第五十五話 魔将ルシエラと最初の魔族
「……様はいらない」
私がそう言うと、片膝をついていた黒翼の女性――ルシエラ・ノクティスは、目に見えて動揺した。
「し、しかし魔王様。魔王たる御方を敬称もなくお呼びするなど、魔族として到底――」
「リリスでいいよ」
「できません!」
「じゃあ、リリスさん?」
「もっとできません!」
『妙なところで強情だな』
クロが面白そうに眺めている。
アルは額へ手を当てた。
『リリス。まずは話を聞いた方がいいのではないか? なぜお前の魔力を感じただけで、六十八キロも飛んできたのかも分かっていない』
「あ、そうだった」
「六十八……?」
ルシエラさんが顔を上げる。
「私が来た方向と距離まで把握されていたのですか?」
「《超広域魔力感知》で」
「さすが魔王様……!」
「だから様はいらない」
「それだけはご容赦ください!」
譲ってくれない。
仕方ないので、その問題はいったん後回しにする。
◇◇◇
私は《万象解析》を重ねて、改めてルシエラさんを見る。
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ルシエラ・ノクティス
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種族:
《黒翼魔族》
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Lv:
417
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職業:
《魔将》
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適性:
闇属性
炎属性
風属性
空間属性
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主要技能:
《黒翼飛翔》
《魔将剣術》
《暗黒魔法》
《黒炎魔法》
《魔族身体強化》
《魔力障壁》
《高速飛翔》
《空中戦闘》
《魔力感知》
《魔族統率》
《眷属指揮》
《夜戦適応》
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総合脅威評価:
A級上位相当
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敵意:
なし
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虚偽反応:
なし
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「Lv417。かなり強いね」
「っ……レベルまで一目で」
『いや、リリスがおかしいだけだから気にするな』
「アル、失礼」
『事実だ』
ルシエラさんはしばらく驚いていたけれど、すぐに表情を引き締めた。
「改めて申し上げます。私は魔族領北辺を離れ、各地を渡り歩いております。現在、特定の魔王にも魔族国家にも仕えておりません」
「魔族領ってあるんだ」
『そこからか……』
「魔王様はご存じなかったのですか?」
「昨日魔王になったばかりだから」
「……昨日?」
「うん」
ルシエラさんが固まった。
「……昨日、でございますか?」
「昨日」
「では、あの天を覆うほどの魔王波動は……」
「たぶん私」
「そして今日、遠方から感じた、さらに強大な魔王の威圧は……」
「装備試してた時かな」
「装備を……?」
「SSSランクの魔王鎧装」
「SSS!?」
ルシエラさんの黒翼が大きく開いた。
『情報を少しずつ渡してやれ』
「アルも前に言われてた」
『誰にだ!』
「エレナさん」
『……否定できん』
◇◇◇
ルシエラさんによると、魔族には高位存在の魔力を感じ取る独特の感覚があるらしい。
もちろん誰でも世界中の魔王を感知できるわけではない。
今回は私が《魔王種ルクスヴィア》へ進化した際、既存の魔族とはまったく異なる魔王因子が生まれた。
その瞬間、高位魔族の中でも特に感覚の鋭い者は、遠方からでも「新たな魔王が誕生した」ことを感じ取ったらしい。
「では、他にも気づいた魔族がいるかもしれない?」
「はい。ただし私ほど近くにいた者がいるかどうかは分かりません」
「そのうちいっぱい来る?」
「可能性はございます」
「いっぱいは困るなあ」
『そこを心配するのか』
「屋敷に二百人いるし」
「二百名の眷属がすでに……!」
「使用人だよ」
「使用人だけで二百……」
ルシエラさんが、また私を見る目を変えた。
何か誤解されている気がする。
「それで、どうして私の配下になりたいの?」
聞くと、ルシエラさんは少しだけ間を置いた。
先ほどまでの興奮した様子とは違い、今度は真剣な表情だった。
「魔族にとって、魔王とは必ずしも単なる王ではございません」
「うん」
「圧倒的な力によって魔族を従える者もいれば、恐怖によって支配する者もおります。ですが本来の魔王とは、魔の頂点へ至った存在。己の力と意志をもって、魔族の新たな時代を示す者です」
ルシエラさんは私を真っ直ぐ見る。
