第五十八話 迷宮の救難信号
地下六階へ下りた瞬間。
周囲の空気が、はっきりと変わった。
それまでの乾いた石造りの通路とは違い、壁も床も薄い水膜に覆われている。
天井から落ちる雫。
淡い青緑色に光る苔。
通路の両側には細い水路が流れ、透明な水の中を銀色の小魚が泳いでいた。
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《星喰いの大穴》
地下第六階層
階層特性
《水脈迷宮》
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「地下なのに、川があります」
フィオナが水路を覗き込む。
大きな狐耳が、水音へ合わせるように小さく動いた。
「飲めるのかな」
「師匠」
「今は誰もいないよ」
「それでも、ノクス様と呼ぶ練習をしておきます」
フィオナは周囲を見回し、改めて口を開く。
「ノクス様。迷宮の水を、いきなり飲んではいけません」
「鑑定してからなら大丈夫」
「そういう問題ではないと思います」
『止めても無駄だ。すでに調べている』
クロの言葉どおり、リリスの視界には水路の情報が表示されていた。
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《星脈清水》
地下深部の魔力脈を通過した清水。
飲用可能。
微量の魔力回復効果を持つ。
錬金素材として使用可能。
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「錬金素材だって」
「汲んで帰るのですね」
「うん」
リリスが《超広域自動収集》を発動する。
水路から一定量の水だけが光となり、インベントリへ収められた。
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《星脈清水》×2000L
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「二千……」
「全部は取ってないよ」
「取る量の基準が普通ではありません」
水の流れはほとんど変化していない。
迷宮の地下水脈から、絶えず新しい清水が流れ込んでいるためだ。
クロが鼻先を持ち上げた。
『前方に魔物がいる』
「数は?」
『十五。水路の中だ』
フィオナが《月狐魔剣》を抜く。
銀白色の刀身が、青緑色の光を反射した。
水面が揺れる。
次の瞬間。
鋭い牙を持つ魚型の魔物が、水路から一斉に飛び出した。
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水刃魚 Lv18
水刃魚 Lv19
水刃魚 Lv21
個体数:15
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半透明の鰭が、刃物のように鋭く伸びている。
空中で身体を捻り、青い水刃を放った。
「《土纏剣》!」
フィオナが剣を床へ向ける。
茶褐色の魔力が広がり、石壁が斜めにせり上がった。
水刃が土壁へ衝突し、細かな水滴へ変わる。
「防げました!」
「次が来るよ」
「はい!」
フィオナは土属性から雷属性へ切り替えた。
《多属性循環》を習得したことで、属性変更に必要な時間が大幅に短くなっている。
「《雷纏剣》!」
銀白色の刀身へ、紫電が走った。
水刃魚が再び飛び出す。
フィオナは一歩踏み込み、剣を横へ薙いだ。
「《月狐雷刃》!」
三日月状の雷撃が、水路の表面だけを駆け抜ける。
水中へ潜んでいた魔物たちへ、雷が連鎖した。
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水刃魚を15体討伐しました。
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水面に浮かんだ魔物へ、リリスが《完全解体》を発動する。
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水刃魚の魔鱗×150
水刃魚の刃鰭×300
水刃魚の肉×450
水刃魚の魔石×150
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「雷属性も使えました」
フィオナが嬉しそうに剣を見つめる。
「属性の切り替えも、前よりずっと速いです」
「新しい技もできたね」
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新戦技を習得しました。
《月狐雷刃》Lv1
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「《月狐魔刃》の属性を変えただけなのですが」
「それでも、フィオナが使い方を考えた技だよ」
狐耳が、照れたように少し横へ傾いた。
『喜ぶのは後だ』
クロが通路の奥を見つめる。
『魔物とは別の匂いがする』
「冒険者?」
