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第六十四話 召喚魔獣の素材訓練



 屋敷の中庭に設けられた訓練場。


 向かい合うリリスとシグレの間を、朝の風が静かに通り抜ける。


 シグレは《ヤルク刀》を鞘へ収めたまま、腰を低く落としていた。


 一方。


 リリスが手にしているのは、訓練場の武器棚から借りた刃のない鉄製訓練剣だった。


「本当に、それで戦うつもりか」


「シグレの刀は傷んでるから、強い攻撃は受け止めないよ」


「私では、お前に本気を出させられないと?」


「本気を出したら、屋敷がなくなるかもしれない」


「……冗談には聞こえないな」


 訓練場の外側では、フィオナとクロが見守っている。


 さらに、護衛隊長ディアナをはじめ、訓練中だった護衛たちまで集まっていた。


「リリス様の剣を直接見るのは初めてだね」


 ディアナが腕を組む。


「魔法と弓だけじゃないのかい?」


「《剣聖》も持っています」


 フィオナが答える。


「剣聖……」


「ほかにも、たくさんあります」


「聞かない方がよさそうだね」


 フィオナは静かに頷いた。


 訓練場の中央。


 リリスが剣を自然に下げる。


「いつでもいいよ」


「後悔するな」


 シグレの身体が沈んだ。


 次の瞬間。


 姿が消える。


「《白雨抜刀》!」


 白銀色の軌跡が、リリスの首元へ迫った。


 速い。


 迷宮で傷つき、魔力を失っていた時とは比較にならない。


 魔力を纏った刀が、空気を切り裂く。


 だが。


 甲高い金属音が響いた。


「なっ……」


 リリスは訓練剣の腹を使い、抜刀の軌道を僅かに逸らしていた。


 力で受け止めたのではない。


 刃が通る方向へ沿うように触れ、攻撃そのものを流したのだ。


「いい抜刀だね」


「余裕で言うな!」


 シグレが踏み込む。


 右袈裟。


 逆袈裟。


 横薙ぎ。


 突き。


 呼吸を挟まない高速の連続攻撃。


「《白雨連華》!」


 十を超える斬撃が、ほぼ同時にリリスへ襲い掛かる。


 リリスは半歩後ろへ下がった。


 剣を一度。


 二度。


 三度。


 最小限だけ動かし、迫る刀を次々と逸らしていく。


 シグレの斬撃は、一度も訓練剣と正面から衝突しない。


「先を読んでいるのか」


「シグレは攻撃する直前、左足へ少し力を入れるから」


「今ので見抜いたのか?」


「最初の三回で」


 シグレの赤い瞳が鋭くなる。


 左足の予備動作を消し、身体を回転させた。


「ならば、これはどうだ!」


 刀身へ白い魔力が集まる。


「《纏刀・白月》!」


 斬撃と同時に、半月状の魔力刃が放たれた。


 近接攻撃と遠距離攻撃を重ねた二段構え。


 リリスは剣を振るわなかった。


 僅かに身体を傾ける。


 刀身が胸元を通過し、白い魔力刃が黒髪の先を掠めて飛んでいった。


「惜しい」


 その声は。


 シグレの背後から聞こえた。


「――っ!」


 振り返ろうとしたシグレの首筋へ、冷たい鉄の感触が触れる。


 リリスの訓練剣だった。


「ここまでかな」


「いつ、背後へ……」


「魔力刃を避けた時」


「見えなかったぞ」


「少し速く動いただけだよ」


『少し、ではない』


 クロの指摘が飛んでくる。


 リリスは訓練剣を下ろした。


「シグレは強いね。特に抜刀の初速と、連続攻撃の繋ぎ方が上手」


「負けた相手に褒められても嬉しくない」


「でも、私の髪に当てたよ」


 黒髪の先から、細い毛が一本だけ舞い落ちる。


 リリスが回避を優先したためとはいえ、シグレの魔力刃が届いた証拠だった。


「次は一本では済ませない」


「楽しみにしてる」