「私は長く、仕えるに値する主を持ちませんでした」
「どうして?」
「強いだけの者ならおります。しかし、私は力だけで膝を折りたくはなかった」
その言葉には、少し意外なほど強い意志があった。
「ですが昨日感じた魔王波動には、濁りがございませんでした。支配欲も、殺意も、憎悪もない。にもかかわらず、私が知るどの魔族より遥かに強大だった」
『魔力だけでそこまで分かるのか』
「高位魔族であれば、ある程度は。そして本日、実際にお会いして確信いたしました」
再び彼女が片膝をつく。
「私は、貴女様の行く先を見たい」
今度の言葉は、さっきより静かだった。
「そのために剣を振るうことを、お許しいただきたいのです」
なるほど。
ただ「魔王だから従う」というわけではないみたい。
「アル」
『なぜ私を見る』
「どう思う?」
『少なくとも嘘は言っていないように見える。お前の感知でも敵意はないのだろう?』
「ない」
『なら、最後はお前が決めろ。お前に仕えたいと言っているのだからな』
「クロは?」
『我も反対する理由はない。面白そうではある』
「ウォン!」
ノルンも賛成らしい。
上空からヴァルカも一声鳴いた。
「じゃあ」
私はルシエラさんを見る。
「一緒に来る?」
「――っ!」
「配下っていうより、仲間の方がいいけど」
「仲間……」
「嫌?」
「いいえ!」
ルシエラさんが勢いよく頭を下げた。
「この命、魔王様のために!」
「命は大事にして」
「は?」
「死ぬ前提で仕えなくていいよ」
ルシエラさんが顔を上げる。
「負けそうだったら逃げてもいいし、怪我したら休めばいい。命を捨てる命令もしないよ」
「……」
「あと、嫌なことがあったら普通に言って」
しばらく返事がなかった。
ルシエラさんは、何かものすごく珍しいものを見るような目で私を見ていた。
「魔王様」
「うん?」
「貴女様は……本当に魔王なのですか?」
「なったよ」
『それはこちらも何度か疑問に思った』
「アル」
◇◇◇
その瞬間、新しい通知が現れた。
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《魔王共鳴》
対象の強い忠誠意志を確認
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《眷属契約》
使用可能
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対象:
ルシエラ・ノクティス
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「契約できるみたい」
「ぜひ!」
「効果を調べてからね」
『そこは成長したな』
「魔王因子核で学んだ」
『学ぶのが一歩遅かった気もするが、まあいい』
《万象解析》を使う。
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《眷属契約》Lv100
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魔王と対象者の双方合意によって成立する高位契約。
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主な効果:
《眷属加護》適用
魔王との精神念話
《眷属位置共有》
《眷属守護》
《眷属転移》対象登録
魔力共有許可
成長補助
状態異常耐性補助
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強制命令:
なし
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人格支配:
なし
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契約解除:
双方から可能
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「これならいい」
『随分まともな契約だな』
「私の技能だから?」
『おそらくな』
ルシエラさんへ内容を説明する。
「強制命令も人格支配もない。契約は自分から解除できるみたい。それでもいい?」
「むしろ、そのような寛大な眷属契約が存在することに驚いております」
「じゃあ、やる?」
「お願いいたします」
私は右手を差し出した。
ルシエラさんがその手を取る。
「《眷属契約》」
黒紫色と銀色の魔力が二人の間で交差した。
ルシエラさんの胸元へ小さな魔法陣が浮かび、そこへ《ルクスヴィア魔王紋》が刻まれる。
ただし肌へ直接刻印されたわけではない。
必要な時だけ浮かび上がる魔力紋らしい。
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《眷属契約》
成立
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契約主:
リリス・ルクスヴィア
《魔王種ルクスヴィア》
