第四十九話 Sランク昇格と二百人の使用人
大豪邸を購入した翌朝。
私はまだ《銀月亭》の部屋にいた。
昨日のうちに屋敷の所有権移転は終わっているけれど、家具の確認や掃除、食材の搬入、それに何より広すぎる建物を管理する人がいない。
なので、今日までは宿で朝食を食べることにした。
「いただきます」
焼きたてのパン、厚切りのベーコン、目玉焼き、野菜のスープ。
アルの前には私の倍以上の量が並んでいる。
「アル、よく食べるね」
『昨日あれだけ戦ったのだ。当然だろう』
「Lv1116でもお腹減るんだ」
『レベルは食欲を消してくれないらしい』
ノルンとヴァルカ、クロには、宿の裏庭で肉を用意してある。
昨日、国王が約束してくれた王室牧場の肉は、早くも今朝届いていた。
クロは一口食べた瞬間、しばらく無言になったらしい。
かなり気に入ったみたい。
私がスープを飲んでいると、宿の従業員がこちらへやってきた。
「リリス様、冒険者ギルドから使いの方がお見えです」
「ギルド?」
「はい。ギルドマスターがお呼びとのことです」
アルと顔を見合わせる。
『昨日行ったばかりではなかったか?』
「また何かあるのかな」
『お前の場合、心当たりが多すぎる』
失礼。
◇◇◇
朝食を終えて冒険者ギルドへ向かう。
ノルンたちは屋敷の庭へ先に行ってもらった。
特にノルンは、昨日から広い庭を気に入っている。
受付へ入ると、エレナさんがすぐに私たちを見つけた。
「リリスさん、アルドラさん。お待ちしていました」
「おはようございます」
『おはよう』
「ギルドマスターの部屋へお願いします」
案内されて二階へ上がる。
部屋にはグレンさんだけでなく、昨日見かけたギルド職員が数人待っていた。
机の上には、二枚の冒険者証と大量の書類。
「来たか」
「何かありました?」
「ああ。まず座れ」
私とアルが椅子へ座る。
グレンさんは一枚の書類を手に取った。
「王都防衛戦について、昨夜からギルドと王国で正式な戦功査定を進めていた」
「もう終わったんですか?」
「全部ではない。十万体以上の討伐報酬なんぞ、一晩で処理できるか」
「ですよね」
「だが、お前たち二人の冒険者ランクだけは先に決まった」
グレンさんが私を見る。
「リリス・ルクスヴィア。現在Bランク」
「はい」
「本来、Bから上は依頼達成数だけでは上がれん。Aランクには戦闘力だけでなく、判断力、信頼性、対人能力、大規模依頼への対応力が求められる」
前にも聞いた話だった。
だから私は、戦闘能力だけなら十分と言われてもBランクに留まっていた。
「今回、お前は六万を超える味方を同時に守り、軍と連携し、戦況を把握しながら十万を超える敵軍の殲滅に参加した。最後には国家存亡級の魔王種まで討伐している」
グレンさんが書類を机へ置く。
「もうAランクで止める理由がない」
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冒険者ランク
特別昇格査定
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リリス・ルクスヴィア
Bランク
↓
Sランク
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「S?」
「ああ」
思っていたより一つ上だった。
「A飛ばしていいんですか?」
「普段なら駄目だ」
グレンさんが即答する。
「だが、魔王種を倒して六万以上の人間を生還させた奴を『とりあえずAランクで』などと言ったら、今度はギルドの査定能力を疑われる」
「なるほど」
「納得するところなのか……」
隣にいたエレナさんが小さく呟いた。
グレンさんが新しい冒険者証を差し出す。
以前とは違い、縁に黒銀色の装飾が施されたカードだった。
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冒険者証
リリス・ルクスヴィア
冒険者ランク:
S
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「おお」
「Sランクはギルドでも最高位だ。王国を跨ぐ高難度依頼、国家緊急依頼、未踏地域調査などの優先受注権も得る」
「自由に冒険できる?」
「むしろ行ける場所は増える」
「いいですね」
「ただし責任も増えるぞ」
「はい」
そこはちゃんと覚えておこう。
続いてグレンさんがアルを見る。
「アルドラ・ヴァルグレイヴ」
『はい』
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冒険者ランク
特別昇格査定
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アルドラ・ヴァルグレイヴ
Bランク
↓
Aランク
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『私も上がるのか』
「当然だ。ヴォルガン戦で最前線を維持し続け、何度も味方を守った。今や《真の勇者》で《龍聖重騎士》だろう?」
『そうだ』
「実力も功績もAランクとして文句なしだ」
アルも新しい冒険者証を受け取った。
「次の大きな功績次第じゃ、お前もSだ」
『精進しよう』
そこでエレナさんが私の冒険者証を見つめた。
「……リリスさん」
「はい?」
「Bランクになったの、かなり最近ですよね?」
「そうですね」
「もうSランク……」
「早かったね」
「ご本人が一番他人事みたいなの、何なんでしょうね……」
エレナさんが遠い目をした。
◇◇◇
ギルドを出たあと、私たちは王都の南側へ向かった。
今日の目的はもう一つある。
「使用人二百人」
『言い方が買い物の品目みたいになっているぞ』
「でも必要だよ」
『それは認める』
十八万平方メートルもある屋敷を、私とアルだけで維持するのは無理。
《自動整理》や《道具自動整備》を使えばある程度は何とかできても、来客対応や料理、庭、騎獣舎、警備まで全部自分でやるのは違う気がする。
何より私は冒険したい。
屋敷の掃除だけで一日が終わる生活は困る。
