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第十二話 森を彷徨う深緑の剣牙



 《アーマーボア》を倒した後も、私はすぐには王都へ戻らなかった。


「もう少しだけ見ていこうかな」


 昼を少し過ぎたくらい。


 まだ時間はある。


 それに、新しく手に入れた《幻穿黒魔弓ファントム・ブラック・ムーン》を、もっと使ってみたかった。


 黒銀色の弓身を眺める。


 銀白色の魔力光が静かに流れていた。


「……やっぱりカッコいい」


 何度見てもいい。


 性能も強い。


 見た目も好み。


 持っているだけで楽しい。


 私は《ファントム・ブラック・ムーン》を手にしたまま、林のさらに奥へ進んだ。


◇◇◇


 街道から離れるにつれ、木々が増えていく。


 背の高い木。


 太い根。


 腰ほどまである低木。


 地面には柔らかな苔。


 《自動収集》も次々と反応した。


━━━━━━━━━━


《森蜜草》×70


《青月花》×40


《風香茸》×55


《硬樹皮》×80


《樹脂玉》×36


《青樫枝》×90


《魔力苔》×42


━━━━━━━━━━


「新しいのある」


 《青月花》を一輪取り出す。


━━━━━━━━━━


《青月花》


分類:薬草素材


品質:良質


森林の日陰に生える青白い花。


精神安定、

魔力回復、

睡眠耐性系の薬品に利用される。


━━━━━━━━━━


「これも使えそう」


 収納。


 次。


━━━━━━━━━━


《風香茸》


分類:茸素材


品質:普通


風属性の微弱な魔力を含む茸。


敏捷強化薬、

風属性錬金、

料理などに利用可能。


━━━━━━━━━━


「食べられるんだ」


 後で料理にも使ってみよう。


 そんなことを考えながら歩いていた時だった。


 《上級索敵》へ。


 ――一瞬。


 何かが触れた。


「ん?」


 立ち止まる。


 もう一度。


 何もない。


「……気のせい?」


 いや。


 違う。


 《生命感知》。


 《魔力感知》。


 《聴覚強化》。


 全部を意識する。


 森の音。


 葉が揺れる音。


 小鳥。


 小さな虫。


 遠くにいる獣。


 その中に。


 不自然な空白があった。


「何かいる」


 周囲だけ、魔物の反応が少ない。


 いや。


 逃げている?


 私は《ファントム・ブラック・ムーン》を構えた。


 その瞬間。


━━━━━━━━━━


警告


強大な魔力反応を感知


━━━━━━━━━━


「……来た」


 今度ははっきり分かった。


 右。


 三十メートル。


 いや。


 二十。


「速い!」


 緑の影が木々の間を横切った。


 私は即座に矢を生成する。


「《魔力照準》!」


 照準。


 捕捉――。


━━━━━━━━━━


標的捕捉


失敗


━━━━━━━━━━


「え?」


 次の瞬間。


 ザンッ!


 私が立っていた場所を、緑色の斬撃が通過した。


「っ!」


 横へ跳ぶ。


 後ろの大木が斜めに切断された。


 ズズンッ!


 巨大な木が倒れる。


「風の刃……」


 木々の奥。


 何かが止まった。


 低い唸り声。


「グルルルルル……」


 深緑の茂みから、巨大な獣が姿を現す。


 虎。


 でも普通の虎じゃない。


 全長は四メートル近い。


 黒緑色と深緑色が混ざった毛並み。


 口元から伸びる二本の巨大な剣牙は、銀緑色。


 前脚の爪も、長い刃物のように光っていた。


「《上級鑑定》」


━━━━━━━━━━


深緑剣牙虎ヴァーダント・セイバー


Lv51


種族:大型獣系魔物


区分:


徘徊強敵ワンダリングモンスター


━━━━━━━━━━


森林地帯を広範囲に徘徊する

非常に危険な大型魔獣。


黒緑色の毛皮による《森林迷彩》と、

高い気配隠蔽能力を持つ。


高速移動と立体機動を得意とし、

銀緑色の剣牙と爪、

風属性の斬撃を使用する。


━━━━━━━━━━


危険度:高


━━━━━━━━━━


「ワンダリングモンスター……」


 初めて見る区分だった。


 普通の強敵とも違う。


 フィールド内を自由に歩き回る、格上の魔物。


「Lv51」


 《鉱石ゴーレム》より明らかに上。


 それに。


「速い」


 それが一番厄介だった。


「グルアアアッ!」


 《ヴァーダント・セイバー》が地面を蹴る。


 消えた。


「《瞬発》!」


 私は反射的に後退する。


 直後。


 銀緑色の爪が目の前を通り過ぎた。


 速い。


 《反射神経強化》がなければ危なかった。


「距離を取る!」


 木の幹を蹴って後方へ。


 《ヴァーダント・セイバー》は追ってこない。


 代わりに。


 前脚を振る。


 シュバッ!


