第六十七話 いつの間にか服がきつい
《月雫美容施術室》が開設されてから、数日が過ぎた。
その間も、リリスたちは屋敷での生活を楽しみながら、迷宮探索へ向けた準備を進めていた。
フィオナとシグレは午前中に訓練。
午後は装備の調整や、迷宮で使用する道具の確認。
クロは庭園で昼寝をしながら、時折護衛たちの訓練へ顔を出している。
そしてリリスは。
錬金術。
素材整理。
魔導具製作。
美容薬の追加生産。
さらに、三日に一度の《月雫美容油》を使った施術を受けていた。
本人としては、肌の調子がよくなり、錬金作業で凝った肩や腰が軽くなる程度の認識だった。
だが。
変化は、リリスが考えていた以上に進んでいた。
◇◇◇
朝。
リリスは自室の寝台で目を覚ました。
「ん……」
身体を起こし、軽く伸びをする。
窓の外には、朝日を受けて輝く庭園。
鳥の声。
屋敷で働く者たちが動き始める、穏やかな気配。
いつもと変わらない朝だった。
リリスは寝台から降り、衣装棚を開く。
取り出したのは、普段から着ている白いシャツと黒いズボン。
数日前、《女性美調整薬》を飲んだ直後に《神衣縫製》で調整した物だ。
シャツへ腕を通す。
前を合わせる。
一つ目のボタン。
二つ目。
三つ目。
「……あれ?」
胸元のボタンが、なかなか留まらない。
少し引っ張り、どうにか留める。
しかし。
布地が明らかに張っていた。
「小さくなった?」
洗濯によって縮むような素材ではない。
そもそも、このシャツには《形状維持》が付与されている。
リリスは首を傾げながら、黒いズボンへ脚を通した。
腰は問題ない。
むしろ、以前より少し余裕がある。
ところが。
臀部の辺りで布が引っ掛かった。
「……こっちも?」
少し力を入れて引き上げる。
履けないわけではない。
だが、身体の線へぴったりと張り付き、明らかに動きにくくなっている。
リリスは室内に置かれた全身鏡の前へ立った。
「……」
黒髪。
黒い瞳。
透明感の増した肌。
身長百七十センチの長身。
そこまでは、数日前と同じ。
しかし。
胸元には、以前よりも明らかに豊かな丸みがあった。
腰は細く引き締まり、その下にははっきりとしたくびれ。
臀部は大きく丸みを増し、横から見ても分かるほど、張りのある形へ整っている。
「いつの間に……」
リリスは鏡の中の自分を見つめた。
薬を服用した直後にも変化はあった。
だが、《女性美調整薬》は一度で全てを変える薬ではない。
身体への負担を避けるため、本人の希望と骨格に合わせ、数日掛けて少しずつ最適な状態へ近づける。
さらに。
《月雫美容油》による施術が、その効果を安定させていた。
「《神域鑑定》」
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リリス・ルクスヴィア
身体状態:極めて良好
美容状態:最良
体型調整進行率:100%
【主な変化】
・胸部の成長および形状最適化
・腰部の引き締め
・くびれ形成
・臀部の成長および筋肉バランス最適化
・全身姿勢の改善
・重心自動調整
運動能力への悪影響:なし
健康上の問題:なし
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「完成してる」
数日前よりも、さらに体型調整が進んでいた。
豊かな胸。
細い腰。
大きく丸みのある臀部。
長身に見合った、均整の取れたグラマラスな体型。
前世を含めても、ここまで女性らしい体つきになったことはない。
リリスは横を向き、鏡へ映る自分の姿を確認する。
「思ったより大きくなったかも」
最初に効果を設定した時。
健康的。
動きやすい。
自分の身長に似合う。
そして、少し女性らしい体型。
その程度に考えていた。
だが神話級の薬は、リリスが無意識に思い描いていた理想まで正確に読み取ったらしい。
「でも、似合ってるかな」
不自然さはない。