向かった先は、王都でも最大規模の奴隷商館だった。
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王都公認奴隷商館
《金秤の館》
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建物は想像していたより明るかった。
石造りの大きな本館と、いくつもの居住棟があり、入口には王国公認を示す紋章が掲げられている。
中へ入ると、身なりの整った男性がこちらへ近づいてきた。
「ようこそ《金秤の館》へ。私は支配人のマルセル・ハーゲンと申します」
「リリスです」
「……リリス・ルクスヴィア様?」
「はい」
マルセルさんの表情が一瞬止まった。
「もしや、昨日の……」
「たぶんそのリリスです」
『他にどのリリスがいる』
「アル」
支配人はすぐに姿勢を正した。
「失礼いたしました。王都をお救いくださった英雄をお迎えできるとは」
「今日は使用人を探しに来ました」
「承知いたしました。何名ほどでしょう?」
「二百人」
「……二百?」
「はい」
マルセルさんが一度瞬きをした。
「二十名ではなく?」
「二百人です」
『私も昨日確認した。同じ答えだった』
「アルまで」
「なるほど……」
支配人は少しだけ考え、すぐに仕事の顔へ戻った。
「それでしたら、通常の応接室ではなく大商談室を使用いたしましょう」
◇◇◇
大きな部屋へ移動する。
私は屋敷の資料を机へ置いた。
「ここを買いました」
「旧ヴァルディエ公爵邸……!」
「広いので、人が必要です」
「確かに二百名でも多すぎるとは言えませんな」
マルセルさんが屋敷の規模を確認しながら頷いた。
「どのような人員をご希望でしょう?」
「執事、メイド、料理人、普通の使用人、護衛」
『騎獣の世話ができる者も必要だ』
「あ、それも」
「承知しました。技能、勤務経験、健康状態、本人の適性を合わせて選抜いたします」
私は少し考える。
「あと、本人がうちに来るのを嫌がってない人でお願いします」
マルセルさんが私を見る。
「承知しました」
「無理やり連れて行っても、長く一緒に暮らすならお互い困るから」
『そこは大事だな』
しばらくして、候補者一覧が運び込まれてきた。
多い。
数百人分ある。
「……全部読む?」
『二百人買うと言ったのはお前だぞ』
「《並列思考》」
『そう来たか』
さらに《鑑定》も併用する。
名前。
年齢。
技能。
職歴。
健康状態。
性格傾向。
希望職種。
犯罪歴の有無。
相性。
高速で確認していく。
こういう時、スキルは便利。
◇◇◇
一時間ほどして、最終候補が決まった。
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採用予定人員
合計:
200名
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執事:
10名
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メイド:
70名
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料理人:
20名
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一般使用人:
60名
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護衛:
40名
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合計:
200名
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一般使用人の中には、庭師、清掃担当、洗濯担当、倉庫管理、厩舎係、騎獣世話係なども含まれている。
「ちょうど二百」
『本当に買うのだな……』
「屋敷広いし」
最終確認のため、広い中庭へ候補者たちが集められた。
人族。
獣人。
ドワーフ。
エルフ。
様々な種族が混じっている。
その先頭には、代表者らしい五人が立っていた。
最初は、白髪交じりの黒髪をきっちり後ろへ撫でつけた壮年の男性。
「ローデリック・ハインと申します。前職では侯爵家にて執事長を務めておりました」
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ローデリック・ハイン
職種:
執事長候補
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保有技能:
《執事術》
《屋敷管理》
《礼法》
《会計》
《人員管理》
《交渉》
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「よろしくお願いします」
「こちらこそ、主としてお選びいただけるのであれば誠心誠意お仕えいたします」
次は栗色の髪をまとめた三十代ほどの女性。
「メイド長候補のエリシア・ベルナードです」
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エリシア・ベルナード
職種:
メイド長候補
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保有技能:
《上級家事》
《清掃》
《洗濯》
《礼法》
《接客》
《使用人指導》
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料理人たちの代表は、がっしりした体格の男性だった。
「料理長を務めるなら、バルド・グラハムと」
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バルド・グラハム
職種:
料理長候補
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保有技能:
《上級料理》
《大量調理》
《食材管理》
《保存料理》