 風の刃が三つ。


「《魔力障壁》!」


 半透明の障壁を展開する。


 バンッ!


 バンッ!


 バキンッ!


 三発目で障壁へ亀裂。


「威力も高い」


 これは面白い。


 少し怖いけど。


 かなり面白い。


◇◇◇


「じゃあ、こっちから」


 《上級隠密》。


 《気配遮断》。


 《魔力隠蔽》。


 《クリスタル・シャドウクローク》。


 気配を薄くする。


 同時に木々の間へ移動。


 《ヴァーダント・セイバー》の視界から外れる。


「……」


 相手の耳が動いた。


 でもこちらを見ない。


「通る」


 《ファントム・ブラック・ムーン》を構える。


 《魔力矢》。


 《魔力収束》。


 《魔力照準》。


━━━━━━━━━━


標的捕捉


成功


━━━━━━━━━━


「今度は」


 狙う。


 肩。


「《鷹眼射》」


 放つ。


 音はない。


 銀白色の魔力矢が木々の間を突き抜ける。


 ――直撃。


 するはずだった。


「グルッ!」


 《ヴァーダント・セイバー》が横へ跳んだ。


 魔力矢が毛先を掠めて、奥の木を貫通する。


「避けた?」


 発射音はない。


 魔力反応も隠している。


 なのに直前で避けた。


「勘?」


 獣の危険察知能力が高いのかもしれない。


 次。


「《追尾矢》」


 魔力矢へ追尾能力を付与。


「《狙撃強化》」


 放つ。


 また避ける。


 だけど。


 矢が曲がった。


「グルッ!?」


 ドンッ!


 今度は後脚へ命中。


「入った!」


 深緑色の毛が散る。


 でも浅い。


「毛皮も硬いんだ」


 相手はこちらの位置を特定したらしい。


 真っ直ぐ睨んでくる。


「グルルル……」


「怒った?」


「ガアアアアアアッ!」


「怒ったね」


 咆哮。


 空気が震える。


━━━━━━━━━━


《威圧咆哮》


精神抵抗


成功


━━━━━━━━━━


 《ヴァーダント・セイバー》が走る。


 木。


 岩。


 倒木。


 全部を利用して跳ねるように移動する。


「うわ、速い!」


 一直線じゃない。


 右へ。


 左へ。


 木の幹を蹴って上へ。


 そこから真横へ。


 《魔力照準》の照準印が何度も外れる。


「それなら……」


 私は一気に距離を取る。


 五十メートル。


 百。


 さらに。


 《超遠距離射撃》。


「近いと動きが大きすぎる」


 遠くから全体を見る。


 《遠視》。


 《上級索敵》。


 《軌道予測》。


 高速で動いていても、移動先はある。


 木を蹴る。


 岩へ着地。


 次の木へ。


「……そこ」


 魔力矢を生成。


 普通には撃たない。


「《魔力収束》」


 銀白色の光が圧縮されていく。


 《ファントム・ブラック・ムーン》の弓身を走る光が強くなる。


━━━━━━━━━━


《魔力充填射撃》


充填


━━━━━━━━━━


20%


40%


60%


80%


100%


━━━━━━━━━━


「《鷹眼射》」


 さらに。


「《追尾矢》」


 狙う。


 《ヴァーダント・セイバー》が木を蹴った。


「今」


 放つ。


 無音。


 銀白色の閃光が森を一直線に走った。


 《ヴァーダント・セイバー》が空中で身体を捻る。


 避ける。


 でも。


 矢も曲がる。


「ガッ!?」


 ドゴンッ!


 脇腹へ直撃。


 巨大な身体が吹き飛んだ。


「入った!」


 木へ激突。


 深緑色の毛皮から血が流れる。


 でも。


「まだ立つんだ」


「グルルルル……」


 強い。


 かなり強い。


 だから。


「もう一発」


◇◇◇


 《ヴァーダント・セイバー》が低く姿勢を落とす。


 周囲へ風が集まった。


「何か来る」


━━━━━━━━━━


《翠嵐纏身》


発動


━━━━━━━━━━


 深緑色の身体を、銀緑色の風が覆う。


 毛が逆立つ。


 剣牙と爪がさらに輝く。


「強化形態?」


 次の瞬間。


「――っ!」


 速い。


 さっきより速い。


 《上級索敵》の反応が線になる。


 左。


 右。


 上。


「追えない……!」


 ザシュッ!


