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第五十七話 星喰いの大穴



 《月狐魔剣ルナ・ヴァルペス》が完成した翌日。


 旧ヴァレンティア侯爵邸の大食堂では、朝からフィオナが落ち着かない様子で尻尾を揺らしていた。


 腰には、銀白色の鞘へ納められた新しい魔法剣。


 白を基調とした軽装の上から、魔物の革で作られた短外套を羽織っている。


 若返った身体へ合わせ、エレナたちが仕立て直した衣服だ。


「フィオナ様。お食事中に剣へ触れるのは、お控えになった方がよろしいかと」


 メイド長エレナが穏やかに注意する。


「す、すみません」


 フィオナは柄から手を離した。


 しかし、数秒後には再び視線が腰へ向いている。


 嬉しくて仕方がないらしい。


「使ってみたい?」


 向かいに座るリリスが尋ねる。


「はい!」


 フィオナの狐耳が立ち上がる。


 返事をした直後、少し恥ずかしくなったのか、声を小さくした。


「ですが、昨日も訓練場で試しましたし……」


「実戦で使ってみようか」


「実戦……」


 琥珀色の瞳が輝く。


「依頼を受けるのですか?」


「今日は迷宮に行こうと思ってる」


 リリスは朝食の横へ置いていた王都の案内書を開いた。


 王都レグナリアには、冒険者たちが集まる理由となった巨大な地下迷宮が存在する。


 都市の北東区。


 古代から残る大穴を中心として、迷宮街そのものが形成されていた。


━━━━━━━━━━


《王都地下迷宮《星喰いの大穴》》


確認階層:地下100階


地下1階~20階:初級区域


地下21階以降:B級ランク推奨


地下50階以降:A級ランク推奨


地下70階以降:未踏破区域


━━━━━━━━━━


「百階……」


 フィオナが案内書を覗き込む。


「本当に百階まで確認されているのですか?」


「入口の古代石碑に表示されているみたい。でも、七十階より下はほとんど調査されてないって」


「師匠は、何階まで行くつもりですか?」


「今日は十階くらい」


「安心しました」


 フィオナが胸を撫で下ろす。


「いきなり百階と言われるのかと思いました」


「転移できる場所が分からないから、最初から歩くよ」


「転移できたら百階へ行くつもりだったのですか?」


「見るだけなら」


『見るだけで済むとは思えぬな』


 大食堂の端。


 専用の大皿から炙り肉を食べていたクロが念話を送る。


『珍しい素材を見つければ、必ず寄り道するだろう』


『ちゃんとフィオナに合わせるよ』


『その言葉を信じてよいのか』


「私も少し不安です」


 フィオナまでクロへ同意した。


「酷い」


「師匠は昨日、神話級の武器を普通の練習用みたいに作りましたから」


「フィオナも一緒に作ったよ」


「私は金属を混ぜただけです!」


「最高品質だったよ」


「それは師匠の補助があったからです!」


 フィオナの尻尾が椅子の背後で大きく揺れる。


 料理長マルタが、追加のパンをテーブルへ置きながら笑った。


「元気なのはいいことだ。迷宮へ行くなら、しっかり食べておきな」


「はい!」


 フィオナは素直にパンを受け取った。


◇◇◇


 朝食後。


 リリスは自室で《黒王魔装ノクス・レガリア》を身につけた。


 身体を覆う漆黒の魔衣。


 《常闇魔衣エターナル・ノクターン》。


 右手には、黒い魔王杖。


 《黒天魔王杖アビス・レガリア》。


 最後に。


 額へ紫黒色の魔晶石が埋め込まれた、漆黒のフルフェイス仮面を装着する。


━━━━━━━━━━


黒王仮面ノクス・マスク


━━━━━━━━━━


 細い目元から、紅紫色の光が淡く漏れる。


 顔。


 声。


 種族。


 魔力反応。


 魂魄情報。


 すべてを偽装する、正体隠蔽用の仮面。


「今日の私は《ノクス》だから、外では師匠と呼ばないでね」


 低く変化した声で、フィオナへ告げる。


「では、何とお呼びすればよいでしょうか」


「ノクスでいいよ」


「呼び捨てにはできません」