《宴席料理》
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「料理」
ちょっと気になる。
「私も料理するよ」
「……主ご自身が、ですか?」
「うん」
「左様でございますか」
バルドさんが少し困った顔をした。
『早くも料理長の仕事を奪うな』
「一緒に作ればいい」
「それでしたら是非」
ちょっと嬉しそうになった。
大丈夫そう。
使用人代表は温和そうな四十代の女性、マリアンヌ・ロウ。
最後に護衛隊の代表。
短い銀髪をした長身の女性が一歩前へ出た。
「ミレイユ・ガルド。元王国軍所属です」
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ミレイユ・ガルド
職種:
護衛隊長候補
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職業:
《守護騎士》
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冒険者換算戦闘力:
Cランク上位相当
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「四十人の護衛をまとめられる?」
「可能です」
「ノルンたちを怖がらない?」
「……昨日、魔王種と戦っておられた三体でしょうか」
「うん」
「努力します」
正直。
「たぶん大丈夫。噛まないから」
『ノルンはな』
「クロ」
『我も無闇には噛まん』
「ヴァルカも」
『あれは火を吐くぞ』
「味方には吐かない」
「……承知いたしました」
ミレイユさんの表情が微妙に固かった。
慣れてもらおう。
◇◇◇
契約手続きは、さすがに二百人分なので時間が掛かった。
契約内容、商館への支払い、各人の登録、屋敷への所属変更。
私は必要な金額をまとめて支払う。
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契約成立
新規屋敷所属人員:
200名
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「終わった」
『二百人を一言で済ませるな』
ローデリックさんたちの前へ立つ。
全員が静かに私を見ている。
こういう時、何を言えばいいんだろう。
少し考える。
「私は冒険者なので、屋敷にいない日も多いと思います」
まずそれを伝える。
「だから、屋敷のことは皆さんにかなり任せることになります。食べ物とか必要な物とか、足りないものがあったら言ってください」
全員が黙って聞いている。
「それと、無理して働かなくていいです。休む時はちゃんと休んでください」
何人かが顔を上げた。
「……以上です」
『短いな』
「他にある?」
『今聞くのか!?』
ローデリックさんが小さく笑った。
「十分でございます、ご主人様」
「ご主人様……」
なんとなく慣れない。
「リリスでいいよ?」
「それは使用人として難しゅうございます」
「じゃあ、リリス様?」
「承知いたしました」
妥協。
◇◇◇
午後。
二百人を連れて大豪邸へ戻った。
門を開けた瞬間。
「ウォォォォン!」
ノルンが庭の奥から走ってきた。
「ひっ!?」
何人かのメイドが固まる。
「ノルン、止まって」
「ウォン!」
私の前でぴたりと止まる。
そのまま頭を下げてきたので撫でる。
「この子がノルン」
「ウォン」
続いて空から巨大な影が降りてくる。
「グオオオッ!」
ヴァルカ。
さらに庭の木陰から黒い巨体がゆっくり歩いてきた。
『新しい者たちか』
クロ。
今度は二百人の半分くらいが固まった。
「クロ、怖がらせないで」
『普通に挨拶しただけだ』
「喋った……」
誰かが呟いた。
『喋るぞ』
さらに驚かせた。
「慣れれば大丈夫です」
『お前が言うと説得力がないな』
アルがため息をつく。
◇◇◇
そこから屋敷は一気に賑やかになった。
メイドたちが本館の清掃へ。
執事たちは部屋割りと備品の確認。
料理人たちは厨房棟。
一般使用人は庭園、倉庫、厩舎、騎獣舎へ散っていく。
護衛隊はミレイユさんの指示で門、外周、本館周辺の警備配置を確認していた。
ローデリックさんだけが私の隣へ残る。
「リリス様」
「はい」
「今夜のお食事はいかがいたしましょう」
「私も厨房行っていい?」
一瞬。
沈黙。
「……もちろんでございます」
『もう始まったな』
「何が?」
『料理人二十人を雇った初日に、自分で料理しようとしている』
「一緒に作るだけ」
『バルド殿、頑張れ』
遠くの厨房で。
「料理長! リリス様がこちらへ来られるそうです!」
「もうか!?」
何か聞こえた。
気のせい。
◇◇◇
夕方。
大食堂には長いテーブルが並び、屋敷で働く人たちの夕食も用意されていた。
私はアルと一緒に主用の食卓へ座る。
ノルンたちは庭側の専用スペース。
今日の料理は、バルドさんたちと一緒に作った牛肉の煮込み、焼き野菜、パン、それに白米。
「いただきます」
一口食べる。
「美味しい」
『うむ。かなり美味い』
バルドさんが少し離れた場所でほっとした顔をした。
私は屋敷を見回す。
昨日まで空っぽだった大豪邸。
今は明かりが灯り、人の声が聞こえ、厨房から料理の匂いが漂っている。
「家っぽくなった」
『二百人も増えればな』
「これなら冒険に行っても大丈夫そう」
『さっそく次の冒険を考えているのか』
「まだ考えてるだけ」
それに。
やりたいことは、もう一つある。
《インベントリ》の奥。
三万二千六百八十四個の宝箱。
その中でも特別な《虹の宝箱》。
そして。
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《魔王因子核》
通常使用:
非推奨
━━━━━━━━━━
あれもある。
『リリス』
「何?」
『今、絶対にろくでもないことを考えただろう』
「宝箱を開けようかなって」
『それだけか?』
「今日はそれだけ」
『また“今日は”と言ったな』
食事が終わったら。
まず宝箱。
魔王因子核は――。
もう少しだけ、後にしよう。