 シグレは刀を鞘へ戻す。


 悔しそうではあるが、その赤い瞳には新たな目標を見つけた者の光が宿っていた。


「お前が魔法だけの術師ではないことは分かった」


「一緒に戦うなら、できることを知っておいた方がいいからね」


「次は私がお二人と訓練したいです」


 フィオナが《月狐魔剣》を手に近づいてくる。


「今日は、もっと実戦に近い練習をしようか」


「実戦?」


「二人のレベル上げと、素材集めを一緒にやる」


 リリスが訓練場の奥へ目を向けた。


◇◇◇


 屋敷の敷地内。


 通常の訓練場からさらに離れた場所に、リリスは巨大な結界を展開した。


 直径は約五百メートル。


 外部から内部を見ることはできず、内部の音や衝撃も完全に遮断される。


━━━━━━━━━━


《多重隔離戦闘結界》


機能


・物理衝撃完全遮断


・魔力流出防止


・外部侵入禁止


・内部対象逃走防止


・地形自動修復


・致命傷発生時の強制転移


━━━━━━━━━━


「これなら、少しくらい暴れても大丈夫」


「少しくらいの基準が信用できない」


 シグレは周囲の結界を見回す。


 フィオナは《月狐軽装ルナ・ガルド》を身につけ、《月狐魔剣》を抜いていた。


「どんな魔物を呼ぶのですか?」


「装備製作や錬金術に使える素材を持ってる魔物」


「召喚した魔物から、本物の素材が得られるのか?」


「実体を持つ魔物を呼ぶからね。経験値も素材も宝箱も出るよ」


『また常識から外れたことを始めたな』


 クロは結界の端へ座る。


 今回は二人の訓練を優先し、危険な時だけ動くつもりらしい。


 リリスが両手を合わせる。


 足元へ、巨大な召喚魔法陣が展開された。


「《多重魔物召喚》」


 魔法陣が五つに分裂する。


 重い地響き。


 土と岩が盛り上がり、鉱石を全身へ纏った魔物たちが姿を現した。


━━━━━━━━━━


《鉄殻岩猪》Lv32 ×10


《鋼爪大蜥蜴》Lv34 ×8


《真鋼甲虫》Lv37 ×12


《魔鋼人形》Lv40 ×6


《銀鉄牙狼》Lv41 ×8


━━━━━━━━━━


「まずは弱い魔物から」


「これが弱いのですか?」


 フィオナの狐耳が僅かに揺れる。


「今の二人なら大丈夫」


 シグレが刀へ手を掛ける。


「フィオナ。右側を任せる」


「はい。シグレは左をお願いします」


「中央は?」


『漏れたものは我が止めよう』


 クロの影が地面へ広がる。


「始めて」


 リリスの合図と同時に、魔物の群れが動き出した。


「《月狐雷刃》!」


 フィオナの魔剣が雷を纏う。


 一閃。


 雷光が三体の《真鋼甲虫》を貫き、その動きを止めた。


 続けて炎属性へ変換。


「《月狐魔刃・炎連》!」


 連続する炎の斬撃が、《銀鉄牙狼》の群れを包み込む。


 一方。


 シグレは迫る《魔鋼人形》へ正面から駆けていた。


「《白雨一閃》!」


 魔鋼の胴体へ、鋭い斬撃が走る。


 だが、傷んだ《ヤルク刀》では完全に切断できない。


「硬い……!」


「関節部分は魔鋼が薄いよ」


 リリスの助言が飛ぶ。


「分かっている!」


 シグレは人形の腕を避け、その懐へ潜り込んだ。


 膝。


 腰。


 首。


 三つの接合部を一息で切り裂く。


 《魔鋼人形》が崩れ落ちた。


━━━━━━━━━━


《魔鋼人形》を討伐しました。


経験値を獲得しました。


《魔鋼鉱》×40


《魔導核》×10


《魔鋼人形の関節材》×30


鉄の宝箱×1


━━━━━━━━━━


「一体で、この量か」


「《素材獲得十倍》が効いてるから」


「どう考えても異常だ」


「素材が多い方が嬉しいよ」


 リリスにとっては、それで十分な理由だった。


◇◇◇


