第四十八話 凱旋と王からの褒賞
王都防衛戦が終結してから、私たちは王国軍と一緒に王都へ戻ることになった。
行きと違い、帰りの隊列には張り詰めた空気がない。
負傷者はいるものの、《生命連環》のおかげで重傷者の容体も安定している。何より、戦闘死亡者は一人もいなかった。
十万を超えるオーク軍勢。
二十四体のオークロード。
七体のオークキング。
ネームド・オークカイザー《暴虐皇ヴォルガン》。
最後には、魔王種《災厄魔皇ヴォルガン・ディザスター》まで出現した。
それでも、全員が帰れる。
それだけで十分だった。
「リリス!」
街道を進んでいる途中、前方からグレンさんが歩いてきた。
戦闘の跡が残る鎧を着たままなのに、足取りはしっかりしている。
「グレンさん」
「少し話せるか?」
「はい」
グレンさんは私の前まで来ると、しばらく黙ってこちらを見た。
それから、大きく息を吐く。
「まずは礼を言わせてくれ。王都を守ってくれて、本当にありがとう」
「私だけじゃないですよ」
「分かってる。王国軍も騎士団も冒険者も、全員よく戦った。だがな」
グレンさんが戦場の方角を見る。
「六万を超える味方全員へ補助、回復、守護を掛けた上で、最後は魔王種を仕留めた奴まで『みんなのおかげ』だけで済ませるのは無理がある」
「そうですか?」
「そうだ」
即答だった。
「それに戦死者ゼロだ。十万を超える魔物との国家規模の防衛戦で、だぞ」
グレンさんの表情が少しだけ柔らかくなる。
「ギルドマスターとして何度も大規模討伐を見てきたが、こんな結果は初めてだ。胸を張れ、リリス」
「……はい」
褒められると、少し恥ずかしい。
『珍しく素直だな』
「アル」
『何も言っていないぞ』
「言った」
『念話だから周りには聞こえていない』
「余計にずるい」
グレンさんが笑った。
「お前らは相変わらずだな」
◇◇◇
王都へ戻る頃には、戦勝の知らせがすでに広まっていた。
城門前には大勢の人が集まっている。
「帰ってきたぞ!」
「防衛軍だ!」
「勝ったんだ!」
歓声が上がる。
兵士たちへ花が投げられ、騎士や冒険者へ次々と声が掛けられていた。
その中で。
「あれだ!」
「八枚の翼の冒険者!」
「魔王を倒したっていう……!」
「白銀の大狼もいるぞ!」
「赤い竜も!」
「黒い狼まで増えてる!」
かなり見られている。
「……目立つ」
『今さらか?』
「精霊鎧装は解除したのに」
『問題はそこではない』
今のノルンは《白銀天嵐狼王》。
ヴァルカは《緋天覇翼竜》。
クロは《冥魂神狼》。
三体とも固有個体へ進化したばかり。
普通に歩いているだけでも、以前より圧倒的に目立つ。
「ウォン!」
ノルンは歓声が気に入ったらしい。
『尻尾が動いているぞ』
「嬉しいんだよ」
「ウォン!」
『王種になってもそこは変わらんな』
クロは少し楽しそうだった。
◇◇◇
冒険者ギルドへ戻ると、さらに大変だった。
建物の中は帰還した冒険者で埋め尽くされ、討伐記録魔導具の集計、負傷者確認、報酬申請、素材所有権の確認が同時進行で行われている。
「リリスさん!」
受付の向こうからエレナさんが走ってきた。
「お帰りなさい!」
「ただいまです」
エレナさんは私、アル、ノルン、ヴァルカ、クロを順番に見る。
そして。
「……皆さん、また何か変わってませんか?」
「レベルが千を超えました」
「やっぱり!」
「ノルンとヴァルカとクロも固有個体になったよ」
「情報を追加しないでください!」
「アルは《龍聖騎士》」
「まだあるんですか!?」
「二人とも《真の勇者》になった」
「ちょっと待ってください!」
出た。
エレナさんの「待ってください」。
『もはや恒例だな』
「クロまで覚えた」
『何度も聞けば覚える』
私は最後に自分の分も伝える。
「私は《神級錬金術師》と《弓王》《剣王》も取った」
エレナさんが無言になった。
「……エレナさん?」
「処理する情報量を少し減らしてください」
「難しい」
「難しいんですか……」
◇◇◇
通常の討伐報酬は、討伐記録魔導具を使って後日正式に精算されることになった。
何しろ敵は十万二千六百八十四体。
誰がどの個体を倒したのか、軍、騎士団、冒険者の記録を照合する必要がある。
ただし、一つだけその場で扱いが変わったものがあった。
《災厄魔皇ヴォルガン・ディザスター》。
元々、《暴虐皇ヴォルガン》の討伐報酬は白金貨三万枚だった。
でも戦闘中に魔王種へ特殊進化したことで、そのままの金額では済まなくなった。
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緊急再査定
対象:
《災厄魔皇ヴォルガン・ディザスター》
Lv1180
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当初討伐報酬:
