第六十五話 白雨星刀
召喚魔獣訓練を終えた頃には、太陽が空の高い位置まで昇っていた。
《多重隔離戦闘結界》の内部では、戦闘によって砕けた地面が自動修復されている。
抉れた土。
砕けた岩。
鉱竜の巨体が倒れた跡。
それらが淡い魔力光に包まれ、数分ほどで元の平坦な訓練場へ戻っていった。
「便利な結界だな」
シグレは修復されていく地面を眺めながら、《ヤルク刀》を鞘へ納める。
「毎回直すのは大変だから」
「普通は、直す必要があるほど屋敷の中で暴れない」
『正論だ』
クロが即座に同意する。
「でも、素材も集まったよ」
「否定はしないが……」
リリスの周囲には、獲得品を示す半透明の画面が何枚も浮かんでいた。
膨大な鉱石。
魔物素材。
魔石。
魔導核。
そして、八十六個の宝箱。
通常であれば、一つの商会が何年も掛けて集める量を遥かに超えている。
「師匠。すべて確認するのですか?」
フィオナが尋ねる。
「今日は一部だけ。残りは少しずつ調べる」
『珍しくまともな判断だな』
「百種類以上あるから、一度には無理」
「百種類以上……」
シグレが眉間を押さえた。
「先ほどの一覧だけで終わりではなかったのか」
「《完全解体》と《完全自動精製》で、細かい素材へ分かれたみたい」
リリスが画面を操作する。
鉱石そのものだけでなく、複数の金属成分を含む甲殻や骨から、新たな合金素材が精製されていた。
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【召喚訓練・追加獲得素材】
累計素材番号:33~52
33.《銅鉄》×680kg
用途:工具、配管、基礎武具
34.《銅鋼》×540kg
用途:魔導具外装、導力回路
35.《真鉄》×920kg
用途:高級武具の基礎素材
36.《銀鋼》×460kg
用途:対不死武器、浄化防具
37.《真銀》×380kg
用途:聖属性装備、術式媒体
38.《魔銀》×350kg
用途:魔剣、魔杖、魔力増幅回路
39.《黄金》×290kg
用途:宝飾、錬金触媒、儀礼装備
40.《金鋼》×260kg
用途:高位魔導装備、王侯用武具
41.《真金》×180kg
用途:上位錬金触媒、神官装備
42.《魔金》×120kg
用途:超高位魔導核、魔力貯蔵装置
43.《真鋼甲虫の虹殻》×240
用途:軽量防具、光属性反射板
44.《鉄殻岩猪の剛牙》×160
用途:短剣、鏃、切削工具
45.《鋼爪大蜥蜴の強靭腱》×210
用途:弓弦、可動補助素材
46.《銀鉄牙狼の月毛皮》×180
用途:隠密外套、耐寒装備
47.《黒曜魔鉄巨兵の術式板》×90
用途:魔導人形、結界制御装置
48.《緋金獅子の炎血》×120瓶
用途:火属性霊薬、武器付与
49.《結晶竜の多属性心臓》×30
用途:属性変換炉、魔剣中枢
50.《深淵黒蠍の魔毒腺》×140
用途:解毒薬研究、毒属性装備
51.《古代鉱石獣の創石臓》×24
用途:創石生成研究
52.《万鉱装竜の心核》×10
用途:成長武具、複合金属制御
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「魔金まである……」
シグレが小さく呟く。
「希少なの?」
「一欠片でも、上級冒険者が数年暮らせる金額になる」
「百二十キロあるよ」
「量を言うな。頭が痛くなる」
フィオナも《魔金》の表示を見つめていた。
「これだけあれば、屋敷の魔導設備も強化できますね」
「うん。地下工房の魔力炉にも使えそう」
『まずは、シグレの刀を直すのではなかったか』
クロが指摘する。
「あ」
「忘れていたのか?」
「忘れてないよ。素材を見てただけ」
シグレは疑わしそうな目を向けたが、黙って腰の刀へ触れた。
