第五話 鉄牙狼と最初の装備強化
翌朝。
宿で朝食を済ませた私は、部屋の机に昨日集めた素材をいくつか並べていた。
ロックリザードの硬い鱗。
厚みのある皮。
爪と牙。
そして二つだけ手に入った《岩甲核》。
「盾と革鎧は、これで強化できそう」
《鑑定》で確認した通り、《岩甲核》は盾や鎧の防御性能を高める素材だ。
今装備しているのは、新人冒険者用のごく普通の革鎧一式と《鉄補強の木小盾》。
買ったばかりではあるけれど、より良い素材が手に入ったのなら使ってみたい。
私は錬金術師なのだから。
「でも、剣はどうしよう」
腰から《鉄の剣》を抜く。
━━━━━━━━━━
《鉄の剣》
品質:普通
一般的な鉄を鍛えて作られた片手剣。
扱いやすく、
駆け出し冒険者にも広く使われている。
━━━━━━━━━━
悪い武器ではない。
ブルースライムやホーンラビットなら十分だったし、ロックリザードの鱗も力を込めれば斬ることができた。
ただ、防具だけ強くして武器がそのままというのも少し寂しい。
「刃に向いた素材が欲しいな」
ロックリザードの爪でも加工はできる。
でも、せっかくならもっと武器向きの素材を探してみたい。
私は昨日錬金術師ギルドでもらった王都周辺の簡易地図を広げる。
ルミナス丘陵。
草原。
森林。
岩場。
その中で、昨日は行かなかった丘陵北西部に目が止まった。
低木と岩場が混ざる地域。
出現する魔物の欄には――。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼》
主な生息地:
ルミナス丘陵北西部
推奨:
F~Eランク冒険者
━━━━━━━━━━
「鉄牙狼……」
名前からして武器素材になりそう。
私はすぐに《鑑定》ではなく、ギルドでもらった魔物資料の説明へ目を通した。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼》
灰黒色の毛皮を持つ狼型魔物。
牙と爪が金属質に変質しており、
一般的な鉄に匹敵する硬度を持つ。
集団で行動することが多いため注意が必要。
━━━━━━━━━━
「これだ」
牙。
爪。
金属質。
剣との相性が良さそうな単語しかない。
「今日はこの子たちを探そう」
机の素材を《インベントリ》へ戻し、革鎧を着込む。
暗灰色の《厚布の鎧下》。
黒い長ズボン。
その上に焦げ茶色の革鎧。
鉄の剣を腰に下げ、《鉄補強の木小盾》を装備する。
「準備完了」
◇◇◇
王都を出て、西へ。
昨日通った道を途中まで進み、ルミナス丘陵へ入る。
《自動収集Lv10》は今日も絶好調だった。
━━━━━━━━━━
《薬草》×30
《魔力草》×20
《止血草》×20
《解毒草》×10
《香草》×30
《山苺》×40
━━━━━━━━━━
「今日も増えるね」
歩くだけで素材が入ってくる。
昨日かなり集めたはずなのに、数字が増えるとやっぱり嬉しい。
さらに丘を越える。
━━━━━━━━━━
《鉄鉱石》×60
《銅鉱石》×40
《魔晶砂》×30
━━━━━━━━━━
昨日ほど採掘に寄り道するつもりはないけれど、範囲内にあるものは《自動収集》が勝手に拾ってくれる。
「便利すぎる」
採らずに通り過ぎる理由がない。
しばらく進むと、《気配察知Lv10》に反応が入った。
五つ。
小型。
動きが速い。
「……狼かな」
私は街道から外れ、風下からゆっくり近づく。
低い岩の陰から覗くと、灰黒色の獣が五体いた。
見た目は大型の狼。
ただし普通の狼とは明らかに違う。
口元から覗く牙が鈍い銀色を帯びている。
前脚の爪も同じ。
「《鑑定》」
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼》
Lv12
種族:獣系魔物
危険度:低~中
金属質の牙と爪を持つ狼型魔物。
俊敏性に優れ、
複数で獲物を追い詰める。
━━━━━━━━━━
残りも確認する。
Lv11。
Lv13。
Lv10。
そして一番大きな個体がLv15。
「五体か」
昨日のロックリザードより速そう。
でも、今の私なら問題ないと思う。
鉄の剣を抜く。
盾を構えた。
その瞬間、一頭の耳が動いた。
「気づいた」
「ガウッ!」
鋭い咆哮。
五頭が一斉にこちらを見る。
次の瞬間には散開していた。
「ちゃんと連携するんだ」
正面から二頭。
左右へ一頭ずつ。
大きな個体だけが少し後ろ。
ゲームで戦った低級モンスターより、ずっと生き物らしい。
正面の一頭が飛び掛かる。
私は小盾を前へ出した。
ガンッ!
