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第五十六話 月狐魔剣



 中庭での訓練を終えた後。


 リリスとフィオナは、屋敷の地下にある武器工房へ移動した。


 錬金工房と隣接しているものの、内部の設備は大きく異なる。


 中央には、魔力温度を自在に調節できる大型炉。


 金属を均一に伸ばす魔導鍛造機。


 刃の厚さを髪の毛一本分まで調整できる精密研磨台。


 壁際には、大小様々な金槌、鋏、鑿、魔力刻印具が並んでいる。


「ここが武器工房……」


 フィオナは、大きな狐耳をぴんと立てながら周囲を見回した。


「錬金工房だけでも王立研究所以上なのに、武器まで作れる設備があるなんて……」


「昨日、屋敷を直した時に作ったよ」


「朝だけで、ですよね」


「うん」


「師匠の言う“一朝”は、普通の人の一年より長い気がします」


『時間の流れは同じはずなのだがな』


 クロは工房の入口付近へ伏せている。


 大型炉の熱気が少し苦手なのか、冷却魔導具の風が届く場所を選んでいた。


 リリスは作業台へ、フィオナが使っていた片手剣を置く。


 刃渡りは、およそ七十センチ。


 軽量で扱いやすいが、素材は一般的な鋼。


 魔法剣士用として最低限の魔力伝導加工が施されているものの、長年の使用によって術式の一部が摩耗していた。


━━━━━━━━━━


《使い込まれた魔法片手剣》


品質:良質


耐久値:43/100


魔力伝導率:38%


付与可能属性:風


備考


長期間の使用によって刀身内部に微細な亀裂が発生している。


高出力の属性付与を続けた場合、破損する可能性あり。


━━━━━━━━━━


「やっぱり、これ以上強い魔力を流すと折れるね」


「以前の工房で支給された剣なんです」


 フィオナが古い剣の柄を撫でる。


「高価な物ではありませんが、何度も助けられました」


「捨てないよ」


「え?」


「直して、予備として残しておこう」


 リリスは剣の上へ手をかざした。


「《万象修復》」


 黒と金色の魔力が、傷ついた刀身を包む。


 細かな欠け。


 内部の亀裂。


 摩耗していた魔力回路。


 すべてが、製造された直後の状態へ戻っていった。


━━━━━━━━━━


修復が完了しました。


耐久値:100/100


━━━━━━━━━━


「ありがとうございます」


 フィオナは修復された剣を両手で受け取った。


「でも、新しい武器はこれよりずっと強くするよ」


「どのような剣を作るのですか?」


「フィオナが決める」


「私が?」


「使うのはフィオナだから」


 リリスはインベントリを開き、作業台へ素材を並べていく。


━━━━━━━━━━


製作候補素材


・高純度ミスリル


・真鋼


・魔晶巨兵の高密度魔晶核


・深淵魔晶核の欠片


・夜風鳥の羽根


・月光草の霊液


高純度創石アルケリウム


━━━━━━━━━━


 銀白色に輝くミスリル。


 重厚な色合いを持つ真鋼。


 内部で青い光が明滅する魔晶核。


 指先ほどの大きさへ分割された、黒紫色の《深淵魔晶核》。


 どれも、普通の武器工房では目にすることすら難しい素材だった。


 フィオナは恐る恐る、黒紫色の欠片を覗き込む。


「これ……昨日、魔晶鉱山の異変を起こしていた素材ですよね?」


「うん」


「危険ではないのですか?」


「そのままだと危険だけど、余分な闇属性を除いて、魔力を蓄える性質だけ残すよ」


「そんなことができるんですか?」


「できるよ」


 リリスは当然のように答えた。


 フィオナは何か言いかけたが、すぐに口を閉じる。


「師匠ですからね……」


『早くも諦めを覚えたようだな』


「クロ、聞こえていますよ」


『聞こえるように言った』


 フィオナの尻尾が、不満そうに一度だけ床を叩いた。


◇◇◇


「どんな剣が欲しい?」


 リリスが改めて尋ねる。


 フィオナは素材を見つめながら、少し考えた。


「今までは、風属性しか安定して付与できませんでした」


「他の属性は?」


「火と水は少しだけ。光と土は、剣へ流すとすぐに制御を失います」


「剣の魔力回路が一属性用だからだね」