召喚訓練で使用したことで、刀身内部の亀裂はさらに広がっている。
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《ヤルク刀》
耐久値:37/100
警告
次に高威力の剣技を使用した場合、刀身が破断する可能性があります。
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「三十七……」
フィオナの狐耳が伏せられる。
「もう使わない方がいいです」
「分かっている」
「地下工房へ行こう」
リリスはすべての素材表示を閉じた。
◇◇◇
昼食を済ませた後。
三人と一匹は、屋敷地下の錬金工房へ集まった。
昼食は炊きたての白米。
薄切り肉と玉葱を甘辛く炒めた料理。
茸の汁物。
卵焼き。
野菜の漬物。
召喚訓練で大量に身体を動かしたフィオナとシグレは、普段よりも多く白米を食べていた。
特にシグレは、肉料理を白米へ乗せて食べる方法を気に入ったらしい。
三杯目の白米を頼んだ後。
「訓練で消耗した分を補っているだけだ」
誰にも聞かれていないのに、そう説明していた。
現在。
工房中央の作業台には、鞘から抜かれた《ヤルク刀》が置かれている。
刃渡り。
反り。
重心。
柄の長さ。
刀身を構成する金属。
内部を巡る魔力経路。
リリスは《万象解析》と《神域鑑定》を使い、一本の刀を細部まで調べていた。
「かなり無理をさせてきたね」
「何度か、刃を継ぎ直している」
「刃先だけじゃなく、芯金まで傷んでる」
「直せないのか」
「直せるよ」
シグレの表情が僅かに緩む。
「でも、普通に修理しただけだと、今のシグレの剣技には耐えられないと思う」
「私が強くなったからか」
「うん。《魔力纏刀》も成長したから、流せる魔力量が増えてる」
刀が弱くなったのではない。
シグレが、刀の性能を追い越し始めたのだ。
「新しい刀へ替えろと言うのか」
「違うよ」
リリスは刀身へ指を添える。
「この刀を芯にして、鍛え直す」
「芯に?」
「形と重心はできるだけ変えない。使い慣れた感覚も残す。刀身に蓄積されたシグレの魔力と、今まで戦ってきた記録も消さない」
「そんなことが可能なのか」
「錬金術なら」
平然とした答えだった。
「それなら、別の刀にはならないのか」
「うん。この刀が成長する感じ」
シグレは長く使い続けてきた刀を見つめる。
ヤルク族の集落を離れた時から、常に腰へ差していた。
魔物を斬り。
盗賊を斬り。
誰かを守るためにも振るった。
決して名のある宝刀ではない。
それでも。
シグレにとっては、簡単に手放せる武器ではなかった。
「……やってくれ」
静かな声だった。
「ただし、私も手伝う」
「もちろん」
「また借りを増やすつもりはない」
「一緒に作ったら、借りじゃないよ」
「その理屈はフィオナにも使ったのだろう」
「よく分かりましたね」
フィオナが苦笑する。
◇◇◇
リリスは、作業台へ素材を並べた。
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【再鍛造使用素材】
《ヤルク刀》×1
《真鉄》×8kg
《真鋼》×6kg
《星銀》×4kg
《魔銀》×2kg
《アダマンタイト》×3kg
《オリハルコン》×1kg
《魔金》×500g
《創石》×2kg
《万鉱装竜の心核》×1
《銀鉄牙狼の月毛皮》×2
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「待て」
シグレが素材一覧を見て声を上げる。
「オリハルコンや魔金まで使う必要があるのか」
「少しだけだよ」
「少しの基準がおかしい!」
「長く使える刀にしたいから」
「神話に出てくる素材ばかりではないか!」