「軽い」
昨日よりさらに自分の身体能力へ慣れている。
盾で牙を受け止め、そのまま押し返した。
体勢を崩した首元へ鉄の剣を振る。
ザンッ!
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼》
討伐
━━━━━━━━━━
右。
《危険察知》に反応。
振り返らず、一歩前へ踏み込む。
直後、さっきまで立っていた場所を鉄牙狼が駆け抜けた。
「そこ」
身体を返し、横薙ぎ。
二頭目を斬る。
左から三頭目。
小盾を叩きつけ、剣を突き込む。
残り二体。
大きな個体が低く唸った。
するともう一頭と同時に駆けてくる。
「なるほど」
片方が囮。
大きな方が本命。
そう判断して、私は先に小さい個体へ踏み込んだ。
剣を振り抜く。
倒した直後、背後から大きな個体が飛び掛かってきた。
「《身体強化》」
一気に前へ加速。
牙が背中を掠めるより早く振り向き、その勢いのまま剣を振り上げる。
硬い感触。
金属質の牙と刃が一瞬ぶつかり、甲高い音が響いた。
「硬い」
でも。
「鉄の剣でも斬れる」
もう一度踏み込む。
今度は牙ではなく、胴体へ。
灰黒色の毛皮を斬り裂いた。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼》
×5
討伐
━━━━━━━━━━
《自動収集Lv10》
発動
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼の牙》
《鉄牙狼の爪》
《鉄牙狼の毛皮》
《鉄牙狼の腱》
《鉄牙狼の肉》
《鉄牙狼の魔石》
鉄牙狼の遺骸
収納完了
━━━━━━━━━━
「やっぱり牙がある」
インベントリから一本だけ取り出す。
十数センチほどの長い牙。
表面は骨というより、鈍い灰銀色の金属に近い。
軽く指で叩くと、カン、と硬質な音がした。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼の牙》
分類:魔物素材
品質:普通
鉄牙狼の金属質な牙。
高い硬度と切削性を持ち、
剣、短剣、槍などの刃材として利用される。
━━━━━━━━━━
「当たり」
想像通り。
次は爪。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼の爪》
分類:魔物素材
品質:普通
鋭く硬質な鉄牙狼の爪。
武器の刃や先端部の補強材、
矢尻などに利用される。
━━━━━━━━━━
「これも使える」
鉄の剣。
牙。
爪。
そこに《創晶石》を加える。
頭の中で、だんだん形が見えてきた。
◇◇◇
「せっかくだから、もう少し集めよう」
五体では足りないという意味ではない。
ただ素材は多い方がいい。
《気配察知》を使いながら丘陵を進んでいく。
最初の群れから少し離れた場所で三体。
その先で六体。
さらに四体。
鉄牙狼は資料通り、ほとんどが群れで行動していた。
戦い方もそれぞれ少し違う。
正面から追い込む群れ。
岩陰を利用して挟み込む群れ。
逃げたふりをして誘い込もうとする個体までいた。
「低級魔物でも結構賢いんだ」
それでもステータス差は大きい。
Lv25の私にとって、Lv10台の鉄牙狼は十分対処できる相手だった。
昼前には。
━━━━━━━━━━
《本日の討伐》
《鉄牙狼》
×26
━━━━━━━━━━
素材もかなり増えている。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼の牙》×104
《鉄牙狼の爪》×182
《鉄牙狼の毛皮》×58
《鉄牙狼の腱》×76
