第五十一話 大豪邸の強化と魔王因子核
翌朝。
目を覚まして窓を開けると、大庭園の向こうからノルンの遠吠えが聞こえてきた。
「ウォォォォン!」
広い敷地を走り回る白銀の巨体が、三階の窓からでもよく見える。
そのさらに上空ではヴァルカが悠々と旋回し、大木の陰ではクロが朝日を避けるように寝転がっていた。
「……ちゃんと家になってる」
昨日まで誰も住んでいなかった旧公爵邸には、今では二百人の使用人がいる。
庭では庭師たちが作業を始め、厨房棟からは朝食の匂いが漂い、本館の廊下ではメイドたちが行き交っていた。
思っていたよりずっと賑やかだ。
◇◇◇
着替えて一階へ降りると、ローデリックさんが待っていた。
「おはようございます、リリス様」
「おはようございます」
「昨夜お預かりした屋敷強化用の魔導核について、設置候補地をまとめてございます」
「もう?」
「屋敷の管理を任されておりますので」
仕事が早い。
応接室にはアルもいて、すでに朝食後らしい。
『おはよう、リリス』
「おはよう。早いね」
『普通だ。お前が少し遅い』
「昨日宝箱いっぱい開けてたから」
『寝る直前まで魔導書を眺めていただろう』
「面白かった」
テーブルの上には屋敷全体の図面が広げられていた。
ローデリックさんが中央を指す。
「《広域大結界核》につきましては、本館地下にございます旧防衛魔導室へ設置するのが最適かと存じます」
「そんな部屋あるの?」
「旧公爵家の屋敷ですので、最低限の防衛設備は残されております。ただし数十年前の設備ですので、現在はほとんど機能しておりません」
「じゃあ全部新しくしよう」
『迷いがないな』
次。
「《自動修復魔導核》は本館、東西別館、迎賓館、工房棟へ一基ずつ設置できます」
「ちょうど四個」
「はい」
「全部使おう」
さらに二基の《大型転移門魔導核》。
一つは本館地下。
もう一つは工房棟の隣へ設置することにした。
「でも今は転移先ないよね」
「将来別の拠点をお持ちになった際に使用できます」
「便利」
『もう別邸を増やす前提なのか?』
「まだ増やさないよ」
『“まだ”か』
最近アルが言葉尻に敏感になっている気がする。
◇◇◇
朝食を済ませたあと、私は屋敷の中央庭園へ移動した。
メイドや使用人たちには作業の邪魔にならない場所まで離れてもらっている。
地面には昨日入手した《広域大結界核》。
透明な水晶球のような魔導具で、内部には幾重もの魔法陣が浮かんでいた。
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《広域大結界核》
品質:
《伝説級》
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推奨防護範囲:
最大20万平方メートル
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効果:
侵入感知
敵対者識別
物理防御結界
魔法防御結界
飛行侵入防止
地下侵入防止
火災・爆発抑制
警報共有
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「敷地十八万平方メートルだから、ちょうど全部入る」
『性能だけなら十分だろう』
「でも」
『その“でも”は聞きたくない』
「《神級錬金術師》になったから、強化できる」
『やはりそうなるか』
せっかくなので、そのまま設置するのはもったいない。
昨日の宝箱から出た《高純度アルケリウム》《聖霊晶》《空間属性魔晶》を取り出す。
さらに、自分の《インベントリ》に大量にある素材も追加した。
「《素材完全解析》」
素材同士の相性が表示される。
問題なし。
「《神級素材加工》」
素材が光へ変わり、結界核へ吸い込まれていく。
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《神級錬成》
《神級品質制御》
《神級付与》
《魔導回路構築》
《装備性能限界突破》
複合発動
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『屋敷の結界に《装備性能限界突破》まで使うのか?』
「使えるみたいだから」
『使えることと使うべきかは別だぞ』
「安全は大事」
アルが何か言おうとしたけれど、錬成はもう始まっている。
白銀と蒼色の光が結界核を包み、内部の魔法陣が一気に増殖した。
数秒後。
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再錬成完了
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《広域大結界核》
↓
《神域多重結界核》
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品質:
S
《古代級》
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効果:
広域敵対感知
完全侵入識別
多層物理障壁
多層魔法障壁
空間転移侵入遮断
飛行侵入遮断
地下侵入遮断
精神干渉遮断
呪詛侵入遮断
毒・瘴気遮断
火災自動消火
衝撃自動拡散
障壁自動修復
登録者自動通行
緊急避難結界