 《クリスタル・シャドウクローク》の端が切れた。


━━━━━━━━━━


《晶影隠密外套》


損傷:軽微


━━━━━━━━━━


「外套が!」


 少しだけむっとする。


「それ、作ったばっかりなんだけど」


「ガアアッ!」


「絶対倒す」


 《ファントム・ブラック・ムーン》を構える。


 速すぎるなら。


 一発だけで狙わなければいい。


 《分裂矢》。


 《追尾矢》。


 《魔力照準》。


 そして。


「《魔力矢》」


 一本。


 二本。


 三本。


 周囲へ魔力矢を生成する。


「捕まえて」


 照準が《ヴァーダント・セイバー》を追う。


 一瞬だけ。


━━━━━━━━━━


標的捕捉


成功


━━━━━━━━━━


「《多重標的射撃マルチロック・シュート》!」


 同じ一体へ。


 複数の矢を割り当てる。


 銀白色の矢が一斉に飛んだ。


 右へ逃げる。


 矢も曲がる。


 左へ跳ぶ。


 さらに追う。


 木の裏。


 二本が左右から回り込む。


「グルアッ!」


 一発を爪で弾く。


 二発目も避ける。


 三発目。


 肩へ命中。


 四発目。


 脚。


 五発目。


 脇腹。


「止まった!」


 ほんの一瞬。


 それで十分だった。


「《魔力充填射撃》」


 最大充填。


 《狙撃強化》。


 《貫通射撃強化》。


 《魔力収束》。


 《鷹眼射》。


 照準は。


「剣牙の間」


 額。


 放つ。


 音のない一射。


 銀白色の光が一直線に伸びる。


 《ヴァーダント・セイバー》がこちらを見る。


 エメラルド色の瞳。


 次の瞬間。


 ドンッ!


 魔力矢が額を貫いた。


━━━━━━━━━━


深緑剣牙虎ヴァーダント・セイバー


Lv51


討伐


━━━━━━━━━━


「……倒した」


 巨大な身体が地面へ倒れる。


 しばらく動かない。


「強かった……」


 普通の魔物とは全然違う。


 速い。


 強い。


 隠れる。


 避ける。


 攻撃も痛い。


「ワンダリングモンスター、いいかも」


 危険だけど。


 素材が気になる。


 すごく気になる。


◇◇◇


━━━━━━━━━━


《徘徊強敵討伐》


深緑剣牙虎ヴァーダント・セイバー


討伐成功


━━━━━━━━━━


《自動収集》


発動


━━━━━━━━━━


《深緑剣牙虎の毛皮》×20


《深緑剣牙虎の剣牙》×20


《深緑剣牙虎の爪》×40


《深緑剣牙虎の腱》×30


《深緑剣牙虎の骨》×80


《深緑剣牙虎の魔石》×10


《深緑剣牙虎の肉》×120


遺骸×1


━━━━━━━━━━


「いっぱい」


 さらに。


━━━━━━━━━━


《レアドロップ》


《翠嵐獣核》×1


━━━━━━━━━━


「出た」


 すぐ取り出す。


 深い翠色の結晶核。


 内部では、小さな風が渦を巻いているように見える。


━━━━━━━━━━


《翠嵐獣核》


分類:希少魔物素材


品質:高品質


《深緑剣牙虎》など、

強力な風属性魔獣から

極めて稀に得られる特殊魔力核。


━━━━━━━━━━


主適性:


風属性付与


敏捷強化


移動速度強化


隠密強化


回避補助


━━━━━━━━━━


「すごく使える」


 弓。


 靴。


 外套。


 アクセサリ。


 何に入れても良さそう。


「これは取っておこう」


 そして。


 徘徊強敵を倒した場所に光が集まる。


━━━━━━━━━━


《徘徊強敵討伐》


宝箱確定


━━━━━━━━━━


 現れたのは。


「お」


━━━━━━━━━━


《金の宝箱》


×1


━━━━━━━━━━


「金!」


 さっき全部開けたばかりなのに。


「……開けようかな」


 昨日は我慢した。


 今日はもう大量開封も終わった。


「開ける」


 金箱へ手を掛ける。


 カチッ。


━━━━━━━━━━


《金の宝箱》


開封


━━━━━━━━━━


《風走の大宝玉》×1


《翠風魔晶》×5


《ミスリル銀鉱》・良質×24


《月銀鉱》・良質×16


《高純度創晶石(アルケリウム)》×20


《完全回復ポーション》×5


《高級隠密ポーション》×5


金貨×130


━━━━━━━━━━


「ミスリルまた出た」


 嬉しい。


 でも一番気になるのは。


━━━━━━━━━━


《風走の大宝玉》


分類:特殊宝玉


品質:逸話級(エピック)