 第一陣を倒し終えると、休憩を挟まず次の召喚陣が輝いた。


━━━━━━━━━━


第二召喚群


《黒曜魔鉄巨兵》Lv45 ×5


《ミスリルホーン》Lv48 ×6


《アダマンタイトタートル》Lv52 ×4


《緋金獅子》Lv55 ×3


《オリハルコンゴーレム》Lv58 ×2


━━━━━━━━━━


「今度は少し強いよ」


「少し、ですか……」


 フィオナが魔剣を構える。


 シグレは口元を僅かに吊り上げた。


「望むところだ」


 戦闘が再開される。


 フィオナは炎、雷、氷を次々と切り替え、魔物の弱点を突いていく。


 シグレは硬い外殻を無理に斬らず、関節や装甲の継ぎ目を正確に狙った。


 二人の間を抜けた《緋金獅子》は、クロの影へ足を取られる。


『前を見ろ』


「助かる!」


 シグレが走る。


 抜刀と同時に白い魔力が弾け、《緋金獅子》の首元を切り裂いた。


 フィオナも《アダマンタイトタートル》の動きを氷で封じ、柔らかい腹部へ魔力刃を叩き込む。


「《月狐氷刃・六華》!」


 六枚の氷刃が同時に突き刺さった。


━━━━━━━━━━


《アダマンタイトタートル》を討伐しました。


フィオナ・ルーヴェルのレベルが上昇しました。


Lv28 → Lv29


AP+100


SP+100


━━━━━━━━━━


「上がりました!」


「まだ続くよ」


「はい!」


 フィオナの狐耳が勢いよく立ち上がる。


◇◇◇


 その後も。


 リリスは二人の体力と魔力を確認しながら、召喚する魔物を切り替えていった。


 属性鉱石を甲殻に持つ巨大甲虫。


 鉱脈を食べて成長する結晶竜。


 聖属性の銀角を持つ白鹿。


 深淵魔力を蓄える黒蠍。


 体内で創石アルケリウムを精製する古代鉱石獣。


 最後に召喚されたのは、全身を二十種類の鉱石で覆った巨大な多層鉱竜だった。


━━━━━━━━━━


万鉱装竜オール・メタルドラゴン


Lv75


分類:鉱石竜種


保有素材:20種類


━━━━━━━━━━


「二人で倒してみて」


「急に強くなりすぎではないか?」


「動きは遅いから大丈夫」


 鉱竜が咆哮する。


 無数の鉱石片が、弾丸のように放たれた。


「《月狐風壁》!」


 フィオナの風が鉱石片の軌道を逸らす。


 その隙に、シグレが側面へ回り込んだ。


「右前脚の内側!」


「見えている!」


 シグレが装甲の継ぎ目へ刀を差し込む。


「《纏刀・白月連閃》!」


 白銀の斬撃が連続して走り、鉱竜の体勢が崩れた。


 フィオナが跳躍する。


 魔剣へ炎と雷を同時に纏わせた。


「《多属性循環》!」


 異なる二つの魔力が、刀身の中で衝突することなく循環する。


「《月狐爆雷刃》!」


 爆炎と雷撃の魔力刃が、鉱竜の胸部へ直撃した。


 巨大な身体が地面へ倒れる。


 だが、まだ魔力反応は消えていない。


「シグレ!」


「任せろ!」


 シグレは倒れた鉱竜の背中を駆け上がる。


 刀へ残るすべての魔力を集中させた。


「《白雨奥義――天断》!」


 白銀の線が、鉱竜の首を通過する。


 一拍遅れて。


 巨大な頭部が、地面へ落下した。


━━━━━━━━━━


《万鉱装竜》を討伐しました。


━━━━━━━━━━


 光の粒子が、フィオナとシグレの身体を包み込む。


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【レベル上昇結果】


フィオナ・ルーヴェル


Lv28 → Lv36


獲得AP:800


獲得SP:800


《多属性循環》Lv1 → Lv3


新技《月狐爆雷刃》を習得しました。


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シグレ・ヤルク