腰や背中へ負担も掛かっていない。
《重心自動調整》によって、身体を動かした時の感覚も以前とほとんど変わらなかった。
リリスは鏡の前で軽く身体を動かしてみる。
一歩。
回転。
屈伸。
跳躍。
何の問題もない。
「うん。悪くない」
シグレの口癖を真似しながら、小さく頷く。
ただし。
服は完全に合わなくなっていた。
「先に着替えを直さないと」
リリスは白いシャツと黒いズボンへ手を向けた。
「《神衣縫製》」
淡い光が衣服を包む。
胸元。
腰。
臀部。
新しい身体の寸法に合わせ、布地の形が自然に変化していった。
締め付けは消えた。
動きやすさも戻っている。
「これで大丈夫」
そう思った直後。
扉が三度叩かれた。
「師匠。朝食のお時間です」
フィオナの声だった。
「今行くよ」
リリスが扉を開ける。
廊下には、フィオナとシグレが並んで立っていた。
「おはようございます――」
フィオナの言葉が止まる。
金色の瞳が、リリスの顔から足元までゆっくり動いた。
狐耳がぴんと立ち上がる。
「師匠……?」
「おはよう」
「何かありましたか?」
「薬の効果が完成したみたい」
フィオナはもう一度、リリスの姿を見る。
「以前より、かなり……」
「大きくなった?」
「はい」
正直な返事だった。
シグレも赤い瞳でリリスを観察している。
「数日前とは体格が違うな」
「体格というより体型かな」
「服を着ていても分かる」
「やっぱり?」
リリスは自分の胸元を見下ろす。
服を調整したとはいえ、以前との違いを完全に隠すことはできない。
「動きにくくはないのですか?」
フィオナが心配そうに尋ねる。
「重心も調整されてるから大丈夫。戦闘にも影響はないよ」
「それなら安心しました」
フィオナは少し考えた後、柔らかく微笑む。
「とてもお綺麗です。以前より大人っぽく見えます」
「ありがとう」
リリスはシグレを見る。
「シグレは?」
「なぜ私にも感想を求める」
「フィオナは言ってくれたから」
「……似合っている」
「本当?」
「何度も言わせるな」
シグレは顔を逸らした。
耳が僅かに赤く見える。
「シグレが褒めてくれた」
「事実を述べただけだ」
「前にも聞いたね」
「朝から騒がしいぞ」
階段の下から、クロの念話が届く。
縮小したクロが、三人を見上げていた。
『リリスの気配が変わったと思えば、体型がさらに変化していたのか』
「クロにも分かる?」
『魔力と重心が僅かに変わっている』
「見た目じゃないんだ」
『人間の体型へ興味はない』
「それもそうだね」
『ただし、服が破れそうな状態で歩くのはやめた方がよい』
「もう直したよ」
『ならばよい』
◇◇◇
大食堂へ入ると、メイド長エレナがすぐに変化へ気づいた。
「リリス様。お召し物の寸法を、改めて測り直した方がよろしいでしょうか」
「やっぱり分かる?」
「はい。体型調整薬の効果が、完全に定着されたように見受けられます」
エレナ自身も《神麗美容薬》を服用している。
肌や髪の状態が整い、以前よりも若々しく、上品な雰囲気になっていた。
ただし、成人女性用の体型調整薬については、控えめな効果を希望したらしい。
「普段着だけでなく、戦闘服も調整した方がいいよね」
「鋼板戦闘服と《常闇魔衣》も確認いたしましょう」
「常闇魔衣は自動調整機能があるよ」
「それでも、一度確認することをお勧めいたします」
「分かった」
料理長マルタが、厨房から朝食を運んでくる。
今日の献立は、炊きたての玄米。
甘辛く焼いた豚肉。
半熟の目玉焼き。
根菜と茸の汁物。
青菜の漬物。
そして、小鉢へ盛られた納豆だった。
「朝から随分と賑やかだね」
「師匠の体型が、いつの間にか完成していました」
フィオナが説明する。
「完成という言い方は、少し変じゃない?」
マルタがリリスを見る。
「確かに、ずいぶん立派になったね」
「どこを見て言ってるの?」
「全体だよ。薬を作った本人が驚いてどうするんだい」