『血の匂いだ』
フィオナの表情が引き締まった。
◇◇◇
三人は通路を急いだ。
しかし。
分岐を右へ曲がった直後、先ほどと同じ青緑色の苔が生えた広間へ出た。
中央には、三本の石柱。
左側には水路。
正面には二つの通路。
「ここ……通りましたよね?」
フィオナが足を止める。
「うん」
リリスは床へ残しておいた小さな魔力印を確認する。
確かに、自分たちが数分前に通った場所だった。
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特殊迷宮領域
《水鏡回廊》
効果
・方向感覚錯乱
・空間接続変更
・同一地点循環
解除条件:不明
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「道が繋ぎ替えられてる」
『匂いの方向まで変えられている』
クロが低く唸る。
獣の嗅覚さえ惑わせる空間術式。
フィオナは水路へ視線を向けた。
「水は流れ続けています」
「うん」
「空間が変わっても、水の流れまで逆転させるのは難しいのではないでしょうか」
リリスは流れる水を観察する。
見た目では、手前から奥へ流れている。
だが《万象解析》で確認すると、魔力だけは反対方向へ移動していた。
「水そのものじゃなくて、見えている方向が偽物みたい」
「なら、本当の流れを辿れば出口へ行けますか?」
「試してみよう」
フィオナが《月狐魔剣》へ水属性の魔力を纏わせる。
「剣で、水の魔力を感じ取ってみます」
「できそう?」
「この剣なら」
フィオナは目を閉じた。
水路を流れる魔力。
壁の向こうに隠れた地下水。
迷宮術式によって偽装された視覚情報。
それらを一つずつ分けていく。
大きな狐耳が、雫の落ちる音を拾う。
「こちらです」
フィオナが選んだのは、見た目では水の上流へ続いている左側の通路だった。
三人が進む。
一つ目の角。
二つ目の分岐。
三つ目の広間。
同じ場所には戻らない。
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《水鏡回廊》を突破しました。
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「正解だったね」
「よかった……」
フィオナが安心したように息を吐く。
『よく見抜いた』
「ありがとうございます、クロ」
リリスはフィオナの頭へ手を伸ばし、大きな狐耳の間を軽く撫でた。
「すごかったよ」
「し、師匠」
「嫌だった?」
「嫌ではありませんが……急だと驚きます」
フィオナの尻尾が、嬉しそうに左右へ揺れている。
『嫌には見えぬな』
「クロは黙っていてください」
◇◇◇
回廊を抜けた先。
通路の奥から、弱い赤色の光が明滅していた。
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冒険者用救難灯
状態:作動中
発信時間:3時間42分前
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「救助信号です」
「急ごう」
三人が駆け寄ると、通路は崩れた石材で塞がれていた。
向こう側から、複数人の生命反応がある。
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生命反応:5名
重傷:1名
中傷:2名
軽傷:2名
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「聞こえますか?」
リリスが壁越しに声を掛ける。
黒王仮面によって低く変化した声が、崩落した通路へ響いた。
「だ、誰かいるのか……!」
向こう側から、掠れた男性の声が返る。
「王都冒険者ギルド所属の《黒月》です。今から助けます」
「待て! 壁を壊すな!」
切迫した声。
「崩落の向こうに、魔力感知式の爆裂鉱石がある! 衝撃を与えれば、通路全体が吹き飛ぶぞ!」
リリスが《万象解析》を発動する。
崩れた岩の隙間。
その奥に、赤い結晶が幾つも埋まっていた。
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《爆裂魔晶鉱》
衝撃または強い魔力に反応して爆発する。
現在の推定連鎖範囲:半径120メートル
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「本当だ」
「どうしますか?」
フィオナが不安そうに尋ねる。
「爆発させずに取る」
「取るのですか?」
「危ないからね」
『素材として欲しいのではないか』
「それも少し」
リリスは壁の前へ手を向けた。
強い魔法で岩を消滅させれば、爆裂魔晶鉱が反応する可能性がある。
空間転移も、迷宮の術式によって制限されている。
「フィオナ、岩の隙間に風を通せる?」
「風だけですか?」
「弱い風で、赤い結晶の位置を確認してほしい」
「分かりました」
フィオナが剣先を崩落箇所へ向ける。