《鉄牙狼の肉》×240
《鉄牙狼の魔石》×26
━━━━━━━━━━
「いっぱい」
素材獲得量十倍の恩恵は大きい。
普通に狩っていたら、こんな数にはならないはずだ。
そして。
━━━━━━━━━━
《レアドロップ》
《鋭牙核》×3
━━━━━━━━━━
「出た」
一つ取り出す。
親指ほどの大きさの灰銀色の結晶核。
中心には細い赤色の光が見える。
━━━━━━━━━━
《鋭牙核》
分類:特殊魔物素材
品質:希少
鉄牙狼の攻撃性と
金属質の魔力が凝縮された特殊核。
武器へ組み込むことで、
切れ味、貫通力、刃の耐久性を高める。
━━━━━━━━━━
「これも使いたい」
むしろ絶対使う。
◇◇◇
昼食を済ませた私は、そのまま王都へ戻ることにした。
まだ午後はかなり残っている。
今日の目的は狩りそのものではなく、武器素材を集めることだった。
必要なものは十分手に入った。
「早く作りたい」
帰り道では《自動収集》に任せて薬草や鉱石を回収する程度に留めた。
━━━━━━━━━━
《薬草》×60
《魔力草》×40
《鉄鉱石》×80
《魔晶砂》×40
《創晶石》×32
━━━━━━━━━━
「アルケリウムも増えた」
岩の隙間に露出していた小さな結晶を回収したものだ。
半透明の銀白色。
内部では細い光の筋が静かに揺れている。
これも装備に使う。
◇◇◇
王都へ戻ると、そのまま錬金術師ギルドへ向かった。
昨日と同じ受付を通り、作業場の貸し出しを頼む。
「装備を加工したいんですけど」
「どの程度の加工ですか?」
「剣と盾と革鎧です」
「……全部ですか?」
「はい」
受付の女性が一瞬だけ止まった。
「素材は?」
「あります」
「分かりました。装備加工用の錬金室をご用意します」
奥の部屋へ案内される。
昨日ポーションを作った場所より広い。
大きな錬金台。
素材加工用の魔力炉。
工具。
作業台。
「すごい」
これなら色々できそう。
◇◇◇
最初は盾。
私は《鉄補強の木小盾》を作業台へ置いた。
そこへロックリザードの鱗と皮。
さらに《岩甲核》を一つ。
「全部そのまま貼るわけじゃない」
《素材精製》。
ロックリザードの鱗から不純物を除き、必要な部分だけを整える。
皮も薄く加工。
《岩甲核》は砕かず、そのまま盾の中心へ組み込む。
「《錬金術》」
淡い光が素材を包む。
木製だった盾の表面へロックリザードの鱗が規則正しく融合していく。
鉄製の縁も残す。
最後に《岩甲核》の魔力を全体へ通した。
━━━━━━━━━━
《錬金成功》
━━━━━━━━━━
《岩鱗小盾》
品質:良質
鉄補強の木小盾を基礎に、
ロックリザードの鱗と皮、
《岩甲核》を用いて強化した小型盾。
防御力上昇
耐衝撃性能上昇
耐久性上昇
━━━━━━━━━━
「できた」
見た目もかなり変わった。
木製部分は残っているけれど、正面には灰褐色の硬い鱗が重なっている。
「次は革鎧」
革胸当て。
肩当て。
籠手。
腰当て。
脚甲。
革靴。
全部を一度に別物へ変えるのではなく、今ある装備を芯にして補強する。
ロックリザードの皮。
硬質鱗。
残った《岩甲核》。
さらに少量の《創晶石》。
「アルケリウムは魔力を通すから……」
細かく加工し、各部へ薄く組み込む。
身体強化や魔力を使った時に、防具側も少し反応しやすくなるはず。
「《錬金術》」
光が広がる。
焦げ茶色だった革鎧に、灰褐色の鱗が要所ごとに重なる。
胸。
肩。
前腕。
脇腹。
太腿。
膝。
動きを邪魔しない部分だけを硬くする。
アルケリウムの銀白色はほとんど外から見えない。
ただ、魔力を流すと内部の光の筋が淡く反応した。
━━━━━━━━━━
《錬金成功》