「ノクスさん?」


「ノクス様にします」


「私は貴族じゃないよ」


「私にとっては、神級錬金術師のお師匠様です」


「秘密なんだけど」


「ですから、ノクス様です」


 フィオナは譲らなかった。


『好きにさせておけばよい』


 クロは大型犬ほどの姿へ縮小している。


 背中の翼と魂炎は隠し、外見だけなら少し大きな黒狼に見えた。


「フィオナの装備は、そのままで大丈夫?」


「はい」


 フィオナが腰の《月狐魔剣》へ触れる。


 その上から、リリスが前日に製作した軽装鎧を身につけていた。


━━━━━━━━━━


月狐軽装ルナ・ガルド


品質:伝説級レジェンド


装備者:フィオナ・ルーヴェル


装備効果


・物理防御上昇


・魔法防御上昇


・身体能力強化


・属性耐性


・魔力循環補助


・自動修復


━━━━━━━━━━


 白と淡い茶色を基調とした軽装鎧。


 肩、胸、腰、脛を魔法金属の薄板で守りながら、魔法剣士の動きを妨げない構造になっている。


 大きな狐耳と尻尾も、自由に動かせるよう設計されていた。


「これも伝説級なのですよね……」


「武器より一つ下だよ」


「十分すぎます」


「迷宮なら、もっと強くしてもよかったかも」


「これ以上は目立ちます!」


 フィオナはそう言ったが、すでに神話級の魔法剣を腰へ下げている。


 リリスは指摘しないことにした。


◇◇◇


 屋敷の馬車で、王都北東区へ向かう。


 迷宮へ近づくにつれて、街の雰囲気が変化していった。


 武具店。


 道具屋。


 薬品店。


 解体所。


 素材買取商会。


 冒険者向けの宿と酒場。


 通りを歩く者の多くが、武器や防具を身につけている。


 荷車には、魔物の皮、骨、角、鉱石が積まれていた。


「素材がいっぱい」


 馬車の窓から外を眺め、リリスが呟く。


『目的を忘れるな』


「見てるだけだよ」


「帰りに素材市場へ寄りますか?」


 フィオナが尋ねる。


「寄る」


『即答だったな』


 迷宮街の中心へ到着すると、巨大な石造建築が見えてきた。


 円形の城壁。


 複数の監視塔。


 冒険者ギルドの出張所。


 治療院。


 解体場。


 そのすべてが、一つの巨大な穴を取り囲んでいる。


━━━━━━━━━━


王都地下迷宮


《星喰いの大穴》


━━━━━━━━━━


 大穴の直径は、五百メートルを超えていた。


 地上から底は見えない。


 内壁には巨大な螺旋階段が設けられ、地下へ向かって続いている。


 穴の中心には青白い魔力の霧が漂い、時折、星のような光が浮かんでは消えていた。


「すごい……」


 フィオナが大穴を覗き込む。


 狐耳が、下から吹き上がってくる風を受けて揺れた。


「だから《星喰い》なのかな」


『底が見えぬな』


 クロが穴の奥へ視線を向ける。


『地下深くに、巨大な魔力反応がある』


「分かる?」


『完全には読めぬ。迷宮そのものが、感知を妨害しているようだ』


「面白そう」


「師……ノクス様」


 フィオナが慌てて呼び直す。


「今日は十階までです」


「覚えてるよ」


「百階を見つめながら言われると不安です」


◇◇◇


 迷宮へ入る前に、三人は冒険者ギルドの迷宮出張所へ向かった。


 受付で、リリスがA級ランクの冒険者証を提示する。


「《黒魔導師ノクス》様ですね」


「その呼び方、もう登録されてるんですか?」


「正式な二つ名ではございませんが、魔晶鉱山でのご活躍は、すでに迷宮街でも話題になっております」


 受付嬢は黒い仮面を見上げながら答えた。


「同行者の方も、冒険者証をご提示ください」


 フィオナが少し困ったように狐耳を伏せる。


「私は、現在有効な冒険者証を持っていません」


「以前は登録されていましたか?」


「地方都市で登録しましたが、奴隷となった時に資格を停止されました」


「奴隷契約が解除されていることを確認できれば、再登録が可能です」


 受付嬢が身分確認用の魔導具を差し出す。


 フィオナが手を触れる。


━━━━━━━━━━