「はい。ですから……可能であれば、様々な属性を使い分けられる剣が欲しいです」


「全部?」


「難しいでしょうか」


「難しくないよ」


 即答だった。


「むしろ、一属性だけにする方がもったいない」


「もったいない……」


「フィオナは《魔法剣士》だから、これから使える属性も増えるかもしれない。武器の方で可能性を狭めない方がいいよ」


 リリスは白紙を作業台へ広げる。


 指先から魔力を流すと、武器の設計図が自動的に描かれていった。


 片手で扱える細身の剣。


 フィオナの体格に合わせ、全長と重心を調整。


 刀身内部には、複数の魔力経路。


 柄の中心には、高純度創石アルケリウムを使った小型魔力炉。


 鍔には、狐の尾と三日月を組み合わせた意匠が描かれている。


「綺麗……」


 フィオナが設計図へ顔を近づける。


「私に、これを?」


「うん。でも、私だけで作らないよ」


「まさか……」


「フィオナも一緒に作ろう」


 狐耳が大きく跳ねた。


「私が、この素材に触れてもよいのですか?」


「自分の武器だからね」


「失敗したら……」


「素材なら、まだあるよ」


「これほどの素材が、まだあるのですか?」


「たくさん」


 リリスがインベントリの一覧を開く。


 魔晶ゴーレム百八十三体分。


 魔晶巨兵一体分。


 その他、これまで集めてきた大量の鉱石と魔物素材。


 表示された数を見たフィオナは、そっと画面から目を逸らした。


「失敗を恐れる必要はなさそうですね」


「失敗しても、原因が分かれば成功に近づくよ」


「昨日、私が言ったことを覚えていてくださったのですか?」


「失敗できない環境だったって話?」


「はい」


「ここでは、好きなだけ試していいから」


 フィオナは、しばらく何も答えなかった。


 やがて、胸の前で両手を握る。


「私、頑張ります」


「では、始めよう」


◇◇◇


 最初に行うのは、ミスリルと真鋼の精製だった。


 ミスリルは魔力伝導率に優れる。


 一方、真鋼は非常に高い強度を持つ。


 二つを適切な比率で合わせれば、魔法剣士に適した軽さと頑丈さを両立できる。


「ミスリル七、真鋼三」


 リリスが炉の温度を調整する。


「ただ混ぜるだけだと、真鋼の方が沈むから気をつけて」


「魔力で流れを均一に保つのですね」


「うん。やってみて」


「はい」


 フィオナが炉の前へ立つ。


 溶けた銀白色の金属へ、両手から魔力を流し込む。


 最初は、二種類の金属が渦を巻いて分離しかけた。


「焦らなくていいよ。全体を動かそうとしないで、境目だけを見る」


「境目……」


 フィオナの狐耳が、周囲の音を遮るように少し伏せられる。


 目を閉じ、魔力の感覚へ集中する。


 異なる金属が触れ合う部分。


 弾き合おうとする魔力。


 そこへ細い糸を通すように、自分の魔力を流していく。


 少しずつ。


 銀白色と黒銀色の境界が溶け合っていった。


「できていますか?」


「そのまま」


 リリスは手を出さない。


 フィオナ自身の感覚で、最後まで精製させる。


 十分ほど経った頃。


 炉の中で、一つになった金属が淡い月白色の輝きを放った。


━━━━━━━━━━


《月白合金》


品質:最高


製作者


リリス・ルクスヴィア


フィオナ・ルーヴェル


特性


・高魔力伝導


・高耐久


・軽量


・属性親和


━━━━━━━━━━


「最高品質……」


 フィオナは表示を見つめたまま動かなかった。


「私の名前もあります」


「一緒に作ったからね」


「初めてです」


「何が?」


「私が製作した物に、最高品質と表示されたのは……」


 琥珀色の瞳が、嬉しそうに細められる。


 大きな尻尾が、ゆっくりと左右へ揺れていた。


「次は刀身を作ろう」


「はい、師匠!」


◇◇◇


 月白合金を型へ流し込む。


 固まり始めた段階で、魔導鍛造機へ移す。


 リリスが全体の形を整え、フィオナが金槌で魔力の流れを調整する。


 甲高い音が、工房へ規則正しく響いた。


 鍛えるたび、刀身内部の不純物が光となって抜けていく。


 次に、高密度魔晶核を薄い板状へ加工。


 深淵魔晶核の欠片から、暴走の原因となる闇属性魔力だけを分離する。