「《微風操作》」
細い風が、岩の隙間へ流れ込む。
通過した空間の形と、障害物の位置が《月狐魔剣》を通してフィオナへ伝わった。
「七つあります。一番手前は右下。二つ目は、その奥の上側です」
「順番に取り出そう」
リリスは《神域魔力操作》によって、髪の毛よりも細い魔力糸を作り出す。
岩へ触れないよう隙間を通し、一つ目の爆裂魔晶鉱へ絡める。
衝撃を与えず。
魔力を流しすぎず。
ゆっくりと引き抜いた。
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《爆裂魔晶鉱》×1
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「取れた」
「その調子でお願いします」
フィオナが風を操り続ける。
二つ目。
三つ目。
岩の影に隠れた結晶を見つけ、リリスが魔力糸で回収する。
最後の一つを取り出すまで、十分ほど掛かった。
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《爆裂魔晶鉱》×7
危険物を完全除去しました。
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「これで壊せる」
リリスが崩落した岩へ触れる。
「《物質分解》」
岩だけが静かな砂へ変わり、床へ流れ落ちた。
通路の向こう側。
五人の冒険者が、壁際へ身を寄せていた。
前衛らしい男性は左脚を大きく負傷し、仲間の女性が必死に布を巻いている。
「助かった……」
安堵の声と同時に、一人がその場へ座り込んだ。
「話は後です。先に治します」
リリスが杖を向ける。
「《生命連環》」
淡い金色の光が、五人を包んだ。
裂けていた脚の傷が塞がる。
折れた骨が元の位置へ戻る。
失われた血液と体力も補われていった。
「傷が……」
「完全に治ってる……」
「高位治癒魔法まで使えるのか?」
「動けますか?」
リリスが尋ねると、負傷していた男性が立ち上がった。
「問題ない。感謝する。俺たちはC級パーティー《青銅の鷹》だ」
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C級パーティー
《青銅の鷹》
構成人数:5名
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「どうして六階で、ここまで追い込まれたんですか?」
フィオナが尋ねる。
「魔物に追われて《水鏡回廊》へ入った。何度進んでも同じ場所へ戻されて、その途中で床が崩れたんだ」
「追ってきた魔物は?」
「見たことのない、銀色の蜥蜴だ。俺たちの攻撃が当たるたび、身体が透明になって消えた」
リリスが周囲の反応を探る。
少し離れた水中に、一つだけ奇妙な魔力反応があった。
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希少個体
《水鏡幻蜥蜴》
Lv38
特性
・物理攻撃を受けると幻体化
・魔法攻撃を受けると水中転移
・死亡時、属性不一致の場合は素材消滅
適正討伐条件
・無属性攻撃による魔晶核破壊
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「見つけた」
水路が大きく盛り上がる。
銀色の鱗を持つ、全長四メートルほどの蜥蜴が姿を現した。
「ギュルルルル!」
身体の周囲へ、水で作られた分身が六体現れる。
「ノクス様、私が――」
「今回は私がやるね」
リリスは《黒天魔王杖》を向けた。
強すぎる攻撃では、魔晶核どころか素材まで消滅する。
使うのは、純粋な無属性魔力。
「《魔力針》」
杖の先から、針ほど細い光が放たれた。
六体の幻影をすり抜け。
本体の眉間へ吸い込まれる。
外側の鱗には、ほとんど傷が付かない。
体内の魔晶核だけが、正確に砕かれた。
「ギュ……」
《水鏡幻蜥蜴》が静かに倒れる。
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《水鏡幻蜥蜴》Lv38を討伐しました。
適正討伐条件を達成しました。
素材保存率:100%
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《完全解体》を発動する。
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水鏡幻蜥蜴の銀鱗×100
水鏡幻蜥蜴の幻皮×30
水鏡幻蜥蜴の牙×20
水鏡幻蜥蜴の心臓×10
水鏡幻蜥蜴の魔石×10
希少素材
《水鏡眼》×2
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「一撃……」
《青銅の鷹》の冒険者たちが、呆然と倒れた魔物を見つめる。
「しかも、素材が消えていない」
「何をしたんだ?」
「核だけ壊しました」
「どうやって……」
「細い魔法で」
説明としては間違っていない。