フィオナ・ルーヴェル


旧冒険者ランク:D


資格停止理由:奴隷契約


現在の奴隷契約:なし


再登録可能


━━━━━━━━━━


D級ランクだったんだ」


「護衛の仕事をしていた頃に取得しました」


「再登録を希望されますか?」


 受付嬢の問いに、フィオナはリリスを見る。


「自分で決めていいよ」


「……再登録します」


 フィオナは、はっきり答えた。


「今度は、自分の意思で冒険者になりたいです」


 魔導具へ魔力を流す。


━━━━━━━━━━


冒険者資格を再登録しました。


フィオナ・ルーヴェル


冒険者ランク:D


職業ジョブ


《魔法剣士》


副職業サブジョブ


《錬金術師》


━━━━━━━━━━


 新しい冒険者証が発行される。


 フィオナは、それを両手で受け取った。


「私の冒険者証……」


「おめでとう」


「ありがとうございます、ノクス様」


「迷宮内では師匠でもいいよ」


「切り替えが難しいです」


 受付嬢が微笑みながら説明を続ける。


「D級冒険者は、通常であれば地下十階までの活動を推奨しております。ただし、A級冒険者のパーティーへ所属する場合、二十階まで入場可能です」


「パーティー登録もお願いします」


「名称はお決まりですか?」


 リリスとフィオナが顔を見合わせる。


「名前が必要なんだ」


「何か考えていましたか?」


「考えてない」


 クロが足元で鼻を鳴らした。


『我々は三人だけだ。仮の名でよいのではないか』


「クロも登録できる?」


「従魔登録済みであれば、パーティー構成員として記録できます」


 受付嬢が答える。


「では、三人です」


「パーティー名は?」


 リリスは少し考えた。


 漆黒の仮面。


 月狐の魔法剣士。


 冥界の神狼。


 異なる三人をまとめられる名前。


「《黒月》で」


 フィオナの狐耳が動く。


「黒いノクス様と、月狐の私ですか?」


「クロも黒いから」


『我が最も分かりやすい理由なのではないか』


━━━━━━━━━━


パーティーを登録しました。


パーティー名


《黒月》


代表者


《ノクス》/A級


構成員


フィオナ・ルーヴェル/D級


クロ/従魔


━━━━━━━━━━


「登録完了です。初回入場となりますので、迷宮内での注意事項をご説明します」


 受付嬢は、数枚の資料を取り出した。


「《星喰いの大穴》は、内部構造が一定ではありません。通路や部屋の位置が変化する場合があります」


「地図は使えないんですか?」


「大まかな構造は共通しています。しかし、隠し部屋、宝箱、罠、魔物の巣などは周期的に移動します」


「宝箱」


 リリスの仮面の奥で、紅紫色の瞳が輝いた。


『反応すると思ったぞ』


「続けてください」


「また、迷宮内には転移を妨害する階層や、魔力を吸収する区域もございます。帰還用の転移石を過信しないでください」


「転移妨害……」


「ノクス様?」


「何でもないです」


 通常の転移を封じる迷宮。


 どの程度の術式なのか、少し興味が湧いた。


「魔物を討伐した際、迷宮が死体を吸収する場合があります。素材を回収するのであれば、消滅前に解体してください」


「どのくらいで消えますか?」


「低階層では、およそ十分から三十分です」


「十分もあるんだ」


「普通の冒険者には短い時間です」


 フィオナが小声で指摘した。


「最後に、迷宮内で発見した冒険者同士の争いは禁止です。救助を求める信号を発見した場合、可能な範囲で出張所へ報告してください」


「分かりました」


 三人分の入場許可証を受け取る。


◇◇◇


 巨大な螺旋階段を下りる。


 大穴の内壁には、一定間隔で魔晶灯が設置されている。


 地下一階の入口へ到着すると、二人の騎士が許可証を確認した。


「入場を許可する。帰還予定は?」


「夕方までに戻ります」


「予定を過ぎた場合、捜索依頼が出される。無理はするな」


「はい」


 石造りの門を通り抜ける。


 その先には、地上とは異なる空気が広がっていた。


 天井の高い石の通路。


