銀色。
金色。
さらに、布の端へ小さな刺繍を加える。
星。
月。
花。
狐。
狼。
羽根。
刀。
錬金術陣。
創石を模した幾何学模様。
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《多彩機能布マスク》
品質:希少級~伝説級
共通効果
・防塵
・防臭
・防煙
・花粉遮断
・通気性向上
・温度調節
・自動洗浄
・形状維持
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「たくさん作ったね」
作業台には、百枚を超える布マスクが整然と並んでいた。
「服に合わせて選べるよ」
リリスは白いシャツと黒いズボンに、深い紫色の布マスクを合わせる。
左端には、銀糸で小さな星が刺繍されていた。
「どう?」
「普段の黒や灰色より、少し華やかに見えます」
フィオナが答える。
「似合っている」
シグレも短く評価する。
リリスは鏡を見て頷いた。
「フィオナとシグレの分も作るよ」
「私たちもですか?」
「着けたい時だけでいいから」
フィオナには、白地に淡青色の月狐模様。
シグレには、黒地に銀色の雨と刀の模様。
クロには。
「これ」
リリスが差し出したのは、黒い首布だった。
端には、紫銀色の狼と星の紋様が刺繍されている。
『服は不要だと言ったはずだ』
「首へ巻くだけだよ。防御結界と体格自動調整も付いてる」
『本来の姿でも使えるのか』
「うん」
クロは少し考えた後、首を下げた。
『ならば、試すだけ試そう』
リリスが首布を巻く。
黒い毛並みに、紫銀色の刺繍がよく映えた。
「似合ってるよ」
「格好いいです」
フィオナが褒める。
シグレも一度頷いた。
「悪くない」
『当然だ』
クロは満更でもなさそうに胸を張った。
◇◇◇
その後。
リリスは屋敷で働く者たちへ、希望する衣服についての聞き取りを行った。
執事服。
メイド服。
護衛制服。
料理人用の作業着。
庭師用の防汚服。
工房職人用の耐熱服。
さらに、休日に着る普段着や寝間着まで。
色や形は、本人が自由に選ぶ。
リリスと衣装係たちは、数日を掛けて一人ずつ希望を確認し、新たな衣服を仕立てていった。
屋敷の制服には、共通して小さな銀色の星と月の紋章が入れられた。
だが、全員が同じ姿になるわけではない。
動きやすさを優先する者。
落ち着いた色を好む者。
明るい色を選ぶ者。
刺繍を希望する者。
飾りを一切付けない者。
それぞれの個性を残した衣服が完成していく。
「皆様、大変喜んでおります」
エレナが報告する。
「古くなった制服も、これからはすぐ直せるよ」
「屋敷に衣装工房を設けていただけたことも、衣装係たちの励みとなっております」
「私だけで全部作るより、一緒に作った方が楽しいから」
リリスは工房を見渡す。
フィオナは新しい普段着で、大きな尻尾を揺らしている。
シグレは《白雨剣装》を着たまま、刀の動きを確かめていた。
クロの首には、黒い首布。
屋敷の廊下では、新しい制服を身につけた使用人たちが、以前より少し誇らしげに仕事をしている。
そしてリリスの衣装棚には。
用途も色も異なる数十着の衣服と。
色とりどりの布マスクが、丁寧に並べられていた。
「明日は何色にしようかな」
冒険へ出る時も。
錬金術をする時も。
屋敷でゆっくり過ごす時も。
気分に合わせて衣服とマスクを選ぶ。
そんな小さな楽しみが。
リリスの新しい生活へ、また一つ増えていた。




