第六十話 星殿の管理核
《星喰いの宝物庫》を発見してから、およそ一時間。
リリスとフィオナは、まだ一つ目の封印指定物すら見つけられずにいた。
原因は単純だった。
「師匠、こちらの魔導具も見てください」
「どれ?」
「星属性魔力を熱へ変換する装置です。厨房へ組み込めば、燃料なしで調理できるかもしれません」
「自動温度調節も追加できそう」
「ですよね!」
二人は並んで、浮遊する銀色の魔導具を観察している。
少し離れた場所では、クロが前脚へ顎を乗せていた。
『封印指定物を探していたのではないか』
「探してる途中だよ」
『十分ほど、その調理器具を眺めているぞ』
「魔導加熱炉です」
『名称はどうでもよい』
リリスは名残惜しそうに魔導具から離れた。
フィオナも小さく咳払いし、《月狐魔剣》を握り直す。
「今度こそ、封印指定物を探しましょう」
「うん」
『その言葉を先ほども聞いた』
二人はクロの言葉を聞かなかったことにした。
◇◇◇
宝物庫の中央。
完全封印されたミスリルの宝箱には、三つの解除条件が表示されている。
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解除条件
・封印指定物を三つ特定する
・危険物へ接触しない
・宝物庫の管理核を起動する
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「危険物は七つ」
リリスは《万象解析》の情報を整理する。
ただし、宝物庫全体に妨害術式が施されており、危険物の正確な位置や名称までは表示されない。
分かるのは、収蔵品のどこかに危険な物が七つ存在するという事実だけだった。
「触れなければいいなら、魔力で調べればよいのではありませんか?」
「強い魔力を当てると、それも接触扱いになるみたい」
「では、弱い魔力で?」
「たぶん、それも駄目」
『お前が力任せに解析することを想定して作られた仕掛けかもしれぬな』
「私を知ってる人が作ったのかな」
『古代の者がお前を知るはずがないだろう』
リリスは宝物庫の床へ視線を向ける。
黒い石板。
その表面には、星座を思わせる細かな銀線が刻まれていた。
棚と棚の間を繋ぐように、無数の線が走っている。
「これ、道になってる」
「道?」
「星の光が、収蔵品の間を移動してる」
普通の視界では、銀色の装飾にしか見えない。
だが、魔力の流れだけを確認すると、床の線を淡い光がゆっくり進んでいた。
光は一つの棚へ到達すると、置かれた品へ触れることなく周囲を回り、次の棚へ進んでいく。
「管理用の確認術式でしょうか」
「たぶん。この光についていけば、安全な品だけを調べられるかも」
「光が避ける物が危険物ですね」
「うん」
二人は床を進む星光を追い始めた。
◇◇◇
一つ目の棚。
星光は、並んだ八本の短剣のうち七本の下を通過した。
だが、最も右側に置かれた黒い短剣だけは、大きく迂回している。
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推定危険物
《魂縫いの黒針》
詳細:解析不能
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「これには触らない」
「見た目は普通の短剣ですね」
『そこが危険なのだろう』
クロが黒い短剣を警戒する。
『内部から、苦しむ魂の気配がする』
「魂を縫い止める武器なのかもしれない」
「そのまま置いておきましょう」
三人は棚から離れた。
二つ目。
星光は赤い液体の入った瓶を避ける。
三つ目。
表面に人の顔が浮かぶ仮面。
四つ目。
触れた物の魔力を吸収し続ける黒い球体。
五つ目。
封印帯を巻かれた古びた魔導書。
六つ目。
真紅の金属で作られた腕輪。
七つ目。
透明な箱に収められた、灰色の種。
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危険物をすべて特定しました。
接触回数:0
条件を達成しました。
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「一つ終わった」
「封印指定物は、危険物とは別なのでしょうか」
「別みたい」
床を流れる星光は、危険物を特定した後も動き続けている。
やがて。
星光が、宝物庫の三か所で一瞬だけ強く輝いた。
「今の見た?」
「はい」
三か所。
武器棚。
魔導書棚。
錬金素材棚。
リリスとフィオナは顔を見合わせた。
「封印指定物かも」
◇◇◇
最初は、武器棚。
数十本の剣や槍が、魔力で宙へ固定されている。
どれも古代の品であり、最低でも希少級。
中には伝説級の武器も混ざっていた。
「星光が強くなったのは、この辺りです」
フィオナが《月狐魔剣》を近づける。
銀白色の刀身が、棚に並ぶ武器の魔力へ反応した。
一本ずつ。
剣。
槍。
斧。
杖。
魔力の波長を確かめていく。
その途中。
一本の錆びた剣の前で、《月狐魔剣》が淡い光を放った。
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《朽ちた星導剣》
品質:不明
状態:偽装
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「これです」
フィオナが剣へ触れずに指を向ける。
「他の武器と違って、魔力が外側ではなく内側へ流れています」
「封印を隠してるみたい」
リリスが《真理看破》を重ねる。
錆びた表面が、幻のように透けた。
その内側。
銀色の刀身には、古代文字が刻まれている。
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封印指定物
《星殿管理剣》
管理権限の一部を保持する儀礼剣。
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「一つ目」
触れる必要はない。
特定した時点で、剣に刻まれた星紋が光った。
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封印指定物:1/3
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次は魔導書棚。