 壁には、青く光る苔。


 地面の隙間から、小さな白い花が咲いている。


 人工物のように整った部分と、自然の洞窟が混ざり合っていた。


━━━━━━━━━━


《星喰いの大穴》


地下第一階層


━━━━━━━━━━


「ここが迷宮……」


 フィオナが《月狐魔剣》の柄へ手を添える。


「緊張してる?」


「少しだけ。でも、楽しみです」


「同じだね」


 リリスが《万象解析》を発動する。


 周囲の地形。


 魔物。


 罠。


 採取素材。


 隠された魔力反応。


 地下第一階層の情報が、視界へ一斉に表示された。


━━━━━━━━━━


周辺魔物反応:37


採取可能素材:128


宝箱反応:3


隠し部屋:2


罠:11


救助信号:0


━━━━━━━━━━


「宝箱が三つある」


「最初に魔物ではなく、宝箱を探すのですか?」


「途中の素材も採るよ」


「そういう意味では……」


『諦めろ、フィオナ』


 クロが先頭へ立ち、通路の匂いを確かめる。


『前方から魔物が来る』


 暗い通路の奥。


 複数の赤い瞳が光った。


━━━━━━━━━━


迷宮牙鼠 Lv8


迷宮牙鼠 Lv9


迷宮牙鼠 Lv10


個体数:12


━━━━━━━━━━


 大型犬ほどの鼠型魔物。


 鋭い牙を鳴らしながら、通路を埋めるように迫ってくる。


 フィオナが《月狐魔剣》を抜いた。


 澄んだ金属音。


 銀白色の刀身へ、緑色の風が纏わりつく。


「私が戦ってもいいですか?」


「うん。危なくなったら助けるね」


「お願いします」


 フィオナは一歩前へ出る。


 十六歳へ若返った身体。


 以前より軽くなった手足。


 まだ完全には慣れていない。


 だが、恐怖はなかった。


 自分で選んだ仲間。


 自分で選んだ冒険。


 そして、自分の手で作った魔法剣がある。


「《風纏剣》」


 風属性の魔力が、瞬時に刀身全体へ広がった。


 一体目が跳びかかる。


 フィオナは横へ半歩移動し、牙をかわした。


 銀白色の軌跡。


 一閃。


 迷宮牙鼠が、地面へ倒れる。


 続けて二体。


 フィオナは身を沈め、剣を斜めへ振り上げる。


「《月狐魔刃》!」


 三日月状の風刃が通路を走った。


 迫っていた魔物だけを正確に切り裂き、壁や床には傷を付けない。


━━━━━━━━━━


迷宮牙鼠を3体討伐しました。


━━━━━━━━━━


「成功しました!」


「後ろ」


「えっ?」


 壁のくぼみから、別の個体が飛び出す。


 フィオナが振り返るより早く。


 クロの影が伸びた。


「グルル」


 黒い影が牙鼠の身体を拘束し、そのまま床へ沈める。


━━━━━━━━━━


迷宮牙鼠を討伐しました。


━━━━━━━━━━


「ありがとうございます、クロ」


『視界だけに頼るな。耳と匂いも使え』


「はい!」


 フィオナの狐耳が左右へ動く。


 足音。


 呼吸。


 爪が床へ触れる音。


 狐人族の感覚を意識すると、死角の魔物の位置まで分かり始めた。


 残り八体。


 風属性から火属性へ切り替える。


「《火纏剣》!」


 刀身が赤く輝く。


 一撃目。


 二撃目。


 三撃目。


 属性を纏った斬撃が、牙鼠を次々と倒していった。


 最後の一体が逃げようとする。


 フィオナは剣を両手で構えた。


「《月狐魔刃》!」


 銀色の斬撃が放たれる。


 魔物だけを切り裂き、光の粒子が通路へ散った。


━━━━━━━━━━


戦闘終了


フィオナ・ルーヴェル


討伐数:11


クロ


討伐数:1


━━━━━━━━━━


「できました……」


 フィオナが息を吐く。


 強い疲労はない。


 《月狐魔剣》から流れる魔力が、身体の循環を補助している。


「初めてにしては上手だったよ」


「以前も魔物とは戦っていました」


「新しい身体と武器では初めてだから」


「そういう意味でしたか」


 フィオナが剣を見つめる。