ただし、再現できる者はほとんどいないだろう。
『お前は隠す気があるのか』
クロが念話で尋ねる。
『大きな魔法は使ってないよ』
『そういう問題ではない』
◇◇◇
《青銅の鷹》は、ここで地上へ戻ることになった。
「俺たちだけで戻れる。救難信号の達成証明は、出張所へ提出しておく」
「《水鏡回廊》は、流れている水の本当の魔力方向を辿れば抜けられます」
フィオナが攻略方法を説明する。
「水の魔力方向……?」
「見た目の流れとは反対です」
「分かった。助かる」
パーティーの女性魔法使いが、フィオナの腰にある《月狐魔剣》へ視線を向けた。
「その剣、すごく綺麗ね」
「師……ノクス様と一緒に作りました」
「ノクスが武器職人なのか?」
「錬――」
フィオナが言いかける。
リリスが仮面越しに静かに見つめた。
「魔導具製作も少しできます」
「少し?」
フィオナが何とも言えない表情になった。
だが、秘密を守るため、それ以上は口にしなかった。
「では、気をつけて」
「ああ。本当にありがとう、《黒月》」
五人は地上へ続く通路へ戻っていった。
◇◇◇
救助を終えた時点で、昼を大きく過ぎていた。
「十階まで行く?」
リリスが尋ねる。
フィオナは少し考えた後、首を横へ振った。
「今日は七階までにしませんか?」
「疲れた?」
「いいえ。でも、初めての迷宮で、救助と特殊個体まで経験しました。覚えたことを一度整理したいです」
「分かった」
無理に先へ進む必要はない。
リリスは迷宮そのものを攻略するより、フィオナが自分の力で成長することを優先した。
地下七階の転移石を登録してから、帰還用の魔法陣へ向かう。
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地下第七階層
転移地点を登録しました。
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「次からは、ここまで直接来られるんですね」
「迷宮の正規転移なら使えるみたい」
『お前の転移は、まだ封じられているのか』
「完全には封じられてないけど、無理に使うと迷宮の空間術式が壊れるかもしれない」
「師匠でも、迷宮を壊さずに進もうとするのですね」
「壊したら素材も宝箱もなくなるから」
「理由は師匠らしいです」
転移魔法陣が青い光を放つ。
三人の身体が包まれ、次の瞬間には地上の帰還広場へ立っていた。
◇◇◇
迷宮出張所で救助報告を行う。
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臨時救助功績
救助対象:5名
死者:0名
重傷者完全治癒
特殊迷宮領域の攻略情報提供
希少個体の討伐
功績報酬
金貨80枚
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「報酬が出るんですか?」
「迷宮内の救助活動には、ギルドから功績報酬が支払われます」
受付嬢が答える。
「また、《水鏡回廊》の攻略情報は、今後の被害防止に繋がります。情報料も含まれております」
「見つけたのはフィオナなので、フィオナが受け取って」
「私がですか?」
「うん」
「ですが、治療も魔物の討伐もノクス様が……」
「パーティーのお金だから、半分ずつにする?」
「クロの分は?」
『我は金銭を必要とせぬ』
「お肉代にする?」
『それならば受け取ろう』
金貨八十枚。
三人で相談した結果。
フィオナ二十枚。
クロの食費二十枚。
残り四十枚をパーティー《黒月》の共通資金として保管することになった。
「初めて、自分の意思で受けた冒険の報酬です」
フィオナは金貨の入った小袋を、大切そうに両手で持つ。
「何か買うの?」
「今は貯めます」
「欲しい素材があったら使っていいよ」
「師匠の素材庫を見た後では、何を買えばよいのか分かりません」
「珍しい物は、いくらあっても困らないよ」
「師匠だけだと思います」
出張所を出る。
夕暮れの迷宮街には、探索を終えた冒険者たちの声が響いていた。
初めての迷宮探索。
初めてのパーティー。
初めて、自分で得た冒険の報酬。
フィオナは腰の《月狐魔剣》へ触れ、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「楽しかったです」
「私も」
『寄り道ばかりで、七階までしか進まなかったがな』
「素材もたくさん集まったよ」
『お前にとっては、それが最も重要なのだろう』
「救助もできたよ」
『否定はしておらぬ』
三人は屋敷の馬車へ向かって歩き始める。
その背後。
迷宮出張所の中では、《青銅の鷹》を救った黒い仮面の魔法使いと、月光のような剣を持つ狐人族の少女について、早くも新しい噂が広まり始めていた。
正体不明の《黒魔導師ノクス》。
その傍らを歩く、若き《月狐の魔法剣士》。
そして、影のように静かに付き従う黒狼。
結成されたばかりのパーティー《黒月》の名は。
迷宮街の冒険者たちの間で、少しずつ知られ始めていた。




