第五十六話 魔将の新装備と黒衣のSランク冒険者
翌朝。
大食堂へ入ると、ルシエラはすでに席についていた。
「おはよう」
「おはようございます、魔王様!」
元気だった。
昨日ここへ来たばかりとは思えない。
ただ、背筋は妙に真っ直ぐで、目の前に並べられた朝食にもまだ手を付けていなかった。
「食べないの?」
「魔王様より先に食事へ手を付けるわけには参りません」
「普通に食べていいよ」
「ですが――」
「冷めるよ」
「……いただきます」
そこは折れてくれた。
隣のアルがパンをちぎりながら小さく笑う。
『昨日より扱い方が分かってきたな』
「ルシエラの?」
『ああ。食べ物を理由にすると割と素直だ』
「聞こえております、アルドラ様」
『すまん』
聞こえていた。
今日の朝食は厚切りの燻製肉、半熟卵、温野菜、茸のクリームスープ、それに白米。
ルシエラは最初こそ上品に食べていたけれど、途中から少しだけ速度が上がった。
「美味しい?」
「……非常に」
「おかわりあるよ」
「いただきます」
即答だった。
やっぱり食べ物には素直。
◇◇◇
朝食を終えたあと、私たちは工房棟へ移動した。
理由は昨日決めた通り。
「ルシエラの装備作ろう」
「私の、ですか?」
「うん」
ルシエラが自分の身体を見る。
今着ているのは黒を基調とした軽鎧。
魔族らしい意匠ではあるけれど、《鑑定》してみると性能はそこまで高くない。
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《黒翼魔将鎧》
品質:
《希少級》
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推奨:
B〜A級
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「今のルシエラなら、もっといいの使えるよ」
「ですが、これは長年私と共に戦ってきた鎧でして……」
「捨てなくていいよ」
「え?」
「保管しておけばいい。新しいのは別に作るから」
ルシエラの表情が少し柔らかくなった。
「……ありがとうございます」
大切な装備なら、無理に素材へする必要はない。
私も古い装備はかなり残している。
「どんな武器使う?」
「主には長剣です。空中戦では片手で扱える剣を好みます。補助として黒炎魔法と暗黒魔法を」
「大剣じゃないんだ」
「私はアルドラ様ほど膂力に優れておりませんので」
『私を基準にするな』
「じゃあ長剣、軽鎧、翼を邪魔しないマント……あと魔法補助」
「魔王様?」
「何?」
「もう作る気満々ですね」
「うん」
ルシエラが少し嬉しそうに笑った。
◇◇◇
今回は私の《魔王鎧装》ほど極端な装備にはしない。
ルシエラ自身が使いやすいことを優先する。
素材庫から取り出したのは、《魔皇黒星鋼》を少量、《冥王星衣繊維》《冥王魔皮》、さらに昨日までの宝箱から得た高純度魔晶と風属性の上位素材。
「魔王様、その黒紫の金属は……」
「《魔皇黒星鋼》」
「まさか、昨日感じた魔王波動はこれを作られた時の……」
「それもあるかも」
「SSS級素材を、ご自身で?」
「作れるよ」
「……」
ルシエラが静かになった。
『処理が追いつかなくなったようだな』
「アルも最初そうだったよ」
『今でも追いついていない』
気にせず続ける。
「《神級錬成》」
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《神級素材加工》
《神級品質制御》
《魔王武装創造》
《眷属武装同調》
複合発動
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黒紫、黒銀、深紅の魔力が工房中央へ集まる。
ルシエラの魔力情報も《眷属契約》を通して読み取り、装備側へ反映させた。
まずは鎧。
重装にはしない。
胴体と肩、前腕、腰、脚部の急所だけを黒銀色の装甲で守り、その下には《冥王星衣繊維》を使った戦闘衣。
背中は黒翼を完全に展開できる構造。
黒いロングコートに近い外套も追加した。
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眷属専用武装完成
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《黒翼魔将装》
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等級:
SS級
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品質:
《古代級》
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専用装備者:
ルシエラ・ノクティス
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主要能力:
黒翼飛翔補助
高速空中機動補正
魔力防御
物理耐性
黒炎魔法増幅
暗黒魔法増幅
風属性魔法補助
魔力自動回復
自己修復
装着者自動調整
眷属加護連動