「この剣、本当に私の動きへ合わせてくれます。魔力を流そうと思うだけで、必要な場所へ先回りしてくれるような……」


「フィオナと一緒に成長する剣だからね」


「もっと使いこなせるようになります」


 リリスは倒れた魔物へ視線を向ける。


「では、解体しよう」


「ここでですか?」


「素材が消える前に」


 《完全解体》を発動する。


 十二体の魔物が光に包まれ、素材ごとに分けられていった。


━━━━━━━━━━


迷宮牙鼠の魔皮×120


迷宮牙鼠の肉×240


迷宮牙鼠の牙×240


迷宮牙鼠の骨×360


迷宮牙鼠の魔石×120


━━━━━━━━━━


「十二体から出る量ではありません!」


「《素材獲得十倍》があるから」


「そうでした……」


 さらに。


━━━━━━━━━━


《宝箱確定出現》が発動しました。


木の宝箱×12


━━━━━━━━━━


 十二個の宝箱が、通路へ次々と現れた。


 フィオナは剣を納めることも忘れ、並んだ箱を見つめる。


「魔物一体につき、一つ……?」


「確定で出るよ」


「迷宮の宝箱を探す必要がないのでは?」


「元からある宝箱は別だよ」


「両方取るのですか?」


「もちろん」


『今日は十階まで辿り着けるのか』


 クロが静かに呟いた。


 リリスは最初の木箱を開ける。


━━━━━━━━━━


回復薬×5


銅貨×50


鉄鉱石×20


━━━━━━━━━━


「次はフィオナが開けていいよ」


「私が?」


「うん。宝箱を開けるのも冒険だから」


 フィオナは剣を鞘へ納め、二つ目の宝箱の前へしゃがむ。


 罠がないことを慎重に確認してから、蓋を開いた。


━━━━━━━━━━


《疾風の腕輪》


品質:良質


効果:風属性魔法威力上昇


━━━━━━━━━━


「装備品です!」


「フィオナが使っていいよ」


「ですが、師匠の能力で出現した宝箱です」


「倒したのはフィオナだから」


「……ありがとうございます」


 腕輪を受け取ったフィオナの尻尾が、嬉しそうに揺れた。


◇◇◇


 三人は第一階層を進んでいく。


 光苔。


 魔力茸。


 地下薬草。


 小さな魔晶石。


 採取できる素材を見つけるたび、リリスの《超広域自動収集》が反応する。


━━━━━━━━━━


星明かり苔×850


地下月草×460


青魔力茸×320


低純度魔晶石×1200


迷宮清水×500L


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「歩いているだけで、素材が増えていきますね」


「迷宮は素材が多くて楽しい」


「普通の採取者が見たら、泣くと思います」


「どうして?」


「何日も掛けて集める量を、数分で回収しているからです」


 第一階層の隠し部屋。


 二つ目の宝箱。


 罠の解除。


 小規模な魔物の群れ。


 フィオナは戦うたび、新しい身体と武器へ順応していった。


 地下二階。


 地下三階。


 階層が下がるにつれて、魔物のレベルも少しずつ上昇する。


 それでも、フィオナの剣が止まることはなかった。


「《水纏剣》!」


 青い魔力を纏った剣が、炎属性の魔物を切り裂く。


「《月狐魔刃》!」


 三日月の斬撃が、複数の標的だけを正確に討ち取る。


 クロは必要以上に手を出さず、死角から迫る魔物だけを影で止めていた。


 リリスも黒い杖を持っているが、一度も攻撃魔法を使っていない。


「師匠は戦わなくてもよいのですか?」


「今日はフィオナの訓練だから」


「見ているだけでは退屈ではありませんか?」


「素材を集めてるから楽しいよ」


「師匠らしいです」


◇◇◇


 地下第五階層。


 広い石室へ入ったところで、リリスが足を止めた。


「何かある」


 床には、巨大な円形紋様。


 壁には、古代文字で短い文章が刻まれている。


 正面には扉が三つ。


 どれにも取っ手はなく、魔力で閉ざされていた。


━━━━━━━━━━


迷宮試練室


条件を満たすまで退出不能。


転移:封印


破壊:禁止