「フィオナの剣にも色々使ったよ」
「はい。後から価値を知って、少し眠れなくなりました」
「なぜ先に教えなかった!」
「教えたら断ると思って」
リリスの言葉に、シグレは反論できなかった。
実際、先に聞かされていれば確実に断っていた。
「シグレ」
リリスが真っすぐ見つめる。
「素材はまた集められる。でも、その刀は一本しかないよ」
「……」
「壊れてから後悔するより、今できることをしたい」
黒い瞳に、迷いはない。
シグレは大きく息を吐いた。
「分かった。好きにしろ」
「シグレの刀だから、好きにはしないよ。一緒に決めよう」
「時々、お前が分からなくなる」
『我々も同じ気持ちだ』
クロが工房の隅から同意した。
◇◇◇
最初に行ったのは、《ヤルク刀》の完全分解だった。
「《完全分解》」
刀身が淡い光に包まれる。
刃金。
芯金。
内部へ染み込んだ魔力。
過去の修復で継ぎ足された金属。
それらが粒子となり、空中へ分離していく。
だが、刀の形と記憶を保持する魔力情報だけは、透明な輪郭として残された。
「消えていない……」
「これが刀の記憶」
リリスが説明する。
「シグレが今まで振るった軌道や、流した魔力が残ってる」
白銀色の光の中。
無数の斬撃軌道が、一瞬だけ工房へ浮かび上がった。
抜刀。
切り返し。
突き。
《白雨一閃》。
《纏刀・白月》。
そして、召喚訓練で放った《白雨奥義・天断》。
「私の剣が……」
「全部、この刀が覚えてる」
リリスは《真鉄》と《真鋼》を基礎へ加えた。
強度を支える《アダマンタイト》。
魔力を伝える《魔銀》。
星属性と自己修復能力を与える《星銀》。
刃の限界を引き上げる《オリハルコン》。
魔力を蓄積する《魔金》。
そして。
異なる素材を一つへ結び付ける創石。
「シグレ、魔力を流して」
「分かった」
シグレが両手を伸ばす。
白い魔力が、空中へ浮かぶ刀の輪郭へ注ぎ込まれた。
「フィオナは魔力の流れが乱れたら、調整して」
「はい。《多属性循環》」
フィオナの魔力が外側から刀を包み、複数の金属が持つ異なる魔力波長を整える。
「クロは?」
『見ている』
「何か手伝う?」
『工房を壊さぬよう監視している』
「壊さないよ」
『先ほども屋敷がなくなるかもしれぬと言っていたではないか』
否定しきれず、リリスは作業へ戻った。
「《神域錬金》」
工房全体が銀白色の光へ包まれた。
溶け合う金属。
再構築される刀身。
中心へ組み込まれる《万鉱装竜の心核》。
心核は複数の金属を制御し、互いの性質が衝突しないよう調整する。
シグレの魔力が刀へ染み込む。
柄には《銀鉄牙狼の月毛皮》を加工した糸が巻かれ、濡れても滑らず、手の形へ自然に馴染む構造へ変わっていく。
「形は、このままでいい?」
「ああ。反りを僅かに浅くしてくれ」
「どれくらい?」
「指一本分にも満たない程度だ」
「重心は?」
「鍔より前へ半寸」
「分かった」
細かな要望を聞きながら、リリスは刀を完成へ近づけていく。
最後に。
「銘を決めて」
「銘?」
「この刀は、前から名前がなかったんだよね」
「ああ」
「せっかくだから、シグレが付けて」
白銀色の刀身が、完成直前の光を放つ。
シグレは少し考えた。
白い雨のように降り注ぐ斬撃。
刀身に宿った星銀の輝き。
そして。
この屋敷で出会った、新たな仲間たち。
「《白雨星刀》」
シグレが告げる。
「《アマツシグレ》だ」
「いい名前だね」
リリスが微笑む。
「《完全合成》」
すべての光が、一振りの刀へ収束した。
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《白雨星刀》
品質:神話級
分類:成長型魔導刀
所有者:シグレ・ヤルク
【基本特性】
・超高魔力伝導
・抜刀加速
・斬撃威力増幅