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第一魔族眷属:
ルシエラ・ノクティス
《黒翼魔族》
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「第一魔族眷属」
「光栄にございます……!」
『今のお前には魔族の眷属が一人しかいないから、当然ではあるな』
「クロ、今それ言う?」
『事実だ』
ルシエラさんは気にしていない。
むしろかなり嬉しそうだった。
◇◇◇
契約が成立すると、さらに表示が続く。
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《眷属加護》適用
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対象:
ルシエラ・ノクティス
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魔力容量上昇
魔力回復速度上昇
全能力補正
魔王魔力耐性
精神干渉耐性
呪詛耐性
成長補助
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ルシエラさんの全身から黒紫の光が溢れた。
「こ、この力は……」
「大丈夫?」
「はい……! 身体の底から魔力が!」
『リリス、まさか成長同調まで――』
「まだしてないよ」
『安心した』
別の表示を見る。
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《成長同調》
新規対象登録可能
ルシエラ・ノクティス
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「できるみたい」
『待て』
「まだ押してない」
『そのまま止まれ』
「どうして?」
『お前たちと同じ一万倍へしたら、また数日で常識外になるだろう!』
ルシエラさんが首を傾げる。
「一万倍……?」
「経験値とかの成長効率」
「一万倍!?」
「私たちはみんなそう」
「皆様……?」
ルシエラさんがノルン、ヴァルカ、クロを見る。
そしてアルを見る。
「もしかして、皆様の異常な魔力量は……」
『原因の大半はリリスだ』
「なるほど……さすが魔王様」
「そこで納得するんだ」
アルの時とは反応が違う。
でも、新しい仲間だけ成長から置いていくのも嫌だ。
「ルシエラさんも一緒でいい?」
『本人に聞け』
「一万倍になるけど、どうする?」
「お願いします」
即答。
『似た者同士が増えた気がする……』
「じゃあ《成長同調》」
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《成長同調》
対象追加
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ルシエラ・ノクティス
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最終成長補正:
×10,000
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「これで一緒」
「ありがとうございます、魔王様!」
嬉しそうなのでいいと思う。
◇◇◇
「じゃあ家に帰ろう」
「家……でございますか?」
「うん。王都にあるよ」
「王都!?」
ルシエラさんの翼が再び広がった。
「ま、魔王様は人族の王都に居城を!?」
「居城じゃなくて家」
『十八万平方メートルある元公爵邸だがな』
「十八万……」
「庭広いよ」
『説明するところがそこなのか』
「魔王城……」
「違うよ」
「では魔王宮?」
「家」
『諦めろ、ルシエラ。こいつは譲らん』
私は《魔王転移》を試してみることにした。
屋敷はすでに私の拠点として座標登録されている。
さらにルシエラさんは《眷属転移》対象になった。
「みんなまとめて帰れるかな」
『初めて使う魔法でやることではない気もするが』
「座標は家だから失敗しにくいよ」
『そういう問題か……?』
ノルン、ヴァルカ、クロ、アル、ルシエラさん。
全員を転移対象として指定する。
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《魔王転移》
《眷属転移》
《広域転移》
複合発動
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転移先:
リリス邸・大庭園
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「《転移》」
黒紫色の魔法陣が足元へ広がった。
一瞬だけ視界が暗転する。
次に目を開けた時には、見慣れた大庭園に立っていた。
「成功」
『便利だな、これは』
「ウォン!」
「グオオッ!」
ノルンはそのまま庭を走り始め、ヴァルカも騎獣舎の方へ向かう。
クロはお気に入りになった大木の下へ歩いていった。
そしてルシエラさんだけが、完全に固まっている。
「……ここが」
「家」
「これが……家……?」