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「できた」
『……公爵邸の防御ではないな』
「じゃあ何?」
『城塞だ』
「家だよ」
『家に空間転移侵入遮断は普通付いていない!』
安全になったので問題ない。
◇◇◇
地下の防衛魔導室へ《神域多重結界核》を設置する。
私が魔力を流すと、屋敷の地下を白銀の光が走った。
それは壁、柱、床を通り、大庭園、騎獣舎、工房棟、使用人宿舎へ広がっていく。
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《神域多重結界》
展開完了
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保護対象:
リリス邸全域
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登録生命反応:
206
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私。
アル。
ノルン。
ヴァルカ。
クロ。
使用人二百人。
「……二百五じゃない?」
『一人多いな』
ローデリックさんを見る。
「現在厨房に、王室牧場から肉を運んでくださった担当者が一名おります」
「ああ」
ちゃんと認識しているらしい。
「すごい」
『その者まで一時登録されているのか』
来客は仮登録。
屋敷の住人は常時登録。
敵意を持った侵入者は自動的に結界で止める。
これなら私たちが冒険へ出ている間も安心できる。
◇◇◇
続けて《自動修復魔導核》を四つ設置した。
本館。
東別館。
西別館。
工房棟。
試しに工房の古い石壁へ小さな傷を付ける。
数秒後。
傷が消えた。
「便利」
近くで見ていたエリシアさんが目を丸くしている。
「リリス様……今後、壁や家具が破損いたしましても自動で修復されるのでしょうか?」
「魔導核の範囲なら」
「清掃部門の負担がかなり減ります」
「よかった」
アルも頷く。
『これは普通に便利だな』
「でしょ?」
『だから嬉しそうにするな。全部がおかしいと言ったわけではない』
珍しく褒められた。
◇◇◇
午後は工房棟を見に行った。
広い。
錬金室。
鍛冶場。
素材加工室。
保管庫。
魔導具研究室まである。
「ここ好き」
『予想通りだ』
作業台の上へ《八耀魔導長杖》を置く。
昨日から魔法使いとして戦うことを決めたので、この工房はかなり使うことになりそうだ。
ただ。
今持っている長杖は白銀色。
性能はいい。
でも、もう少し魔法使いらしい服も欲しい。
「ローブ作ろうかな」
『好きにしろ。ただし今日は普通のローブにしておけ』
「普通の?」
『何か妙に黒くて禍々しいものを作りそうな気がする』
「まだ作らないよ」
『また“まだ”か……』
アルの勘が妙に鋭い。
魔王になったわけでもないのだから、今はまだ普通の魔法使い装備でいい。
今は。
◇◇◇
夕方。
私は大浴場へ入ったあと、部屋着に着替えて自室へ戻った。
夕食までは少し時間がある。
机の上には、昨日から気になっている二つのアイテムがあった。
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《魔王因子核》
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《魔王秘宝珠》
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「……」
一応。
見るだけ。
《魔王因子核》を手に取る。
黒い結晶の奥で、紫色の光がゆっくり脈打っていた。
「《万象解析》」
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解析開始……
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《魔王因子核》
魔王種の進化情報を内包する特殊因子核。
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使用可能対象:
生命体
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適合判定:
実行可能
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「……使えるんだ」
少し驚いた。
昨日まで《通常使用:非推奨》としか出なかったのに、《神級錬金術師》と《真の勇者》を獲得したことで解析精度が上がったらしい。
さらに調べる。
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リリス・ルクスヴィア
適合率解析中……
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数字が上昇していく。
十。
三十。
五十。
そして。
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適合率:
100%
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「……百?」
何で?