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「SS……?」
「ルシエラなら使えると思う」
「私の旧装備が希少級なのですが」
「強くなるから大丈夫」
『説明になっていないぞ』
次は剣。
細身だけど強度は高く、空中でも片手で振り回せるようにする。
《魔皇黒星鋼》は芯材へ少量だけ使用。
刃は黒銀色。
鍔には翼を思わせる意匠。
中心へ深紅の魔晶を埋め込んだ。
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《黒翼魔将剣》
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等級:
SS級
品質:
《古代級》
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能力:
黒炎付与
暗黒属性付与
風属性付与
魔力斬撃
空中戦補正
障壁貫通補助
魔力吸収
自己修復
眷属魔力同調
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「持ってみて」
「は、はい」
ルシエラが剣を握る。
その瞬間、刃の中央へ黒紫色の光が走った。
「……軽い」
「重心を合わせたから」
試しに数度振る。
速い。
翼を広げた状態でも、剣が身体の動きを邪魔しない。
「魔王様」
「?」
「本当に、これを私に?」
「ルシエラ用に作ったし」
「……一生大切にいたします」
「壊れても直せるよ」
「そういう意味ではございません!」
ちょっと怒られた。
◇◇◇
装備を着替えたルシエラは、かなり印象が変わった。
黒銀の軽装鎧。
黒い長外套。
背中には一対の黒翼。
腰には《黒翼魔将剣》。
魔将らしさは以前より強いけれど、重すぎず、動きやすそう。
「似合ってる」
「ありがとうございます!」
「じゃあ次は冒険者ギルド」
「……冒険者ギルド?」
「登録しよう」
「私が、ですか?」
「一緒に冒険するなら便利だよ」
ルシエラは少し戸惑ったものの、すぐに頷いた。
「魔王様と共に行動できるのでしたら」
『また一人、ギルドの常識を壊しそうな奴が増えるな』
「アル、何か言った?」
『何も』
言った。
◇◇◇
王都へ出る時、私も装備を変えた。
「《魔王武装召喚》」
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《冥王黒装》
《冥王黒面》
《冥王魔杖》
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全装備:
SSS級
《魔王級》
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黒いフードを深く被る。
黒い仮面で顔を覆い、長い黒銀の魔杖を持つ。
《魔王存在隠蔽》も発動。
これなら、私が魔王種だと外から判別するのはほぼ不可能。
アルがじっと私を見る。
『改めて見ると、かなり怪しいな』
「魔法使い」
『正体不明の高位魔導師にしか見えん』
「Sランク冒険者だよ」
『余計に怖い』
ルシエラは逆だった。
「素晴らしい……」
「そう?」
「まさしく魔王様に相応しい御姿!」
『評価が正反対だな』
好みの問題だと思う。
◇◇◇
冒険者ギルドへ入った瞬間。
騒がしかった一階が少し静かになった。
黒フード。
黒仮面。
黒銀の長杖。
その横には赤髪の巨体な竜人アル。
さらに黒翼を持つ魔族。
「……目立ってる」
『当然だ』
「隠れてるのに」
『顔しか隠れていない』
受付を見る。
エレナさんと目が合った。
「……」
「おはようございます」
普通に挨拶する。
「……リリスさん?」
「はい」
「ですよね」
「分かるんだ」
「アルドラさんが一緒ですから!」
『私が目印なのか』
エレナさんは私を上から下まで見る。
「また装備変えました?」
「魔法使いになりました」
「……昨日まで弓使いでしたよね?」
「《弓王》になったから、今は魔法」
「王級になったから武器を変える人、初めて見ました」
「剣も《剣王》だよ」
「知っています!」
元気だった。
そしてエレナさんの視線がルシエラへ移る。
「こちらの方は?」
「新しい仲間」
ルシエラが一歩前へ出る。
「ルシエラ・ノクティス。《黒翼魔族》にして《魔将》。魔王様の第一――」
「ルシエラ」
「……リリス様と行動を共にしております」
危なかった。
エレナさんが首を傾げる。
「今、魔王様と聞こえたような」
「気のせい」
『無理があるぞ』
アル。
黙っていてほしい。
「冒険者登録したいんですけど」
「……分かりました。とりあえず登録を先にしましょう」
エレナさんが明らかに何かを保留にした。
◇◇◇
登録自体は簡単だった。
名前。
種族。
職業。
戦闘経験。
犯罪歴確認。
魔力測定。
最後に簡単な実技。
ただし。
「魔将……?」
エレナさんが書類を見る。
「はい」
「Lv417……?」
「はい」
「Aランク上位相当の戦闘能力……?」
「おそらく」
エレナさんが私を見る。
「リリスさん」
「何ですか?」
「どこで拾ってくるんですか、こういう方」
「昨日、向こうから飛んできた」
「もっと分からなくなりました!」