「《完全自動精製》」


 黒紫色だった欠片が、透明に近い淡紫色へ変わった。


━━━━━━━━━━


《無属性深層魔晶核》


品質:神話級ミソロジー


特性


・超高密度魔力貯蔵


・属性変換


・魔力自動循環


・所有者魔力同調


━━━━━━━━━━


「これを剣の核にするよ」


「この大きさで、どのくらい魔力を蓄えられるのですか?」


「今のフィオナなら、魔力を全部使い切っても三回くらい満タンにできる量」


「三回……」


「剣の方でも自然回復するから、実際にはもっと使えるよ」


「私、剣に負けていませんか?」


「これから成長すればいいよ」


 無属性深層魔晶核を、柄の内部へ組み込む。


 その周囲を高純度創石アルケリウムで覆い、刀身全体へ魔力回路を広げる。


 火。


 水。


 風。


 土。


 雷。


 氷。


 光。


 闇。


 無。


 異なる属性同士が衝突しないよう、それぞれの経路を独立させる。


 最後に、月光草の霊液と夜風鳥の羽根から作った魔力液へ刀身を浸した。


 淡い光が工房を満たす。


「フィオナ、手を出して」


「はい」


「剣に、自分の魔力を流して」


 フィオナが両手で、未完成の柄を握る。


 慎重に魔力を注ぎ込んだ。


 剣が、初めて呼吸するように光を放つ。


 刀身の表面へ、三日月と狐を組み合わせた銀色の紋様が浮かび上がった。


━━━━━━━━━━


所有者情報を登録します。


フィオナ・ルーヴェル


登録完了。


━━━━━━━━━━


 リリスが剣へ、最後の魔力刻印を施す。


「《神級武器製作》」


 黒と金色の光が、刀身を包んだ。


 それまで別々だった素材。


 魔力回路。


 付与術式。


 所有者情報。


 すべてが一つの武器として融合していく。


 光が収まる。


 作業台の上に、一本の魔法剣が横たわっていた。


 刀身は、月光を固めたような淡い銀白色。


 中心には、薄紫色の魔力線が走っている。


 鍔は三日月を背負った狐の姿。


 柄は白と淡い茶色で整えられ、フィオナの手に合う太さへ調整されていた。


━━━━━━━━━━


月狐魔剣ルナ・ヴァルペス


品質:神話級ミソロジー


種別:成長型魔法片手剣


製作者


リリス・ルクスヴィア


フィオナ・ルーヴェル


所有者


フィオナ・ルーヴェル


装備効果


・全属性魔力伝導


・属性瞬間変換


・魔力自動循環


・魔力貯蔵


・属性剣威力極大上昇


・魔力斬撃強化


・詠唱補助


・障壁展開


・自動修復


・所有者認証


・成長同調


固有能力


《月狐の加護》


所有者の魔力、身体能力、感覚能力を強化する。


夜間および月光下では効果が上昇する。


━━━━━━━━━━


「完成」


 リリスは、出来上がった剣をフィオナへ差し出す。


「《月狐魔剣ルナ・ヴァルペス》。フィオナ専用の魔法剣だよ」


「これが……私の剣……」


 フィオナは、両手でそっと受け取った。


 初めて握ったはずなのに、不思議なほど手に馴染む。


 重すぎない。


 軽すぎない。


 自分の腕の延長のように、剣の隅々まで魔力の流れを感じ取ることができた。


「師匠」


「なに?」


「神話級と表示されています」


「うん」


「王国の宝物庫に保管されるような武器ではありませんか?」


「フィオナが使うために作ったから、宝物庫に入れる必要はないよ」


「私が持ち歩いてよい物なのでしょうか」


「所有者認証があるから、盗まれてもフィオナ以外には使えないよ」


「問題はそこだけではありません!」


『諦めた方がよい』


 クロが目を閉じたまま告げる。


『リリスに武器を頼んだ時点で、普通の品が出てくる可能性はなかった』


「頼んだ覚えはないのですが……」


『なおさら逃げ道はないな』


◇◇◇


 完成した《月狐魔剣》を試すため、三人は中庭の訓練場へ移動した。


 フィオナは新しい剣を腰に下げ、訓練用の木人と向き合う。


「最初は、ゆっくり魔力を流して」


「はい」


 剣を抜く。


 澄んだ音。


 銀白色の刀身が、朝の光を反射する。


 フィオナが風属性魔力を流すと、剣は即座に反応した。


「《風纏剣》」