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高適合理由:
《不老不死の加護》
《女神の加護》
《真の勇者》
《神級錬金術師》
《限界突破》
《状態異常遮断》
《精神干渉耐性》
《呪詛耐性強化》
《魔力暴走耐性》
高位魔力容量
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特殊判定:
魔王因子による人格侵食
無効化可能
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種族変異時:
自我維持率100%
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「……安全?」
少なくとも解析上は。
魔王になって突然性格が変わったり、誰かを襲ったりすることはないらしい。
むしろ気になったのは、その下。
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予測進化先:
不明
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既存魔王種への進化:
否
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新規魔王種発生可能性:
極大
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「新しい魔王種……」
ちょっと。
面白い。
◇◇◇
コンコン。
扉が叩かれた。
反射的に魔王因子核をインベントリへ戻す。
「どうぞ」
『私だ』
アルだった。
「何?」
『夕食の準備ができたそうだ』
「もうそんな時間?」
『……リリス』
「何?」
アルが私を見る。
机。
私。
もう一度机。
『何をしていた?』
「解析」
『何を?』
「素材」
『何の素材だ』
「……珍しいの」
『魔王因子核だな?』
「どうして分かったの?」
『お前の反応で分かった!』
すごい。
アルの《勇者直感》も育ってるのかもしれない。
「まだ使ってないよ」
『当たり前だ!』
「適合率百パーセントだった」
『何だと?』
解析結果を見せる。
アルはしばらく黙っていた。
『人格侵食無効……自我維持率百……』
「安全みたい」
『だからといって使う理由にはならん』
「どんな種族になるか気になる」
『それだけで魔王になるな!』
「まだならないよ」
『その“まだ”を今日何回聞いたと思っている!』
数えてない。
◇◇◇
夕食。
今日の料理はローストビーフと野菜のスープ、それに焼きたてのパンと白米だった。
王室牧場から届けられた肉らしい。
「美味しい」
『クロたちが喜ぶわけだ』
庭の専用スペースではノルン、ヴァルカ、クロも同じ肉を食べている。
クロなんて珍しく二回おかわりした。
バルドさんはかなり嬉しそうだった。
食後。
私は部屋へ戻る。
アルもなぜかついてきた。
「アルの部屋、隣だよ?」
『知っている』
「じゃあなんで?」
『監視だ』
「信用ない」
『魔王因子核を“面白そう”で使おうとしている人間に言われたくない』
使うとはまだ言ってない。
ただ。
適合率百パーセント。
人格侵食なし。
自我維持百パーセント。
新規魔王種。
気になる。
「……一回だけ」
『何が一回だけだ』
「使ってみる?」
『駄目だ!』
「でも戻れなかったら困るから、先に解析する」
『そういう問題では――』
《魔王因子核》を取り出す。
すると。
今度は私が何もしていないのに、黒紫色の光が強くなった。
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《魔王因子核》
適合対象を確認
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リリス・ルクスヴィア
適合率:
100%
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特殊進化が可能です。
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実行しますか?
YES
NO
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「出た」
『NOだ』
「まだ押してない」
『ならNOを押せ!』
私は表示を見る。
YES。
NO。
少し考える。
魔王になったらどうなるんだろう。
角が生える?
羽が出る?
魔法が増える?
それとも、見た目はあまり変わらない?
『リリス』
「……」
『リリス!』
「ちょっとだけ」
YES。
『おい!?』
触れた。
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特殊進化を開始します。
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「……あ」
『あ、ではない!』
次の瞬間。
《魔王因子核》が黒紫色の光へ変わった。
その光が私の手から腕へ、腕から全身へ一気に広がっていく。
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警告
既存種族情報に該当なし
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新規進化系統を構築します。
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《人族》
↓
???
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身体の奥。
魔力が。
一気に。
膨れ上がった。
「……これ」
『リリス!』
でも。
怖くはなかった。
むしろ。
ものすごく。
「面白い……」
『楽しむな!』
黒紫色の魔力が私の身体を包み込み、部屋の中へ巨大な魔法陣が展開された。
そして。
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新規魔王種
生成開始
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進化名称を構築中……
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《ルクスヴィア》
適合確認
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新種族名称:
《|魔王種ルクスヴィア》
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「ルクスヴィア……?」
私の姓。
次の瞬間。
視界が黒紫色の光で埋め尽くされた。