四十八冊の魔導書が、透明な結界の中へ保管されている。
背表紙には、火、水、風、土、光、星などの属性紋様。
しかし、一冊だけ。
背表紙にも表紙にも、何も描かれていない本があった。
「普通なら、あれが怪しいよね」
「ですが、あからさますぎませんか?」
「罠かも」
二人は無地の魔導書を避け、周囲の本を調べる。
『二人とも、疑い深くなったな』
「迷宮の試練だから」
「簡単に信じると、最初からやり直しになるかもしれません」
フィオナは狐耳を動かす。
魔導書から発せられる、ごく小さな魔力音。
紙。
表紙。
保護結界。
それぞれ異なる振動が聞こえる。
「無地の本ではありません」
「違うの?」
「あの本からは、何も聞こえません。本ではなく、幻影だと思います」
リリスが解析する。
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《空白の魔導書》
実体:なし
視覚誘導用幻影
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「本当に偽物だ」
フィオナはさらに耳を澄ませる。
やがて、棚の下段。
星属性魔法について書かれた青い本を指した。
「この本だけ、ページの中から二つの音がします」
リリスが《万象解析》を集中させる。
魔導書の表紙。
その内側へ、薄い金属板が隠されていた。
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封印指定物
《星殿管理板》
管理権限の一部を保持する古代端末。
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「二つ目」
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封印指定物:2/3
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「最後は錬金素材棚ですね」
二人の声が、少しだけ明るくなる。
『そこだけは調査が長引きそうだな』
クロの予想は正しかった。
◇◇◇
錬金素材棚には、千種類を超える素材が収められていた。
鉱石。
魔物素材。
霊薬。
植物。
古代合金。
魔力結晶。
リリスとフィオナは、一つ調べるたびに立ち止まる。
「《星涙結晶》……魔力を液体のまま結晶化してる」
「こちらの《銀河樹の樹液》は、空間属性の薬に使えるようです」
「少しだけ持って帰りたい」
「管理核を起動してからにしましょう」
「そうだった」
今度はフィオナがリリスを止める役目になっていた。
『良い弟子を持ったな』
「うん」
「師匠、褒めている場合ではありません」
星光が強く輝いたのは、素材棚の中央付近。
そこには、同じ形をした七つの透明な結晶が並んでいた。
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《星霊結晶》
数量:7
品質:伝説級
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「全部同じに見えます」
「魔力も同じ」
「重さも?」
「同じ」
「匂いも同じです」
フィオナの狐人族としての感覚でも、違いを見つけられない。
リリスが《神域鑑定》《万象解析》《真理看破》を同時に使っても、七つすべてが同一の情報を示している。
「完全に偽装されてる」
『一つだけ本物ということか』
「たぶん」
リリスは触れずに観察する。
光。
内部の魔力循環。
結晶構造。
すべて同じ。
フィオナも《月狐魔剣》を近づけ、魔力の波長を確かめていた。
「師匠」
「なに?」
「この七つ、魔力は同じですが……影が違います」
「影?」
宝物庫の天井から降り注ぐ星光。
透明な結晶の影は、どれも薄い。
だが、一番左から三つ目。
その結晶だけ、影の中に小さな星形が浮かんでいた。
「本当だ」
「光ではなく、影に隠していたのですね」
リリスが三つ目の結晶を特定する。
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封印指定物
《星殿管理晶》
宝物庫の管理情報を保存する記録結晶。
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「三つ目」
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封印指定物:3/3
条件を達成しました。
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宝物庫の床全体が、青白く輝き始めた。
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三つの封印指定物。
《星殿管理剣》。
《星殿管理板》。
《星殿管理晶》。
それぞれから光の柱が立ち上がり、天井近くで一つに重なる。
宝物庫の中央。
何もなかった空間に、円形の台座が浮かび上がった。
その上には、拳ほどの大きさを持つ星形の結晶。
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《星殿管理核》
状態:休眠
起動条件
・管理権限三種の特定
・起動魔力の供給
必要属性:星属性または純粋無属性
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「純粋無属性なら、私が使える」
「私も《月狐魔剣》を通せば、少しならできます」
「一緒にやろうか」
「はい」
二人は管理核の前へ立つ。
リリスが右手を伸ばす。
フィオナは《月狐魔剣》の切っ先を台座へ向けた。
「魔力をゆっくり流して」
「分かりました」
リリスの純粋魔力。
フィオナの魔力を、《月狐魔剣》が無属性へ変換する。
二つの魔力が、星形の管理核へ注ぎ込まれた。
最初は弱かった光が、次第に強くなる。
宝物庫の棚。
天井の魔導具。
床の星座。
すべてが連動して輝き始めた。
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《星殿管理核》を起動します。