目の前には三階建ての本館。
左右には別館。
遠くには迎賓館、工房棟、大型厩舎、騎獣舎。
その周囲には広大な庭園。
屋敷のあちこちを使用人たちが行き来している。
「魔王様」
「何?」
「やはり城では?」
「家だよ」
『私も最初は似たようなことを言った』
◇◇◇
当然。
新しい魔族を連れて帰ったので、使用人たちは少し驚いた。
特にルシエラさんは、黒紫色の長髪、小さな角、背中の黒翼と、どこから見ても魔族だ。
「リリス様、お帰りなさいませ」
ローデリックさんがいつも通り出迎える。
「ただいま。新しい仲間連れてきた」
「左様でございますか」
ローデリックさんがルシエラさんを見る。
ほんの一瞬だけ驚いたものの、すぐに普段の表情へ戻った。
「初めまして。リリス様の屋敷にて執事長を務めております、ローデリック・ハインと申します」
「ルシエラ・ノクティス。《黒翼魔族》にして《魔将》。本日より魔王様の第一魔族眷属となった」
ローデリックさん。
沈黙。
「……魔王様、でございますか?」
あ。
アルが私を見る。
『どうする?』
「説明した方がいいかな」
『するしかないだろう』
今まで使用人たちには、私が《真の勇者》になったことは伝わっている。
でも。
魔王になったことは、まだ誰にも話していない。
「ローデリックさん」
「はい」
「昨日、種族が変わりました」
「……昨日でございますか」
「魔王になった」
ローデリックさんが静かに瞬きをした。
「左様でございますか」
「驚かないの?」
「大変驚いております」
全然見えない。
「ですが、リリス様が昨日までのリリス様と変わらないのであれば、私どものすることも変わりません」
「……そっか」
「それに」
ローデリックさんが少しだけ微笑んだ。
「魔王になられた翌日に屋敷を破壊するのではなく、防御結界を強化される方ですから」
『なるほど』
「アルまで納得しないで」
何となく恥ずかしい。
◇◇◇
その日の夕食から、ルシエラさんも私たちと同じ食卓へ座ることになった。
「わ、私が魔王様と同席を……?」
「仲間だから」
「しかし私は眷属で――」
「一緒に食べよう」
「……はい!」
今日の夕食は鶏肉の香草焼き、野菜のスープ、白米、それに魚のムニエル。
ルシエラさんは料理を一口食べて目を見開いた。
「……美味しい」
「バルドさんたちの料理美味しいよ」
「魔王様の居城では、毎日このような料理が……」
「家」
「……御邸宅では」
「うん」
『妥協したな』
しばらく静かに食事が進む。
けれど途中で、ルシエラさんが私の格好を見ながら尋ねた。
「魔王様は普段、どのような武装を?」
「今は魔法使い」
「魔法使い……」
「見る?」
『食堂で出すのか?』
「着るだけ」
《魔王武装召喚》。
黒紫の粒子が身体を包み、《冥王黒装》《冥王黒面》が装着される。
右手には《冥王魔杖》。
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魔法戦闘装備
全装備:
SSS級
《魔王級》
━━━━━━━━━━
「これ」
ルシエラさんが固まった。
「……SSS級」
「うん」
「三つとも?」
「うん」
「魔王級……」
「うん」
「魔王様」
「何?」
「私、一生お仕えいたします」
「契約はいつでも解除できるよ?」
「絶対に解除いたしません!」
『装備を見せただけで忠誠心が上がったぞ』
「魔族って装備好きなのかな」
「違います!」
初めて少し大きな声を出した。
◇◇◇
食後。
ルシエラさんには東別館の一室を使ってもらうことにした。
かなり広い部屋なので、黒翼を広げても問題ない。
「必要な物があったらローデリックさんかエリシアさんに言ってね」
「承知いたしました」
「あと」
「はい!」
「“魔王様”じゃなくてもいいよ」
「それだけはお断りいたします」
「まだ駄目か」
「はい!」
強い。
仕方ない。
そのうち慣れてくれればいい。
私が部屋を出ようとすると、背後から声が掛かった。
「魔王様」
「?」
「本日は、本当にありがとうございました」
振り返る。
ルシエラさんは、今までとは違う柔らかい表情で笑っていた。
「私には長い間、帰る場所と呼べる場所がありませんでした」
少しだけ間を置いて。
「ここを、その場所にしてもよろしいのでしょうか」
「もちろん」
それくらいなら、考える必要もない。
「もう仲間だから」
「……はい」
黒い翼がわずかに揺れた。
嬉しい時に動くらしい。
ノルンの尻尾と少し似てる。
「翼動いた」
「えっ」
「嬉しいと動く?」
「ま、魔王様!?」
「やっぱり」
「見ないでください!」
新しいことを知った。
こうして。
世界唯一の魔王になった私に、初めての魔族の仲間ができた。
《魔将》ルシエラ・ノクティス。
そして明日からは、六人と三体――ではなく、私、アル、ルシエラ、ノルン、ヴァルカ、クロで新しい生活が始まる。
まずは。
「ルシエラ用の装備も作ろうかな」
廊下へ出たところで呟く。
『やはりそうなるか』
「アル、いたの?」
『最初からいた!』
「じゃあ明日、ルシエラの装備作る?」
『まず本人に聞け!』
それもそうだった。