白金貨30,000枚
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再指定:
魔王種
災厄級
国家存亡級緊急討伐対象
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最終報奨:
王国特別査定
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「金額、まだ決まってないんだ」
「決められないんです」
エレナさんがきっぱり言う。
「ギルド単独で支払える範囲を超えました。魔王種発生は王国そのものに関わる案件です」
「じゃあ?」
「王城から正式な召喚状が来ています」
「王様?」
「はい」
エレナさんは金色の封蝋が押された書状を差し出した。
「明日、リリスさんたち主要功労者を王城へ招くとのことです」
『ずいぶん早いな』
「それだけ大事なんです!」
魔王。
国家存亡。
そう言われると、確かに大事そう。
私が最後に地面ごと消し飛ばした相手だけど。
◇◇◇
翌日。
私たちは王城へ向かった。
さすがにノルンとヴァルカを謁見の間へ入れるのは難しいため、王城の広い中庭で待ってもらっている。
クロは普通に言葉を話せることもあって、私とアルの隣を歩いていた。
『人間の王城というものは初めて見る』
「どう?」
『悪くない。だが、我ならもう少し暗くする』
「クロ好みだと魔王城になりそう」
『それも悪くない』
『意気投合するな』
アルがすぐに止めてきた。
謁見の間へ入る。
高い天井。
赤い絨毯。
左右には王国の重臣や騎士たちが並んでいる。
玉座には国王が座っていた。
私たちは前まで進み、礼を取る。
「顔を上げよ」
落ち着いた声。
顔を上げる。
国王は私たちを見渡したあと、ゆっくりと口を開いた。
「まず、王国を代表して礼を言う」
謁見の間が静まり返る。
「十万を超えるオーク軍の侵攻を阻止し、さらに突如として出現した魔王種《災厄魔皇ヴォルガン・ディザスター》を討ち取った。その功績、言葉では足りぬ」
国王が立ち上がった。
「何より、六万を超える我が国の兵、騎士、冒険者を一人も死なせなかったと聞いている」
周囲の視線が私へ集まる。
「リリス・ルクスヴィア」
「はい」
「見事であった」
「ありがとうございます」
「アルドラ・ヴァルグレイヴ」
『はい』
「最前線に立ち、幾度となく味方の盾となった働きも報告を受けている」
『光栄です』
「そしてノルン、ヴァルカ、クロ。人ならざる身でありながら、この国を守るために戦ったことへ感謝する」
クロが静かに頭を下げる。
『礼には及ばぬ。我は仲間と共に戦っただけだ』
重臣たちがざわついた。
巨大な黒狼が普通に返事したからだと思う。
「クロ、王様の前では丁寧」
『我にも礼儀くらいある』
『リリス、今それを言うな』
◇◇◇
そして、報奨金。
国王の前へ財務官らしい男性が進み出た。
「当初、《暴虐皇ヴォルガン》に設定されていた報酬は白金貨三万枚でございました。しかし対象は戦闘中に魔王種へ進化しております」
別の書類が開かれる。
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王国最高緊急指定
討伐対象:
《災厄魔皇ヴォルガン・ディザスター》
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種別:
魔王種
災厄級
国家存亡級脅威
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王国特別討伐報奨金:
白金貨300,000枚
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「三十万」
さすがに大きい。
『桁が一つ増えたどころではないな』
アルも少し驚いている。
国王が続ける。
「これはヴォルガン・ディザスターそのものに対する特別報奨だ。通常のオーク軍討伐報酬、キング、ロード、ジェネラルなどの討伐報酬は別途支払う」
「別なんですか?」
「当然だ」
つまり。
さらに増える。
頭の中で計算しそうになった。
『リリス』
「まだ何も言ってない」
『顔に出ている』
「素材のことかも」
『金額も考えていただろう』
両方。
◇◇◇
けれど、国王の褒賞はそれだけではなかった。
「金銭だけでは、今回の功績へ十分に報いたとは思っておらぬ」
国王はアルを見る。
「アルドラ・ヴァルグレイヴ。何か望みはあるか?」
『私ですか?』
「うむ。叶えられる範囲で一つ願え」
アルは少し考えた。
金。
爵位。
土地。
色々選べるはずなのに。
『では、一つだけ』
「申せ」
