↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
68/114

第六十六話 神級美容薬


 《白雨星刀アマツシグレ》が完成した日の午後。


 地下工房の試験場では、アダマンタイト製の柱が真っ二つになったまま、静かに横たわっていた。


 鏡のように滑らかな切断面。


 刀身へ傷一つ残さず、神話級金属を切断したシグレは、新しい愛刀を何度も鞘から抜いては納めている。


「気に入ったみたいだね」


「馴染み方を確認しているだけだ」


 そう答えながらも、シグレの表情は明らかに柔らかい。


「先ほどから十二回目です」


 フィオナが指摘する。


「新しい武器の感触を確かめるのは当然だ」


「私も《月狐魔剣》が完成した日は、何度も眺めました」


「ならば分かるだろう」


「はい。とてもよく分かります」


 二人の間に、少しだけ仲間らしい空気が生まれていた。


 工房の隅では、クロが前脚へ顎を乗せている。


『刀も完成した。素材の整理も一部終わった。今日はもう休んだらどうだ』


「まだ作りたいものがある」


『嫌な予感がする』


「危ないものじゃないよ」


 リリスは作業台の上へ、新しい素材を並べ始めた。


 蒼蜜花。


 月雫草。


 生命樹の若葉。


 高純度魔晶水。


 真珠粉。


 星銀魚の鱗粉。


 聖銀白鹿の角から抽出した生命成分。


 そして、召喚訓練で手に入れた《緋金獅子の炎血》を極限まで希釈した活性液。


「薬を作るのですか?」


「美容薬」


「美容……?」


 フィオナの狐耳が立ち上がる。


 シグレも興味がないふりをしながら、作業台へ視線を向けた。


「肌や髪を綺麗にして、その人が元々持っている魅力を引き出す薬だよ」


「怪しい薬ではないだろうな」


「若返ったりはしないよ」


 シグレの視線がフィオナへ移る。


「先ほどから聞いている若返りとは何だ」


「その話は、あとでゆっくり説明します」


 フィオナは気まずそうに尻尾を揺らした。


◇◇◇


 リリスが最初に作るのは、男女や種族を問わず使える美容薬だった。


「《完全分解》」


 植物から必要な成分だけを抽出する。


 保湿。


 細胞活性。


 血行促進。


 髪や爪を整える栄養。


 肌荒れや乾燥を防ぐ成分。


 それらを《万能調合》によって最適な比率へ調整していく。


「《神薬製作》」


 透明だった液体が、淡い虹色へ変化した。


 内部では、小さな光の粒がゆっくりと舞っている。


━━━━━━━━━━


神麗美容薬ディヴァイン・ビューティー


品質:神話級ミソロジー


効果


・肌質改善


・髪質改善


・血色調整


・爪質強化


・軽度の傷痕改善


・姿勢補正


・美容状態の長期維持


・種族特性に応じた魅力最適化


副作用:なし


依存性:なし


年齢変化:なし


備考


使用者本来の顔立ちや個性を維持したまま、自然な美しさを引き出す。


━━━━━━━━━━


「神話級……」


 シグレが表示を読む。


「美容のためだけに神話級の薬を作ったのか」


「美容も大事だよ」


「否定はしないが、規模がおかしい」


 次にリリスは、別の薬瓶を並べる。


「これは成人女性用」


 使用するのは、月雫草の花蜜。


 女性型魔物から得られた生命魔力。


 肌や筋肉の弾力を整える霊薬。


 脂肪や筋肉の分布を、健康的な範囲で調節する錬金成分。


「身体を無理に変えるのではなく、その人が望む体型へ少しずつ整える薬」


「望む体型?」


「胸や腰、姿勢、全身のバランスとか」


 フィオナが自分の身体を見下ろす。


 その動きに気づいたリリスが、すぐに付け加えた。


「これは成人してからね。フィオナとシグレには使わないよ」


「私は別に欲しいとは言っていない」