 これまでとは比較にならないほど濃密な風が、刀身を包み込む。


 フィオナの髪と尻尾が、巻き起こる風に揺れた。


「すごい……魔力が全く抵抗なく流れます」


「少し振ってみて」


 横薙ぎ。


 フィオナが剣を振るった瞬間。


 緑色の魔力刃が訓練場を横切った。


 十メートル先。


 五体並べられていた訓練用木人が、まとめて両断される。


 さらに魔力刃は、背後の防御壁へ衝突した。


 轟音。


 リリスが張った結界が淡く揺れる。


「……」


 フィオナは、剣を振り抜いた姿勢のまま固まっていた。


「上手くいったね」


「師匠」


「なに?」


「今のは、軽く振っただけです」


「うん」


「以前の全力より強いです」


「魔力を効率よく剣へ通してるから」


「これで本気を出したら、どうなるのですか?」


「試してみる?」


「今日はやめておきます」


 即答だった。


 フィオナは慎重に剣を構え直す。


 次は火属性。


 刀身が赤く染まり、熱を帯びる。


 水属性。


 青い魔力が刃の周囲を流れる。


 光属性。


 剣が眩い白銀色へ変化した。


「今まで安定しなかった属性まで……」


「剣の中で、魔力の形を整えてくれてる」


 最後に、フィオナが複数の属性を切り替えながら連続で剣を振るう。


 風。


 火。


 水。


 光。


 銀白色の刀身が、振るうたびに色を変えた。


 十六歳へ若返った身体は、まだ完全には馴染んでいない。


 それでも、フィオナの剣技と魔法は、昨日までとは比較にならないほど滑らかになっている。


 連撃の最後。


「《月狐魔刃》!」


 フィオナが、自ら思いついた技名を叫ぶ。


 三日月状の銀色の魔力斬撃が放たれ、訓練場の木人を正確に切り裂いた。


 破壊されたのは、指定された標的だけ。


 背後の地面や壁には、傷一つ付いていない。


━━━━━━━━━━


新戦技を習得しました。


《月狐魔刃》Lv1


━━━━━━━━━━


「新しい戦技……!」


「剣とフィオナが同調したから生まれたみたい」


「私だけの技ですか?」


「うん」


 フィオナは《月狐魔剣》を胸の前で抱き締めた。


 琥珀色の瞳には、喜びと感動が溢れている。


「師匠」


「なに?」


「ありがとうございます」


「一緒に作ったんだから、フィオナの作品でもあるよ」


「ですが、私一人では絶対に作れませんでした」


「いつか、一人でも作れるようになるよ」


「本当に、そう思いますか?」


「うん。フィオナは素材の声をちゃんと聞けるから」


 錬金術師として。


 製作者として。


 その言葉は、どんな高価な武器を与えられるよりも、フィオナにとって嬉しいものだった。


「必ず、師匠に追いつきます」


「待ってるね」


「すぐには無理かもしれませんが」


「時間ならたくさんあるよ」


 フィオナは十六歳へ若返った。


 記憶も経験も失わず、成長の可能性を取り戻した。


 その手には、自ら製作へ関わった神話級の魔法剣。


 《月狐魔剣ルナ・ヴァルペス》。


 フィオナが剣を鞘へ納める。


 鍔に刻まれた三日月と狐の紋様が、主を認めるように淡く輝いた。


「大切にします」


「壊れても直せるよ」


「壊さないように大切にするという意味です!」


 フィオナの尻尾が勢いよく揺れる。


 その隣で、クロが小さく鼻を鳴らした。


『良い剣だ』


「クロにも武器を作る?」


『我には牙と爪がある』


「魔法の牙飾りとか」


『妙な効果を付けそうだから遠慮しておく』


「若返らないよ」


『その言葉で安心できなくなったのは、誰のせいだと思っている』


 リリスは首を傾げる。


 フィオナは《月狐魔剣》を抱えたまま、クロへ大きく頷いた。


「クロの判断は正しいです」


「二人とも酷い」


 朝の訓練場に、三人の声が響く。


 無人だった大邸宅で始まった新しい暮らし。


 そこに、最初の仲間のために作られた一本の魔法剣が加わった。


 そしてフィオナはこの日から。


 神級錬金術師リリスの弟子としてだけでなく。


 神話級の《月狐魔剣》を振るう魔法剣士として、新たな一歩を踏み出した。

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