━━━━━━━━━━


「閉じ込められたのですか?」


 フィオナが後ろを振り返る。


 入ってきた通路は、すでに石壁へ変わっていた。


「みたいだね」


「随分と落ち着いていますね」


「危険はなさそうだから」


 リリスは壁の古代文字へ視線を向ける。


 《神域鑑定》。


 《万象解析》。


 《真理看破》。


 複数の解析能力が、文字の意味を読み解いていく。


━━━━━━━━━━


古代迷宮文字


『炎は水を退ける』


『水は大地へ沈む』


『大地は風を阻む』


『風は炎を育てる』


『正しき順に、四つの力を示せ』


━━━━━━━━━━


「属性を順番に使う仕掛けみたい」


「四属性……」


 フィオナが三つの扉を見る。


 それぞれの前には、小さな魔力台が設置されていた。


「師匠なら、すぐに答えが分かるのでは?」


「分かるけど、フィオナがやってみて」


「私が?」


「《月狐魔剣》なら、全部の属性を使えるから」


 これは戦闘ではない。


 魔力操作と属性理解を試す仕掛け。


 魔法剣士であるフィオナにとって、良い訓練になる。


 フィオナは壁の文章を繰り返し読む。


「炎は水を退ける。水は大地へ沈む。大地は風を阻む。風は炎を育てる……」


 狐耳が、考えるように小さく動く。


 やがて、左側の魔力台へ近づいた。


「最初は風です」


「どうして?」


「風は炎を育てる。そこから炎、水、大地へ繋がります」


「やってみよう」


 フィオナが《月狐魔剣》を抜く。


「《風纏剣》」


 緑色の魔力を台座へ流す。


 一つ目の紋様が光った。


「《火纏剣》」


 二つ目。


「《水纏剣》」


 三つ目。


「《土纏剣》!」


 最後の魔力を流した瞬間。


 石室全体へ、低い音が響き渡った。


━━━━━━━━━━


試練達成


属性循環を確認しました。


━━━━━━━━━━


 三つの扉が開く。


 左は、次の階層へ続く道。


 中央は、帰還用の通路。


 右側の扉の奥には。


 銀色の宝箱が置かれていた。


「銀の宝箱……!」


 フィオナの尻尾が一気に膨らむ。


「正解した報酬みたい」


「開けてもよいですか?」


「フィオナが解いたからね」


 慎重に近づき、罠がないことを確かめる。


 フィオナが蓋へ手を掛けた。


 銀色の光が、石室を満たす。


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《属性循環の魔導書》


品質:希少級レア


習得可能技能


《多属性循環》Lv1


━━━━━━━━━━


「技能を覚えられる魔導書です」


「フィオナにぴったりだね」


「いただいてもよいのですか?」


「うん」


 フィオナが魔導書を開く。


 ページから色の異なる魔力が溢れ、彼女の身体へ吸収されていった。


━━━━━━━━━━


フィオナ・ルーヴェルは


《多属性循環》Lv1を習得しました。


効果


複数属性を連続使用した際の魔力損失を軽減する。


属性切り替え速度を上昇させる。


━━━━━━━━━━


「魔力の流れが、前より分かりやすいです」


「迷宮には、こういう技能もあるんだね」


 リリスは楽しそうに周囲を見回す。


 単純に力で破壊するのではなく。


 仕掛けを読み解き。


 正しい方法で攻略する。


 そして、その先に素材や宝物がある。


「この迷宮、好きかも」


『お前と相性が良すぎるな』


「次の階層へ行きますか?」


 フィオナが尋ねる。


 リリスは時間を確認した。


 まだ昼前。


 体力にも魔力にも余裕がある。


「十階まで行こう」


「はい!」


 三人は、地下六階へ続く階段へ足を向ける。


 黒い仮面の魔法使い。


 月狐の魔法剣士。


 冥界の神狼。


 結成されたばかりのパーティー《黒月》は。


 それぞれの力と役割を確かめながら、《星喰いの大穴》の奥へ進んでいった。

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