Lv52 → Lv59


獲得AP:700


獲得SP:700


《抜刀術》Lv4 → Lv6


《魔力纏刀》Lv2 → Lv4


新技《白雨奥義・天断》を習得しました。


━━━━━━━━━━


「七つも上がった……」


 シグレが自分の手を見つめる。


「身体が軽い」


「私は八つも上がりました!」


 フィオナは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。


『二人とも、初回としては悪くない』


 クロが近づく。


「初回?」


 シグレが聞き返す。


「これからも定期的にやろうと思って」


 リリスが答えた。


「迷宮へ行かない日や、装備を更新する前に」


「毎回、この数を呼ぶつもりか?」


「二人が強くなったら、もっと強い魔物を増やすよ」


「聞かなければよかった」


 そう言いながらも。


 シグレの表情は、どこか楽しそうだった。


◇◇◇


 討伐した魔物たちは光へ変わり、膨大な素材を残した。


 すべての素材は《超広域自動収集》によって、リリスのインベントリへ収納されていく。


━━━━━━━━━━


【獲得鉱石一覧】


01.《鉄鉱石》×3200kg


02.《鋼鉱》×2800kg


03.《真鋼鉱》×2100kg


04.《魔鋼鉱》×1850kg


05.《銀鉄鉱》×1600kg


06.《ミスリル鉱》×1400kg


07.《アダマンタイト鉱》×980kg


08.《オリハルコン鉱》×620kg


09.《ヒヒイロカネ鉱》×430kg


10.《星銀鉱》×780kg


11.《黒曜魔鉄鉱》×1200kg


12.《雷晶鉱》×950kg


13.《炎晶鉱》×930kg


14.《氷晶鉱》×910kg


15.《風晶鉱》×870kg


16.《地晶鉱》×1100kg


17.《聖銀鉱》×640kg


18.《深淵黒鉱》×590kg


19.《竜血鉱》×720kg


20.《創石アルケリウム》×510kg


━━━━━━━━━━


【獲得魔物素材】


鉱竜の鱗×860


鉱竜の骨×420


鉱竜の牙×180


鉱竜の爪×240


魔鋼人形の関節材×360


結晶甲虫の甲殻×750


ミスリルホーンの角×120


緋金獅子の毛皮×90


深淵黒蠍の尾針×140


聖銀白鹿の角×80


属性魔石×620


高純度魔導核×170


宝箱×86


━━━━━━━━━━


 リリスは一覧を眺める。


 その黒い瞳が、分かりやすく輝き始めた。


「これだけあれば、色々作れる」


「師匠。まずはシグレの刀の修理です」


「分かってるよ」


『新しい刀も作る気だな』


「修理してから考える」


 シグレは警戒するように、自分の《ヤルク刀》を抱えた。


「勝手に作るなよ」


「作った物を見せるだけならいい?」


「駄目だ」


「試しに持つだけなら?」


「駄目だと言っている」


 フィオナが小さく笑う。


 広大な訓練場には、魔物との戦闘で生まれた無数の傷が残っている。


 だが、結界の修復機能が働き、地面は少しずつ元の状態へ戻り始めていた。


 実力の確認。


 レベル上げ。


 新技の習得。


 そして、大量の希少素材。


 パーティー《黒月》にとって初めてとなる召喚訓練は、大きな成果を残して終了した。


 この日以降。


 フィオナとシグレの成長。


 戦闘連携の強化。


 新たな装備や魔導具に必要な素材の確保を目的として。


 リリスによる召喚魔獣訓練は、迷宮探索の合間に定期的に行われることとなった。

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