『これからもリリスと共に冒険する自由を。国から役職や地位を与えられることで、行動を縛られないようお願いしたい』
「アル」
国王は一瞬驚いたあと、笑った。
「その程度でよいのか?」
『私には十分です』
「よかろう。功績を理由として強制的に軍職、騎士職、宮廷職へ就けることはせぬ。望む限り、冒険者として自由に活動することを認めよう」
『感謝します』
次に。
「クロ」
『我にもか』
「もちろんだ」
クロが少し考える。
『ならば……良質な肉を所望する』
謁見の間。
静か。
「クロ」
『何だ』
「そこで肉なんだ」
『望みを聞かれたのであろう』
国王が笑い始めた。
「よい! 王室牧場より最高級の肉を届けさせよう!」
『感謝する、人の王よ』
「ウォン!」
中庭から。
ノルンの声。
聞こえた。
「ノルンも欲しいって」
『聞こえたのか?』
「うん」
「では白銀狼と飛竜の分も用意しよう」
『王よ、話が分かるな』
クロ。
国王。
妙に相性がいい。
◇◇◇
そして。
「リリス・ルクスヴィア」
「はい」
「そなたは何を望む?」
困った。
お金。
ある。
装備。
作れる。
爵位。
あまり興味ない。
土地。
……土地。
「大きな家が欲しいです」
国王が瞬いた。
「家?」
「はい」
アルもこっちを見る。
『リリス?』
「ノルンもヴァルカもクロも大きいし、アルと一緒に宿にずっと住むのも狭くなってきたから」
『確かに』
「錬金術の工房も欲しい。素材倉庫も。料理する場所も広い方がいい」
『最後に料理が入ったな』
「大事」
私は国王を見る。
「王都で、大きな屋敷を買いたいです。できれば庭がすごく広くて、ノルンたちが普通に走れるところ」
「……それがそなたの望みか?」
「はい。お金は払います」
「褒賞として屋敷そのものを与えることもできるが?」
「自分で買いたいです」
報奨金。
いっぱいある。
せっかくだから。
使いたい。
国王はしばらく私を見たあと、大きく笑った。
「分かった。ならば王家が管理する不動産の中から、条件に合う物件を優先的に紹介させよう。土地所有に関する身分制限も特例で免除する」
「ありがとうございます」
「ただし」
「?」
「魔王を消し飛ばした英雄が住む屋敷だ。あまり小さなものを選ぶな。王国の面子にも関わる」
「大きいのにします」
『そこで素直なのか』
◇◇◇
謁見を終えたあと。
王城の応接室で、さっそく物件資料を見せてもらった。
十件。
二十件。
大きい。
どれも普通の家ではない。
「これ」
私の目が止まった。
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王都西区外縁
旧公爵家大邸宅
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敷地:
約180,000平方メートル
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設備:
本館
東西別館
迎賓館
大庭園
訓練場
大型厩舎
騎獣舎
工房棟
倉庫棟
使用人宿舎
地下保管庫
浴場
厨房棟
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「広い」
『広すぎないか?』
「ノルン走れる」
『そこが基準なのか』
写真を見る。
本館は白い石造り。
三階建て。
庭には噴水と池。
裏側には大きな訓練場があり、そのさらに奥にはヴァルカでも余裕で使えそうな騎獣舎まである。
「ここがいい」
『決めるのが早い!』
「工房ある」
『まだ中も見ていないだろう!』
「見に行こう」
◇◇◇
その日の午後。
現地。
「……」
門。
大きい。
建物。
もっと大きい。
庭。
広い。
ノルン。
走る。
「ウォォォォン!」
遠くへ行った。
「気に入ったみたい」
『判断が早いな、あいつも』
ヴァルカも騎獣舎を確認しに行き、クロは庭の大木の下へ寝転がった。
『悪くない』
「クロも気に入った」
アルは本館を見上げている。
『これを二人と三体で使うのか?』
「スタッフ必要だね」
『……相当な人数がな』
案内人が説明する。
「以前は公爵家一族、家臣、使用人など合わせて三百人以上が生活しておりました。現在も二百人規模の使用人を置けば、十分に維持可能です」
「二百人」
『リリス』
「ちょうどいいかも」
『何がちょうどいいんだ』
「人を雇おう」
執事。
メイド。
料理人。
使用人。
護衛。
これだけ広いなら、たくさん必要になる。
「ここ、買います」
『即決!?』
「気に入ったから」
こうして。
魔王種を倒した翌日。
私は報奨金の一部を使って。
大豪邸を買った。
そして。
その広すぎる屋敷を見ながら。
「次は使用人二百人かな」
アルが。
ものすごく嫌な予感がするような顔で。
私を見ていた。