━━━━━━━━━━
《岩鱗革鎧》
品質:良質
一般的な革鎧を基礎に、
ロックリザードの皮と鱗で補強した軽防具。
《岩甲核》と少量のアルケリウムを
内部へ組み込んでいる。
防御力上昇
耐衝撃性能上昇
耐久性上昇
魔力伝導補助
━━━━━━━━━━
「いい感じ」
元の革鎧より強い。
でも金属鎧ほど重くない。
今の私には、このくらいが使いやすそう。
◇◇◇
「最後」
鉄の剣を作業台へ置く。
これが一番楽しみだった。
━━━━━━━━━━
《鉄の剣》
━━━━━━━━━━
買ったばかりの普通の剣。
これを捨てて新しい武器を一から作ることもできる。
でも、それは何となく違う気がした。
「最初に買った剣だしね」
この世界に来て初めて自分で選んだ武器。
せっかくなら、これを強くしていきたい。
素材を並べる。
━━━━━━━━━━
《鉄牙狼の牙》
《鉄牙狼の爪》
《鋭牙核》
《創晶石》
━━━━━━━━━━
まず牙と爪を精製する。
金属質の部分だけを抽出。
鉄の剣の刃へ融合させる。
通常の鉄と、鉄牙狼の魔力を帯びた硬質素材。
ただ混ぜただけでは不安定になる。
だから間にアルケリウムを使う。
「魔力を繋いで……」
半透明の銀白色の結晶が光る。
内部の光の筋が大きく揺れた。
最後に《鋭牙核》。
その魔力を刃全体へ。
「《錬金術》」
部屋を白い光が満たした。
鉄の剣が浮かび上がる。
刃が一度液体のように揺らぎ、そこへ鉄牙狼の牙と爪が溶け込んでいく。
銀白色のアルケリウムが細い魔力経路を作る。
灰銀色の《鋭牙核》が光った。
数秒後。
剣が作業台へ静かに降りる。
━━━━━━━━━━
《錬金成功》
━━━━━━━━━━
《鉄牙剣》
品質:良質
《鉄の剣》を芯材として再錬成した片手剣。
《鉄牙狼の牙》と《鉄牙狼の爪》を刃へ融合し、
通常の鉄剣を上回る切れ味と耐久性を獲得。
《鋭牙核》によって
刃の鋭さと貫通性能が強化されている。
少量の《創晶石》を組み込み、
魔力伝導性を持つ。
━━━━━━━━━━
「……できた」
手に取る。
重さは元の鉄の剣と大きく変わらない。
刃は普通の鉄より少し暗い灰銀色。
光へ翳すと、刃の内部を走るごく細い銀白色の線が見える。
アルケリウムだ。
軽く魔力を流してみる。
銀白色の筋が淡く輝いた。
「綺麗」
そして何より。
「これ、まだ強くできそう」
今は良質。
素材も序盤の物。
でも、これからもっと強い魔物と戦う。
珍しい鉱石も見つける。
未知の素材も集める。
そのたびに、この剣へ新しい素材を加えていけばいい。
作り直す。
強くする。
また素材を探す。
「……楽しそう」
◇◇◇
装備を身につけて確認する。
━━━━━━━━━━
武器
《鉄牙剣》
品質:良質
━━━━━━━━━━
盾
《岩鱗小盾》
品質:良質
━━━━━━━━━━
防具
《岩鱗革鎧》
品質:良質
━━━━━━━━━━
鎧下
《厚布の鎧下》
上衣:暗灰色
下衣:黒
━━━━━━━━━━
昨日までの新人装備とは明らかに違う。
でも、元になっているのは全部、自分が最初に買った装備だ。
「こういうの、好きかも」
装備を買い替えて捨てていくのではなく、素材を集めて育てる。
錬金術師らしい。
私は《鉄牙剣》を鞘へ納める。
次にどんな素材が見つかるかは分からない。
でも、それでいい。
知らないから面白い。
今日見つけた鉄牙狼の牙だって、朝までは持っていなかった。
「次は何を強化しようかな」
アクセサリー。
道具。
錬金設備。
それとも、まったく新しい物。
考えれば考えるほど作りたい物が増えていく。
私は新しい装備を身につけたまま、満足しながら錬金室を後にした。