管理者情報を確認。
既存管理者:不在
新規発見者:《黒月》
仮管理権限を付与します。
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「管理権限?」
フィオナが目を見開く。
管理核から、淡い光が三人へ降り注いだ。
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《星喰いの宝物庫》
仮管理者
・ノクス
・フィオナ・ルーヴェル
・クロ
許可機能
・収蔵品閲覧
・安全物品搬出
・危険物封印管理
・宝物庫への限定転移
・収蔵品追加
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『我まで管理者なのか』
「パーティー全員が登録されたみたい」
「これで、宝物庫の品を持ち帰ってもよいのでしょうか」
フィオナが尋ねる。
管理核から、新たな表示が現れる。
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安全物品の搬出を許可します。
危険物および封印指定物の搬出は禁止されています。
宝物庫の保全に必要な品は搬出できません。
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「全部は持って帰れないね」
『すべて持ち帰るつもりだったのか』
「必要な物だけだよ」
クロは何も答えなかった。
その沈黙が、何より雄弁だった。
◇◇◇
残る条件をすべて達成したことで、ミスリルの宝箱を覆っていた封印が消えた。
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ミスリルの宝箱
封印解除:完了
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「開けよう」
リリスとフィオナが、宝箱の前へ並ぶ。
「二人で開けませんか?」
「うん」
二人は同時に蓋へ手を掛けた。
重い音とともに、ミスリルの蓋が持ち上がる。
内部から、銀河のような光が溢れ出した。
宝箱の中に入っていたのは。
一枚の黒銀色の鍵。
一冊の古代魔導書。
そして、星の光を閉じ込めた透明な球体だった。
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《深層星門鍵》
品質:神話級
《星喰いの大穴》内部に存在する、封印された星門を開く鍵。
対応階層:不明
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《星界転移魔導書》
品質:神話級
空間と星脈を利用する転移魔法について記された古代魔導書。
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《迷宮記憶球》
品質:古代級
迷宮内で記録された映像と情報を保存する記憶媒体。
記録件数:3128
最終記録:500年前
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「五百年前……」
リリスが呟く。
この世界へ転生する前。
LGOが、まだゲームとして存在していた時代と重なる。
「師匠?」
「何でもないよ」
リリスは《迷宮記憶球》へ視線を向けた。
中には、五百年前の迷宮に関する記録が残されている。
古代文明。
迷宮の成り立ち。
百階に何があるのか。
そして。
この世界と、ゲームだった頃のLGOを繋ぐ情報が含まれている可能性もある。
「屋敷で調べよう」
「ここでは見ないのですか?」
「記録が三千以上あるから、落ち着いて見たい」
『ようやく夕食へ帰る気になったか』
クロが立ち上がる。
リリスは通信腕輪を確認した。
セバスから、すでに三度の連絡が届いている。
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受信連絡
一件目
『夕食の準備時刻を一時間遅らせます』
二件目
『料理長がクロ様のお肉を保温しております』
三件目
『フィオナ様のお食事も温かな状態でご用意いたします』
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「怒ってないみたい」
『諦められているのではないか』
「帰ったら謝りましょう」
フィオナが少し恥ずかしそうに狐耳を伏せる。
「私も夢中になってしまいました」
「楽しかった?」
「はい」
「なら良かった」
リリスは《深層星門鍵》《星界転移魔導書》《迷宮記憶球》をインベントリへ収納する。
さらに。
持ち出しが許可された《星銀鉱》や錬金素材、魔導具を必要な分だけ回収した。
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《星銀鉱》×500kg
《古代星命薬》×3
《銀河樹の樹液》×20瓶
《星涙結晶》×30
《星属性魔導核》×12
古代魔導具×8
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『必要な分だけにしては多くないか』
「宝物庫には、まだたくさん残ってるよ」
『比較対象がおかしいのだ』
◇◇◇
管理核へ魔力を流す。
宝物庫専用の転移魔法陣が起動し、三人は地下九階の入口へ戻った。
そこから正規の帰還転移を使い、地上へ戻る。
迷宮街は、すでに夜の灯りに包まれていた。
「夕食、冷めていないでしょうか」
「マルタなら大丈夫だよ」
『我の肉も保温されている』
「クロ、それが一番大事なんだね」
『食事は重要だ』
屋敷の馬車へ乗り込む。
リリスは座席へ深く身体を預け、《迷宮記憶球》をインベントリ越しに見つめた。
五百年前。
それは偶然なのか。
それとも。
《星喰いの大穴》は、リリスがまだ知らない何かを、地下深くに隠しているのか。
隣では、フィオナが《星纏いの外套》を嬉しそうに撫でている。
向かい側では、クロが夕食の肉を気にしながら目を閉じていた。
宝物庫を発見し。
古代の管理核を起動し。
深層へ続く鍵を手に入れたパーティー《黒月》。
彼女たちの最初の迷宮探索は。
地上の誰も知らない、五百年前の記録へと繋がり始めていた。