使用することで、


移動速度


瞬発力


回避能力


へ恒久的な補正を与える。


━━━━━━━━━━


「使う」


 迷わず使用。


━━━━━━━━━━


《風走の大宝玉》


使用


━━━━━━━━━━


《移動速度補正》


《瞬発力補正》


《回避補正》


恒久上昇


━━━━━━━━━━


「こういう強敵、もっといないかな」


 討伐直後なのに、もう次を探したくなる。


「……危ない考えかも」


 でも楽しい。


◇◇◇


 私は《ヴァーダント・セイバー》がいた周辺を調べた。


 徘徊していたせいなのか、森の普通の魔物はほとんど近寄っていない。


 その代わり。


 古い倒木の陰に、いくつか珍しい素材が残っていた。


━━━━━━━━━━


《翠風草》×80


《剣葉樹の葉》×60


《風晶石》×42


《翠魔苔》×35


《硬魔樹枝》×28


━━━━━━━━━━


「やっぱり強い魔物の縄張りって素材もあるんだ」


 全部収納。


 破損した《クリスタル・シャドウクローク》も確認する。


「《装備修復》」


━━━━━━━━━━


《晶影隠密外套》


修復完了


━━━━━━━━━━


「よし」


 これで問題なし。


◇◇◇


 夕方。


 私は王都へ戻った。


 冒険者ギルドへ入る。


「ただいまです」


「お帰りなさい、リリスさん」


 いつものエレナさん。


「今日は新装備の試運転でしたよね?」


「はい」


「どうでした?」


「すごく良かったです」


「それは何よりです」


「あと、森で大きい虎を倒しました」


「……虎?」


「これです」


 討伐記録を表示する。


━━━━━━━━━━


深緑剣牙虎ヴァーダント・セイバー


Lv51


徘徊強敵ワンダリングモンスター


討伐済


━━━━━━━━━━


「…………」


 エレナさんが止まった。


「どうしました?」


「リリスさん」


「はい」


「試運転ですよね?」


「はい」


「なんでワンダリングモンスターを討伐して帰ってくるんですか?」


「出てきたので」


「出てきても普通は戦いません」


「でも素材が」


「でしょうね!」


 ちょっと声が大きくなった。


 周囲の冒険者がこちらを見る。


「《ヴァーダント・セイバー》は、この辺りの森で時々目撃される危険個体です。Eランク冒険者が単独で狙う相手じゃありません」


「もう倒しました」


「それが一番困るんですよ……」


 エレナさんが深いため息。


「討伐記録は正式に残します。徘徊強敵の単独討伐は、昇格査定にも大きく加算されますから」


「昇格?」


「まだ即昇格とは言いません。でも、このままだとEランク期間がかなり短くなりそうですね」


「そうなんだ」


「他人事みたいに言わないでください」


「はい」


◇◇◇


 報告を終えてから。


 ふと思い出す。


「あ、エレナさん」


「今度は何ですか?」


「ミスリルって、どこで採れます?」


「……急ですね」


「宝箱から結構出たんですけど、自分でも採りたいです」


「そういうことですか」


 エレナさんは少し考えてから、地図を取り出した。


「王都から西北西。黒鋼岩地よりさらに先に、鉱脈の多い峡谷があります」


 指差す。


━━━━━━━━━━


《白銀峡谷》


━━━━━━━━━━


「白銀峡谷……」


「ミスリル銀鉱の産地として知られています。月銀鉱や属性晶石、高純度のアルケリウムも採れるそうです」


「行きたい」


「まだ説明の途中です」


「はい」


「黒鋼岩地より危険度は高いです。生息する魔物も強く、奥には大型のゴーレムが確認されています」


「ゴーレム」


「それに、あの地域でも《徘徊強敵ワンダリングモンスター》の目撃情報があります」


「!」


「その顔やめてください」


「どんな魔物です?」


「食いつかないでください」


 でも教えてくれた。


「銀白色の巨大な狼型魔物。《銀嶺暴牙狼シルバー・レイジウルフ》と呼ばれています」


「狼……」


 エレナさんが地図を畳む。


「もし遭遇しても、無理に戦わないでくださいね」


「分かりました」


「本当に?」


「たぶん」


「リリスさん」


「気をつけます」


 ミスリル。


 月銀。


 新しい魔物。


 大型ゴーレム。


 そして。


 白銀色の巨大な狼。


「白銀峡谷か……」


 また行きたい場所が増えた。


 私は黒い布マスクの下で、少し笑った。

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