「少しずつ変わってたから、気づかなかった」
「毎日見ている本人ほど、変化には気づきにくいものさ」
リリスは席へ座る。
玄米の上へ、甘辛く焼かれた豚肉と目玉焼きを乗せる。
黄身を崩し、肉と玄米へ絡めて一口。
「美味しい」
「体型が変わっても、食欲は変わらないようだね」
「食事を減らす必要はないから」
「健康なら、それが一番だよ」
シグレも玄米と豚肉を食べる。
「白米とは違うが、これも悪くない」
「玄米も好きだよ」
「お前は本当に米料理が好きだな」
「お肉にも魚にも合うからね」
フィオナは納豆と卵を玄米へ混ぜている。
「これも慣れると美味しいです」
『我には肉だけでよい』
クロの前には、厚切りの焼肉が積まれていた。
「クロはいつもどおりだね」
『身体が大きくなった程度で、騒ぐ必要もないだろう』
「クロは本来の姿になると、屋敷より大きいもんね」
『比べるものではない』
◇◇◇
朝食後。
リリスはエレナと屋敷の衣装係たちに連れられ、衣装室へ移動した。
普段着。
礼装。
室内着。
外出用の衣服。
すべての寸法を改めて測り直す。
「胸囲と腰回りの差が、以前よりかなり大きくなっております」
衣装係の女性が記録板へ数字を書き込む。
「腰は細くなっておりますが、臀部は大きく変化していますね」
「ちゃんと合う服を作れる?」
「もちろんでございます」
元々侯爵家で働いていた経験を持つ衣装係もいる。
体型に合わせた衣服の製作は慣れていた。
「動きやすい服がいい」
「腰回りには伸縮性を持たせ、胸元は圧迫しない構造にいたします」
「戦闘用は揺れないようにしてほしい」
「専用の支持構造を内側へ組み込みましょう」
リリスも《神衣縫製》を使い、素材と魔法構造の調整へ加わる。
新しい普段着。
白いシャツ。
黒いズボン。
丈の長い上着。
動きやすい室内用のワンピース。
さらに、《鋼板戦闘服》も新たな体型へ合わせて再調整した。
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《鋼板戦闘服》
体型情報を更新しました。
・胸部装甲形状最適化
・腰部可動域拡張
・臀部装甲形状最適化
・重心補正機能追加
・姿勢保持機能強化
・戦闘時固定機能追加
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「これなら大丈夫」
装備を身につけ、軽く身体を動かす。
剣を振る。
跳ぶ。
身体を捻る。
以前と変わらないどころか、姿勢が整ったことで動きはさらに滑らかになっていた。
鏡の中には。
黒髪と黒い瞳。
整った顔立ち。
豊かな胸。
細い腰。
大きく丸みのある臀部。
そして、鋼板戦闘服を自然に着こなすリリスの姿が映っている。
「思ってたより、似合ってるかも」
「大変よくお似合いです」
エレナが微笑む。
「リリス様が自信を持たれることは、私どもにとっても喜ばしいことでございます」
「うん」
リリスは鏡の中の自分へ、もう一度目を向けた。
自分自身を嫌っていたわけではない。
以前の姿にも不満はなかった。
それでも。
より綺麗になった顔。
女性らしく整った身体。
それを素直に気に入っている自分がいる。
「錬金術って、やっぱりすごいね」
「そこへ戻るのですね」
「だって、こんなことまでできるから」
素材を集める。
薬を作る。
装備を作る。
誰かを元気にする。
そして、自分自身も少しだけ前向きになれる。
リリスにとって。
錬金術は、単に物を作るための技術ではなかった。
人生を楽しくするための、可能性そのものだった。
こうして。
美容薬と体型調整薬。
そして、リリス特製の美容油による施術を続けた結果。
リリス・ルクスヴィアは、本人が気づかないうちに。
長身に似合う豊かな胸と、細いくびれ。
大きく丸みのある臀部を持つ。
美しく、グラマラスな女性へと変わっていた。