説明すると長くなる。
最終的に、ルシエラは冒険者としてはFランクから開始することになった。
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冒険者登録完了
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ルシエラ・ノクティス
冒険者ランク:
F
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「Fランク……」
「最初はみんなFだよ」
『私は初日に上がったがな』
「アル」
『事実だ』
ルシエラは自分の冒険者証を興味深そうに眺める。
「これが魔王様と同じ冒険者の証……」
「私はSだけど」
「S!?」
「言ってなかった?」
「伺っておりません!」
そうだったらしい。
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リリス・ルクスヴィア
冒険者ランク:
S
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ルシエラが固まった。
「魔王であり、真の勇者であり、神級錬金術師であり、Sランク冒険者……」
「あと《弓王》《剣王》」
「まだあるのですか!?」
どこかで聞いた反応。
エレナさんを見る。
エレナさんも私を見ていた。
「気持ち、分かります」
「エレナ殿……」
二人の間に何かが生まれた。
◇◇◇
登録が終わったので、依頼掲示板を見る。
せっかくだからルシエラの冒険者としての初依頼も受けたい。
「簡単なのあるかな」
『お前が選ぶ“簡単”は信用できん。エレナに聞け』
「じゃあエレナさん」
「はい。そう言うと思っていました」
先回りされた。
エレナさんが一枚の依頼書を出す。
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調査依頼
《西部森林地帯・異常魔力調査》
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推奨ランク:
B以上
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依頼内容:
王都西方約120km
《セレス大森林》外縁部において
高密度の聖属性魔力反応を確認。
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報告:
魔物の活動低下
負傷した旅人の相次ぐ救助
夜間に白色結界を確認
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調査対象:
不明
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「聖属性」
『魔族のルシエラとは真逆だな』
「私は聖属性そのものを敵視してはおりません」
ルシエラが答える。
「ただ、これほど広範囲の聖属性反応であれば、高位神官か聖職系の魔法使いでしょう」
「何か危険?」
エレナさんが首を振る。
「今のところ被害報告はありません。むしろ逆です。森で遭難した人や魔物に襲われた旅人が、何者かに治療されて戻ってきています」
「いい人?」
「その可能性が高いです。ただ、誰も姿をはっきり見ていません」
面白そう。
「これ受けます」
『即決だな』
「人助けしてる人なら、会ってみたい」
「リリスさんならそう言うと思いました」
依頼書を受け取る。
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依頼受注
《西部森林地帯・異常魔力調査》
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参加:
リリス・ルクスヴィア Sランク
アルドラ・ヴァルグレイヴ Aランク
ルシエラ・ノクティス Fランク
ノルン
ヴァルカ
クロ
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「Fランクが一人だけ浮いてる」
「必ずすぐに上がってみせます!」
「無理しなくていいよ」
『その成長補正なら嫌でも上がるだろう』
それもそうだった。
◇◇◇
ギルドを出る。
目的地は王都西方百二十キロ。
急げばすぐだけど、今回はルシエラの冒険者としての最初の依頼。
「普通に街道から行こうか」
『転移しないのか?』
「冒険したい」
『なるほど』
アルが少し笑う。
ルシエラはまだ新しい冒険者証を手にしていた。
「魔王様」
「何?」
「初めての冒険者依頼、必ずお役に立ってみせます」
「楽しめばいいよ」
「……楽しむ?」
「冒険だから」
ルシエラは少し考えてから、静かに頷いた。
「はい」
こうして私たちは王都西門を出た。
私にとっては、魔法使いへ戦い方を変えてから初めての正式依頼。
ルシエラにとっては、生まれて初めての冒険者依頼。
そして目的地では、正体不明の強い聖属性魔力が待っている。
なんとなく。
また新しい出会いがありそうな気がした。