・魔力消費軽減
・自動修復
・耐久値自動回復
・所有者認証
・成長同調
・破損時自動復元
【固有能力】
《白雨共鳴》
所有者の剣技、魔力、戦闘経験を記録し、刀身性能へ反映する。
《星纏い》
刀身へ星属性魔力を纏わせ、斬撃速度と貫通力を上昇させる。
《無尽刃》
物理装甲、魔力障壁、霊体防御へ最適な斬撃波長を自動形成する。
《天時雨》
蓄積した斬撃軌道を一時的に再現し、複数の白銀斬撃として放つ。
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銀白色の刀身。
光を受ける角度によって、星の粒のような輝きが浮かぶ。
鍔は黒銀色。
柄には白と黒の糸が交互に巻かれている。
外見は以前の《ヤルク刀》と大きく変わらない。
だが、刀から放たれる存在感は、以前とは比較にならなかった。
「持ってみて」
リリスが差し出す。
シグレは両手で受け取った。
「軽い……」
重量そのものが減ったわけではない。
重心が、シグレの身体と剣技に完全に合っている。
まるで長年使い続けた刀が、そのまま自分の成長へ追いついたような感覚だった。
「私の魔力が、最初から馴染んでいる」
「前の刀を芯にしたからね」
シグレは鞘へ納める。
新しく作られた黒銀色の鞘も、刀の魔力を安定させる魔導具となっていた。
そのまま地下工房に併設された試験場へ移動する。
正面には、《アダマンタイト》を使った試し斬り用の柱が置かれた。
「本当に斬っていいのか」
「うん。替えはたくさんあるから」
「アダマンタイトを替えの柱として扱うな」
シグレは深く息を吸う。
腰を落とす。
右手が柄へ触れた。
「《星纏い》」
鞘の中から、星のような光が漏れ出す。
シグレの姿が消えた。
「《白雨抜刀》!」
音は、遅れて届いた。
気づいた時には、シグレは柱の後ろへ立っている。
刀を鞘へ納める。
鍔と鞘が触れ、澄んだ音を響かせた瞬間。
アダマンタイトの柱が、斜めに滑り落ちた。
切断面は鏡のように滑らかだった。
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試験結果
切断対象:《アダマンタイト試験柱》
刀身損傷率:0%
耐久値:100/100
魔力消費軽減率:72%
所有者同調率:96%
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「……」
シグレは刀を見つめる。
「どう?」
「悪くない」
「またそれですか?」
フィオナが笑う。
「悪くないと言っただけだ」
そう答えるシグレの口元には。
今までで最も分かりやすい笑みが浮かんでいた。
「リリス」
初めて。
シグレは、ノクスでもお前でもなく。
リリスの名前を真っすぐ呼んだ。
「ありがとう」
「うん」
「だが、借りが増えたことに変わりはない」
「一緒に作ったから増えてないよ」
「素材のほとんどはお前の物だろう」
「次の召喚訓練で活躍してくれたら、それでいい」
「結局、また魔物を大量に呼び出すつもりか」
「まだ確認してない素材もたくさんあるから」
リリスの瞳が楽しそうに輝く。
シグレは新しい刀を腰へ差し、大きく息を吐いた。
「分かった。次も付き合う」
「私も頑張ります!」
フィオナの尻尾が勢いよく揺れる。
『次は我も戦ってよいのだろうな』
「クロが戦うと、素材ごと消えそう」
『加減はできる』
「本当に?」
『お前にだけは疑われたくない』
工房へ、三人と一匹の声が響く。
長く使い続けた《ヤルク刀》は、その記憶と形を失うことなく。
新たな力と、新たな銘を与えられた。
神話級成長型魔導刀。
《白雨星刀》。
それは、シグレがパーティー《黒月》の一員として手にした。
最初の新たな力だった。