 シグレは即座に答えた。


「私も、今の身体で困ってはいません」


「うん。二人には疲労回復と姿勢を整える健康薬を作る」


 リリスは二人用に効果を調整した薬も作製する。


━━━━━━━━━━


女性美調整薬ヴィーナス・フォーム


対象:成人女性


品質:神話級ミソロジー


効果


・本人が希望する範囲で体型を調整


・胸部の形状と張りを整える


・腰回りの引き締め


・自然なくびれ形成


・臀部の形状と筋肉バランス調整


・姿勢改善


・健康状態の維持


備考


身長、骨格、種族、体質に適した健康的な範囲でのみ作用する。


━━━━━━━━━━


 さらに。


 成人男性向けには、身体を無理に変えるのではなく、疲労回復や活力、姿勢、自己肯定感を支える薬を製作した。


━━━━━━━━━━


勇気活性薬ブレイブ・コンフィデンス


対象:成人男性


品質:伝説級レジェンド


効果


・心身疲労回復


・活力増進


・血色改善


・姿勢補正


・緊張緩和


・自己肯定感向上


副作用:なし


━━━━━━━━━━


「屋敷のみんなへ配るの?」


 フィオナが尋ねる。


「希望する人だけにね」


「二百人分だぞ」


「多めに作ったから大丈夫」


 作業台の横。


 いつの間にか、三百本を超える薬瓶が整然と並んでいた。


 シグレは何も言わず、目元を押さえた。


◇◇◇


 その日の夕方。


 大食堂へ、屋敷で働く者たちが集められた。


 執事。


 メイド。


 料理人。


 庭師。


 護衛。


 工房職人。


 リリスは三種類の薬について、副作用や効果を一つずつ説明する。


「飲むかどうかは自由です。必要ないと思った人は、受け取らなくても大丈夫」


 最初に手を挙げたのは、メイド長エレナだった。


「美容薬を試させていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろん」


 次に、護衛隊長ディアナ。


「私は身体を動かす仕事だからね。成人女性向けの方も気になるよ」


「効果の強さは自分で選べるよ」


「なら、戦いの邪魔にならない範囲で頼みたいね」


 料理長マルタは美容薬の瓶を光へ透かす。


「肌や髪だけじゃなく、手荒れにも効くのかい?」


「料理や洗い物で荒れた手も改善できるよ」


「それならありがたいね」


 男性陣からは、最初は遠慮する空気もあった。


 しかし。


「肩や腰の疲れにも効くそうです」


 セバスが《勇気活性薬》を手に取る。


「日々の業務へ良い影響があるのであれば、私も試してみましょう」


 執事長が飲んだことで、ほかの男性使用人たちも次々と希望し始めた。


「最近、腰が重くてな」


「護衛訓練の疲れが抜けにくいんだ」


「姿勢が良くなれば、制服も似合うかもしれない」


 大食堂は、珍しく賑やかな配布会場となった。


◇◇◇


「私も使ってみる」


 配布が一段落した後。


 リリスは《神麗美容薬》と《女性美調整薬》を一本ずつ手に取った。


「師匠が最初に試さなかったのですか?」


「安全性は《神域鑑定》で確認済みだから」


「そういう問題ではない気がします」


 フィオナの言葉を聞きながら、リリスは美容薬を飲む。


 味は、淡い蜂蜜と果実を混ぜたような甘さ。


 直後。


 身体全体を温かな光が包み込んだ。


 黒髪の一本一本へ、艶が戻る。


 白い肌は不自然なほど変化するのではなく、乾燥や小さな荒れだけが消え、滑らかに整っていく。


 黒い瞳には透明感が増し、元々整っていた顔立ちが、より洗練された印象へ変わった。


「どう?」


 リリスが尋ねる。


 フィオナは数秒間、言葉を失っていた。


「とても綺麗です」


「前も悪くはなかった」


 シグレが付け加える。


「今は?」


「……以前より綺麗になった」


 素直な言葉に、リリスが少し驚く。


「シグレが褒めてくれた」


「事実を述べただけだ」


 次に《女性美調整薬》を服用する。


 効果設定は、身長百七十センチの身体に合う範囲。


 戦闘や移動の邪魔にならないこと。


 健康的であること。


 女性らしい柔らかさと、動きやすさを両立すること。


 光が、首元から足元へゆっくり流れる。


 胸元には自然な丸みと豊かさが加わる。


 腰は引き締まり、くびれが以前より明確になる。


 臀部も姿勢や筋肉のバランスに合わせ、丸みと張りのある形へ整えられた。


 手足の長さや身長は変わらない。


 全体として、リリス本来の長身に似合う、均整の取れた女性らしい体型になっている。


「服が少しきついかも」


「そこを最初に考えなかったのですか?」


 フィオナが呆れたように言う。


「あとで調整する」


『錬金術を使えばすぐだろう』


「うん」


 リリスは《神衣縫製》を使い、身につけていた白いシャツと黒いズボンを新しい体型に合わせて調整する。


「自分で見ても、少し変わったね」


 壁際の鏡へ全身を映す。


 顔立ち。


 黒髪。


 姿勢。


 身体の線。


 どれも自分らしさを失ってはいない。


 ただ、以前よりも自然に自信を持てる姿へ整っていた。


「満足?」


 シグレが尋ねる。


「うん。いい薬ができた」


「自分の外見より、薬の完成度に満足している顔だな」


「どっちもだよ」


◇◇◇


 翌日。


 屋敷の東館に、新たな部屋が開設された。


 名称は《月雫美容施術室》。


 白い壁。


 柔らかな寝台。


 温度調節機能を備えた浴槽。


 香草と花の穏やかな香り。


 ここでは、リリス特製のマッサージオイルを使った施術が受けられる。


━━━━━━━━━━


月雫美容油ルナ・エステオイル


品質:伝説級レジェンド


効果


・保湿


・血行促進


・筋肉疲労回復


・姿勢改善補助


・体型調整薬の効果安定


・肌の弾力調整


・香りによる精神安定


━━━━━━━━━━


 施術を担当するのは、リリスが治療術と身体構造について教育した成人女性の使用人たち。


 成人女性向けには、希望に応じて胸部の張り、腰のくびれ、臀部の形を整える美容施術。


 成人男性には、肩や背中、腰の疲れをほぐし、姿勢や活力を整える施術。


 フィオナとシグレには、戦闘後の筋肉疲労や姿勢を整える健康施術だけが用意された。


「私たちも受けられるのですね」


「疲労回復だけだけどね」


「それで十分です」


 フィオナは召喚訓練で張った肩を回している。


 シグレも興味がないような顔をしていたが、刀を振るう右肩には疲労が残っていた。


「私は必要ない」


「肩、少し硬くなってるよ」


「この程度は疲労に入らない」


「明日の訓練に影響するかも」


「……健康施術だけだな」


「うん」


 リリス自身も、《月雫美容油》を使った施術を受けることにした。


 美容薬で整えた身体を安定させ、召喚訓練や錬金作業で溜まった疲れをほぐすためだ。


「たまには、こういう時間もいいね」


 柔らかな寝台へ横になりながら、リリスは目を閉じる。


 戦う。


 素材を集める。


 装備を作る。


 迷宮を探索する。


 それらは、どれも楽しい。


 だが。


 仲間や屋敷の人々と一緒に身体を休め、明日へ向けて元気を取り戻す時間も、同じくらい大切だった。


 この日から。


 美容薬と特製オイルを用いた施術は、旧ヴァレンティア侯爵邸で働く者たちの新たな福利厚生として定着する。


 そして。


 自ら作った薬で美しさと自信を手に入れたリリスは。


 鏡を見るたび、錬金術の可能性へ満足そうに頷くようになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。